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音楽

2010/01/22

AND I LOVE YOU

最近、ドリカムのアルバム「AND I LOVE YOU」が出勤のBGMです。
ここ数年のドリカムの中で、一番お気に入り。
繰り返し聴いてる一枚。

タイトル曲の「AND I LOVE YOU」は、吉田美和が亡くなったパートナーに語りかけている歌。
今さらながら、それを聴いて、涙しています。

♪何日も会えないことも多かったから
わたしたちはきっと ね、大丈夫だよね

大切な人を…人生のパートナーを失うというのがどれほどつらいことか。
もし私なら…そんなことをつい考えてしまいます。
ふたりなら、乗り越えていけることがある。
ひとりでなにもかも背負わず、いろんなことを分かち合える。
何より、ひとりより、ふたりの方が、楽しい。
それを実感してしまった私には、このラブソングは胸に迫るものがありすぎて…。

それでも、歌い続ける吉田美和のパワフルで優しい歌声が、私はすごく好きです。
彼女の寂しさが少しでも和らぐことを祈っています。

2009/07/02

結婚式のBGM

ふと思い立って、DVDを見て確認しました。

入場 「エトピリカ」
乾杯 「王様のレストラン」
お色直し 「美女と野獣」
ケーキ入刀 「結婚行進曲」

キャンドルサービス 「永遠にともに」「3月9日」
退場 「終りなき旅」

親への手紙の時の曲はタイトルが思い出せませんでした。

全て私が好きな曲。っていうか、全部私が選びました。
最後の三曲は持ち込みです。
「永遠にともに」は、自分の結婚式には絶対使おうと決めていた曲。
「3月9日」と「終りなき旅」は、教え子たちとの思い出の曲です。

ちょうど一年くらい前に、やっと式場めぐりを始めたんでした。なんか、懐かしいなぁ。
あ、そう言えば、今日で結婚してまる8ヶ月です。
旦那サマと出逢えてよかったなぁ…と、つくづく思う今日この頃です。

2008/05/24

サザンオールスターズ

「サザンオールスターズ活動休止」のニュースを聞いてから、
サザンのCDが通勤のBGM。
(こういう人、けっこういるんじゃないでしょうか?)

サザンがデビューしたとき、私は小学生。
かなりお堅い少女だった私は、「勝手にシンドバッド」を聞いて、
「何このふざけた歌は」と思ったものだった。
それが、「いとしのエリー」で転んだという、
わりとありがちな過去をもつ(笑)

それ以来、サザンを聞きながら育ってきたわけで。
今CDを聞いていると、いろんな思い出がよみがえってきてビックリする。

もうすっかり忘れていたのだけど。
学生時代、飲み会では必ず「チャコの海岸物語」を歌って、
 ♪心から好きだよ チャコ 抱きしめたい
の「チャコ」の部分を、好きな子の名前に変えて歌うのがお約束だった。
そこでいろんなドラマがあったっけな~。

好きな人と聴いた曲とか、
失恋した頃聴いてた曲とか、
ああ、そんなこともあったよね・・・と。

この春、CDも大量処分したのだけど、
サザンの「海のYeah!!」と「バラッド」シリーズは捨てられなかった。

今回の活動休止は事実上の解散だと言われてて、
そうならとても寂しいのだけれど。
そう思うほど、サザンの存在感は大きかったんだなと、
改めて実感している。

2007/12/27

最後のタクト

先日、熱でボーっとしていた時。
テレビをつけたら、故・岩城宏之のドキュメントをやっていた。
常に先鋭的であった指揮者。
(そういえば、訃報をきいたときも、私は具合が悪くて伏せっていた)

