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2005年8月

2005/08/29

本がなくては生きてゆけない?

 気がついたら、本を読んでいた。

 弟とも年が離れているので、小学校1年までは一人っ子だった。
 昼間は友達と遊べても、家に帰ると母しかいない(父は出稼ぎに行っていた)。

 遊び相手がいない。
 だから、一人遊びをするか、本を読むか、だった。
 
 うちは貧乏だったけど、親は娘の本を買うお金は惜しまなかった。
 もちろん、しょっちゅう買ってもらえるわけもなく、
 本当にほしい本だけを厳選して、一冊買ってもらう。
 その本は、何度も何度も繰り返して読む。

 絵本から始まって、童話や伝記、小説にいたるまで。
 ねだって買ってもらった本や、誕生日のお祝いの本。
 ボロボロになるまで読んだ本は、今でも忘れない。
 
 夏休み、家族で海に行く時にも車の中で本を読みつづけ、
 すっかり車酔いして散々だったこと。
 高熱があって学校を早退してきたのに、
 布団の中で本を読んでいて、親にあきれられたこと。
 
 とにかく、本がない生活というのが考えられなかった。

 バイトして、自分でかせいたお金を初めて得た時思ったのは、
 「これで、本が買える!」
 ということだった(色気がなくってすいません)

 就職して、初給料をもらった時も、
 「これで、ハードカバーの本が買える!」

 
 人間、本を読まなくても生きていけるけど、
 本を読まないと、確実に人生の楽しみを一つ放棄してる、と思う。
 この楽しさを、味わってみてほしいんだけどな。
 
 (と言うと、友人には「それは結婚も同じこと」と切り返される。
  負け犬まゆは、何も言えなくなるのであった)

2005/08/27

小さな農園

 小さな農園なのだけど、ほうっておくとビックリするほど草が生える。
 この夏、あまりに暑くて草取りをサボっていたら、大変なことになってしまった。
 「このままじゃヤバイよね」と誰が言い出したのだったか、
 台風が来る前に、みんなで草取り!と決まった。
 (結局、台風は東北をそれて行ったけど)

 とりあえず、どこから手をつけようか。
 あまりの雑草の背の高さにちょっと怯む。
 でも、すっかり姿を見失ったサツマイモを救出するぞ!と
 力いっぱい草を引っこ抜く。

 生きてる草は強い。
 ものすごい力で抵抗する。
 こっちも必死だ。
 ひたすら、抜いて抜いて、抜きまくる。

 「あった!」
 サツマイモ、発見。
 雑草に埋もれながらも、葉っぱが大きく育っている。
 おお!すげえ!
 歓声とともに、草取りのスピードがあがる。
 「こっちにもあった!」「出てきた!」
 次々にサツマイモの葉っぱが見えてくる。

 「トマトもなってる!」
 赤い実。まだ青い実。
 赤いのをそうっともぎとる。
 ちょっとこぶりだけれど、お昼に食べよう。

 時期を過ぎてしまったセロリも収穫。
 捨てちゃおうかと言うのをとめる。
 大地の恵みは、ちゃんと受け取らないと。
 
 朝30分の奮闘ではとりきれないくらいの草。
 きれいにとは言えないけれど、とりあえず作物に日が当たるようになったぞ。
 続きはまた後でね、と約束。
 
 お昼には、堅くて繊維質だけみたいなセロリと、9枚にスライスしたトマト。
 おそるおそる口に入れ、ゆっくり咀嚼した後、
 「うまい!」
 みんな、笑顔になった。
 
 大地と、水と、お日さまに、感謝。
 ごちそうさまでした。

2005/08/25

オーケストラがやってきた

 地元・岩手大学の、学生オケがやってきた。
 
 一昨年から毎年来てくれるのだけど、私は今年初めておじゃまさせてもらった。
 体育館で、パイプ椅子に座って、汗を流して演奏する彼ら。

 全く違う音色をもつ楽器が、豊かなハーモニーを奏でる。
 それを聴いていると、ドキドキする。
 なんでこんなことができるんだろう。
 
 休憩時間を兼ねた楽器体験コーナー。
 生まれて初めてバイオリンに触れた子供の瞳が輝く。
 トロンボーンを吹いて、音が出たとき、うれしそうな顔になる。
 「あの楽器、何?」と、ファゴットを指して騒ぐ。
 中には脱線して、女子大生とうれしそうに話してるヤツも(笑)

