2023年12月 9日 (土)

間の悪いスフレ

3433「間の悪いスフレ」 近藤史恵   東京創元社   ★★★★

「ビストロ・パ・マル」は、三舟シェフとスーシェフの志村さん、ソムリエールの金子さん、ギャルソンの高築くんの四人のスタッフが切り盛りする下町の小さなフレンチレストラン。変人だけの腕のいい三舟シェフの料理を味わいにやってくるお客さんたちが多いが、コロナ禍で「パ・マル」の経営も厳しい状況に。しかし、相変わらず謎はいっぱいやってきて・・・。

 

シリーズ4作目。

「クスクスのきた道」「未来のプラトー・ド・フロマージュ」「知らないタジン」「幻想のフリカッセ」「間の悪いスフレ」「モンドールの理由」「ベラベッカという名前」の7話。

フランス料理は全くわからない私。わからなくてもおもしろい。そんなミステリです。

どの話も、私たちの「現在」と無関係ではなく。そして、今回はコロナ禍やウクライナ戦争下の「パ・マル」が描かれます。

テイクアウトを始めたビストロに中学生くらいの少年がやってくる。ランチメニューとはいえ、少年にとっては安くないだろう金額の一品を買っていく理由が描かれる「未来のプラトー・ド・フロマージュ」。フランス料理に未来はあるのかという疑問にとらわれた若手料理人が登場する「モンドールの理由」。この二作が印象深かったです。今の時代でなければ成立しなかった物語かもしれません。

表題作「間の悪いスフレ」は、『あるある』な話ではあります。高築くんの従兄が「パ・マル」でポロポーズをしようとする話。これが二人にとって笑い話になるような未来であればよいのですが。

大変な世の中ですが、「パ・マル」はなんとかここを乗り切って、お店を続けてほしいものです。(つまり、続編希望)

2023年12月 6日 (水)

敗者たちの平安王朝

3432「敗者たちの平安王朝 【皇位継承の闇】」 倉本一宏   角川ソフィア文庫   ★★★★

「日本史上、『暴虐』や『狂気』を以て語られる天皇が何人か存在する。」・・・果たしてそれは真実なのか。作られた伝説であるならば、誰が、なぜそのようなことをしたのか。「狂った」天皇の置かれた歴史状況を調べると、そこに見えてきた共通点とは。

 

先日、久しぶりに大きな書店に行ったら、平安時代関連の書籍がズラリ。思わず歓声をあげそうになりました。もちろん、来年の大河ドラマにあわせてのことでしょう。私はそれほど平安フリークではないですが、こういう機会だからこそ、普段あまりお目にかかれない本に出逢えるのはうれしいものです。で、いそいそとレジに持っていった中の一冊が、これ。

この本で取り上げているのは、「平城天皇」「陽成天皇」「冷泉天皇」「花山天皇」の四人。これを読む前の私のイメージでは、平城天皇は「薬子の変」、陽成天皇と花山天皇は行状にいろいろ問題があったやんちゃ(?)な天皇。『狂気』という言葉が結びつくのは、冷泉天皇だけでした。

序章では「武烈天皇」を取り上げていて、そこまで遡ると私はついていけず。いきなり挫折しそうになりましたが、武烈天皇の『暴虐』伝説が、実はその後の一つの定型となっていることが徐々にわかってきます。

要するに、皇統の問題が生じたときに、「狂気」説話が成立しているのですが、倉本先生は数々の文献をもとに、何が「史実」なのかに迫っていきます。そして、今までの「狂気」説話や、過去の天皇の精神分析がいかに弱い根拠のもとになされたものかということも明らかに。

さて、来年「光る君へ」に登場する天皇もいますけれど、どんな人物として描かれるのでしょうね。楽しみです。

2023年12月 3日 (日)

太閤暗殺 秀吉と本因坊

3431「太閤暗殺 秀吉と本因坊」 坂岡真   幻冬舎   ★★★

信長に囲碁の名人と認められ、本能寺の変の際も信長と碁を打っていた本因坊算砂こと日海。信長の死後、天下に覇を唱えた秀吉は、日海に幾度か信長の最期を問う。しかし、秀吉もやがて斃れ、再び戦が。大坂の陣を控えたある日、日海は家康に呼び出された。「秀吉は誰に毒を盛られたのか」・・・家康の問いに日海は波瀾に満ちた日々を思い起こすのだった。

