最近のトラックバック

« 2010年6月 | トップページ | 2010年8月 »

2010年7月

2010/07/29

夏風邪

夏風邪、ひきました。

というか、夫からうつりました(苦笑)

私は早めに病院に行って、薬をもらったので、かなり楽になりましたが、
夫はまだ微熱が続いています。
こじらせて、気管支炎を起してるそうで・・・。

なんとも、大変な夏休みです。

みなさんも、どうぞご自愛くださいませ。

2010/07/19

梅雨明け!

昨日、東北地方も梅雨明けしました。


一昨日の夕方、蜩が鳴いていました。
昨日の朝は、やけに空が高く、秋のような雲が。

もしかして、梅雨明けかな?と言っていたら、当たりでした。

昨日はジリジリと照りつけるような暑さで、ダウン寸前でしたが、
今日は風もあって、だいぶすごしやすいです。

梅雨時のジメジメした空気は、本当に苦手なので、
湿度が下がってホッとしました。
洗濯ものも乾くし♪


昨日、横浜では彩雲が見られたようですね。
山岸涼子のコミックエッセイでその存在を知ってから、
ものすごく見たいと思っているのですが・・・。
写真を見ると、とってもきれいな雲でした。
こっちでも見られないかなー。


しばらく連絡がなかった友人から手紙がきました。
元気そうで、ホッ。


・・・そんな、三連休です。

2010/07/17

「龍馬伝」 第2部終了

前半終了ということで、ちょっと感想など。

正直言って、あまり期待していなかったのですが、予想以上にはまっています。
(最初は龍馬と福山がどうしても結びつかなかった・・・)
画面の独特の質感とか、人物に肉薄したカメラワークとか、
今までの大河ドラマとは全然違うけど、私はけっこう好きです。

龍馬の人物像については、「竜馬がゆく」を読んでしまったので、
違和感を覚える部分もありますが、まあ、あれは司馬遼太郎の「竜馬」なので、
これはこれでありでしょう。

脱藩した龍馬が簡単に土佐に戻ってきたり、
あげく牢屋に顔を出したりするのは行き過ぎだと思いますが、
まあ、ドラマを盛り上げるためだということで(苦笑)

ただ、どうしても「おい!」と言いたくなったことが二つ。

一つは、武田鉄矢の勝海舟。
江戸っ子で、軽妙洒脱、時として人を食ったような言動をとる人物。
それが私のもっている勝海舟のイメージなのですが。
武田鉄矢は、熱すぎました・・・。
あれじゃ、金八先生だよ。
海軍操練所を閉じるときの演説は、いいシーンだと思うのですが、
勝海舟はあんなこと言わない・・・。
申し訳ないけど、冷めちゃいました。

もう一つは、武市半平太の死に至る過程。
山内容堂が牢屋に足を運ぶわけがないし、武市が暗殺を認めるはずもない。
私は武市半平太があまり好きではないのですが、
「龍馬伝」では、武市の強さともろさを実にうまく描いていて、おもしろく見ていました。
それなのに、最後の最後、ああなっちゃうかなあ、と。
武市が山内容堂に認められちゃったら・・・彼は満足してしまうではないですか。
いや、その方がドラマとしては後味がいいけれど。
でも、それじゃあ、龍馬たちが藩を捨てた重みが違ってくるのではないか、と。
武市半平太というのは、土佐藩が抱えている矛盾を映し出す鏡だと思うのです。
それが、ああいうふうに決着するのは、ちょっと納得いきませんでした。


なんて、熱く語ってしまうほど、真剣に見てしまっています。
明日からは第3部・長崎編に入るので、今までとはまた違う華やかさが出てくるのかな。
楽しみです。

2010/07/13

あした天気になぁれ

何かを乗り越えたわけでもなく、
心の整理がついたわけでもありません。

今でも何かを語ろうとすると涙がこぼれるし、
ふいに激しい怒りの感情にとらわれることもあります。
自分を責めずにはいられない時もあります。

今年は、あまりにもいろんなことがあって、
弱っていた私は、ちょっとヘトヘトに疲れてしまいました。
しばらく、心身のメンテナンスに専念する決意をしました。
無理を重ねても、この先生きていけない。
まず、自分が心身ともに健康でないと・・・。

と言っても、何をしたらいいのか、よくわからないのですが(苦笑)