 再び演奏が始まって、また音に身をゆだねる。
 これが、今、目の前で生まれている音だということに、ただ感動する。
 
 
 先日のコンサートキャラバンと、今回の岩大オケと、
 オーケストラづいている最近の私。
 CDもいいけれど、やはり生演奏の響きは、全く違う。
 ついつい、コンサート情報をチェックしてしまう今日この頃なのでした。
 
 
 
 

2005/08/24

風変わる

 今日、風が変わった。
 秋の風に。
 はっきりと。

 陽射しは強いけれど、風が涼しい。
 さらりとした、秋の風。

 先日のものすごい雷雨が、夏の終わりの合図だったらしい。
 いつだって、過ぎ去ってから気づく。
 
 季節の移り変わりを、肌で感じた一日。
 

2005/08/23

向日葵は金の油を

   向日葵は金の油を身に浴びてゆらりと高し日のちいささよ

 この短歌の情景を説明していると、いつも鮮やかな夏の色彩が目に浮かぶ。

 見上げるほどに伸びた向日葵の、黄色い花。
 「ゆらりと」という言葉が、うだるような暑さの中の陽炎を連想させる。
 それは、「金の油」という比喩で、さらに強調される。
 そして、最後にいきなり遠景に飛ぶ。
 遠くになる、小さなまぶしい太陽。
 夏の真っ青な空。蝉の声。・・・そんなものまでイメージされる。


 子供の頃。
 確かに、見上げるほどの向日葵ごしに、夏空を見ていたことがあった。
 いつか見た情景。遠い記憶。
 この歌を読むたびに、夏の一瞬が鮮やかに甦る。

 
 そういえば。
 今年、ゴッホ展に行った時に買ったひまわりの種。
 植えるのをすっかり忘れていた。
 来年でも大丈夫かなあ。
 
 できれば、自分の背丈より大きな向日葵の下で、
 夏の太陽を仰いでみたい。
 子供の頃のように。  

2005/08/22

空の色

 激しい雨が通り過ぎた後。

 雲の切れ間に、すばらしく美しい水色の空。

 ああ、この色は知っている。
 夏と秋の間の空の色だ。

 暑い暑いとこぼしているうちに、
 季節はひっそりと移り変わろうとしているらしい。

 もう秋はすぐそこ。
 今年の夏は、もうじき終わり。

2005/08/21

義経

 今年の大河ドラマは、けっこうオーソドックスなつくりでおもしろいぞ、と思っていたけれど。
 途中から見るのをやめてしまった。
 やめた、というより、なんとなく見なくなったというのが正しい。

 そして、昨日、久しぶりに再放送をちょこっと見てしまった。
 義経の家臣として、平泉から付き従ってきた佐藤継信が死んでしまう場面(屋島合戦)。
 ドラマのお約束として、継信は簡単に死なず、あれこれ語るわけだが。

 義経は、決して継信が死ぬことを許さない。
 股肱の臣が今まさにみまかろうとしているのに、労うでもなく、「逝くな」と言うだけ。
 このシーンがとても印象的だった。

 おそらく。
 義経という人は、孤独であったがゆえに、身内には激しい愛情を注ぐ人だったのではないか。 
 この「身内」には血縁はもちろん、弁慶はじめそば近く仕える人々も含まれる。
 継信の死に際しては、嘆き悲しみ、号泣したのではないだろうか。
 「私を置いて逝くな」「死んではならぬ」という言葉を、人目もはばからず口にしたような気がする。
 そんな義経だったから、彼に惹かれた人も多かったのではないか。

 そういう、私の「義経像」と重なったシーンだった。

 ちなみに、そう言われた継信は、義経を見つめたまま、目をカッと見開いて死ぬ。
 主従関係だからというよりも、本当に義経のことが心配でならなかったのだろう。
 義経は、きっとそういう人だった。
 そばにいた人たちは、義経のことが好きだったと思う。

 そういえば。
 先日観た「義経展」でも、「継信最期」の場面は、屏風絵や絵巻にけっこう取り上げられていた。
 「平家物語」ではどう描かれていたっけ。
 久々に原典を読み返してみよう。
 
 
 
 
 
 

2005/08/20

駒大苫小牧優勝!

