2018年8月12日 (日)

風は西から

2782「風は西から」 村山由佳 幻冬舎 ★★★

大手居酒屋チェーン「山背」に就職した健介は、店長として配属されてまもなく、自ら命を絶った。恋人の千秋は、健介の辛さを理解できなかった後悔に苛まれつつ、健介の両親と共に大企業「山背」と闘う決意を…。

ブラック企業という言葉が定着して久しいですが、どこがどうブラックなのか、これを読むとよくわかります。特に、健介が亡くなるまでの経過は、胸が苦しくなりました。どんなふうに追いつめられ、どんなふうに心を折られ…。人に対する敬意のなさが、いかに非人道的な行いにつながるのか。

健介視点と千秋視点と、それぞれ描かれることで、追いつめられていく本人と、それに気づけない周囲という、その落差がリアルに感じられました。

前半が濃密だったわりには、後半の三年間がちょっと駆け足だった気がします。「山背」社長をはじめとする幹部たちのひどさはわかりましたが、千秋たちの闘争が意外と順調に進んだような印象でした。

もう少し、千秋自身の葛藤が読みたかった気がします。

2018年8月 8日 (水)

異妖新篇 岡本綺堂読物集・六

2781「異妖新篇 岡本綺堂読物集・六」 岡本綺堂   中公文庫   ★★★★

「娘が年頃になつたならば、おまへを婿にして遣るから。」・・・父親が戯れにした「約束」が一家を悲劇に陥れた。ふと異界に足を踏み入れてしまった人々を描く「近代異妖篇」の続編。

岡本綺堂にはまってもう何年になるのか・・・。読んでも読んでもおもしろいのだから、しょうがないです。前巻「今古探偵十話」は苦戦しましたが、今回はスルスルと読んでしまいました。

冒頭の「西瓜」にすっかりやられました。怖いし、気持ち悪い。でも、強烈な印象。口絵の印象もあるのでしょうが。

あとは、「くろん坊」「鰻に呪はれた男」といったあたりがおもしろかったです。

ネタそのものはそれほどオリジナリティを感じなくても、読ませるのはその語り口。怪談と言うのは、どう語るか(書くか)が大事・・・と、先日読んだ本で宮部みゆきさん・北村薫さんが語ってらっしゃいましたが、まさに。そういう意味で、綺堂は一級品です。

2018年8月 4日 (土)

鬼の跫音

2780「鬼の跫音」 道尾秀介   角川書店   ★★★

祖母の椅子の壊れた脚には、奇妙な言葉が刻まれていた。刑務所で作られたというその椅子に、こっそりとメッセージを残したのは人物とは、何者なのか。何かに突き動かされるように調べ始めると、思いもかけない真実が・・・。

先日、BSの深読み読書会「悪魔の手毬唄」に出演されていた道尾さん。すごくクレバーな方だなあという印象でした。その後、宮部みゆき「怪談江戸散歩」で、道尾さんのこの本に収録されている「犭(ケモノ)」を、宮部さんが推していて。これは読まねばなるまい、と。

「鈴虫」「犭(ケモノ)」「よいぎつね」「箱詰めの文字」「冬の鬼」「悪意の顔」の6話。

いずれも後味の良くない、読んでいてざわっとするような物語。ジャンルとしてはホラーなのでしょうか。

心の闇なんて言葉がテンプレのように使われる昨今ですが、その言葉が薄っぺらく思えるような深い深い「闇」が描かれています。

やはり圧巻は「犭(ケモノ)」でしょうか。とっても不快な話ですが、最後まで徹底的に救いがない感じに打ちのめされました・・・。

2018年8月 2日 (木)

現世怪談 開かずの壺

2779「現世怪談 開かずの壺」 木原浩勝   講談社   ★★★

新しく借りた事務所兼住宅は、坂の途中に建つ、三角形の敷地に建つ家。快適な新生活を送っていたが、大家の言動にひっかかりを覚え・・・。

筆者が蒐集した実話怪談が16話収められています。

やはり夏は怪談よねえ・・・と、図書館で目に付いたものを借りてきました。木原さんの本を読むのは、「新耳袋」シリーズ以来です。

ものすごく怖いというよりは、誰もがどこかでふっと異世界に足を踏み入れてしまう、そんなリアルな怖さ。なぜそんな目に遭うのかわからないけれど、降ってくる理不尽。他人事ではないよと、誰かが耳元で語りかけてくるような。そんな話でした。

