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2005年9月

2005/09/29

何が彼をそうさせたか

 「昨日の『笑ってコラえて』見た?」
 「見た見た」
 「吹奏楽、すごかったね」
 ・・・という話になり。

 昨日は、ある男子生徒の激変ぶりがメイン。
 県大会の編成メンバーを決めるとき、
 「オーディションはやりたくない。
  おれ、落ちたら、応援できんし」
 と発言し、同級生の女子から
 「なんでそんなわがまま言うん!」
 と責められていた彼。

 ところが、彼はオーディションに落ちた後も練習を続け、
 再度のオーディションに落ちたにもかかわらず、
 「みんなを応援したいです」

 どーして180度変わるよ!
 
 あまりの激変ぶりに、見ていて口があんぐり開いてしまった。

 県大会での仲間たちの演奏を聞いた後の、彼の表情がよかった。
 「音の合い方が違うんスよ!」みたいなことを言って、はしゃいでいた。
 こっちまでうれしくなってくるじゃないか。

 「人のために」という気持ちをもっている人は強い、とは私の恩師の弁。
 
 何が彼をそうさせたのかはわからないけど、ね。 

2005/09/27

クラシックの効用

 ものすごく腹の立つことがあって。
 ものすごく悔しいこともあって。
 ムカムカイライラしながら、家に帰ってきた。

 友達に電話をして、メールをして、とにかく怒りを吐き出す。
 いつもはブツブツと愚痴る私が、今日は叫び出しそうな勢いで怒っていたので、
 電話の向こうの友達はビックリしていた。
 ぶつけられた方は迷惑だよね。ほんと、ゴメン。

 ゆっくりとお風呂につかる。
 何も考えずに、ゆったりと・・・。
 と思っても、今日は無理。
 ずっと我慢してきた怒りが爆発寸前なのは、おさまらない。

 ふと、クラシックのCDが目に止まる。
 「リラクシング・クラシック」の盤でも聴いたら、少しは落ち着くだろうか。
 バッハの「G線上のアリア」から始まるそれは、
 パッヘルベルの「カノン」や、ベートーヴェンの「月光」、
 ドヴォルザークの交響曲第9番・・・と、好きな曲が目白押し。
 
 ボーッと音に身をゆだねていたら、最後の曲でいきなり涙があふれた。
 ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲より 第18変奏」。
 流れるような旋律が盛り上がるのにつれて、涙腺は完全に決壊。

 ああ、そうか。
 私は泣きたかったのか。
 今まで我慢してきたこと。がんばってきたこと。
 泣き言を言うことさえはばかられるほど、ギリギリの状態だったのだ、と。
 
 涙があふれるにまかせているうちに、
 ようやく昂ぶった気持ちは平らかになってきた。
 
 今夜はぐっすり眠って、明日もまたがんばろう。
 

2005/09/26

勝ってなんぼの世界だけど

 時事ネタや、社会に物申すことはあまり書くまい、と思っていたけれど。
 これだけは言わせてください。

 田尾監督解任、反対!!!!!

 楽天イーグルスが今シーズン勝てないことは、わかりきっていた。
 そんなの、冷静に考えれば素人にだってわかる。
 だけど、田尾さんは監督を引き受けてくれた。
 勝ってなんぼのプロ野球の世界で、勝つのが至難の業というチームを。
 だから、ファンは田尾監督を支持してきたのだ。
 感謝してきたのだ。

 アメリカのプロバスケ(NBA)でも、できたばかりの新チームは、
 何シーズンかは最下位が定位置だ。
 毎年補強をしていって、いい新人をいれて、ようやく優勝戦線に踊り出る。
 楽天が強くなるには、まだ時間がかかる。
 そんなこと、当たり前だ。

