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2007/03/04

切なく悲しい思いを

「東京タワー オカンと、ボクと、時々、オトン」を読んだ。

もうだいたいどんな話かは承知していたけど、
オカンがガンでもう余命いくばくもない・・・というあたりから
やっぱり泣いてしまった。
リリーさんのオカンに対する思いと、自分の親に対する気持ちがだぶってしまったり。

でも、たぶん「親」だけじゃなくて。
自分の大切なものを失った経験のある人には、
あの本の中にリリーさんが閉じ込めた切なく悲しい感じを、
きっと理解できると思う。

私は、先代の猫が亡くなった時のことを、鮮明に思い出した。
うちに迷い込んできた彼女は、もともと体が弱かった。
最初の三年くらいは、夏になると死にかけた。
そのたびに奇跡的に持ち直し、14年、生きた。

もともと美貌の三毛猫だった。
年をとっても、毛並みは驚くほどきれいで衰えを感じなかった。
そんな彼女のおなかが大きくなった。
まさか子供がいるわけでなし、いったい・・・と訝しがる母に、
すぐに病院に連れて行くように言った。

ガンだった。
腹水がたまっていて、もう末期だと言われた。

腹水を抜いてもらうと、目に見えて弱った。
歩くのもやっとになり、毛並みもぱさぱさになってしまった。

悲しかった。
もういい年なので、いつかは逝ってしまうとは思っていた。
でも、それが現実のことなのだとわかったら、
どうしようもなく悲しかった。
もっと早く病院に連れて行けば、と後悔した。

その日。
私は、計画していた旅行がお流れになり、実家に帰っていた。
両親は、ちょっと畑に行ってくる、と出かけた。

彼女は、よろよろと私の側に来て、膝の上にはいあがってきた。
体が、冷たいような気がした。
私の膝の上で、長々と横たわり、浅い呼吸を繰り返す。
もう、目は見えていないらしい。
私は、ボロボロ泣きながら、彼女の体をさすった。
もう、この子は死ぬのだとわかった。
どうして母が出かけている時に、私しかいない時に。
静かにみとってあげる余裕は、なかった。
私はわんわん泣いた。

最後に、彼女は体をブルブルッと震わせて、深く深く息を吐いた。

それが、私たち家族が、初めて一緒に暮らした猫の最期だった。
そして、私が初めて立ち会った「死」の瞬間だった。

あの時の言葉にならない思いは、今でも私の中に刻み込まれている。
「東京タワー」は、それを一生懸命言葉に変換した小説だ。
だから、大切なものを失った経験のある人には、
何かしら感じるものがあるのだと思う。

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コメント

こんにちは。自分の日記には書きませんでしたが、(他のかたへのコメントでは書きましたけど)この本で一番の衝撃は、オカンが死んだときに来た弔問の方がボクに向ってひと言。
「男は母親が死んで、はじめて一人前なんだよ。」
このセリフ・・・
母親が死なないと、子供は一人前にならないのか・・・ともとれます。
私も人生後半戦ですから、いろいろ考えました。
自分が死ぬことにも、こんな意味があるのかと思い、だからこそ日々精一杯生きたいと思ったのでした。

そうですね・・・。私は両親とも健在なので、いまだにわからないのですが、やはり「親の死」というのは、非常に大きいことなのだと思います。
実際、親が生きている間は、どうしてもこちらは「子供」だし。リリーさんや私みたいな独り者はよけいにそうなのかもしれません。
でも、そのことはあまり考えたくないです、正直言って。いい年して甘えてると思われそうですけどね。

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