構成もなかなかおもしろかったです。鏡の表と裏を見せられたような気分になりました。

2018年7月31日 (火)

宮部みゆきの江戸怪談散歩

2778「宮部みゆきの江戸怪談散歩」 宮部みゆき・責任編集 角川文庫 ★★★

「三島屋変調百物語」にまつわる話を中心に、北村薫との対談、宮部みゆき推薦の怪談など、「宮部怪談」公式読本。


「三島屋変調百物語」シリーズは大好きです。「あやかし草紙」で第一部完となったのですが、けっこう意外な展開…と思っていたら、宮部さんには規定路線だったようで。それというのも、百物語だから99話書くつもりだと。それならば、おちかがずっと聞き手をつとめるのは無理ですね。なるほど。

北村さんとの対談も面白かったです。驚いたのは、宮部さんの怪談は、元ネタなしのオリジナルだということ。すごいなあ。ストーリーテラーって、まさにこういう人なんだろうなあ。

再録の「曼珠沙華」(「おそろし」より)と「だるま猫」(「幻色江戸ごよみ」より)も懐かしく読み返しましたし、岡本綺堂「指輪一つ」、福澤徹三「怪の再生」も面白かった! やはり夏は怪談ですねぇ。

2018年7月30日 (月)

バック・ステージ

2777「バック・ステージ」 芦沢央 角川書店 ★★★

終業後、忘れ物に気づいて職場に戻った松尾は、先輩の康子が四つん這いになって次長の机を漁っている現場に遭遇してしまう。澤口次長が不正を行っている証拠を探すという康子に巻き込まれた松尾だったが…。

という松尾と康子さんの話は序幕と終幕だけで、第一幕から第四幕まで、それぞれ異なる話が展開します。もっとも、どこかでリンクしているのですが。

こういった構成が好きなので、楽しんで読みました。そ好きだったのは、第二幕「始まるまで、あと五分」かな。ただ、気づけよ!とは思いましたけど。

図書館で借りたのですが、表紙カバーがきちんとコーティングされてなくて、なんで?と思ったら。表紙の裏にありましたよ、「カーテン・コール」が! なるほど、こうきたか。

2018年7月29日 (日)

美貌のひと

2776「美貌のひと」 中野京子 PHP新書 ★★★

絵画に描かれた美しい人。そこに描かれたものは何だったのか。画家の思い、モデルの思い、彼らの人生を解き明かす。


「古典のなかの美しいひと」「憧れの貴人たち」「才能と容姿に恵まれた芸術家」「創作意欲をかきたてたミューズ」の4章構成。

中野さんの著作はあらかた読んでいるので、知っていることも多かったのですが、やはり面白い。絵画そのものにも興味はあるけれど、画家やモデルの人生、時代背景等に興味のベクトルが向いているので、こういった本は、とても面白い。

今回は、芸術家たちの肖像画にまつわる話が特に印象的でした。

2018年7月28日 (土)

彼女の色に届くまで

2775「彼女の色に届くまで」 似鳥鶏 角川書店 ★★★★

画廊の一人息子の緑川礼は、画家を目指している。それなりに才能はあると自負している礼だったが、高校生のときに、千坂桜と出会い、彼の世界は変わる。たまたま礼が巻き込まれた事件を、千坂が解き明かして以来、二人の距離は縮まり…。

「青春アートミステリ」って、私の好きなものをあれこれぶちこんだような…そんな都合のいい話が…と、おそるおそる読みましたけど、まさに好みの話でした。

絵が得意で画家を目指す礼が出会った桜は、とんでもない才能の持ち主。自意識の強い礼が七転八倒する展開ではあるのですが、ベタなようでいて、礼の思考パターンってちょっと面白い。なんというか…タフなんです。ウジウジしない。でも、ヒリヒリした焦燥感とかは伝わってくる。

巻き込まれ体質の礼はいろんな事件に遭遇し、その謎を解くのが千坂。礼はあくまでワトソン役なのですが、そのままでは終わりません。これ以上はネタバレにつき、自粛。

散りばめられた小さな「謎」や違和感が、最後にスルスルと解かれていく快感は、ミステリの醍醐味。そして、礼と千坂が自分の人生の方向性をどう定めていくのか、その過程を時間をかけて描写してくれたのが、とてもよかったです。

