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2019/05/31

「いだてん」を語ろう

「楽しいの? 楽しくないの?」

第一回の主人公(と言ってもいいだろう)嘉納治五郎は、そう言った。永井道明が視察してきたオリンピックに対する言葉だ。嘉納先生はさらっと言い放ったが、妙に耳に残った。「楽しいの? 楽しくないの?」

これは、キーワードなのではないか。

日本人が初めて参加したストックホルムオリンピック(1912年)を起点にして、前回の東京オリンピックに至る道筋を描く(らしい)このドラマ。オリンピックのプロパガンダではないのかという疑念を拭い去れないまま第一回を見たが、この台詞で邪推は吹き飛んだ。金メダルとか、感動とか、そんなことではないのだ、きっと。そんな安いドラマを、クドカンが書くわけがなかった。

スポーツという概念すらなかった時代から、明治の世になって西洋からスポーツは輸入されてきた。しかし、それはスポーツなんだか、運動なんだか、体育なんだか。何を目的として、何をするのか。ただひたすら試行錯誤の繰り返しだった。指導者を海外留学させ、学ばせ、それを日本に広める。ただし、欧米との体格差や、習慣風習の違いなど、事は簡単ではない。要するに、当時はスポーツに熱中するのは「遊んでいる」という認識だった、らしい。

体を鍛えるために。外国に負けない強い体をつくるために。おそらく体育教育における国の思惑は、そんなところだったのだろう。それは、強い兵隊をつくることでもあるのだから。

それなのに、嘉納治五郎は言ってしまう。「楽しいの? 楽しくないの?」 まるで、楽しくなければやる価値はないよ、と言いたげに。

 

「いだてん」第20回。ストックホルムの8年後、アントワープで、体協からの引退を決意した嘉納治五郎はこう言う。

「50年後、100年後の選手たちが、運動やスポーツを楽しんでくれていたら、我々としてはうれしいよねえ」

スポーツの根底にあるのは、「楽しい」という気持ち。少なくとも嘉納先生は、そう信じている。「柔道」というスポーツを生み、日本の体育教育を引っ張ってきた嘉納治五郎は、そういう人物として描かれているのだ。

この回では、ストックホルムに参加した短距離の三島弥彦が、選手の激励に訪れる。かつて彼と仲間たち「天狗倶楽部」がよくやっていたエールを、三島は一人で披露してくれる。その文言に、あらためてハッとさせられる。

 

「我らはスポーツを愛し スポーツに愛され ただ純粋にスポーツを楽しむために活動する 元気の権化」

 

第一回から何度か繰り返されてきたこのエール。これこそが、スポーツマンたる者の精神ではないか。「ただ純粋にスポーツを楽しむ」ことは、難しい。でも、本来は、スポーツとはそういうシンプルなものなはずだ。

 

「いだてん~東京オリムピック噺」は、オリンピックのもつ正負両面を鮮やかに描き出しつつ、スポーツの本質を鮮やかに浮かび上がらせている。

 

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