2019年2月12日 (火)

麒麟児

2860「麒麟児」 冲方丁   角川書店   ★★★★

勝海舟と西郷隆盛。江戸無血開城を実現させた二人の「麒麟児」は、その時、何を思っていたのか。歴史の転換点に大きな足跡を残した二人の覚悟と決断とは。

「徳川の殿軍」という言葉が、ふっと脳裏に浮かびました。どこで見たのだったか・・・。まさに、徳川幕府の終焉に立ち会い、最後の最後まで戦い続けた男・勝海舟。かねてから興味のあった人物です。

この物語は、江戸無血開城を決めた西郷・勝の会談がいかになされたのか、勝の視点で描かれていくものです。勝海舟は、あの幕末においてとんでもない貧乏くじを引かされたような人ですが、その渦中において異様な有能さを発揮した人物。それでいて、言動については毀誉褒貶も激しく、なんともつかみどころのない人だったのですが。

いやあ、おもしろかったです。一番おもしろかったのは、徳川慶喜との関係性です。あくまで小説なので、作者の想像になるものなのはわかっていますが、勝の慶喜に対する見方が、実に興味深かった。私の中でずっとモヤモヤしていた「慶喜像」に、一つの方向性を見出した気分です。

それから、いわゆる「新政府」とは何だったのか、大政奉還、さらに王政復古とは何だったのかという思いに対する勝の答えも、すごく腑に落ちるものでした。

もっと勉強しないと、知らないことがたくさんありすぎだなあ。

2019年2月11日 (月)

中野京子と読み解く 運命の絵 もう逃れられない

2859「中野京子と読み解く 運命の絵 もう逃れられない」 中野京子   文藝春秋   ★★★★

マネ最晩年の大作「フォリー・ベルジェールのバー」から、ルーベンス、ブリューゲルゴーギャン、ターナー、そして成功をおさめた女流画家ボヌールまで。画家が、あるいはモデルが、さらには時代が「逃れられない」運命の変転とは。

久しぶりに中野先生の絵画シリーズを読みましたが、おもしろかったです~。単行本は高価ですが、やはり図版はカラーで、ある程度の大きさで見たいので、買ってしまいました。

「怖い絵」「名画の謎」といったシリーズもあって、さらに「運命の絵」シリーズも2作目。よくネタが尽きないなあと思うのですが、それでネタが尽きるほど薄っぺらい世界ではないのですね、アートって。ものすごく芳醇で、奥が深い。その一端に触れる時間は、実に楽しい。豊かな気持ちになります。

今回は、ゴーギャンの人生がおもしろかったです。・・・というか、そういう人だったのですね。ちょっと驚きました。

絵画として印象的だったのは、ジョン・シンガー・サージェント「マクベス夫人に扮したエレン・テリー」(もっと大きいサイズで見たかった・・・)、ムンカーチ・ミハーイ「死刑囚の監房」、クリムト「パラス・アテナ」の3作品。クリムトの絵の解説を読んで、「そういうことだったのか・・・」と、納得。

まだ連載は続いているそうなので、また一冊にまとまるのを楽しみにしています。

2019年2月 6日 (水)

草薙の剣

2858「草薙の剣」 橋本治   新潮社   ★★★★

六十二歳の昭生。五十二歳の豊生。四十二歳の常生。三十二歳の夢生。二十二歳の凪生。十二歳の凡生。六人の「息子たち」を主人公に、その両親や祖父母たちの人生をたどり、戦前から平成の終わりまでの時代を描く。ふつうの日本人が歩んだ100年とは。

橋本治の訃報はショックでした。あまり読んでいないのに、なぜあんなにショックを受けたのだろう・・・と思い、いつか読もうと思っていたこの本を図書館で借りてきました。

不思議な物語でした。歴史に名を残すことなどない、ごくごく普通の人たちの物語。時代の流れに抗うでもなく、流される自覚もないまま平凡な人生を歩む、「時代の子」たちの物語。それは、私たちの物語でもあります。

主人公(というのも奇妙な感じがするのですが)の六人だけでなく、その親世代、祖父母世代まで遡り、物語はあちらへ行ったりこちらへ行ったり。正直、ちょっと混乱しました。

ただ、「時代を描く」のに、こんな手法があったのか、と驚嘆しました。ドキュメントとしてではなく、あくまで「小説」として。それが可能であったのは、橋本治が、物語の力、言葉の力を信じ、それを自在に扱う力をもっていたからではないでしょうか。

