2018年12月 8日 (土)

猫と漱石と悪妻

2832「猫と漱石と悪妻」 植松三十里 中公文庫 ★★★

見合い相手の写真が一目で気に入った鏡子は、希望通りその男と結婚する。その相手こそ、夏目漱石。慣れぬ熊本での新婚生活で苦労する鏡子だったが、それは序章に過ぎなかった。


漱石の弟子たちによって、「悪妻」に定着している鏡子さんですが、私はどうも嫌いになれないんですよね。破れ鍋に綴じ蓋というか…漱石とはなかなかいいコンビだと思うので。

漱石の仕事には全く理解も興味もなかったようですが、だからこそ一緒に生活できたのかな、と。あまりに繊細な女性だと、漱石はあんなに書けなかったのではないかと、これを読んで改めて思いました。

鏡子のたくましさ、生きる力の強さがいきいきと描かれていて(漱石のかわいさも・笑)、やっぱり鏡子さん、いいよなあと、しみじみ思いました。

2018年12月 7日 (金)

第六天の魔王なり

2831「第六天の魔王なり」 吉川永青 中央公論新社 ★★★

新しい時代の扉をこじ開けた織田信長。「第六天魔王」と呼ばれた彼は、稀代の傑物か、それとも…。


信長に惚れ込んで、あれこれ調べて悦に入ってたのは、もうずいぶん昔のこと。最近はすっかりご無沙汰してます。

というのも、小説で描かれる信長のスーパーマンぶりにうんざりしてきたからで。日本人って、信長に対して変なフィルターかかってるよなあ…と、さめた目で見ていました。

これも前半、浅井長政に裏切られるあたりまでは、あまりピンと来なかったのですが、徐々に作者の描きたいものが見えてきて、俄然おもしろくなりました。

人間としての織田信長。なるほど、という感じでした。そうなんですよ、信長って家臣とかに裏切られることも多かったし、織田軍も弱い。よくこれで…と思うことの連続なのですよ。その辺を書いてくれているのが、気に入りました。

光秀との関わりは出来すぎな気もしますが、こういうドラマも、小説としてはアリでしょう。

2018年12月 4日 (火)

蝶のいた庭

2830「蝶のいた庭」 ドット・ハチソン   創元推理文庫   ★★★★★

拉致された若い女性たちが暮らしていた<ガーデン>から保護された「マヤ」。FBI特別捜査官のヴィクターは、相棒のエデイソンと共に、彼女の事情聴取にあたるが、そこには想像を絶するような美しい地獄があった。

買ったはいいものの、なかなか読む気になれなくて、しばらく積読してました。胸糞悪い話なのは承知していたので。

物語は、ヴィクターたちが「マヤ」と呼ばれていた女性から事情聴取する取調室で展開します。「マヤ」は、賢く、タフで、質問されたことをうまくはぐらかして、違うところに着地させたり。こちらはマヤの語りのとりこになってしまいます。彼女の語る<ガーデン>での日々の非現実性と、そのおぞましさには顔をしかめずにはいられないのですが。

耐え難いような話なのですが、これを成立させているのは、ひとえにヴィクターという捜査官を配置したことです。三人の娘をもつヴィクターは、マヤたちと娘たちとを重ねながら、忍耐強く、マヤの話を聞きます。その過程で、マヤの尊厳を傷つけるような言動はいっさいしません。彼女に語らせることで、彼女をこれ以上傷つけまいと心を砕き、聞いた話で自ら傷つきながら、マヤにじっくり向き合います。彼の存在なくしては、これはとても読めたものではなかったと思います。それくらい、おぞましい世界でした。

最後に思いもかけない事実が明らかになり、「あっ」と。そして、涙が止まりませんでした。無駄なピースは一つもない、見事な構成でした。

訳者・辻早苗さんのあとがきも、とてもよかった。創元推理文庫は、訳者さんたちが原作にほれこんでいるのが伝わってきて、そういうところ、すごく好きです。

2018年12月 1日 (土)