 ファンは、わかってる。
 東北に球団ができたのはうれしい。
 でも、一から全てを創っていくのは、並大抵の苦労じゃない。
 だからこそ、応援してるのだ。

 その苦労を買って出てくれた田尾さんに大変な思いだけさせて追い出すというのは、
 どうにも筋が通らないと感じるのは、私だけじゃないと思う。
 
 経営者には経営者の、フロントにはフロントの思惑があって、
 それは当然キレイゴトじゃすまされないことなのだろう。
 でも、今回の措置は、人としてどうなのよ?と、
 東北人の一人として思うわけです。

2005/09/25

たすきをつなぐ

 野口みずき、ベルリンマラソン優勝!日本新記録!
 すごいなあ。
 何がすごいって、それを目標にしてきて、達成してしまうことが、すごい。
 それがどれだけ難しいことか・・・。

 自分の足で走るだけのことなのに、これがなかなかままならない。
 一人で42.195キロ走るってのも恐ろしいけれど、
 みんなでたすきをつなぐ駅伝も、難しい。

 去年の駅伝は、2区を走った期待のランナーが、まさかの大ブレーキ。
 順位は二桁に沈んだ。
 もちろん、誰も彼を責めなかった。
 だけど、彼は無言で涙をにじませていた。
 たった一人の不調が、全体に影響してしまう。
 駅伝レースの怖さを実感した。

 今年は、彼は快調に走りきった。
 たすきは順調につながれ、順位も一桁に戻った。
 レース後に「去年あんなことになったけど、今年は思うとおりに走れた」と言った。
 それでも、去年一緒に走った先輩たちへの申し訳なさは、一生忘れられないのだろう。

 
 たすきをつなぐ、ということ。
 自分のために走っていたのでは、それはできない。
 私にたすきを渡してくれた人のために。
 私のたすきを待っていてくれる人のために。
 そういう思いが、人に勇気をくれる。
 そんな気がする。 

2005/09/21

ミシン

 「ちょっとこれ縫ってちょうだい」と頼まれ、仕方なくミシンに向かう。
 裁縫は嫌いなわけじゃない。
 でも、得意ではない。
 生来雑な性質なので、「ていねいに」「きれいに」というのが、できない。
 だから、仕上がりはきれいにいったためしがない。

 明日の駅伝大会で使うたすきの端を、ちょこっと縫うだけ。
 手縫いでもできる程度だけれど、とりあえずミシンを使うことに。
 でも、ミシンなんてもう何年もまともに使っていない。
 
 一番得意なのは、足踏みミシン。
 電動じゃなく、足で板状のペダルをパタパタやるもの。
 いつの頃か、家にあったそれが私のお気に入りで、
 簡単な手提げバッグを縫っては悦に入っていた。

 その次は、母の電動足踏みミシン。
 電動ミシンは速度調節が難しくて嫌いだった。
 母は、そのミシンをコタツで使っていた。
 正座して、膝で踏むのだ。
 なんて器用な人だ・・・と呆れて見ていたものだ。
 それでも、私も使っているうちに、速度はそれなりにコントロールできるようになった。
 (でも、膝は使えない)

 今日使った電動ミシンは、足踏みですらない。
 どこでスタートするんだ?と思ったら、ボタンをポチッと押す。
 おお、使ったことないよ、こんなの!(いや、珍しいものでもないから)
 おそるおそるスタートする。
 あれ、返し縫いってどうするの?
 あれれ、勝手に進んでいかないでよ!
 うわうわうわ!と慌てているうちに、縫い目は見事に曲がってしまう。

 「すいません!」と言いながら、自分でも笑ってしまった。
 ふだん偉そうなこと言ってるけど、ミシン一つ自在に扱えない私。
 でも、「じゅうぶん、じゅうぶん。ありがとうございます」と言ってもらって、
 ちょっとだけホッとした。
 
 明日の駅伝大会、あのたすきをかけた彼らが、
 誰よりも速く走れますように。 
 

2005/09/20

平日の図書館

 平日休みというのは、ちょっと得した気分。
 午前中からパタパタと用事を済ませて、町の図書館に行く。
 
 平日の午前中の図書館は、予想通り誰もいない。

 この図書館は、かつて町役場だったという年季の入った木造の建物。
 玄関でスリッパに履きかえて、パタパタ歩く。
 一歩踏み出すたびに、床がギシギシ鳴る。
 実は、この音が好きなのだ(木造の建物が好きなので)
 スペース的にも蔵書量も、図書館というよりは「図書室」という感じ。
 その小さなスペースを、独り占めできる快感。