そんな作家がまた一人いなくなってしまった。私が受けたショックは、それゆえだったのでしょう。

橋本治が描き出した「時代」の空虚さに、思わず言葉を失いましたが・・・それでも、「草薙の剣」が少しでも現状を切りひらくアイテムになりますように。

2019年2月 3日 (日)

骨を弔う

2857「骨を弔う」 宇佐美まこと   小学館   ★★★★

幼少期を過ごした町で、埋められていた骨格標本が見つかったという。そのニュースを聞いた豊に、三十年前の記憶がよみがえる。同級生の真実子に頼まれ、仲間五人で骨を埋めに行ったことがあった。しかし、あれとは場所が違う。では、自分たちが埋めたあれは、いったい何だったのか? 豊は、ふるさとの町がなくなりバラバラになった仲間たちを訪ねてあるこうとするが・・・。

風邪気味で体調が悪かったのに、一気読みしました(その後、ちょっと熱が出た)。

四国の田舎町を舞台にした、三十年前の奇妙な出来事。大規模な開発で、すでにその町はなく、住人も他の地に移り住んでしまっている。だけど、「埋められていた骨格標本」がきっかけになって、当時、小学五年生だった豊たちが漠然と感じていた「不穏」が、形になってくる・・・。そんなミステリです。

紆余曲折の末、今は家具職人として暮らす豊が、同級生たちを訪ね歩くという構成。東京の広告代理店で働く哲平、地元の県会議員の妻になった京香、東北で震災にあい、家族を失った正一。そして、そもそもの言いだしっぺの真実子。三十年という時間は、彼らにそれなりの試練を与えていました。豊との対話を通して、それぞれがなんとなく感じていた違和感や、それと知らずに握っていたピースが明らかになり、徐々に「あのとき、あの町で何が起こっていたのか」が、わかってきます。もちろん、探偵役(?)の豊とて、無傷ではないのです。

過去と向き合うことで、事件の真実が明らかになるだけでなく、もう四十の彼らの人生にも大きな転機が訪れるという構成が見事でした。事件は決して後味のいいものではないし、その決着はそれでいいのか?と思わないでもないのですが。

ミステリとして、小説としての構成力の見事さに圧倒されました。

2019年2月 2日 (土)

沈黙のパレード

2856「沈黙のパレード」 東野圭吾   文藝春秋   ★★★★

歌手を目指していた佐織が、ある日突然行方不明になってから三年。彼女の遺体が、静岡の火災現場で見つかった。容疑者は、二十年以上前にも幼女殺害で検挙されながら、証拠不十分で無罪になった男だった。その男は黙秘権を行使し、今回は起訴すら免れた。佐織を愛していた人々は、男に鉄槌を下そうとするが・・・。

ガリレオが帰ってきました~。

湯川センセイもすっかり人間らしくなっちゃって・・・というのが一番の感想なのですが(笑) 草薙や内海薫といったおなじみのメンバーも健在で、安定のガリレオ・ワールドが展開します。

しかし、今回はなんとも気分悪いというか。佐織を殺したのであろう蓮沼というのが、とんでもなく嫌な犯罪者なのです。佐織の父や恋人だけでなく、ほんとに殺してやりたい!と思ってしまうほど。ただ、周りの憎悪が増幅していくにつれて、こんなやつのためにこの人たちが犯罪をおかすのは嫌だなあという気持ちがふくらんでいって・・・。

ただ、実際に事件が起こってからは、意外な形で二転三転し・・・そのへんは、東野さんの上手さですね。いや、見事に翻弄されました。

湯川と草薙の関係性がいい感じて効いてくるし、ドラマ版から逆輸入された内海の存在も、今では欠かせないものになっているし。何より、冒頭からすうっと物語世界に誘われる感じが、絶妙でした。

宮部みゆきと東野圭吾は、同時期から読み始めた作家さんなのですが、どちらも今も第一線で書き続けていて、その筆が今や「手練れ」というにふさわしい領域に達しているのが、なかなか感慨深いものがあります。

これ、また映像化されたりするんでしょうか。パレードの場面とか、映像栄えしそうですけど。

2019年1月31日 (木)

お伊勢まいり  新・御宿かわせみ6

2855「お伊勢まいり 新・御宿かわせみ6」 平岩弓枝   文春文庫   ★★★★

亡き畝源三郎の妻・千絵に強引に誘われて、お伊勢まいりに旅立ったるい。お吉と長助をお供に、日本橋界隈の旦那衆と伊勢を目指したものの、不穏な事件が立て続けに起き・・・。