 優勝しちゃいましたね。
 
 2年連続して「夏」に一敗もしていないっていうのは、
 奇跡に近いものがありますね。
 今年も接戦の連続で、暑い中心身ともにキツイ時もあっただろうに、
 がんばり通した駒大苫小牧の野球部員たちには、拍手を贈りたいです。
 おめでとー!!

 実は、去年はちょっとフクザツな気分で、駒大苫小牧の優勝を見てました。
 「白河の関を越えない」と言われた優勝旗。
 それが、みちのくを飛び越えて、北海道に行ってしまうんだもの。
 まず白河の関を越えてから、津軽海峡を渡ってほしかったな、と。
 
 そんな東北人のわがままも、今年は粉砕されました。
 お見事です。
 私は桑田・清原世代ですが、当時圧倒的強さを誇ったPL学園でも成し得なかった、夏2連覇。
 すごい、としか言いようがないです。
 
 駒大苫小牧だけじゃなくて、今年はいいチームが多かったなあ。
 試合展開も逆転につぐ逆転で、盛り上がりました。
 
 でも、できれば、次は優勝旗をみちのくに・・・と思うのですよ。  

2005/08/19

お酒強そうですね

 「お酒、強そうですよね」と言われた。
 もう、私の人生において、何度言われたかわからない台詞。

 いったい何をもってして人にそう言わしめるのかわからないのだけれど
 (「はぁ?何言ってんの?」という声が聞こえるが、無視)
 否定できないので、笑うしかない。
 しかし、私のパーソナリティをあまり知らないはずの人に言われると、
 なかなかにフクザツな気分になる。

 お酒とのつきあいは長いのだが、おおっぴらに飲み始めたのは大学1年の頃。
 武道会(剣道部・柔道部・空手道部・合気道部の総称)のお花見で、
 あまりの呑みっぷりのよさに、先輩たちにガンガン飲まされ、
 完全につぶされてしまったことがあった。
 同じく夏の合宿(とは名ばかりの飲み会)で、
 先輩(♂)に「勝負だ!」と言われ、サシで日本酒をあけたこともあった。
 ちなみに、私の勝ちだった。

 それから武勇伝は数々あるが、
 現在の職場でも、先輩職員(♂)と勝負して、2勝1敗と勝ち越してしまい、
 すっかり皆に「酒豪」と認められてしまった。
 
 というわけで、「お酒強そうですね」と言われると、
 私が何か言う前に、周りが「強そう、じゃなくて、強いんだよ」と言ってくれる。
 大きなお世話じゃ。


 ちなみに。
 先日の津軽旅行で、一番おいしかったお酒は、
 鹿児島の黒糖焼酎と芋焼酎でした。
 (なぜ、青森で鹿児島の酒を飲んでるのかは聞かないように) 

2005/08/18

思いの連鎖~野球部100年

 夏はやっぱり高校野球。 
 甲子園では、連日の逆転劇。
 盛り上がってますね。

 今年は母校の野球部の創部100周年なんだそうで。

 で、先日、「写真で振り返る福陵野球部100年の歴史」ってのに行ってきました。

 100年と一口に言うけれど、よく考えるとすごい。
 もちろん、まだ「高校」じゃなかった時代から。ずっと。
 
 見るからに時代を感じる写真パネル。
 母校の歴史と言ってもあやふやなのに、ましてや野球部限定だと・・・。
 甲子園で初の敬遠策を実行した、とか。
 優秀な選手がいっぱいいたんだ、とか。
 ひええ、あの応援歌はこの当時すでに歌われていたのだね、とか。
 「知らなかったよ~」な事実がいっぱい。

 だんだん時代を下ってきて、私の記憶にある頃の写真が並ぶ。
 おお、なつかしい。
 この頃の活躍を見て、あの高校に行こう!と決めたんだった。
 
 そして、私が高3の夏。
 この辺にいたはずなんだけどな~、と、写真を探す。
 同級生がたくさんいる。
 甲子園でのスコアがある。
 あの夏の歓声と熱気を鮮明に思い出す。