 新刊図書の棚でお目当ての本をゲットして、
 それから、書架をゆっくりまわって歩く。
 すでに3冊抱えているので、これ以上借りる気はないけれど、
 せっかくだから、ゆっくり見ていこう。

 書架に挟まれて、ほんのり薄暗い空間。
 頭の上まで本に埋もれている感覚。
 うっとり。

 管理室からかすかに聞こえる司書さんたちの話し声を耳にしながら、
 本の背表紙を眺めていく。
 子供の頃読んだ本や、いつか読もうとねらっている本。
 話題作だけど、たぶん一生読まないだろうなと思っている本。
 世の中にこんなに「本」が出回っていることに、あらためて驚く。

 ギシギシと鳴る床の音を聴きながら、本に囲まれてのんびり。
 平日休みの、贅沢な過ごし方。  

2005/09/17

勝負

 勝つうれしさと、負ける悔しさと。
 勝負事(ギャンブルではありません)には、それらがつきもの。
 私も、何度もそれを味わってきた。

 結果が全てとは思っていないけど、やはり勝ち負けならば勝った方がいい。
 どんなにがんばったって、勝てないとつらい。
 気持ちがだんだんに弱ってしまう。
 「勝てる」「できる」「今までやってきたのは間違ってなかった」
 そう確信できると、また次のことに立ち向かう勇気がわいてくる。

 自分が選手だった時代は、そこがよくわかっていなかった。
 どこかで「自分は勝てない」とあきらめていた気がする。

 今は、「勝たせたい」と思う。
 あなたたちのやってきたことは無駄じゃないんだよ、と。
 がんばっただけの成果はあるのだよ、と。
 わかってほしいと思うから。
 あなたたちには未来を切り開く力があるのだ、と。

 昨日、今日。
 二日間で、たくさんの勝ち負けを経験した。
 彼らも私も、うれし泣きをし、悔し泣きもした。
 
 どうか、その涙がこれからの彼らと私の糧になりますように。
 いや、糧にしていく強さをもてますように。
 私たちの勝負は、まだまだこれからなのだから。

2005/09/13

秋祭り

 日が落ちると、町のあちこちから太鼓の音。
 もうじき、秋祭り。
 山車ごとに太鼓の練習をしているのだ。
 小学生や中学生が集まって。

 岩手は、秋祭りの季節。
 大きな祭りから小さなものまで、毎日のようにどこかでお祭りがある。
 
 子供の頃からお祭り好きで、太鼓の音を聴いただけでそわそわしてしまう。
 
 幼い頃は、子供用のピンクの法被を買ってもらい、山車をひいた。
 小学校の3年生くらいから、神社の稚児行列に入れてもらった。
 (これはきれいな着物が着られたので、かなりお気に入りだった)
  
 中学になると、稚児行列も卒業。
 山車の太鼓をたたきたかったけれど、「女はダメ」と言われてしまう。
 (今は女の子OK。でないと、人が足りないのだ)
 しかたないので、友達と連れ立って山車を見に行く。
 好きな男の子が太鼓をたたいているのを、うっとりと見上げながら。

 高校生の頃は、地元のお祭りはもちろん、
 通っていた高校のある隣町のお祭りに行ったり・・・。

 元気いっぱい、エネルギー全開の夏祭りもいいけれど、
 どこか物悲しさが漂う、秋祭りの独特の雰囲気が好きだ。
 祭りの後の寂しさも、秋の風情にふさわしい。
 
 今夜も、太鼓の音。
 北国は、秋本番です。 

2005/09/12

記憶の扉

 渡辺美里のベスト盤を、車でかけっぱなしにしている。
 3枚組みなので、3枚入るCDチェンジャーは、渡辺美里オンリー。

 この人の歌は、あまりにまっすぐで、聴いていて気恥ずかしくなる時もあるけれど。
 久しぶりに聴いてみると、そのまっすぐさが心地よい。

 よく聴いていたのは10代から20代前半にかけて。
 カーステレオから流れてくる曲とオーバーラップして、
 当時の思い出が急に甦ってきてハッとする。
 ああ、そんなこともあったっけ。
 あの時、この曲を聴いていたなあ。
 