「かわせみ」初の長編。明治編の主人公・神林麻太郎は洋行中で、今回は久しぶりにおるいさんと、友人のお千絵さんが主役。

正直、あまり期待していなかったのですが(すみません)、意外な展開に一気に引き込まれました。まさか、あの事件が今になって・・・。

でも、そうだよなあ、そうだろうなあ・・・と、このシリーズをずっと読んできた身としては、すんなりとそう思えたのですよね、かつて、源太郎たちもあんなに苦しんだのだもの。

そして、前にも書いた気がしますが、やっぱり「かわせみ」は、るいと東吾の話なのですよねえ。だから、るいの存在感が大きいときは、話がぐっと引き締まり、陰影が増すのです。明治編では東吾がいなくなり、それが読者の心にもポッカリ穴をあけてしまっているのですが、そこを埋めるようにして麻太郎が登場すると、るいたちと一緒に涙してしまうのです。

そして、麻太郎たちの成長と活躍はうれしいのだけど、やっぱりおるいさんの話が読みたいなあと思っていた私にとっては、この「お伊勢まいり」は、とってもうれしいものでした。

2019年1月30日 (水)

禁忌

2854「禁忌」 フェルディナンド・フォン・シーラッハ   東京創元社   ★★★

すべてのものに人が知覚する以上の色彩を認識し、文字にも色を感じる共感覚の持ち主ゼバスティアン・フォン・エッシュブルク。写真家として成功した彼は、若い女性を誘拐した容疑で逮捕される。女性の殺害を自供するが、それは捜査官に脅されたためだったと判明。エッシュブルクの弁護を依頼されたビーグラーは、意思の疎通がうまくできない相手に苛立つが・・・。

シーラッハ作品は「犯罪」「コリーニ事件」と読みましたが、今回が一番難しかったかも・・・。なんというか、今もまだ頭の中は半分「?」が飛び交っています。

前半は、ゼバスティアンの視点でその半生がつづられ、後半は一気に彼が殺人容疑をかけられ、その法廷で罪が問われる内容へと転換します。後半は、もう一人の主人公・敏腕弁護士ビーグラーが登場し、果たしてゼバスティアンは人を殺したのか、「死体なき殺人」が展開します。

私にはとうていゼバスティアンがわからないし、それはもう読みながら「ひゃあ、何なの~?」と言いたくなるほどなのですが。そういう何かから目を背けず、じっと注視していくシーラッハの視点は、実におもしろいのです。

この事件は意外な着地点を見出すのですが・・・。それ以上に驚かされたのは、訳者・酒寄進一さんのあとがきです。翻訳出版の条件として、この表紙の写真を使うことというのがあったそうで(ドイツ語の原書も同じ写真が使われているよし)。ふうん・・・と思ってみてみると・・・あっっっ!!! 読んだ人には、これが何かわかる、のです。でも、読む前はそんなこと思いも寄らなかった・・・。鳥肌たちました。遠く感じていたゼバスティアンの物語は、自分のすぐそばにあったようです。

2019年1月29日 (火)

三ノ池植物園標本室 下 睡蓮の椅子

2853「三ノ池植物園標本室 下 睡蓮の椅子」 ほしおさなえ   ちくま文庫   ★★★★★

有名な書家であった父を亡くした葉は、母の再婚でできた義兄の友人・古澤響と出会う。若くして天才の名をほしいままにする建築家の響と葉は恋仲になるが、その頃、葉に異変が・・・。彼らの思いは複雑に絡み合い、それが風里にも試練をもたらすことになる。風里は彼らの想いをほどくことができるのか・・・。

植物園のバイトで知り合ったイラストレーター兼陶芸家の日下奏とつきあい始めた風里。しかし、思わぬ展開が風里を待ち受けます。

上巻で登場した少女・葉の人生が、いろんな形で風里をとらえ、同時にそれを解きほぐす鍵をもっているのは風里だけということも明らかに。このあたりの、過去と現在とが複雑なジグソーパズルのようにつながり、形を成していく展開は、ものすごい緊張感でした。ミステリとしても、読み応えがあります。

ただ、それだけでなく。生きるということ。命をつなぐということ。それは人間だけでなく、さまざまな生き物も同様であるということ。それでもなお、人間がこの世に生を受けるということの意味とは何なのかということ。・・・物語全体に散りばめられた作者からのメッセージが、物語終盤になって、本当に腑に落ちるのです。

