2019年8月10日 (土)

偽りの春

2931「偽りの春」 降田天   角川書店   ★★★★

詐欺グループの仲間が現金をもって逃亡した。グループのリーダーである光代のもとには脅迫状が。アパートの隣室の親子に情が移った光代は、今の生活を守るために、ある手段をとることを決意。無事に実行したと思った矢先、交番の「おまわりさん」に声をかけられ・・・。

 

第71回日本推理作家協会賞受賞の「偽りの春」を表題作にした連作短編ミステリ。副題に「神倉駅前交番 狩野雷太の推理」とある通り、かつて捜査一課にいた狩野が、ある事件をきっかけに交番勤務になり・・・という設定。かつて「落としの狩野」と呼ばれた刑事は、飄々とした風情で、犯罪者の心のすき間に入り込んでしまうのです。「鎖された赤」「偽りの春」「名前のない薔薇」「見知らぬ親友」「サロメの遺言」の五話。

受賞作の「偽りの春」が良かったので、期待して読みました。読者の読みの裏をかいていく展開の連続ですが、単なる着想の面白さにとどまらないのが、やはり狩野と、その部下の月岡みっちゃんの存在ですかね。食えない感じでとんでもなく鋭い狩野。常に冷静沈着で、狩野も一目おく「目」をもつみっちゃん。ベタな設定のようでいて、この二人の存在感が物語の中で実によく効いてくるのです。そして、狩野に何があったのかがラストできちんと明かされたのもよかったです。

執筆担当とプロット担当の二人によるユニットとのことですが、そういうの聞くと、エラリー・クイーンとか岡嶋二人とか思い出してニヤニヤしてしまいます。今後しばらく注目したい作家さんです。

 

2019年8月 7日 (水)

戦国24時 さいごの刻

2930「戦国24時 さいごの刻」 木下昌輝   光文社   ★★★

歴史の鍵を握る人物の一大事までの「最後の24時間」を描く。「お拾い様」(豊臣秀頼)、「子よ、剽悍なれ」(伊達政宗)、「桶狭間の幽霊」(今川義元)、「山本勘助の正体」(武田信玄)、「公方様の一ノ太刀」(足利義輝)、「さいごの一日」(徳川家康)の6編。

発想の面白さというか、歴史上の有名人の人生をどう切り取って見せるかという短編集だと思うのですが。「ほほう、こう来ましたか」という感じで読みました。

冒頭の「お拾い様」のラストは「うお!」となりました。それは、今まで見たことがない設定(少なくとも私は知らない)。

それから、足利義輝という人物には興味があるので、その人を主人公にしたのは興味深く読みました。伝家の宝刀を床に突き立て、それを次から次へと手にとって敵と戦う足利将軍って、絵になりますよね。作者もまさにその場面を描きたかったのだろうな、と。

 

 

2019年8月 3日 (土)

承久の乱

2929「承久の乱」 坂井孝一   中公新書   ★★★★

高知・松山・広島をめぐる旅に出ていたのですが、その旅のお供がこれでした。理由は特にない(笑) まあ、ずっと積読してたので。

副題は「真の『武者の世』を告げる大乱」。たしかに論考はここに集約されるのですが、それまでもっていた「承久の乱の意味」「後鳥羽上皇像」「源実朝像」というものが、けっこうガラガラ崩されました。

実は、鎌倉将軍は三代実朝までが私の限界で、その後の摂家将軍とかになると「??」だったのですが、そういうことだったのですね。そして、後鳥羽上皇という人は、なんとも破格の天皇だったようで。その原点にあるのは、「三種の神器の消失」「前帝からの譲位がない」という異常事態だったというのが、なんとも言えず。

院政の開始から語られるので、そこから?と思ったのですが、確かにそこがわかっていないと理解できない点が多々ありました。また、文化的な側面を詳しく説明されていて、これもけっこう目からウロコでした。その必然性や、後鳥羽の「巨人」たる所以がよくわかりました。

承久の乱は、倒幕・討幕ではなかったという論には説得力があり、それが失敗した過程も実によくわかります。そして、それが思わぬ形で歴史の大転換点になっていくという・・・。