ドクターに言われたのは、
「『治る』んじゃなくて、『生まれ変わる』んですよ」

あせらず、時間をかけて、もう少しだけたくましくなりたいです。


優しい励ましの言葉をかけてくださったみなさん、ありがとうございます。
黙って見守っていてくださったみなさん、ありがとうございます。

今はどしゃ降りでも、やまない雨はないのだから。
「あした天気になぁれ」と子供のように唱えながら、
一歩一歩進んでいこうと思います。

2010/07/09

青空

青空を見ていると、あの子がどこかにいるような気がします。

泣いてしまうことはまだあるけれど、
あの子を授かったことを、感謝しています。

うちは、2階建てですが、階段がものすごく急です。
「子供が産まれたら、この階段危ないなあって思ってたんだけど」
というと、夫は「その時は、引っ越すつもりだった」
は? 引っ越すって、どこに?
どこか、もっと安全な家に。

そんなこと無理でしょうって笑ったけど、
夫は夫でいろいろ考えてたんだなあって嬉しくなりました。

悲しい思いもしたけれど、私たち夫婦は、今までとは何か違います。
お互いが本当にかけがえのない存在だと再認識したし、
今までよりもっと隔てがなくなったような気がします。
これは、あの子からのプレゼントでしょうね。

梅雨空の合間に見える青空から、
こんな私たちをあの子は笑って見ているのでしょう。

2010/07/06

時間が経てば

あまり生々しい話や、重い話は書きたくないし、
不幸自慢をするのは趣味に合わない・・・と思っているのですが。
たまに、どうしようもなくなって、ブログにぶちまけてしまいます。
読んだ人は困惑するだろうな・・・と思いながら。
驚かせてしまってごめんなさい。


妊娠はものすごく望んでいたことでしたが、
それが現実になった時は、かなり動揺しました。
夫といろいろ話し合って、ようやく現実を受け止める覚悟をした頃、
あの子は去っていってしまいました。
その現実を受け入れるのは、想像していたよりずっと大変で。
気持ちが乱高下を繰り返しています。
理屈で説明できない気持ちの揺れに振り回されています。


たくさんの人に、心配をかけてしまっています。
たくさんの人に、守られています。
いろんな人たちの心遣いに感謝しながら、
その感謝もうまく伝えられない今の私です。

時間が経てば、きっと、元気な私に戻れる。
涙を流す回数も減る。
「大丈夫だからね」という夫の言葉に支えられて、
一日一日を過ごしています。

2010/07/03

夜の病院で

流産が確定的になった時、主治医の先生はおっしゃいました。
「2日後にもう一度だけ検査しましょう。それで反応値が下がったら、残念だけど・・・」

その夜、出血したので、病院へ。
産婦人科の当直の先生は、カルテを見るなり開口一番、
「もうダメだろうって説明は受けてますよね」
そして、内診後。
「流産です。今朝の時点で流産と診断していいくらいです。
 ごく初期で、よくあることです。原因は特にありません。
 そうですね、あえて言うなら年齢ですね」

医者は淡々と言います。
「この年齢で、普通に妊娠出産は無理です。
 これからも、何度も同じことを繰り返すだけですよ」

頭の中が真っ白になりました。
40代前半の私です。そのリスクは承知しています。
でも・・・。
私が子どもを望むことが、大それたことだったのだろうか。
私が奥さんでなければ、夫は父親になれたのに。
私でなければ、この子は生まれてこれたのに。

「出血が始まってるので、このまま自然に流産する可能性が高いですね」
という医者に、夫が「出血を止める手立てはないんですか」と尋ねると、
「ありません。生理と同じなんだから。
 生理を止められる人はいないでしょ。」

夫だって、わかってるんです。
でも、授かった命を助ける手段はないのかという切実な思い、
そして、私のからだを守りたいという一心で言ってるのに。

診察室を出てから、待合室で、夫にすがって号泣しました。
「ごめんなさい。ごめんなさい。」と繰り返す私に、
「謝らなくていい。謝ることなんてない」と言う夫の目も潤んでいました。


医学的に、医者の言葉は間違っていないと思います。
主治医の先生からも、同じようなことは言われていたし、
流産の診断が出てからも、きちんと説明は受けました。
それには、納得しています。
今は、ときどき泣いてしまったりもしますが、
自分でも意外なほど元気にしています。

でも、あの夜、自分の存在をすべて否定されたような気分になったことは忘れられません。
医者にとっては当たり前のことかもしれません。
ただ、患者にも心があるのだということは、わかってほしいものです。

« 2010年6月 | トップページ | 2010年8月 »