2020年4月 3日 (金)

ときどき旅に出るカフェ

3021「ときどき旅に出るカフェ」  近藤史恵      双葉社      ★★★★

三十七歳、独身、一人住まい、子供もいないし、恋人もいない瑛子。他人からは寂しい生き方と思われそうだが、瑛子なりに落ち着いた暮らしをしている。しかし、大きな変化もない日々は、時に不安と憂鬱を運んでくる。そんな瑛子が自宅の近所に見つけた小さなカフェ。試しに入ってみると、店主はかつての同僚・円で…。


なんとも不思議なタイトルの、日常の謎系ミステリの連作短編。

冒頭2ページで描かれる主人公・瑛子の設定に共感しすぎて(笑)  結婚する前の私が、まさにこんな感じでした。マンションは買えなかったけど(笑)  一人でいることは心地よい。ただ、大きな変化もないまま時間が過ぎていくことへの味気なさとか、この先に対する不安感とかがあって。

そんな日々の中で、瑛子は「カフェ・ルーズ」に出会います。小さなカフェを営んでいるのは、元同僚の円。とは言え、半年しか一緒に働いていないので、円のことはよく知らないのですが。

このカフェのコンセプトが、とっても素敵。(こんな店が近所にあったら常連になります。)  瑛子が遭遇する「謎」を解き明かすわけですが、日常の謎とはいえ、なかなか苦いものがあり…近藤さんらしいな、と。

10話構成で、一話が短いのでサクサク読めます。そして、一話ごとに美味しそうな食べ物が…!  いろんな意味で、読みごたえあります。

2020年4月 2日 (木)

向田邦子の本棚

3020「向田邦子の本棚」  向田邦子      河出書房新社      ★★★

向田邦子の本棚には、いったいどんな本があったのか。著作の糧になった本、興味関心の赴くままに手にとった本。本にまつわるエッセイや単行本未収録エッセイ・対談も収録。


邦子さんが猫ちゃんたちを抱っこしてる背後には、本棚。そこには、原稿や資料本と思われるものが大量に、雑然と平積みされている。…それが、表紙の写真。

他人の蔵書が気になるのは、本好きの性でしょう。ましてや、それが好きな作家であれば、なおさら。

「おお!」と思ったのは、私が敬愛してやまない三浦哲郎の本があったこと。「木馬の騎手」「拳銃と十五の短篇」「娘たちの夜なべ」の三冊。同世代の作家なので読んでいても何の不思議もないのですが、立ち位置はまるで違うので。

エッセイや対談も面白く読みましたが、邦子さんが、「性」の描きかたに拘っていたというのが意外でした。言われてみれば、小説や脚本はそういう側面があるものが多いかも。意外に感じるのは、「父の詫び状」など、父親を題材にした随筆の印象が強いからですね(中学校国語の教科書にも載ってるし)。

そして、いつも思うのは。邦子さんが生きていらしたら、今はどんなものを書いていらしたかなあ、ということ。もっともご存命なら90歳なんですけどね。

2020年3月31日 (火)

てんげんつう

3019「てんげんつう」  畠中恵      新潮社      ★★★

繰り返し繰り返し、厄介なことに巻き込まれる長崎屋の若だんなと妖たち。今度は若だんなの許嫁・於りんの中屋や、僧・寛朝たちまで巻き込んでしまい…。


「てんぐさらい」「たたりづき」「恋の闇」「てんげんつう」「くりかえし」の五話。

毎度おなじみの話なのに、読んでしまうんですよねえ。なぜ読んでしまうのか、ずっと不思議だったのですが。

思うに、主人公・若だんなの人物造型が大きいのでは。

大店の跡取り息子で、賢く優しい彼は、体がものすごく弱い。ゆえに、思うままに出歩くこともできず、しょっちゅう寝込んでしまう。それは、祖母が人ならぬ身であることに起因しているらしく、それはどうしようもなく…。妖たちに囲まれて楽しそうではあるけれど、若だんなが思いどおりに行動的できないことで感じる負の感情が、この物語の肝なのでしょう。

ままならぬ世を生きているのは、私たちも同じなので。

そんなことを考えながら読み終えました。


2020年3月29日 (日)

紫式部ひとり語り

3018「紫式部ひとり語り」  山本淳子      角川ソフィア文庫      ★★★★

紫式部はなぜ「源氏物語」を書いたのか。その誕生秘話を、紫式部自身が語る。


山本淳子先生の著作を読むようになったのはTwitterのおかげです。平安朝の価値観に着目し、「枕草子」や「源氏物語」が描きたかったものは何かをわかりやすく解き明かしてくれるのがとても面白く。

その山本先生が、「紫式部の一人称での独白」という形でまとめた、紫式部の生涯と「源氏物語」成立の秘話。これが面白くないわけがないでしょう、と。

生い立ちから始まり、恋、結婚、夫との死別。不本意ながら女房として出仕したこと。主人たる中宮彰子への尊敬。同僚の女房たちのこと。清少納言と「枕草子」のこと。道長との関係。そして、「源氏物語」。

