2020年9月18日 (金)

水を縫う

3087「水を縫う」  寺地はるな      集英社      ★★★★★

縫い物が好きな男子高校生・清澄は、姉・水青のウエディングドレスを縫うと宣言する。しかし、母はいい顔をしない。肝心の水青はシンプルなドレスを希望しているが、清澄のデザインに納得してくれない。困惑する清澄が助けを求めたのは…。


第一章「みなも」の主人公・清澄は、高校生になったばかり。母と姉、祖母の四人家族。子どもの頃から縫い物に興味があって、祖母の手ほどきを受けた。裁縫セットを携帯している清澄は、中学校では異端視されて、友達もいなかった。ところが、高校生になり、世界が少し変わり始めて…。

「傘のしたで」「愛の泉」「プールサイドの犬」「しずかな湖畔の」と、清澄の家族たち一人一人が視点人物になり、最後の「流れる水は淀まない」で、また清澄に戻ります。それぞれが抱えてきた抑圧や生きづらさ、消化しきれない思いが、どの物語からもあふれてきて、じわじわと涙がにじみました。

水青がなぜ「かわいい」を忌避するのか。母のさつ子の葛藤。祖母・文枝が押し込めてきた思い。離婚した父・全と、友人で雇用主の黒田の視線。…どれも「ありそう」な物語なのに、圧倒的な力であふれてくるものに呑み込まれそうになりました。それは、作者が「裁こう」としていないからでしょう。

例えば、母のさつ子。彼女が母親なら、けっこう嫌かも(苦笑)  さつ子の生き方は、まわりを息苦しくさせるところがあるので。だからといって、彼女を「ダメな人」にはしない。そういうジャッジをして、正しい価値観を示すために書かれたものではないのです。

誰もが等身大の人間で、だから迷うのも悩むのも、説得力がある。私たちと同じだから。そして、私たちを含めて「こうあらねばならない」という縛りの中で生きづらくなってませんか?と、問いかけてくる物語です。

「水を縫う」というタイトルの意味は、最終章でわかります。そこにこめられた思いの深さと強さに、心打たれました。

流れる水は淀まない。…心にとめておきたいフレーズです。


2020年9月13日 (日)

草々不一

3086「草々不一」  朝井まかて      講談社      ★★★★

武士の家に生まれたゆえに背負わねばならぬもの。ある者はそれを受け入れ、ある者は逆らい。そうして生きていく彼らの思いは。


「紛い者」「青雲」「蓬莱」「一汁五菜」「妻の一分」「落猿」「春天」「草々不一」の八話。

表紙絵がかわいい感じだったので、軽い気持ちで読みはじめ、冒頭の「紛い者」でヒュッとなりました。

江戸時代の武家はちょっと特殊なところがあって。それゆえに背負ってしまう何かを、さまざまな立場の人々を通して描いた作品集でした。

破格の縁談で婿に入った旗本の四男坊。その結婚生活の顛末を描いた「蓬莱」と、大石内蔵助の妻・りくを描いた「妻の一分」、女性剣士が主人公の「春天」が面白かったです。特に、大石りくは賢婦として描かれることが多いですが、こちらのりくは…。私はこのりくさん、すごく好きになりましたけどね。

「一汁五菜」や「落猿」の緊張感もすごかった…。

なんと言っても圧巻は「草々不一」。学ぶとは。生きるとは。読みながら、泣きました。これだけでも、多くの人に読んでほしい。


2020年9月 6日 (日)

新選組の料理人

3085「新選組の料理人」  門井慶喜      光文社      ★★★

蛤御門の変の大火で妻子と離ればなれになった菅沼鉢四郎は、炊き出しをしていた原田左之助に言いくるめられ、新選組の賄い方として入隊する。さっそく銀シャリのおむすびを炊き出し、京の民に喜ばれた…と思ったが。


「新選組の料理人」「ぜんざい屋事件」「結婚」「乳児をさらう」「解隊」の五話。剣の腕はからっきしで賄い方になった鉢四郎の目を通した新選組興亡記。

日常の観点で非日常を見ると、こうなるのですね。武士より主夫に適性がある鉢四郎が、新選組に入隊。違和感ありありなのですが、彼の視点からの新選組は、愚かでありながら、どこか魅力的。彼らもまた、ただの人間なので。