あまり得意な時代ではないので、人名が交錯したりしてやや混乱しましたが、それでもこの類の新書としてはわかりやすく、おもしろかったです。

そして、巻末の主要参考文献に思わず「おおぅ」となりました。いや、歴史に関するものを書こうと思ったら、普通こうなるよねえ。

2019年7月27日 (土)

風の万里 黎明の空

「風の万里 黎明の空(上)(下)」 小野不由美   新潮文庫   ★★★★

泰麒の物語、雁国の物語を経て、話は陽子に戻ります。玉座にのぼったものの、王として何をなすべきか、悩む陽子(基本的に真面目だから)。補佐たる景麒ともかみあわないまま(景麒も景麒だから・笑)、国政は混乱を続け・・・。一方、陽子と同年代の二人の少女の物語が交錯します。

一人は、海客の鈴。才国で仙女の下働きをしていた鈴は、仙女の横暴に耐えかねて、そこを逃げ出す。

もう一人は、芳国の王女・祥瓊。父王はあまりに苛烈な政をしたために誅殺され、祥瓊も仙籍を剥奪される。

二人とも紆余曲折の末、慶国を目指すようになるが、彼女たち自身の心はすさみ、歪んでいて・・・というお話。

今までの物語がしっかり根付いているので、「ここであの人が!」というのが、実に効果的なのですね。そして、三人の少女が出会うことで、それぞれの「自分にできること」「なすべきこと」「やりたいこと」が見えてくるというのが。

前半は、とにかくイライラさせられるのですが、鈴の自己憐憫や祥瓊の驕りは、決して他人事ではなく、清秀や楽俊の言葉にはけっこうえぐられます(苦笑) それが終盤になって一気に解消していく過程の気持ちよさといったら!

そして、何度読んでも陽子の初勅は最高なのでした。

2019年7月25日 (木)

天平グレート・ジャーニー

2928「天平グレート・ジャーニー 遣唐使・平群広成の数奇な冒険」 上野誠   講談社   ★★★

天平五年。聖武天皇の御世に唐を目指した遣唐使たちは、数奇な運命を歩む。その中でも、とりわけ辛酸を嘗めた平群広成は、その行程で何を見、何を感じたのか。

 

おかざき真理「阿・吽」を読んでいなければ、この本がアンテナに引っかかることはなかったと思います。

平群広成という中級貴族(?)が、遣唐使に選ばれるところから、最終的に日本に帰り着くまでの話。遣唐使が命がけだったとか、苦難を経てなお帰郷できない人も多かったとか、そういう話は知っていましたけれど、これを読むと、こういう固定観念でなく、そこで生き生きと生きていたであろう人間の姿が浮かび上がってきます。

「阿・吽」では、最澄と空海を中心に、留学生や留学僧たちの長安での様子が生き生きと描かれていますが、これも負けていません。おそらく、作者が研究者でもある上野先生なので、当時の生活習慣や風俗、価値観などがあらゆる場面で盛り込まれているのでしょう。彼らの真面目さ・必死さと同時に、笑える場面もあります。

ところが、帰路についたとたん、平群たちの乗った第三船は悲惨な運命をたどることに。往路は人の言うことにただ従っているようだった平群が、責任を負って奮闘するさまが描かれていきます。

安倍仲麻呂、吉備真備、山上憶良、そして聖武天皇も登場する、奈良の歴史好きにはたまらない設定の物語です。

 

 

 

2019年7月21日 (日)

静おばあちゃんにおまかせ

2927「静おばあちゃんにおまかせ」 中山七里   文藝春秋   ★★★

捜査一課の若手刑事・葛城公彦は、次々と厄介な事件を解決し、上司にも一目置かれる存在に。実は彼にはある協力者がいて・・・。

 

先日読んだ「もういちどベートーヴェン」に、元裁判官の高遠寺静という登場人物がいて。あれ、これってほかの作品の登場人物・・・?と探してみたら、ありました。で、「静おばあちゃん」が元裁判官で、自らの職責に厳しい人という下知識のもとに読み始めました。