圧巻だったのは、年末の「ベートーヴェン全交響曲演奏会」。
すでに30回も手術をして、体はボロボロなのにまだ挑戦し続ける岩城さん。
1曲振るだけでも体力を消耗するのに、9曲。
2年連続してこの偉業(もしくは暴挙)をなしとげちゃうのもすごい。
でも、感動したのは・・・。
1曲振り終えるごとに、岩城さんがとってもうれしそうに幸せそうに笑うのです。
ほんとうに、いい顔で。
命がけで(おおげさでなく)タクトを振ってるのに、
こんなふうに笑えるなんて、と。
本当に音楽が好きで好きでたまらないんだ・・・。

そして、語られた岩城さんの最期。
意識もないのに、ガーッと指揮をするように腕を激しく振って、
そして、フーッと息を深く吐いて、亡くなられた、と。
最期までタクトを振って、振り終えて安心して旅立ったのですね。
それを聞いたとき、思わず涙が・・・。

そんなふうに一つのことを突き詰めて生きることは、
とてもとても厳しいことだと思うのだけど。
でも、とても幸せな一生だったとも思えるのです。


岩城さん指揮のベートーヴェンを聴きたかった・・・とずっと思っていましたが、今回ちょっとだけ聴けました。
9番の合唱の部分は、鳥肌が立つほどすばらしかったです。
岩城さんが振りながら歌ってる表情が、またいいんだなあ。

2007/09/09

誰も寝てはならぬ

いわゆる「三大テノール」の中で、
ダントツに好きなのが、パバロッティだ。

テノールの華・ハイトーンはもちろんだけど、
表情やしぐさからにじみでる、陽気ではなやかな雰囲気が大好きだった。

初めてトゥーランドットの「誰も寝てはならぬ」を聴いた時の衝撃は忘れられない。
この人は、間違いなく神に愛されていると思ったものだ。
そうでなければ、こんなふうに歌えるはずがない、と。


パバロッティの葬儀は、国葬並みの規模で、
彼の歌が流され、拍手や「ブラヴォー」で送られるなど、
実にパバロッティらしいものだったそうだ。

パバロッティは死んでしまったけれど、
彼の歌声は、永遠に記憶に残る。

きっと、天国でも、あのハイトーンを響かせているに違いない。

2007/06/10

ラプソディー・イン・ブルー

初めて「ラプソディー・イン・ブルー」を聴いた時、

   「変な曲!」

と思った。

いろんな要素がゴチャゴチャっと混じっていて、
とりとめがなくって、クラシックなんだかジャズなんだか。
正直言って、あまり好きじゃなかった。

初めて「あ、こんないい曲だったっけ」と思ったのは、
羽田健太郎の演奏で聴いた時だった。
理屈じゃなくって、音楽のごった煮を楽しめばいいんだ。
そう教えられた気がした。

ということを、今日の「題名のない音楽会21」を見ていて、
ふいに思い出した。
「ラプソディー~」は、彼の十八番で、
本当に楽しそうに弾いていた。

最後に、生前のハネケンの言葉が放送された。
「音楽は、喜びを10倍にしてくれて、
 悲しみは半分にしてくれる、親友のようなもの」

本当に、音楽を愛し、共に生きた人だったのだ。

2007/06/07

ピアノと戯れているような

とにかく、音楽が好きで。
子供の頃、ねだってねだって、
ピアノ教室に通わせてもらった。
ヤマ○音楽教室だ。

始めたのが遅かったのもあったけれど、
何より決定的に才能がなかったので、
たいして上達もせず、高校1年でやめた。

それは、私にとってちょっとした挫折体験で。
なので、ピアノを上手に弾く人というのは、
無条件で私のコンプレックスを刺激する。
だから、ピアノ曲もあまり聴かない。

・・・という私が、『のだめカンタービレ』のおかげで、
「やっぱりピアノっていいよな」と素直に思えるようになり。
テレビで「題名のない音楽会21」を見ていても、
羽田健太郎のピアノを、素直な気持ちで聴けるようになった。