2018年7月26日 (木)

原民喜 死と愛と孤独の肖像

2774「原民喜 死と愛と孤独の肖像」 梯久美子 岩波新書 ★★★★

自らの被爆体験を元にした「夏の花」の作者・原民喜。46歳で鉄道自殺を図った彼は、どのような人生を送ったのか。


原民喜は原爆を題材にした詩しか読んだことがなくて。なんとなく悲惨な人生を送ったように思い込んでいました。この本も、梯さんが著者でなければ読まなかったでしょう。

評伝は、いきなり原の死から始まります。死を決意して、さりげなく知己に別れを告げ、遺書を用意し、遺品を整理する原の姿が痛ましくて…。ところが、彼の生涯をたどると、また違う姿が見えてきました。

過敏すぎる神経をもち、社会生活にうまく適応できなかった原。愛する父や姉を亡くし、孤独だった魂を救ってくれた妻との出会い。その妻も失い、帰った故郷で被爆。そのときの悲惨な光景を書かねばという使命感で綴った「夏の花」。

原民喜という人は、あまりの純粋さゆえに、生きていくのが本当に大変な人で、妻や友人たちに支えられて、なんとかこの世につなぎ止められていたのかもしれません。最後は、いろいろな軛から解き放たれて、自分のいるべきところへ帰っていったような気がします。精一杯生き、愛し、書き……そうしてたどり着いた人生の終着点だったのだと思えば、最初に感じた「痛ましさ」は消えてなくなりました。

今まで避けてきた「夏の花」、読んでみようと思います。


2018年7月23日 (月)

鍬ヶ崎心中

2773「鍬ヶ崎心中」 平谷美樹   小学館   ★★★★

明治元年。盛岡藩領の宮古通鍬ヶ崎村は、藩有数の花街であった。その街で十五年、女郎として生きていた千代菊。彼女の運命を変えたのは、元盛岡藩士・七戸和磨。旧幕軍の榎本武揚に連れられて鍬ヶ崎に現れた和磨に身請けされる形になった千代菊は、足の不自由な和磨の身の回りの世話をするうちに、彼の心の傷に触れ・・・。年が明け、官軍と旧幕軍との宮古湾海戦が目前に迫ってきた。死に場所を求める和磨は、どうにかして旧幕軍の「回天」に乗り込もうとするのだが・・・。

地元の作家さんなのですが、読むのは初めてです。

タイトルを見て、恋愛ものか~と思って敬遠していたのですが、手にとって見たら、「会津」やら「宮古湾海戦」やら・・・それならちょっと読んでみようかと思う歴史オタク(笑)

幼いころに花街に売られ、楼で一番年かさの女郎になるまで働いてきた千代菊。それなりになじみの客はいるけれど、今まで一度も本気で男に惚れたことのない彼女の、初めての恋の相手が、浪士の和磨。しかし、彼はなりゆきで「身請け」した千代菊にも心を開こうとしない。それは、和磨が会津で見た地獄に原因が・・・。

若くして義憤に燃え、脱藩して会津に駆けつけた和磨。そのあまりのまっすぐさと紙一重の愚かさ(とは言い過ぎからもしれませんが)に、ほんと、イライラしました(苦笑) わかるよ、わかるけど・・・という。なんとかして和磨をこの世につなぎとめようとする千代菊を、全力で応援したくなりましたもの。

時代に翻弄されたといえばかっこいいですが、為政者や権力者の都合で、庶民の生活や命なんてどうとでもされてしまうもの。下々のことなんて考えもしない人たちのおかげで右往左往したり、命を奪われたり。そんな理不尽に耐えながら生きてきた人々の、せめてもの意地が心に残りました。

これはネタバレになるかもしれませんが。

タイトルで、「これはアンハッピーエンドか」と思って読み始めたのですが、意外な結末でした。いや、ハッピーエンドでもないのですが。まさかこんな終わり方をするとは思わなかったので、ちょっと驚きました。千代菊の行動は無茶なのかもしれないけれど。それでも、わずかな希望をもって歩き出したことに、救われる思いでした。

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