 さらに、後輩たちの時代。
 弟たちの時代。
 もっと、新しい時代。
 それぞれの激闘の記録。

 100年続いてくるあいだには、戦争もあった。
 軍資金がなくて大会出場を断念したこともあった。 
 栄光を手にしたこともあれば、全然勝てなくて罵倒された時もあった。
 山あり谷あり。
 それでも野球を愛した人たちがいたのだ。
 その思いがつながってきたのだ。
 100年の間、ずっと。

 私はもちろん野球部ではなかったけれど。
 その思いの連鎖に自分もちょっとだけ加わっていることを、
 初めて誇らしいと思えた。
 
 
 

2005/08/17

ぐらぐら

 昨日のお昼ちょっと前。
 うだうだと二度寝して、ようやく起き出した私に、母が「お昼何がいい?」
 「うーん、昨日買った焼きそばにしようか」と答えたとたん。

 グラグラ、ときた。

 あ、地震。

 「けっこう揺れてるね」「すぐおさまるでしょ」
 そんな悠長なことを言ってるうちに、揺れが強くなってきた。
 「台所のガス、大丈夫か?」「大丈夫でしょ」「大丈夫じゃないだろ」
 我が家で一番神経質な弟にせかされて、母が立ち上がった。

 グラグラグラ。
 大きい。
 だんだん揺れが強くなる。
 もうずいぶん長いこと揺れている気がする。

 みんな立ち上がる。
 少々のことでは動じないうちの猫も、起き上がって逃げようかなという態勢。
 これは、ヤバイ。
 とりあえず、猫を抱き上げ、外に逃げた方がいいかしら・・・というところで、揺れがおさまった。

 ふう。
 まだちょっとドキドキしながら、座り込む。
 猫は毛づくろいを始める。
 蝉の声が戻ってきた。
 もう大丈夫。
 みんなで顔を見合わせて、えへらと笑う。
 ああ、怖かった。

 
 天災は防ぎようがないから恐ろしい。
 被害にあったみなさまには、心からお見舞い申し上げます。

セロの音響く・・・

 小澤征爾&ロストロポーヴィチによる、コンサートキャラバン2005。
 岩手県一戸町の御所野縄文公園でおこなわれた回に行ってきた。
 世界のオザワが、若手を引き連れて地方をまわるこの公演。
 コンサートホールなんてない田舎でもやってしまう。小さな小学校の体育館とか。
 御所野縄文公園は、もちろん野外。
 小さい仮設ステージに、ギチギチと椅子と譜面台を並べて。
 いいのかい、こんなとこで・・・と思いながら、ステージから5mくらいのところに陣取る。
 もちろん、座席なんてない。
 草っ原にシートを敷いて座るのです。

 照りつける陽射しが少し弱まったかなと思う17時半すぎ。
 黒ずくめの小澤征爾登場。わきおこる拍手。
 30人弱の編成のオケは、みんな若い。

 サン=サーンスのチェロ協奏曲。
 ロストロポーヴィチのチェロの音を聴いた瞬間、泣きそうになって困った。
 弦楽器を生で聴くのは初めて。
 こんなに豊かな音なんだと、静かに感動した。

 チェロを中心に、いろんな楽器が音を重ねていく。
 少ない人数とはいえ、それをまとめあげていく指揮者。
 みんな汗だく。
 だけど、すごい集中力。
 こちらも、それに魅せられ、ひきこまれていく。

 曲が終わってから、楽器紹介コーナーがあった。
 トランペットの二人が説明していく。
 管楽器は、短い曲を吹いてくれた。
 ファゴットの時、吹こうとした寸前、楽器の先にトンボがとまった。
 そして、吹いた曲は「赤とんぼ」。
 小さな偶然に、小さなどよめきが広がる。

 その後、質問コーナー。
 すると、一人のおばさんがすっくと手を挙げた。
 「宮沢賢治に『セロ弾きのゴーシュ』という作品があります。
  あれに出てくる『セロ』って楽器に近いのはどれでしょう」
 世界のオザワいわく「ああ、それはチェロのことなんですよ。」
 すると、「音が聴きたい」という声が。
 さすがに苦笑しながら、「さっき、みなさん聴いてたはずなんですけどね」
 「あのおじさん(ロストロポーヴィチの方をさして)が弾いてたでしょ」
 みんなが笑う。

 時間にして1時間。
 たった2曲の小さなコンサートだったけど。
 楽しかった。
 音の中に身をゆだねる快感。
 その音を奏でる人たちの熱気。
 いつのまにか日は落ちて、風は肌寒くさえあったのだけど。
 