葛城という若い刑事と、ある事件で知り合った女子大生・高遠寺円が、難事件を解決していくのだけれど、実は円に知恵を貸しているのは、円の祖母・静で・・・という設定。しかし、中山七里らしく、終盤に意外な展開を見せます。

要するに、安楽椅子探偵ものなのですが、そこに裁判官という立場にあった静さんのものの見方がさしはさまれることで、いい意味での重みが加わっています。

ラストの展開は、私的にはどうだろう・・・?という感じですが、まあ、これはこれで。

2019年7月19日 (金)

つる花の結び

2926「つる花の結び(上)(下)」 荻原規子   理論社   ★★★★

「源氏物語」のうち、玉鬘十帖を中心とした「中の品の女」たちの物語を集めたもの。「紫の結び(3冊)」「宇治の結び(2冊」に続いて、この「つる花の結び」2冊。計7冊で、「源氏物語」全五十四帖、完訳です。

刊行されてすぐ購入したものの、今まで積読・・・。ようやく手に取りました。

荻原版源氏を読むにあたって驚いたのが、この再構成の仕方でした。紫の上を中心とした本筋を「紫の結び」に。宇治十帖は「宇治の結び」。そして、脇筋の物語を「つる花の結び」としてまとめたのです。不勉強にして、こういう分類の仕方があったのを知らなかったのですが、こうすると実にわかりやすい。いつも話があっちこっち行ってる気がして、途中で脱落してしまうのが、こうすると私でも読めました。いや、むしろこの「つる花の結び」にまとめられた話は、こうすると実にわかりやすい。源氏の君が関わった女性たち(空蝉、夕顔、末摘花など)の話。その夕顔の娘・玉鬘の話。また、源氏の君の息子・夕霧の話。今まで煩雑に思えたこれらの話は、むしろ本筋から分離してやると、独特のおもしろさが感じられるのです。

要するに、これらは番外編・スピンアウト・アナザーストーリーといった扱いなのでしょう。だから、こういう読み方をした方が、わかりやすい。

そのせいか、登場人物、特に殿方の言動について、作者の視線はなかなか厳しいようです。私も読んでいてけっこうイライラしました(苦笑) 特に、玉鬘のくだりは以前から苦手で・・・。でも、それもかくやと思ったのが、夕霧です。幼なじみの雲居雁と結ばれて十年あまり。亡友・柏木の妻だった落葉宮に懸想して言い寄るのですが、これがなかなかひどい(苦笑) できることなら物語の中に入っていって、一発殴ってやりたいと思うほど。父親の源氏の君もひどいですが、真面目一方の夕霧の方が、物慣れない分、こじれるとにっちもさっちもいかなくなるようで。こんな人だったかと驚くやら、呆れるやら、でした。

でもきっと、今までたくさんの人たちが、こうやって呆れたり、笑ったり、共感して涙したりしながら読んできたのでしょうね。きっと、千年の昔でも、そういう感覚は大きく変わらないのかなと思ったりします。

自慢じゃないけど「源氏物語」は現代語訳でも読み通したことがない私ですが、これは読めました! 肩肘はらない優しい現代語訳で、とっつきやすいし、読みやすいので、おすすめです。

 

2019年7月16日 (火)

東の海神 西の滄海

「東の海神 西の滄海」 小野不由美   新潮文庫   ★★★★

王も麒麟も胎果という生まれつきの延王尚隆と、延麒六太。今や五百年にも及ぶ治世を誇り、豊かな国となった雁国だが、尚隆が登極したころは、国は荒れ果てていた。まだ新米の王と麒麟だったころの、最強コンビの物語。

これは人気が出るよねえというタイプの延王と延麒ですが、彼らがどうやって今の雁国をつくったのか。それぞれが蓬莱でどんな人生を送り、どんな思いで王として、麒麟として国づくりに取り組んできたのかがわかるようになっています。