「紫式部日記」と「紫式部集」をもとに描かれた「ひとり語り」は、一人の女性の生きざまを、リアルに再現してくれます。ままならぬ世を、惑い、泣きながら生き抜いた一人の女性の書いた物語が、千年以上の時を超えて読み継がれてきたことに、素直に感動しました。

そして、知らないことがいっぱい!ということを思い知らされました。(苦笑)  勉強しよう…。

2020年3月26日 (木)

薫大将と匂の宮

3017「薫大将と匂の宮」  岡田鯱彦      創元推理文庫      ★★★

源氏物語・宇治十帖には幻の続編が存在した。薫と匂の宮を巡り怪事が続き、紫式部は推理に奔走。やがて、真実をめぐって清少納言と競い合うことに。紫式部の手になる最古の探偵小説は、どんな結末を迎えるのか。


「オトナが本気で遊ぶとここまでやるのか」とは、有栖川有栖さんのお言葉。国文学者であり、探偵作家でもある作者ならではの、「源氏」の世界でのミステリ。

なんと、昭和25年発表なのですが、そもそも「源氏」が舞台なので、昭和だろうが令和だろうが関係ないですね。

紫式部が書いたミステリという趣向ですが、現実なのか、虚構なのか、判然としない世界で、読者は作者に完全に操られて、物語にからめとられていきます。(このへんは、森谷明子さんが解説でわかりやすく述べてらっしゃいます)

表題作の他に「艶説清少納言」「『六条御息所』誕生」「コイの味」と、エッセイを収録。この中で、六条御息所の話が抜群に面白かったです。あの登場人物の成立過程を推理したもの。源氏物語好きな型にはおすすめしたい作品です。



2020年3月25日 (水)

太平洋食堂

3016「太平洋食堂」  柳広司      小学館      ★★★★

紀州新宮の人・大石誠之助。皆から「ひげのドクトルさん」と親しまれた彼は、社会的弱者が生きていけるよう心を尽くす人だった。幸徳秋水らとの交流から「主義者」としてマークされるようになった誠之助だったが、さらに過酷な運命が彼を待ち受けていた。


大石誠之助の名を知ったのは、漫画「坊っちゃんの時代」の大逆事件の巻でした。幸徳秋水たちと交流があったことから逮捕され、秋水らと共に処刑された医師。得た知識はその程度です。漫画にもチラッと登場したくらいでした。

ただ、ずっと気になっていた人物だったので、彼を主人公にした小説だと聞き、飛びつきました。

なかなか器の大きい人物で、一つ一つのエピソードが生き生きと描かれ、さらに与謝野鉄幹との交流など、興味深い話もたくさんあるのですが。

物語は中盤から様相を変え、小説というよりは評伝、さらに当時の社会主義に関する考察も加えて、のどかな気配は消えていきます。

特に、「足尾銅山鉱毒事件」の章は、この顛末を描き、田中正造の帝国議会での演説を引用しています。

「民を殺すは、即ち国家を殺すことである。/法を蔑ろにするのは、即ち国家を蔑ろにすることである。/これらは皆、国を毀つ所業である。(後略) 

この言葉は、まさに今の日本にあてはまるのではないでしょうか。ちなみに、この田中正造の演説に対して、時の総理大臣・山県有朋の回答は、「質問の趣旨、その要領を得ず。以て答弁せず。」だったそうで。この辺も、今とよく似ています。

という辺りから明らかになっていくのは。当時(明治40年)、権力者が恣意的に無実の人間を12名も死刑に処したという事実。そして、そこに至る過程は、「今」と恐ろしい相似をなしているという事実です。

戦争と差別を嫌い、弱者のために行動する大石誠之助を描くことで、不当な手段で彼の命を奪った権力の醜さが浮き彫りになりました。また、それは決して他人事ではないのだ、と。

最終章は、読んでいて涙がこぼれました。なぜかは、うまく言葉にできません。

小説としてはまとまりのないところもあるのかもしれませんが、作者の書きたい、書かねばという思いが伝わってくるような作品でした。


2020年3月21日 (土)

悪いうさぎ

「悪いうさぎ」  若竹七海      文藝春秋      ★★★★

再読です。

ドラマ「ハムラアキラ」では、「悪いうさぎ」のエピソードは三回かけて構成されていました。なかなか上手く作ったなあと思った一方、あれ?こんなもんだった?という印象が。

小説を読んだのはだいぶ前で、詳細は忘れてしまったけれど、もっとこう胸糞悪いというか、すごく嫌な事件で、晶のダメージも大きかった気が…?  