 

かつて信長推しだったのが嘘のように、いわゆる「戦国の英雄」にはめっきり興味を失ってしまった昨今。英雄の目線はどうでもよくなってしまって、むしろ彼らを第三者はどう見ていたのか、という方に興味が移っています。今回は、囲碁の本因坊が視点人物の歴史ミステリというので、手に取りました。ただし、囲碁は全くの門外漢ですが。

そして、これは「本能寺異聞 信長と本因坊」の続編なのですね・・・。途中で気づきました。ただ、日海と信長との関わりが描かれた前作についてもかなり描写されているので、理解には問題なかったですが。

囲碁の師として信長・秀吉・家康に仕え、本因坊の祖となった日海。名前からわかる通り、日蓮宗の僧である彼の目から見た秀吉の治世。

私は秀吉の時代があまり好きではなくて。華やかなようでいて、けっこう陰惨な事件も多く(千利休や関白秀次の切腹等)、何よりも朝鮮出兵がほんとに嫌なので・・・。それらを本因坊がどのような目で見ていたのか、ちょっと興味を持ちました。

日海はかなり信長寄りなので、秀吉にはかなり批判的。ただ、そんな日海でも抗えない秀吉の魅力、彼の治世のもつエネルギーと華みたいなものは説得力をもって伝わってきました。

個人的には淀殿の描き方があまり好きではなかったので、微妙な気分になりましたけれど。

誰が、どうやって秀吉を「暗殺」したのか。それは、何故? 重厚なドラマでした。

 

2023年11月30日 (木)

三人書房

3430「三人書房」 柳川一   東京創元社   ★★★

大正八年。東京本郷区駒込団子坂に、「三人書房」という古書店があった。平井太郎と次弟・通、末弟敏男の三人兄弟が営むこの店の二階には、井上勝喜という無類の探偵小説好きが転がり込み、太郎とミステリ談義に花を咲かせていた。そして、「三人書房」にはなぜか不思議な謎が次々舞い込んで・・・。

 

のちに江戸川乱歩として日本ミステリ界に大きな足跡を刻む平井太郎。彼がまだ「乱歩」でなかった頃、兄弟で古書店を営んでいた時期の物語。

今や乱歩になる前の「平井太郎」はいろいろなミステリ作品に登場する常連のようになってきましたが、今回は古書店時代の平井太郎。こんな時代もあったのですね。まだ何者でもないけれど、ただ者ではなさそうな太郎が、弟や友人たちと謎に挑む連作です。

「三人書房」「北の詩人からの手紙」「謎の娘師」「秘仏堂幻影」「光太郎の<首>」の5話。(表題作は第18回ミステリーズ!新人賞受賞)

松井須磨子の遺書らしい手紙から始まり、宮澤賢治、宮武外骨、横山大観、髙村光太郎など、のちの世に名を残した人々と太郎との交流が描かれます。私のような時代物とミステリの掛け合わせが大好きな人間には大好物です。

乱歩という人は、絵になるというか、彼自身が「読み物」になりますねえ。

 

 

 

2023年11月26日 (日)

百年の子

3429「百年の子」 古内一絵   小学館   ★★★★

大手総合出版社・文林館に入社して五年。 市橋明日花はファッション誌から「学年誌創刊百年企画チーム」に広報担当として配属された。 社の創業百周年記念企画への「抜擢」と言われるが、今までとは全く異なり興味のないジャンルへの不本意な異動で、明日花はとても不愉快だった。 家でも、明日花を育ててくれた祖母は認知症が進み、その介護をする母とは以前から反りが合わない。 明日花のことを認めようとしない母の態度にイライラしながらも、祖母が心配で同居を続ける明日花。 そして、学年誌について調べていた明日花は、戦時中に入社した女性社員たちの中に、意外な名前を見つける。

 

学年誌というのですね。 私もお世話になりました。 それを作ってきた人たちの物語であり、子どもと女性の人権の歴史でもあります。

昭和から令和まで。 戦中、戦後、文林館という出版社で学年誌作りに携わった人たち。 社長や社員や、作家、漫画家。 さまざまな人たちがそれぞれの思いをのせて、あの雑誌は世に出てきたわけで。 その恩恵にあずかってきた身としては、なんというか・・・感無量でした。