 縄文の森に響いた『セロ』の音を、私はきっと忘れられない。 
 
  

2005/08/12

8月12日

 その日は、何も知らなかった。
 というのは、甲子園からの帰途で、高速をひたすらバスで走っていたから。
 ニュースも見ていない。
 翌日の昼、へとへとに疲れて家に帰り着いたら、
 母が「大変なことになった」とこわばった顔で出迎えた。
 
 それが、私が日航機墜落事故を知った瞬間だった。

 それからはずっとテレビにはりついていた。
 新聞も、ひたすら読んだ。 
 目の前で起きていることが信じられなかった。
 信じられないことが現実に起こるのだ、と・・・それを初めて実感した出来事だった。

 あの日から20年。
 今日は、テレビでも特番が組まれ、ニュースでも取り上げられていた。 
 ボイスレコーダーに記録された声や、当時の再現映像は、見ていて本当につらい。
 どれだけ怖かったか。どれだけ無念だったか。
 そう思うと、涙が出る。

 亡くなった人たちは帰ってこない。
 大切な人を失った悲しみが、癒えることはない。
 だからこそ、風化させないでほしいと思う。
 二度と同じことを繰り返さないために。
 
 たとえ、何年過ぎようとも。

 520名の方々のご冥福を、心よりお祈り申し上げます・・・。
 

五千年前の~津軽旅行記Ⅳ~

 私たちの旅は、とうとう五千年前へと行き着く。

 三内丸山遺跡。

 この縄文遺跡は、母のおすすめスポット。
 母は、岩手の縄文遺跡で、ボランティアガイドをしている。
 「一度は行ったほうがいい」と言われ、じゃあちょっくら行ってみようか、と。

 大きい。
 
 その規模の大きさ、出土品の多さに圧倒される。
 
 五千年前、ここに人がいて、人の暮らしがあったのだと、実感する。
 堅穴住居に入ってみる。
 出入り口が狭いけど、中はけっこう広い。
 
 三内丸山のシンボルにもなっている大掘立柱を見上げる。
 あそこに登ってみたい、と強烈に思う。
 「前世では、あの上に登っていた気がする」と言って、あきれられる。
 
 静かでのどかな場所。
 だけど、人が暮らしていた場所だというざわめきが、大地に残っている。
 そんな場所。

 
 そして、津軽の旅は、終わり。
 日常に戻ってきた。

 実は、今回の旅の元になったのは、漫画「NATURAL」(by成田美名子/白泉社)。
 この漫画の中で、主人公たちが青森に行く場面があるのです。
 そこに出てくる一部に行ってみました。
 青森出身の漫画家さんが描いただけあって、行くところハズレなし。
 とっても充実した二日間でした。

 目的地にたどりつくのに迷って、思わぬ所に行ってしまったとか、
 北上したはずなのに暑くてまいったとか、
 いろいろあったけど。

 帰って来てから、ずっと旅の記憶を反芻している。
 見てきた場所。おいしかったもの。
 感じた空気。

 いつか、今回行けなかったポイントにも、行ってみたいなあ。

2005/08/11

祭りのあと/津軽平野~津軽旅行記Ⅲ~

 津軽の夏は、青森ねぶた・弘前ねぷた・五所川原立佞武多(たちねぷた)で盛り上がる。

 津軽に行くことは急に思い立ったので、この祭りの時期は避けた。
 なぜって、宿がとれないから。

 なので、宿泊地・五所川原に行ったのは、ちょうど立佞武多が終わった次の日。
 夜の七時くらいに市街地に入ったけれど・・・妙に静かな気配。
 店という店のほとんどが閉まっている。

 祭りのあと。
 けだるさと、静けさと。
 一年分のエネルギーを燃焼し尽くして、みんな疲れて寝ているのかも。

 開いているお店を見つけて、ごはんにする。
 「お祭り期間メニュー」で簡単なものが多かったけれど、おいしかった。
 何より、お酒の種類が豊富で、飲みまくる。
 幸せ♪