新選組幹部の中でもちょっと異色な原田左之助に焦点をあてたのが面白かったです。


2020年9月 4日 (金)

後醍醐天皇

3084「後醍醐天皇」  森茂暁      中公新書      ★★★

副題「南北朝動乱を彩った覇王」

大河ドラマ「太平記」再放送にハマってます。しかし、この時代(鎌倉末期~室町初期)は、全然わからない。今まであまり興味もなく、スルーしてきた時代なのです。

というわけで、ドラマを見つつ勉強中です。とりあえずこの本…と思ったら、1ヶ月くらいかかりました。基礎知識が足りないので、何度もページを戻って確認しながらだったので。

後醍醐天皇が帝位につく前後の環境、倒幕思想が確立する過程、建武政権の特質、「怨霊」となった後醍醐など。なかなか濃い内容でした。

建武の新政は失敗というイメージしかなかったのですが、意外とその後の国政の仕組みのもとになったというのが興味深かったです。

次は「北朝の天皇」を読みます。

2020年8月31日 (月)

春や春

「春や春」  森谷明子      光文社      ★★★★

再読です。初読は2016年1月。4年半ぶりですね。当時は俳句甲子園もよくわかってなくて、これを読んでからちょっと勉強しました。さらに続編(?)の「南風吹く」も読み、さらに俳句甲子園全国大会が行われる松山にも足を運び…。

そうして読み返してみると、やはり見えてくる景が広がります。

今回、はっとさせられたのは、「批評は否定ではない」ということです。俳句甲子園では、対戦チームの句を批評する「鑑賞」があり、舌戦が繰り広げられます。それが大会の見所ですが、たまに相手を論破するのに命をかけてるような生徒もいて、ひっかかっていたのです。でも、この物語では「批評は否定ではない」と言明しています。相手を叩きのめすのではなく、「もっといい表現があるのではないか」と、皆で追究する作業なんですね。

そうして、改めて思うのは、登場人物一人一人を掬いとる構成の上手さです。藤ヶ丘女子高校俳句同好会に集った6人それぞれの思い。彼女たちの回りにいる人たちの物語。それが実にバランスよく配置されていて、若さゆえのひたむきさと、それを見守る大人たちの姿が、嫌みなく描かれています。初心者で俳句甲子園を目指す無謀な挑戦をした茜たちの世界が徐々に広がっていく過程が、心地よかったです。

2020年8月28日 (金)

空は逃げない

3083「空は逃げない」  まはら三桃      小学館      ★★★

大学の陸上部で棒高跳びをやっているA太郎とB太郎。彼らの姿をスケッチしている芸術学部の絵怜奈。3人の時間は交差したかと思うと、それぞれを思わぬ道に誘い…。


まはら三桃さんは、「たまごを持つように」「鉄のしぶきがはねる」以来。久しぶりに読みました。

今回の題材は棒高跳び。もう全然わからない世界でしたが、私みたいな門外漢にもイメージしやすいように描写されていました。真逆のタイプのA太郎とB太郎(なぜこんな名前なのかは、ネタバレになるので…)。簡単に言ってしまえば、才能とは何かってことになるのでしょうけれど。遺伝子レベルでの適性とか、能力とか、そんなもんで測れるほど、ニンゲンは単純にできてませんよ、と。

この2人に関わってくる絵怜奈が、なかなかユニークで、ちょっと最後までつかみきれませんでした。彼女が抱えている重いものが、私にも消化できなかった感じ。

「空は逃げない」という題名が、読み終えたあとにじんわり効きました。

表紙の写真がすごく好きで手に撮ったら、濱田英明さんでした。あ~、やっぱり濱田さんの写真、好きだなあ。

2020年8月26日 (水)

鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。

3082「鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。」  川上和人      新潮文庫      ★★★★

鳥類学者・川上和人先生のこの本、ずっと気になっていたのです。文庫化されたので、購入。

私は完全なインドア人間ですが、自分では絶対に経験しないであろう「フィールドワーク」には妙に惹かれます。川上先生の研究は、小笠原諸島がメイン。これがとんでもない面白さでした。

次々に繰り出される小ネタをかわしながら読み進めると、想像を絶する過酷なフィールドワークが…。鳥にも興味はないのに、川上先生の描写が実に生き生きとしていて、すごく楽しみながら読んでしまいました。笑い話かと思いきや、いきなり深い話になっていたり。自然を、生物相を保全することの意義と難しさを考えさせられました。