どうにも気になったので、読み直しました。

で、納得。小説は、二重三重に晶がトラブルに巻き込まれていて(同業の世良の件、友人・相場みのりの恋人の件)、さらに監禁されたことで晶はかなりの心的ダメージを被っています。これは、凄まじかった。

でも、この辺はテレビでやるのは厳しいんだろうな、というのも見当がつきました。事件の本筋以外は煩雑になりすぎるし。…と考えると、やはりよくアレンジされたドラマだったなあと思うわけです。

しかし、この事件で晶はそれまでの誇りとか、自負みたいなものを粉々にされるわけですが…そのくだりは容赦ないので、ドラマだけでなく、こちらも読んでいただきたいです。

2020年3月18日 (水)

十二人の手紙

3015「十二人の手紙」  井上ひさし      中公文庫      ★★★★

さまざまな「手紙」が織り成す人生模様は、やがて思わぬ事件へ。井上ひさしの隠れた名作ミステリ。


日本語にこだわり続けた井上ひさしならでは。帯には「濃密な人間ドラマ✕圧巻の超絶技巧    作家・井上ひさしの底力に打ちのめされる1冊」とありますが、まさに至言。

いろんな形の手紙で構成された作品は、それぞれの趣向が効いていて、全く飽きることがありません。印象的だったのは、ほとんどが書類で構成されている「赤い手」と、意外な事実が最後の最後にわかる「玉の輿」でしょうか。

1978年刊行、1980年文庫化なのですが、当時の生活がもはや現代とはかけ離れてしまっていることにちょっと驚きました。

いろんな意味で、今回読めてよかったです。

2020年3月17日 (火)

日本中世への招待

3014「日本中世への招待」  呉座勇一      朝日新書      ★★★★

現代の日本人の生活のルーツは、中世にある。その時代を生きた人々の「日々の営み」にスポットを当てた一冊。


呉座先生の本が出てる!と、書店に走り、ゲットしました。

物心ついた頃から日本史好きで今に至る私。かつては信長だ、土方歳三だと熱を上げていたけれど、最近はいわゆる「英雄」に対する興味がかなり低下。むしろ、名もなき人々がどんな生活をしていたのかという点がおもしろくなってきて。そしたら、呉座先生のこんなご本が! 

期待に違わぬおもしろさでした。帯には「庶民と酒を酌み交わす殿様もいた」とありますが、このエピソードもいろんな方向で実におもしろいのです。また、呉座先生はさらりと書いてますが、素人には「え、知らない」「私の知ってるのと違う」の連発でした(苦笑)

史料を基に、学説もわかりやすく紹介したうえで、ご自身の意見も明確に記されているので、わかりやすい。また、新聞連載されたものが基になっているので、読みやすいです。中世初心者でもいけます。

個人的には呉座先生学生時代の人妻事件に爆笑しました。

2020年3月14日 (土)

線は、僕を描く

3013「線は、僕を描く」  砥上裕將      講談社      ★★★★★

両親を事故で失ってから、孤独の縁に落ち込み、生きる意味を見いだせなくなった青山霜介。流されるように進んだ大学で、同級生の古前に頼まれたバイトで、水墨画の巨匠・篠田湖山に出逢う。湖山は水墨画を全く知らない霜介を弟子にすると言い出して…。


本屋大賞の候補にもなったし、漫画化もされていて、話題の作品。(私もずっと「読みたい本リスト」に入れてました)  読んで、納得。

導入部分のあらすじを書いていて気づきましたが、設定だけだと、けっこう無理がある感じなんです。湖山先生を初め、門下の西濱湖峰、斉藤湖栖、湖山の孫娘の千瑛、みんなすごい才能の持ち主で、さらにキャラが立ってるし。霜介はあれよあれよという間に、水墨画の才能を発揮するし。いや~、それはちょっと、ねえ…と言われそうな流れなんですが。

そう思わせないだけの説得力があるのです。それは、「描く」場面のリアリティ。作者の砥上さんは水墨画家。だからこそなのでしょうけれど…普段当たり前にやっていることを、何の知識もない不特定多数の人に、わかるように言語化するって、大変なことです。

私は絵画は好きですが、正直言って、水墨画に興味をもったことは一度もありません。それなのに、「描く」場面にはぐぅっと引き込まれました。

この物語は霜介の成長物語なのかもしれません。でも、理不尽な死を経験したのは、霜介だけではありません。平成からこっち、震災を始めとする大規模な災害や、想像を絶するような出来事で、私たちは理不尽な死が身近にあることをある実感を伴って理解するようになりました。霜介のように脱け殻になってしまうのは、誰にでも起こり得ることなのです。

そんな「私たち」へのメッセージを、この物語から受け取った気がします。湖山先生がなぜ霜介を弟子にしたのか。その真意、霜介に向けられた言葉は、私自身に向けられたもののように感じて、ほろほろと泣いてしまいました。

作者が水墨画を描く動画があります(短いけれど)。描かれるのは、春蘭と菊。物語の世界は、たしかにそこにありました。


«間宵の母

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