 酔っぱらって宿に帰り、静かな町で、静かに眠りにつく。


 翌日は、津軽半島をさらに北上。
 金木の斜陽館をめざす。
 太宰治の生まれた家。
 いちおう、本読みとしては一度は訪れなければと思っていた場所。

 大きくて、立派な造りの家。
 太宰ってば、ほんとにお坊ちゃまだったんだな~と実感。
 家の中に入って、ぺたぺた歩く。
 襖絵とか、絵付きの大皿とか、おっきくて金ぴかの仏壇とか。
 見るたびに「うわ!」
 そして、この家で生活しながら、親や兄とうまく関われず、
 一人でぐるぐるしていた自意識過剰の少年に思いをはせる。

 そして、「津軽」を読まねば!と決心しながら、斜陽館を後にする。
 (実は、太宰はそれほど読んでいないのであった)


 その後、高山稲荷神社に立ち寄って、さらに十三湖へ向かう。
 
 津軽平野を突っ切って走る道路は、とにかくまっすぐ!
 岩手(特に県北)はカーブが多いので、まっすぐな道にひたすら感動。
 さらに、ふだんは山あいの町で生活しているので、平野にも感動。
 「すげー!」を連発しながら、あっというまに十三湖到着。

 ドライブイン「和歌山」で、念願のしじみラーメン。
 だしが出ていて、おいしかった!

 
 そうして、津軽半島北上はここまで。
 今度は、青森湾ぞいにぬけて、青森目指して南下を始めたのです。

 

 

日本海の楽しみ~津軽旅行記Ⅱ~

 日本海沿岸を、能代からずうっと北上していく。

 秋田と青森との県境を越えたあたりから、一気に海が近くなる。
 五能線の線路と並行して走る101号線を、ひたすら北へ北へ。

 私にとって海といえば、太平洋。
 日本海は、雰囲気が全然違う。
 
 まず、波が荒くない。
 太平洋だと海水浴場でも波が音を立てて打ち寄せ、白い波頭が見えるけれど、
 日本海は常に凪いでいるように見える。

 それから、色が違う。
 太平洋は、明るい青がベースだけれど、
 日本海はちょっと暗め。

 最高なのは「夕日の沈む海」。
 太平洋では絶対見られない、海に沈む夕日。
 今回は、宿泊の都合で日が落ちる前に内陸に移動してしまったので、
 夕日の海は見られなかった。

 このエリアのお楽しみは・・・「焼きイカ」!!!
 生干しのイカに塩をふって、その場で焼いてくれるもの。
 (店によっては、マヨネーズをかけてくれる)
 これが、めちゃくちゃうまい!!
 海を眺めながら焼きたてのイカを食すという、最高のシチュエーション。
 ああ、これでビールがあれば・・・と。
 
 このルートを通るたびに、焼きイカは欠かさない私。
 今回もしっかりと食べて、この日の宿、五所川原に向かったのでした。

2005/08/10

マイ・フェイバリット・プレイス~津軽旅行記Ⅰ~

 大好きな場所に、久しぶりに行ってきた。

 青森県深浦町(旧岩崎村)の十二湖。
 その中の、青池。

 車の立ち入りが禁止されている道を、とことこ歩く。
 道の両脇には、緑の木々。
 暑いけれど、空気が澄んでいて気持ちいいなあなんて思いながら、歩く。
  
 その道の突き当たり、奥まったところに、青池はある。

 「十二湖」の名の通り、たくさんある池の中で、ここだけが水が青い。
 
 近くに寄ってみると、透明な水なのだけど、なぜか青く見える。
 その神秘的なたたずまいに、いつも言葉を失ってしまう。

 ブナの樹が倒れて、池に沈んでいる。
 魚が、泳いでいる。
 湖面にはアメンボ。
 時おり吹く風が、さざなみをたてる。

 あの場所は、とっても静か。
 鳥の声、風にそよぐ木々の音・・・本当はいろんな音があふれているのだけど、
 なぜだか「静謐」という言葉が似合う。
 
 そして、時間を忘れる。
 ピリピリイライラしていた自分が、すうっと楽になっていくのがわかる。


 なぜ青池だけ水が青くなるのかは、いまだにわからないのだそうな。
 (ほかの池は緑色をしている)
 その不思議さもあいまって、私にとっては特別な場所なのです。

 ただし、夏に行く時は、虫対策が必須。
 しつこい虻につきまとわれて、早々に逃げ帰ってきてしまったのが、残念。

 

2005/08/08

おめでとう!

