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2011年3月

2011/03/30

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いったいどれだけの試練を与えれば気が済むのか、と
季節外れの雪を恨み、嘆いた次の日。

ふと見上げれば、空が春の色になっていた。

山はほんのり緑に色づき、足元には水仙の芽が。


あんなことがあったのに、それでも春はやってくる。


2011/03/26

2週間

3月22日は、岩手県公立高校の合格発表でした。

震災のために1週間のびた発表の日、午後3時。
受験生たちの歓声がひびきわたりました。
久しぶりに、中学生の明るい声を聞いた気がして・・・。
私も、嬉しくてニコニコしてしまいました。


燃料不足・食料不足のあおりで、保育園ものきなみ休園。
仕事をもつお母さんたちは困っています。

うちの職場にも、小さな女の子がやってきました。
その子の笑顔を見ていると、イライラピリピリしてきた気持ちが、和みます。
みんなが優しい顔になっていきます。


子どもの存在って、すごい。
彼らがいるから、大人はがんばれるし、
彼らのエネルギーは、これからの国を支えていくのだなあ、と。
そんなことを考えさせられた1週間でした。


地元が被災しているのに、動こうとしない政治家。
政権与党を批判するだけで、国よりも党を守ることしか考えていないような政党。
非常事態を理解できず、ナイター開催を実行しようとしたプロ野球機構。
この状況下で「天罰だ」と言い放った都知事。

・・・腹の立つことは、いっぱいあります。
でも、ただ怒っていてもしょうがないので。
これからの日本を支える子どもたちが、道を誤らないように。
自分のやるべきことを、しっかり見据えていきたいと思っています。

2011/03/22

いつものように

今朝も、自衛隊のヘリコプターが何度も東へ飛んで行きました。
いつもならば、「うるさいなあ」と思うヘリの轟音も、
被災地に飛んでいくのだと思うと、全然気になりません。

町は、車が減り、歩く人、自転車の人が増えています。
あちこちのガソリンスタンドに長蛇の列。
私も昨日は朝6時から3時間半並び、給油しました。

震災から3日くらいは、着の身着のままで寝ていました。
何かあったらすぐ飛び出せるように、大事なものをひとまとめにして、枕元に置いて。
しばらくは、何をする意欲もわかず、ごはんを食べても「被災地の人に申し訳ない」という気分でした。

でも、私たちにできることはなんだろう、と。
少しでも落ち着いて生活できるならば、やれること、やるべきことをしっかりやるべきなんじゃないか、と。
そうして、元気を出して、もっと困っている人たちを支えなくては。

1週間たって、ようやく掃除をしました。
家じゅうを掃いて、拭いて・・・すっきりしました。
ぜいたくはしていませんが、ごはんもしっかり食べています。
体調管理をしっかりすることも、大事だと思うので。
できる範囲で節電してるし、歩いて行けるところは歩きます。
被災地に行くことはできないけれど、今、ここで、自分の役割を果たそうと思います。

阪神淡路大震災を経験した青子さんから、「読み人」の方にコメントをいただきました。

>阪神・淡路大震災の時、日が昇って何したらいいか判らへんとボーっとしていた私に、母が行った言葉は、「いつものようにしなさい」でした。

ああ、そうなんだよな、と。
その言葉の重みと大切さが身にしみてわかるようになっただけでも、
私にとっては大きな経験でした。

まだ連絡のとれない人たちも多く、先のこともわからず、不安になることも多々ありますが。

それでも、私は、いつものようにやっています。
仕事をして、ごはんを作って、本を読んで、夫とおしゃべりして・・・。
その「いつものように」に感謝しながら。


2011/03/18

1週間

久しぶりのパソコンからの更新です。

ご心配をおかけしています。
私が住んでいるのは、岩手の内陸なので、津波の被害はありません。
停電もほぼ1日で復旧し、水もガスも大丈夫。
食料や日用品もなんとかなっています。

ただ、ガソリン・灯油が不足しているので、
今日は自宅待機ということになりました。

宮古市方面とは連絡がとれるようになり、
どうやらほとんどの知り合いは無事なようです。
しかし、山田町以南は、いまだに安否不明です。

私が初めて教壇に立ったのが、山田町でした。
そこで出会った教え子たち、お世話になった保護者のみなさん、一緒に働いた先生方・・・。
どうかどうか無事でと、毎日祈ることしかできません。
できることなら、自分の手で支援物資を届けたい、探しに行きたい!
でも、それはできないので・・・。

今は、自分にできることを精いっぱいやるだけです。
もっと苦しい状況で、がんばっている人たちがいる。
その人たちを支えるために、できることを少しでもやろう、と。

今回の大震災は、想像を絶する規模で、信じられないようなことが起きています。
下手なパニック映画やサスペンスが、ちゃちに思えるくらいです。
被災地に行ってきた人は、
「テレビでも真実は伝わっていない。テレビに映らない(映せない)ものがたくさんある。」
と言っていました。

どうか、被災地の人たちを救う手助けをお願いします。
特別なことでなくても、あなたの身近なことで、できることから。

2011/03/12

地震2日目

午前中は布団にくるまって震えていました。
午後は太陽光をたよりに、車であたたまっていました。
夕方から電気が復旧しはじめ、今はあたたまっています。

ただ、テレビで被害状況を見て、ショックを受けています。
宮古市・山田町・釜石市・陸前高田市在住の友人・知人・教え子たちと連絡がとれません。

とにかく、生きていてほしい。
それだけです。

2011/03/11

地震

地震が続いていますが、無事です。
停電していて、寒いのと、状況が把握できないのがつらいですが。

とりあえず、なんとかしのいでいます。

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