作者の覚悟を感じたのは、学年誌の負の歴史もしっかり描いたことです。 戦時中、国策に協力せざるを得なかったこと。 戦後、信じられないような付録を付けてしまったこと。 あの特撮物の「欠番」となった回を生じさせてしまったこと。 モデルになった出版社を版元にして、それでも書いたわけで。 ただのきれいごとでは終わらせないという強い気持ちを感じました。

物語としては、もっと分量があってもよかったかなという気はします。 明日花の母の物語も読んでみたかったし。

 

   「人類の歴史は百万年。 だが、子どもと女性の人権の歴史は、まだ百年に満たない。」

 

この言葉はやはり心に残りました。 そうだからこそ、私たちはまだまだ考え、行動していかねばならないのだから。

 

2023年11月21日 (火)

花散るまえに

3428「花散るまえに」 佐藤雫   集英社   ★★★★

明智光秀の娘・玉は、名流・細川家の嫡男・忠興に嫁いだ。ようやく心が通い合ったと思えた頃、本能寺の変が起こる。細川家を守るために幽閉された玉は、その時の心の傷を癒やすようにキリスト教に傾倒していく。玉の心を失う恐怖から忠興は暴君と化し、夫婦の間には深い溝が。戦国の世に翻弄された二人が、最後にたどり着いた境地とは。

 

源実朝夫妻を描いた「言の葉は、残りて」が予想以上によかったので、もっとほかの作品も読みたいと思っていました。ようやく、図書館に入ったのがこれ。細川忠興と妻の玉の物語。玉は、「細川ガラシャ」と言った方が通りがよいかもしれませんね。

彼女を主人公にした小説は、永井路子「朱なる十字架」をずいぶん昔に読みました。私のガラシャ像はそこで固定されてしまっています。永井さんの描いた玉は凛としていて、とても素敵でした。

この物語のガラシャ=玉は、いわゆる戦国武将の姫君らしくない、柔らかくあたたかい人柄。生い立ちゆえに人の愛し方を知らない忠興を優しく包み込むような。それゆえに忠興は激しく深く玉を愛し、彼女を守ろうとします。それが、本能寺の変によって「謀反人の娘」となった玉を苦しめることになるのです。

愛し合っているゆえに傷つけ合い、苦しむ二人の姿が本当につらく、たどり着く先を知っているからこそ息を詰めるようにして読みました。

「散りぬべき 時しりてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」

玉の辞世の句は、忠興への「生きて」というメッセージ。「生きるのが怖い」という気持ちを吐露した忠興に、玉だけが言える言葉。そこに至るまでにそれぞれが抱えた傷の深さを思うと、その愛の深さ・激しさにただただ圧倒されます。

佐藤雫さんは「恋愛歴史小説」の書き手だそうで。「恋愛」はあまり得意でないのですが、読むとおもしろいのですよねえ。ほかの作品も読んでみたいです。

2023年11月18日 (土)

照子と瑠衣

3427「照子と瑠衣」 井上荒野   祥伝社   ★★★★

妻を使用人のようにしか思っていない夫と暮らす照子は70歳。ある日、同級生の瑠衣からSOSが。それをきっかけに、照子は家を出て、瑠衣と共に長野の山奥の別荘地へ向かう。今までの自分から解き放たれたようにのびのび暮らす二人。ただ、照子には瑠衣には内緒の目的が・・・。

 

最高。

全くタイプの異なる照子と瑠衣が、二人で自分の人生を取り戻す物語。優等生タイプの照子と、自由奔放な瑠衣。歩んできた道も全く違う二人の、それゆえの持ち味が存分に生かされたストーリーが、本当に最高でした。

ちょっと法に触れているところもありますが、むしろ「やっちゃえ!」という気分になります(笑)

70歳という年齢がはるか先の未来ではなくなってきた私としては、こんなふうにタフでしたたかでありたいと思える二人でした。もっとも、照子も瑠衣も、そんなにかっこいいわけでもないのですが。それでも、意気揚々と生きていけたらいいな、と。

昨今は世の中もいろんなことがありすぎて、気がふさぐことが多いですが、これは久々に読んでスカッとしました。

2023年11月12日 (日)