 忘れていたことを、思い出す。
 音楽は、記憶の扉を開いてしまう。
 いとも簡単に。


  あれから10年も この先10年も
  急がない 振り向かない 立ち止まらない
  君だけを ぼくだけを 愛したときを
  きっと誇りに思うよ
  ずっと誇りに思うよ

 「10years」のこのフレーズが、一番好きです。  

2005/09/11

猫の夕ごはん

 ご近所に猫がいっぱいいるお家があって、
 いつも前を通る時に、車の速度を落としてキョロキョロしてしまう。
 猫ちゃんと会えると、ラッキー!と思う。

 今日の夕方通りかかったとき、
 ちょうどごはんの時間だったらしく、みんな集まってまぐまぐ食べていた。
 思わず、ブレーキを踏んでしまう。
 
 いろんな毛色の猫ちゃんたち。
 けんかもせずに、まぐまぐ。
 なんて幸せそうな・・・。
 早く食べ終わった子は、もう毛づくろいを始めてる。
 まだ一心不乱に食べている子も。

 しかし、ここで止まっていたら不審車だぞ。
 この光景は、至福なのだけど。
 泣く泣く、車を発進させた。

 猫は大好きだけれど、一人で世話をする勇気はない。
 実家にいた先代の猫が死んだ時の悲しさを、
 一人で受け止める強さは、私にはないと思うから。
  
 なので、実家の二代目猫(昨夜も噛みつかれた!)と
 たまに見かけるご近所猫たちで満足しようと思っているのです。 
 

2005/09/09

すばらしく晴れた空の下で

 朝からみごとに晴れて、これ以上ないくらいの晴天。
 ああ、空が高い。
 秋だねえ。

 ほうっと青空を眺めながら、思う。

 空はいつでも私たちの上にひろがっているけれど。
 そんなことにも気づけなくなる時が、ある。
 心が凝り固まっている時。
 周りが見えなくなっている時。
 誰の上にもあるはずの空が、見えなくなる。
 それは、とてもつらい。

 今日もいい天気だったよ。
 空の色が見えていますか?
 あなたの上にも、すばらしく晴れた空が広がっているよ。

2005/09/06

がんばった後には

 子供の頃には。
 がんばった後には、必ずごほうびが待っていた気がする。
 例えば、おいしいお菓子。
 お気に入りの絵本。
 両親の膝の上で、おもいきり甘えること。

 だんだんと。
 がんばってもごほうびをもらえるとはかぎらない、と気づく。
 むしろ、目に見える形でごほうびをもらえることなんて、めったにない。
 がんばってもめざすものに手が届かないことの方が多い、と。
 そういう苦さをおぼえたのは、いつのころからだったか。

 だから。
 がんばった結果、ちゃんと「ごほうび」が返ってきた時には、
 素直に喜ぶことにしている。
 やっぱり、目に見える形でのごほうびは、うれしい。
 がんばってきたことは間違ってなかったよと、証明されたみたいで。
 それが、簡単に手に入るものではないと知ってるだけに。

 今日、賞状をもらった君のその笑顔が、私にはいちばんのごほうび。
 おめでとう。よくがんばったね。
 ありがとう。ここまでついてきてくれて。

 このうれしさを胸に、私たちはまたがんばれるさ。

2005/09/05

「忍ぶ川」

 小学生の頃。
 「拳銃と十五の短編」という奇妙なタイトルの本が、家にあった。
 本を読まずにいられない子供だったから、当然頁をめくってみる。
 わかるような、わからないような・・・。
 作者は三浦哲郎。