ピアノと戯れているようなハネケンの演奏は、
聴いていると、こちらまで楽しくなった。

突然だった羽田健太郎の訃報。
この日曜、久々に見た「題名~」でお休みだったので、
「体調が悪いのかなあ」くらいにしか思っていなかった。

もうあの演奏を聴けないというのが、
信じられないし、寂しい。

・・・ご冥福をお祈りします。

2007/04/27

夏の日のチェロ

稀代のチェロ奏者にして指揮者、
巨匠・ロストロポーヴィチが亡くなった。

2005年の夏、一度だけ演奏を聴いた。
小沢征爾のコンサートキャラバン。
縄文遺跡に響きわたったチェロの音色。

心が、震えた。

弦楽器はもともと好きだけれど、
聴いているだけで、その音色に魅せられて、
泣きそうになったのは、初めてだった。

実は、ロストロポーヴィチが「巨匠」と呼ばれる音楽家だと知ったのは、演奏を聴いた後で。
やはり、そういう人の音には「何か」があるのだ、とわかった。


訃報を聞いて、もうあの音がこの世に存在しないことにショックを受けた。
そして、たった一度だったけど、
生で演奏を聴けたことを、とても幸せだと思った。

あの夏の日、縄文の森に響いたチェロの音色を、
私はきっと一生忘れない。

2007/02/03

YMO

風邪が治らず、ボーッとしていた午後。
つけっぱなしのテレビから、懐かしい音楽が。

あ~、YMOだ~。ライディーンだ~。

ふと画面を見て、びっくり。
おじさん3人(失礼な!)が、映ってる。
荒涼とした風景をバックに、「今」のYMOが演奏してるではないですか。

キリンビールのCMでした。
私が見たのは、一番短い15秒バージョン。
曲は、CMのために収録した「ライディーン79/07」。
コピーは「時代は、変わる。ラガーは、変わるな」

YMOが世に出たのは、私が小学生の頃。
私自身は、テクノってよくわからないので、
あまり興味はなかったのですが。
当時、音楽好きな、特に男の子たちに、
YMOが与えた影響は絶大なものがありました。

もっとも、YMOに長期間熱中した人はあまりいなくて、
あの熱病のようなブームは何だったんだろうと思いますが。
当時としてはすごく前衛的で、
音楽にはこういう可能性もあるんだ!と教えてくれたような。
私がもっている印象はそんな感じなんですが。

あの頃、まだ若くて、いささかとんがっていた教授たちが、
それなりに「大人」になって(メイキング見ると、やっぱりおちゃめだけど)、
それを見ているこちらももう「大人」になっているのを考えると、
なんだかとっても不思議な感じがします。
当時と変わったもの、そして変わってないものは何だろう??

小学生の頃、YMOを熱く語っていた彼らは、
今頃どこでどうしてるのかなあ・・・などと思いながら、
ぼんやり過ごした土曜の午後でした。

2006/11/07

音楽会の日

昨日の「のだめ」は、とうとうSオケ初コンサート。
漫画よりもさらにパワーアップしてたような(笑)

でも、やっぱり、みんなで何かを創りあげるのって、楽しい。
みんなで「できた!」と思った瞬間の
鳥肌が立つようなあの感じ。

形あるものを作るのも楽しいけれど、
形のないものをつくりあげるのは、
また違った苦労と楽しさがある、と思う。

門外漢の私が合唱に取り組んで5年。
毎年、「やっぱりやめときゃよかった」と後悔する。
それでも、みんなで乗り越えて、発表までこぎつけて、
終わったあとには「やってよかったな」と思う。

今日は、指揮をしているあいだ、本当に幸せだった。
すごく、すごく楽しかった。
そういう瞬間をくれたみんなに、ただ感謝。

少ない人数でも、ものすごく上手い人がいなくても、
みんなでつくりあげたハーモニー。
だからこそ、価値があると私は思う。

あのSオケの面々のように、
みんなが心から楽しんで、一つのものをつくろうと思った今日。
きっと、忘れられない記憶になった。