ただ、私はやっぱり鳥類学者は無理ですね~。

一番印象に残ったのは、先生のバイブルは「ナウシカ」だったということです(笑)

2020年8月22日 (土)

ビブリア古書堂の事件手帖Ⅱ ~扉子と空白の時~

3081「ビブリア古書堂の事件手帖Ⅱ  ~扉子と空白の時~」  三上延      メディアワークス文庫      ★★★

北鎌倉のビブリア古書堂の店主・栞子の娘・扉子。祖母に呼び出された彼女は、父が記録した「ビブリア古書堂の事件手帖」を携えていた。そこには、扉子の知らない横溝正史にまつわる謎をめぐる事件が記されていた。


シリーズ再始動ってことは、本格的にシーズン2がスタートしたということですね。

今回は、横溝正史をめぐる謎。横溝が戦時中に書いた家庭小説「雪割草」と、誰もが知っている「獄門島」が題材。

扉子が生まれる前に栞子たちが依頼された、「雪割草」の盗難事件。完全な解決に至らなかったこの事件は、年月を経て再度栞子たちの前に現れて…。

「ビブリア」では横溝を取り上げてなかったのですね。ちょっと意外でした。

このシリーズは扉子がキーパーソンになっていくのでしょうか? 今回は、まだ過去の事件の話で、栞子と大輔が探偵役でしたが。

それにしても、祖母の智恵子は扉子に何を見出だそうとしてるのでしょうね。怖いなあ。

2020年8月20日 (木)

まだ温かい鍋を抱いておやすみ

3080「まだ温かい鍋を抱いておやすみ」  彩瀬まる      祥伝社      ★★★★

「ひと匙のはばたき」「かなしい食べもの」「ミックスミックスピザ」「ポタージュスープの海を越えて」「シュークリームタワーで待ち合わせ」「大きな鍋の歌」の六話。

食べ物が重要なモチーフだけど、美味しそうな食べ物が出てきて、それでみんな幸せになるという話では、ない。

「ポタージュスープ~」のこんな言葉にドキリとした。

『家族の味の好みとか、栄養とか、(中略)そういうことばかりジグソーパズルみたいに考えてたら、自分がなにを食べたいかぜんぜん分からなくなってた。』

わかる。わかります。私もそうです。人に食べさせるために作っていると、そうなる。心身が疲れていると、スーパーで何を買ったらいいか決められなくて、売場をグルグルしてしまう。

最近は迷うと、「自分が食べたいものを食べる!」と開き直るようにしている。でも、意外と食べたいものって決められない。

「シュークリームタワー~」と「大きな鍋の歌」が、なんだか好きでした。食べることは、生きることですね。

彩瀬さんの描く世間に上手くフィットできない人たちが、妙に好きです。

2020年8月19日 (水)

逆ソクラテス

3079「逆ソクラテス」  伊坂幸太郎      集英社      ★★★★

小学校六年生の時。加賀と安斎、草壁、佐久間の四人が、担任の久留米先生に仕掛けた小さな反乱。キーワードは「僕は、そうは、思わない」。


伊坂幸太郎デビュー20年目は、少年たちの物語。

「逆ソクラテス」「スロウではない」「非オプティマス」「アンスポーツマンライク」「逆ワシントン」の五話。いずれも小学生が主人公だったり、小学生のときの思い出が鍵になっていたり。

伊坂作品の中では、恐ろしくとっつきやすい(笑)  いつもは伊坂ワールドにフィットするまで時間がかかるのですが、今回は難なく入り込めました。

しかし、「逆ソクラテス」は、グサグサ刺さりまくりました(苦笑)  教壇に立ったことのある人なら、たぶん同じ思いを味わえるかと。でも、わかる。加賀たちの気持ち、すごくわかる。先入観をひっくり返す「僕は、そうは、思わない」が、ズシンときました。それを言える勇気は、大人にだって必要です。

どの話も愛おしいのですが、一番好きなのは「アンスポーツマンライク」です。一歩踏み出す勇気がもてない歩と、仲間たちの話。次の「逆ワシントン」のラストに登場する彼は、彼でしょうか?(意味不明ですね。すみません)

あとがきで、「どうしたら自分だからこそ書ける、少年たちの小説になるのか。」と悩みながら書いた、と。いや、見事に伊坂さんならではの物語でしたよ。

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