 そういえば、もっと幼い頃に、町がお祭り騒ぎになった。
 三浦哲郎という人の書いた小説が映画になって、
 この町も舞台になったのだという。
 よく遊んでいた橋のたもとに、「忍ぶ川」文学碑ができたのも、
 その頃だっただろうか。

 三浦哲郎って、この町の人なの?と尋ねる私に、
 母が教えてくれた。
 もともとは八戸の人だけど、事情があってこの町に家族がいるのだと。
 そして、二人の姉が自殺し、二人の兄が失踪したのだと。
 どうして母がそんなことを知ってるのか、驚いていると、
 全部、本に書いてあるんだよ、と言った。

 「忍ぶ川」を初めて読んだ時、私は大学生。
 作者をモデルにした主人公が、志乃という女性と出会い、結婚するまでの物語。
 あまりの感動に、涙があふれて、困った。
 (だって、本屋で立ち読みしてたから)
 
 数年後、卒論に「忍ぶ川」を選んだ。
 不幸の中で嘆くだけでなく、自らが幸せになろうとすることで周りをも幸せにしていく・・・
 そういう主人公の生き方が、単なる私小説の枠をこえて、
 読者の心をうつのだと書いた。
 
 
 三浦哲郎が「ふるさと」とした町に生まれたことが運命だったように、
 その作品に魅せられ、読みつづけている私。
 昭和を代表する名作の一つ、と信じて疑わない「忍ぶ川」だが、
 知らない人の方が多いのだろう。
 それでも、私にとっては幼い頃の思い出とともに、
 一生忘れることのできない物語であり、作家なのだ。

 
 先日、久しぶりに三浦さんの実家のある界隈を通った。
 近所に同級生の家があり、子供の頃はよく遊びに行っていたあたり。
 せつなくなるほど変わらぬたたずまいの町並みに、
 幼い日の光景がよぎった。
 
 主人公が志乃を連れ帰ったあのふるさとの物語を、
 久々に読み返してみようか。

2005/09/04

おいしい食べ物は

 ちょっとした頼み事をされた。
 そのお礼にと、小さな箱をもらった。
 「開けると、きっと『お!』って思うから」
 妙に瞳を輝かせて言う。

 ふうん。
 甘い香りがするので、食べ物だというのはわかった。
 家に入って、さっそく開けてみる。

 わお!

 陶器の壺に入った、たっぷりのプリン。
 プーさんがハチミツを入れとくような壺には、
 ふたもスプーン(これも陶器)がついている。
 プリンの上には、たっぷりの生クリームとフルーツ。

 食べるのがもったいなくて、しばらく眺める。
 くふふ。
 なんで、おいしそうな食べ物は、こんなに人を幸せにしてくれるんだろ。

 ここのとこ、気が滅入ることが多かったのだけど、
 久々に、気持ちがポンと跳ね上がった。
 我ながら、単純だけど。

 プリンは、とってもおいしかった。
 
 ありがとね、Hくん。
 あの壺は、シュガーポットとして使わせていただきます。

2005/09/03

マッサージに行く

 18日間休みなしで仕事だったので(こんなこと珍しくないんだけど)、
 まず体力が、次に気力が、限界を超えてしまった。

 心身ともにいろんな症状が出てしまうのだけど、
 いちばんつらいのは、肩こり。
 もともとものすごい肩こり人間なので、
 疲労とストレスが積み重なると、大変なことになる。

 頭痛はひどいし、吐き気はするし、こりゃもうダメだというところで、
 マッサージに駆け込む。
 
 ちょっとやそっとじゃほぐせないくらい凝り固まっている肩・背中・首。
 でも、時間をかけてマッサージしてもらっていると、
 少しずつ血が通ってくるのがわかる。

 不思議なことに、イライラピリピリしていた気持ちも、
 少しだけまるくなっていく、ような気がする。

 明日は久しぶりのお休み。
 のんびりして、気力も取り戻して、月曜日にそなえよう。
 
 

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