 友人に赤ちゃんが生まれました!
 おめでとう、Tさん!!

 真夏に生まれた男の子。
 これから、どんな人生を歩むのかな。
 ママみたいに、いつも元気印の子になるのかな。
 ふふふ。
 対面するのが楽しみです♪


 友人・M姐御のとこの末娘も、赤ん坊の頃から知ってるけど、
 人見知りして泣いてばっかりだったのが、
 すっかりおしゃべりでおしゃまな女の子になりました。
 とにかく、「おばちゃん」と呼ばせないように、必死な私。
 (最近、ようやく名前をおぼえてくれた)

 友人の子の年を数えて、自分の年を思い出す。
 そんな負け犬生活だけど、子供たちの成長を見てるのは、楽しい。
 たくましいんだもん、子供って。
 こっちがエネルギーもらってます。


 というわけで。
 この世にやってきた、新しい生命(いのち)。
 ようこそ!
 ちょっと生きにくい、大変な世の中かもしれないけれど、
 楽しいこと、胸躍ることがいっぱいあるよ。
 これから、よろしく!
 

2005/08/07

花火

 ドン!ドン!と音が聞こえる。

 慌てて外に飛び出す。
 サンダルをつっかけて、音のする方へトコトコ。
 ほんのちょっと歩いただけで、視界に華が開いた。

 ささやかな夏祭りの、ささやかな花火。
 
 きれい。

 私の好みは、大輪で、開いた後に、すうっと枝垂れていくもの。
 中間とラストに、その連発があって、うっとりする。

 落ち込んでいた気分が、少しだけ上向きになる。
 

 一週間前のキャンプでも、花火をやった。
 もちろん、手持ちの。
 ギャーギャー騒ぎながら火をつけ、振り回すヤツ、走り回るヤツ。
 最後の線香花火のときには、誰も口をきかず、静まり返った。

 みんなでやる、こういう花火も好き。
 この時の写真は、みんなとってもいい顔してる。

 
 名のある花火大会には一度も行ったことがないけれど。
 小さな花火でも、なぜか心を浮き立たせ、また穏やかにしてくれる。
 不思議。

 
 今日は立秋。
 でも、北国の短い夏は、今が盛りです。

 

2005/08/06

調味料バトン!

 のろのろさんから「調味料バトン」がまわってきました。
 ということで、いってみようか。

 うちの家族は、あんまり凝った調味料を使わないので、私もこんなもんです。


【質問:次のメニューにどんな調味料をかけますか。薬味はふくみません。 】

目玉焼き→ 醤油(時々ソース)

納豆  → 添付のタレ  ついてない時は醤油

冷奴  → 麺つゆ(2倍希釈のもの)

ぎょうざ → ポン酢

カレー → なにもかけません

ナポリタン→ チーズ

ピザ  → タバスコ(少々)

生キャベツ → マヨネーズ

トマト → 塩or醤油  最近は何もかけない方が多いかも

サラダ → ドレッシングを適当に(どの味かは、決まっていない)

カキフライ → 大好きだけど、食べられません(涙)

メンチカツ → 醤油かな? あんまり得意じゃないなので、めったに食べないけど。

コロッケ → ソース(ただし、肉じゃがコロッケは醤油)

てんぷら → 天つゆor醤油

とんかつ → ソース

ごはん(おかずなし) → たらこ(これって調味料?)  


【質問:周囲に意外と驚かれるけれど好きな組み合わせ。 】

今はやりませんが。
子供の頃、トマトに砂糖をかけて食べてました。かなり好きでした。


【質問:一般的だけど苦手な組み合わせ】

のろのろさん!キャベツにソースは、私も苦手だ!


【指令:五人にまわしてください。】 
 
それでは、本プロ経由で今までコメントいただいた方々に・・・。

   あしかさん、北原杏子さん、mimisaruさん、ゆきみさん、EKKOさん。

     もし気が向いたら、回答お願いします。

2005/08/04

梅雨明け!

 梅雨明けしました!!