国が荒れるとはどういうことか。戦乱の世とはどんなものなのか。そして、国を治めるということは、為政者にどれだけの覚悟を強いるものなのか。

「捨てられた子」六太の切実な思い。精神的にタフな尚隆が声を荒らげる瞬間。そこに、もう一人の「捨てられた子」更夜が絡むことによって、国のあるべき姿の輪郭が浮かび上がってきます。

この3作目までは、主要登場人物の紹介と、「この物語世界はこうですよ」という基本設定を読者に示す役割が強いと思うのですが、一番明るい気性の延コンビが、心の部分を一番色濃く提示する役割を担うというのも、なかなかおもしろいなあ、と。

それにしても、五百年も国を治め続けるって・・・あらためて考えると気が遠くなります。それを続けられる尚隆って、どれだけタフで、繊細なんだ・・・。

 

2019年7月13日 (土)

風の海 迷宮の岸

「風の海 迷宮の岸」 小野不由美   新潮文庫   ★★★★

十二国記シリーズ何度目かの再読その2は、戴国の麒麟・泰麒の話。蓬莱に胎果となって流されていた泰麒がこちらの世界に戻り、麒麟として覚醒するまでの話です。

いやもう、泰麒がかわいくてかわいくて(笑) ここまで人の比護欲をそそる麒麟ってのもどうかと思うのですが。彼の世話をする女仙たち。麒麟に仕える使令。そして、王との関係。このシリーズの根幹を成す設定が丁寧に説明されているのに、物語としてきちんと成立しています。全然説明っぽくない。

前作では、陽子がひたすら闘っている中で、この世界の在り様を提示していたのですが、前作では詳しく説明されなかった「麒麟とは何ぞや」「王とは何ぞや」という部分を、今回は真正面から取り上げているわけで。しかも、前作の主人公・陽子が登場しない! 初読のときはそれが意外だったのですが、今となっては、かなり計算された構成なのだとわかります。陽子も、この世界の一部であって、彼女だけが主人公という物語ではないのですよね。

そして、今回の目玉は何と言っても景麒です。陽子に対してなかなかの態度だった景麒ですが、彼は彼でいろいろ思うところあったのだろうなと、これを読むとわかるし、泰麒との交流が景麒を変えていく過程はやはり微笑ましい。ただし、それが慶国にとっては不幸を呼び込むことになってしまうあたり、小野主上の容赦なさに打ちのめされるわけですが。

さらに、1作目、2作目それぞれの終盤に登場し、おいしいところを持っていく延王・延麒コンビが、次は主人公になるという・・・。読者の好みもよくわかってらっしゃる小野主上なのでした。

2019年7月12日 (金)

献灯使

2925「献灯使」 多和田葉子   講談社文庫   ★★★★

大災厄の後、鎖国状態になった日本。百歳を過ぎても健康で死なない老人と、恐ろしく体の弱い子供たち。義郎はそんな老人の一人で、ひ孫の無名と暮らしている。やがて、無名は「献灯使」という役割を引き受け、日本から旅立つことになるが・・・。

 

ディストピアものというのが以前から苦手で。それでも今回読んだのは、全米図書賞(第一回翻訳文学部門)を受賞したというのを聞いたからです。ちなみに、多和田さんを読むのも初めて。

「献灯使」「韋駄天どこまでも」「不死の鳥」「彼岸」「動物たちのバベル」の五編。いずれも「大災厄」のあと、何もかもが変わってしまった世界の物語。

もちろん、フィクションなのだけれど、純粋なフィクションとしては読めない経験を私たちはしているわけで。読んでいると、いまだに自分の中で決着せずにいるいろんな思いや、いまだに整理できない考えなど、ふだんは忘れたようにしているものを直視させられる気分になります。それでも、描かれる世界は不思議と静謐で、ときには歪な美しさを醸し出したりします。この奇妙なディストピアの世界をさまようのが心地よくなったころ、物語は唐突に断ち切られます。まるで、あの震災でふつりと断ち切られた日常のように。

これを読んでいて感じたのは、文学の力です。声高に何かを語るのではなく、言葉を選びぬいて紡がれた物語が心に響く強さ。久しぶりに、その力を実感しました。

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