私自身もいろんな経験をして、こんな年齢になってもまだ迷ったり、悩んだりすることも多く。いまだに後悔していることも、思い出しただけで涙があふれるようなことも抱えて生きているのですが。それでも。

生きていることは、それだけで奇跡のように美しいもの。私の命は、私一人で完結するものではないのだ。

そんなことをしみじみと感じ、ちっぽけな私でも生きていていいんだと思えたのでした。

2019年1月26日 (土)

三ノ池植物園標本室 上 眠る草原

2852「三ノ池植物園標本室 上 眠る草原」 ほしおさなえ   ちくま文庫   ★★★★

勤めていた会社をやめた風里は、偶然見つけた古い一軒家に引っ越す。同時に、近くにある三ノ池植物園の標本室でバイトを始め、苫教授や院生の小菊ちゃん、イラストレーターの日下さんたちと出会い、また、かつてやっていた刺繍を再会することで、徐々に自分の居場所を見つけていく。

ほしおさんの作品で、いつか読もうと思ってそのままになっていた「恩寵」。それが大幅に改稿されて文庫化。ふうん・・・と思い、書店で手にとって頁をめくり、そのままレジに直行しました。これは、私が読むべき物語だ、と直感したので。

心身をすり減らすような生活から、自分がきちんと呼吸できる場所へ。それは、簡単なことではないけれど、風里は何かに導かれるように、新しい生活に溶け込みます。植物の標本づくりのバイト先は個性的な人たちが多いけれど、風里の性に合ったところ。収入は減ったけれど、心と時間に余裕のできた風里は、すっかりご無沙汰していた刺繍を再開します。

そして、引っ越した一軒家は、かつて華道の先生をしていた人が離れとして建てたもの。そこを手直ししてすみ始めた風里ですが、それが彼女を思わぬ世界へと連れて行くきっかけに・・・。

植物とか、刺繍とか、私の好きな要素がいっぱいつまっています。ああ、この話、好きだなあ、風里が刺繍で身を立てるようになる話なのかなあ・・・と、ぼんやり想像していたのですが、4章「星」で、いきなり全く違う世界の話が始まります。主人公は、葉という少女。有名な書家の父をもつ彼女が、その父を失うまでの物語。あまりに悲痛な世界が突然展開するので、これはいったい・・・?と、とまどいました。そして、次の章では、あっさり風里の物語に戻ります。どころが、これこそが大事な大事な、物語の骨格だったのです(下巻の感想に続く)。

2019年1月25日 (金)

新徴組

2851「新徴組」 佐藤賢一   新潮社   ★★★★

新選組には沖田総司が、新徴組にはその義兄・林太郎がいた。清河八郎の浪士組に端を発し、袂を分かち江戸に戻った一派が新徴組。庄内藩預かりとなり、江戸市中見廻りを役目としたが、薩摩藩邸焼討をきっかけに庄内藩と運命を共にした新徴組。林太郎とその息子・芳次郎は、その中心となって活動するが・・・。

先日読んだ「遺訓」の前段階の話なわけで、こちらは芳次郎の父・沖田林太郎が主人公。

っていうか、こっちを先に読むんだった・・・。

もちろん、独立した物語としても読めますが、「遺訓」ですっかり落ち着いて冷静沈着な人物になっていた鬼玄蕃こと酒井吉之丞がまだ若く、戦場にて鬼であろうと必死になっていて、ああ、この人にはこういう紆余曲折が・・・と思うと、もうそれだけで胸がいっぱいになってしまったのでした。

沖田総司を描いたものはいくつもあって、姉のミツは弟思いの優しい姉としてよく登場しますが、その婿の林太郎はあまりお目にかかったことはありません。その林太郎がなかなかおもしろい人物として立ち現れてきて、彼の目を通して描かれる総司、近藤勇、土方歳三というのも、実におもしろかったです。特に、江戸に戻ってきた総司との再会の場面は、泣かされました。

後半は庄内藩の戦が描かれますが、一度も負けなかった庄内藩が降伏するに至った過程と、降伏に反対する吉之丞を説得したものが何だったのかというくだりは、とても印象的でした。

「新徴組」は戊辰戦争を、「遺訓」は西南戦争を描いていると同時に、前者は沖田林太郎の、後者は息子・芳次郎の青春物語でもあります。

それにしても、去年は明治維新150年とやらでしたが、明治維新とは何だったのでしょうね。その効用と同時に影の部分も冷静に総括すべきだと思うのですけれど。

«杏の気分ほろほろ

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