 今さら?と思うかもしれませんが、岩手は昨日まで「梅雨」だったのです。
 かろうじて、暦が秋を迎える前に梅雨明け。

 しかし、暑いのです。
 北国生まれ・北国育ちのまゆには、とーってもつらい。
 しかも、冷房負けするので、家にはエアコンがない。
 なので、家の中では、扇風機を持って移動。
 つらいっす・・・。

 なんてことを言ってるうちに、北国の短い夏は終わってしまう。
 あっというまに。

 私の好きな漫画家・遠藤淑子の「真夏」(「ファミリーアワー」収録)に、こんなフレーズがある。

  「その夏一番暑かった日は
   夏が終わってからじゃないとわからない」

 そして、こう続く。

  「大事なことはいつも
   過ぎてしまってから気がつく」

 たしかに、そうかも。
 大事なこと、気づかずに通り過ぎてしまわないようになりたいもの。

 とりあえず。
 2005年の夏を楽しまなくっちゃ、ね。
 
 

2005/08/03

焼けたね~

 夏休みに入ってから、毎日1時間、外にいる。
 走っている人たちを見守って(口も出すけど)、
 練習が終わったら冷たい冷たい麦茶を出す。
 それだけのことなんだけど。

 午前中、9時半から10時半まで。
 たった1時間。
 とはいえ、日陰がないので、お日さまの下にずっといる。
 一応、帽子はかぶっているけど。
 
 去年はやたらと暑かったので、ある程度焼けるのも覚悟の上だったけど、
 今年はあんまり焼けないな~、ラッキー♪なんて思っていたら。

 今日会った友人いわく「焼けたね~」
 そう言われてよく見ると、腕も脚も真っ赤・・・。
 (一応、顔だけはガードしてる) 
 「年とってからの日焼けは老化を早めるだけだよ」
 ・・・ほっといてください。

 カラリと晴れた日より、ちょっと雲がかかったような日の方が、
 ガンガン日焼けするのは不思議不思議。

 それにしても、お日さまパワーはすごいや。
 でも、明日もがんばるぞ。
 

2005/08/02

夏合宿

 むちゃくちゃ暑いです~。
 岩手はまだ梅雨明けしてないんですけど・・・。
 そのせいか、ものすごく蒸し暑いです。

 暑いといえば。

 高校時代の剣道部の夏合宿。
 7月末から8月初めあたり、一番暑い時期にやっていたっけ。 

 稽古着に着替えただけで、汗。
 さらに防具をつけると、それだけで滝のように汗が・・・。
 それで動いた日にゃ・・・ぶるる。思い出すのも嫌。

 ダラダラ流れる汗は、容赦なく目に入る。
 でも、面をつけていると、汗をぬぐうわけにもいかない。
 ほんっとーにしんどかった。

 朝走って、午前中稽古、午後も稽古。
 1日の稽古が終わると、2キロくらいは体重が減っていた。
 (もちろん、水分補給すると、戻ってしまう)

 OBが大挙してやってきて、後輩たちをしごいてかわいがってくださる。
 さらに、うちの学校は強かったので(特に男子が)、
 インターハイ出場なんてことになると、稽古は激化!
 夜なんて、おとなしく寝るだけ。
 遊ぶ体力&気力なんて残ってない。

 
 思い出すだけでぞっとするけれど、
 今となっては、すごくなつかしい気もするのですよ。
 なんというか・・・青春でしたね。
 というと、自分がすごく年寄りになった気分だけど。

 ぶっ倒れるまで(比喩にあらず)稽古したのって、
 後にも先にも、高校時代だけです。
 そこまで熱くなれた自分がちょっとかっこいいかも・・・とか、ね。

 でも、それも今だから言えること。
 もう二度とやりたくないですよ。

2005/08/01

集中豪雨

 昨日の午後、激しい雷雨がありました。

 一瞬のうちに空が暗くなり、ものすごい雷と雨。
 「バケツの底をひっくり返したような」という形容では足りないくらいの。

 暑くて家中の窓を開けていたので、雨が吹き込んでくる。
 あわてて窓を閉めてまわる。
 
 雷もすぐ近くで鳴っていて、雨音もすごい。
 テレビの音が聞こえない。

 あまりのすさまじさに茫然としてしまった。

 小一時間たって、ようやく雨が上がると、
 家の前の道には、大量の土砂が流れ出していた。
 後で知ったのだけど、町内では床上浸水したところもあったらしい。
 短時間で大量の雨が降った、集中豪雨だった。

 キャンプの時といい、自然の猛威にただ圧倒された一日でした。
 

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