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2010年9月

2010/09/30

これ、なあに?


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いつもは車で通る道を、てくてく歩いていたら。

道路沿いに植えてある樹に、こんな実がなっていました。
りんごにも似てるけど、ずっと小さいです。
スズメちゃんたちが食べに来てました。

2010/09/27

「龍馬伝」 最終章突入

相変わらず、弥太郎さん吠えてますけど(笑)

とうとうここまで来ましたね。
長崎編のあたりから、福山龍馬は顔つきが変わってきました。
「どうしよう」じゃなくって、「こうする!」と決めた男の顔ですね。
かっこいい、と思います。

ただ、先週放送分あたりから、なんとなく龍馬が遠い世界の人になってしまった気がしてます。
なんでだろう?
昨日の木戸とのやりとりも、なんだかピンときませんでした。

いつも思うことですが、大河の主人公=いい人という構図はどうにかならないですかね。
お元さんが言った通り、「人間はみんなうそつき」です。
完全なる善のみで存在する人間はいないでしょう。
なんか、主人公は何をやってもいい人、正しい人・・・というのは、しらけちゃうんです。

弥太郎のキャラは強烈ですが、藩の名代として長崎に行って、
豪商たちにあの態度はどうなんでしょうね。
あれじゃあ、商人としてはやっていけないでしょう。

ブツブツ文句を書きましたが、倒幕派嫌いの私がけっこう楽しみに見てきたドラマです。
どういうふうに着地させるのか、期待してるんですよ。

2010/09/25

「ゲゲゲの女房」 最終回

終わっちゃいましたね~。

私は途中からしか見ていませんが、かなりはまってしまいました。
朝ドラとしては久しぶりのヒットで、なぜこのドラマがウケたのか、
いろんな人が分析してるようですが。
今朝の朝日新聞によると、定年退職後の男性視聴者をゲットした、とか。
(布美枝がその世代の理想の妻像らしい)
また、女性視聴者は向井理に惹かれて見ている、とか。

まあ、見たくなる理由は人それぞれでしょうけれど、
私はやっぱり「夫婦ってなんだろう」ということを考えさせられました。
私は布美枝タイプではないので、あんなふうにはなれませんが、
「笑って暮らしてるよ」
という言葉に憧れます。
いいことばかりじゃなくても、一緒に笑っていられたらいいな、と。

水木しげる夫妻は、お見合いから5日のスピード結婚でしたが、
それでも長年連れ添ってこれたのは、お互いの相性やら努力やら、いろいろあるのでしょう。

知人に、華やかな美人で、とてもおしゃれな方がいます。
私より10歳近く年上なのですが、見た目も中身も、とても若い。
息子さんが3人いて、イケメンで性格もいい彼らと、お母さんはとっても仲良し。
旦那さんはどんな方なんだろう・・・と思っていたら(私は会ったことがない)、
とっても無口でおとなしい人なんだそうです。
そして、「親があの人と結婚しなさいって言うから、『はい』って。どんな人か知らなかったけど」
ええ~、そんなのありですか~、嫌じゃなかったんですか~と聞くと、
「だって、当時は、それが当たり前だったもの。嫌だなんて言えないのさ。
 でも、私は結果的に『当たり』だったけどね。いい人なのよ~。」

つくづく、「一生連れ添う」ことは、一時の恋愛感情だけでどうにかなるものではないなあと感じます。
日々、一緒に歩いていくこと・・・長い道のりだけれど、日常の積み重ねから生まれてくるものもたくさんありますね。
つまずいたりもしながら、一歩ずつ一歩ずつ・・・。
ドラマを見ながら、そんなことを考えていました。


しかし、最終週は舞台のカーテンコールみたいになってて、ちょっと物足りなかったです。
緊張感が足りなかったというか・・・。
まあ、「ありがとう」というメッセージは伝わりましたが。

でも、こんなに一生懸命朝ドラを見たのは本当に久しぶりです。
ちょっと虚脱状態・・・。
やっぱり、寂しいなあ。


2010/09/15

日の出

日の出
カーテンを開けた瞬間、まばゆい光。

今日もいい日でありますように。

2010/09/12

訪問者

訪問者
ベランダに洗濯物を干しに行ったら…いらっしゃいました。
二階までよじのぼってきたのかなぁ。
私が近づいても微動だにしません。

…というのが、今朝。
2時間後の今もまだいます。
日干しにならないうちに、草むらに帰りなよ〜。

2010/09/01

拝啓 三浦哲郎さま

今年の夏は岩手も猛暑続きで、県北の一戸町でも連日の真夏日でした。
涼を求めつつ馬淵川でジャッコ釣りをする人の姿も、多く見かけました。

一週間ほど前、朝日新聞の記事を読みました。
「久しぶりに小説を書く意欲が戻ってきた」というお話でした。
涙が出るほど嬉しかったです。
お体を悪くされてから、小説を発表されていなかったようなので、
もう新作を読むことはないのかなと、寂しく思っていたからです。

今年、久しぶりに随筆集が出版され、それだけでもじゅうぶん嬉しかったのですが、
また小説を書くというお話は、本当に嬉しくて・・・。
しかも、『白夜を旅する人々』の続編にあたる物語を、というお話でした。
ああ、やはり・・・と思ったのです。

『白夜~』は完結していない、と、ずっと思っていました。
ただ、あの後を書くとなれば、唯一残ったお姉さまについて触れなければなりません。
遠い町で、一人で暮らしているお姉さまのことを慮って、二の足を踏んでいらしたのではないでしょうか。
そのお姉さまは強く生き、人生の見事な幕引きをなさいました。
それを、ぜひ書いていただきたいと、私も強く思いました。
そうすることで、三浦文学は完結するのではないか、と。

その一週間後の訃報でした。

子供の頃から、身近に「三浦哲郎の本」がありました。
ご家族の住んだお家のあたりは、遊び場の一つでした。
「忍ぶ川」の文学碑も、何度行ったかわかりません。
啄木よりも、賢治よりも、近しい気がする「ふるさとの作家」だったのです。
わけがわからない小学生の頃から、親が読んでいる「三浦哲郎の本」を読み、
卒論で「忍ぶ川」を選び、ほぼすべての作品を読み漁り・・・。

そうして親しんできた三浦さんの訃報は、一番聞きたくない知らせでした。

私小説作家と言われますが、いわゆる「自伝的作品」の類は、
生きていくための杖のようなものだったのではないでしょうか。
ささやかに、力強く生きている人間への深い愛情と共感に満ちた作品群は、
露悪的な詩小説とは異なり、読む人の心をあたたかい愛情で満たしてくれるものです。

三浦さんがこの世に遺してくださったそれらの作品を、
大切に大切に、読み継いでいきたいと思います。
もう新作が読めないことが、ただただ残念ですが。

天国では、なつかしいご両親や、お兄さま・お姉さまたちと再会できているでしょうか。
ブルドックのカポネとも。


もともと面識もない、ただの読者ですので、お別れの言葉は言いません。
作品を読めば、いつでも三浦さんに会えますから。

どうか、安らかに。
天国は、地上のような炎暑ではないことを祈っています。

                               敬具

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