セゾン・サンカンシオン

3426「セゾン・サンカンシオン」 前川ほまれ   ポプラ社   ★★★★

看護師の千明は、アルコール依存症の母が入る回復施設を見学に行くことに。「セゾン・サンカンシオン」というその施設は古い民家で、女性たちが共同生活をしているらしい。生活指導員の塩塚美咲から説明を受けるが、母に対する苛立ちと不信は消えない。母と同室になる予定のパピコという若い女性に、父親の見舞いに付き添ってほしいと頼まれた千明は困惑するが・・・。

 

前川ほまれさんはこれで3冊目。特殊清掃を扱った「跡を消す」と、医療刑務所を舞台にした「シークレット・ペイン」、そして依存症の治療共同体の「セゾン・サンカンシオン」。いずれも一筋縄ではいかないというか、苦くて、苦しくて、読んでいてとてもつらい。特殊な世界を描いているようでいて、自分と地続きだと痛感させられるからでしょうか。

「夜の爪」「花占い」「葡萄の子」「バースデイ」「三寒四温」の五つの章で、それぞれ「セゾン・サンカンシオン」に関わる人々が描かれます。アルコール、ギャンブル、万引き、薬物。彼女たちがなぜ依存症になったのか。その過程と、世間の風当たりと。回復したかと思えば繰り返す依存。

物語が進展しても、大団円と呼べるような結末にはたどりつけません。そのしんどさが、そのまま依存症にかかってしまった人たちのしんどさなのでしょう。

物語のラストにかすかな救いはあるものの、読み終えて、正直言って気がふさぎました(苦笑) でも、それはそれで「アリ」なのだろうな、と思うのです。私たちと彼女たちには大きな違いはなく、これは対岸の物語ではないのだと自覚することが肝心なのではないでしょうか。

2023年11月11日 (土)

魔女と過ごした七日間

3425「魔女と過ごした七日間」 東野圭吾   角川書店   ★★★★

中学生の月沢陸真は、元警官の父・克司と二人暮らし。見当たり捜査のプロだった克司は、AIによる監視システムのせいで警察を去り、警備会社に転職した。しかし、克司は何者かに殺害されてしまう。そして、克司の遺品を整理していると、通帳に不自然な金の動きが。まさか、父は何かの犯罪に関わっていたのでは? とまどう陸真の前に現れた不思議な女性・円華は、陸真に告げる。「あたしなりに推理する。その気があるなら、ついてきて」

 

「ラプラスの魔女」シリーズの新刊。

と言っても、だいぶ忘れていました(苦笑) 今回は、円華が探偵役で、陸真の父の死の真相を追います。

そもそも「ラプラス~」は空想科学ミステリという不思議なジャンルなので、円華の能力がなければ全てうまくいかないという実に危うい設定なのですが、これでおもしろく読めるからすごいです。ただ、シリーズものを読んでいないと、円華のすごさってよくわからないかもしれないですね。なんでそんなことができるの?となりそう。

ただ、事件そのものはそれなりに重量感があります。

AIやら、DNA鑑定やら、いろいろ描かれていますが、これってフィクションですよね・・・。リアルとスレスレのところで描かれているので、ちょっと気持ち悪かったです。もしかしたら、もうそうなっているのでは?と。

 

2023年11月 7日 (火)

アンソロジー 嘘と約束

3424「アンソロジー 嘘と約束」 アミの会   光文社文庫   ★★★★

松村比呂美「自転車坂」 松尾由美「パスタ君」 近藤史恵「ホテル・カイザリン」 矢崎存美「青は赤、金は緑」 福田和代「効き目の遅い薬」 大崎梢「いつかのみらい」

 

短編好きな女性作家さんたちの集まり「アミの会」。アンソロジーを次々刊行していますが、いずれも読み応えがあるのがすごいです。今回のテーマは「嘘と約束」。この二つの取り合わせがポイントです。「嘘」だけでなく、「約束」だけでなく。

出色なのは、文句なしに近藤史恵さんの「ホテル・カイザリン」ですが、冒頭の「自転車坂」と、「効き目の遅い薬」もおもしろかったです。

どの話も、「嘘」と「約束」というテーマを絡めたことで、物語に一筋縄でいかない深みが生まれていて、唸らされました。

そして、あとがきを読んで気づきましたが、「アミの会(仮)」の(仮)がとれたのですね!! これからも、「アミの会」が素敵な物語を生み出してくれることを期待しています。

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