ただし、無音に限り

2829「ただし、無音に限り」 織守きょうや   東京創元社   ★★★

霊の記憶を読み取ることのできる特殊能力をもつ探偵・天野春近は、資産家の老人の死について調べるよう依頼される。遺産の多くを受け継いだ孫には、不審な点はなかったか。祖父自慢の優秀な孫だった羽澄楓は、年齢に似合わぬ落ち着きで、春近を翻弄するが・・・。

「執行人の手」「失踪人の貌」の中編2編。

遺体もすでになく、調査が非常に困難な事件を、霊の記憶を読むことで推理するという、なかなかイレギュラーな感じのミステリ。とは言え、霊と自由にコンタクトをとれるわけでもなく、自分が知りたい情報を得られるわけでもなく。断片的に見られる映像をつなぎあわせていくしかないもどかしさ。そして、探偵の春近は霊の記憶を「見る」ことができるだけで、それを読み解くのはあまり得意ではない、という・・・。

彼にヒントを与えるのが、第一話の「容疑者」である羽澄楓という中学生。第二話では、これがなかなかいいコンビになって、うまく機能してきたあたりで、物語が終わってしまうのですが。

キャラが立ってるので、シリーズ化したらおもしろくなりそうです。

2018年11月30日 (金)

恋牡丹

2828「恋牡丹」 戸田義長   創元推理文庫   ★★★

北町奉行所の定廻り同心・戸田惣左衛門は、「八丁堀の鷹」と呼ばれるやり手だが、七夕の夜、吉原で見世の主が殺された事件の容疑をかけられる。そんな惣左衛門を窮地から救ったのは、見世の花魁・牡丹だった。

第27回鮎川哲也賞最終候補作を改稿したもの。鮎川賞で時代ものとは珍しい・・・ということで、読んでみました。

八丁堀の鷹こと戸田惣左衛門と、その長男・清之介を主人公にした時代ミステリ。「花狂い」「願い笹」「恋牡丹」「雨上り」の4編の連作。舞台は幕末です。

堅物の惣左衛門と牡丹のストーリーか?と思いきや、後半2編は清之介が主人公。さらに、この清之介がどうにも役に立たないヤツで、イライラさせられることはなはだしかったのですが(苦笑)

まあ、最後は清之介も目が覚めたようでホッとしました。でも、明治の世を生き延びられたのかしら・・・?

2018年11月29日 (木)

許されようとは思いません

2827「許されようとは思いません」 芦沢央   新潮社   ★★★

田舎の村に暮らしていた祖母は、同居していた義父を殺害した。優しかった祖母は、なぜ余命わずかな義父を手にかけたのか。久しぶりに村を訪ねた「私」は、亡き祖母の思いをたどろうとするが・・・。

「許されようとは思いません」「目撃者はいなかった」「ありがとう、ばあば」「姉のように」「絵の中の男」の5編を収録したミステリ短編集。

表題作が秀逸。なぜ、祖母が殺人を?・・・当時はまだ子どもで、一緒に暮らしてもいなかった「私」が、祖母の動機を解明していく物語。祖母が置かれた状況が徐々に明らかになっていって、それでも「なぜ?」という疑問が残る。それを解き明かすキーワードが、「許されようとは思いません」。

どうしようもない理不尽というか、ままならなさが身に沁みて、なんともやりきれない気分になりましたが、多少明るめのラストになっているのが救いでした。

どの話も、人の愚かしさ、醜さみたいなものが浮き上がってきて、なかなかしんどいものがありましたが、それがどうなってしまうんだ?と物語の先行きが気になって、ついつい読んでしまうのですよねえ。「目撃者はいなかった」は、主人公の浅はかさに辟易しましたが、彼がどんどん自分を追い込んでいく過程は、意外と「あるある」かもしれません。

「姉のように」には、やられました。完全に引っかかってました・・・。

2018年11月28日 (水)

愛なき世界

2826「愛なき世界」 三浦しをん   中央公論新社   ★★★★

国立T大の赤門近くの洋食屋「円服亭」の住み込み店員・藤丸陽太は、よく店にやってくるT大の院生・本村紗英に恋をした。しかし、植物学の研究に没頭している本村は、藤丸の告白を受け入れられない。出前にやってくる藤丸は、本村の研究の話を聞くのが楽しくてたまらず、本村はやっぱり研究が楽しくて仕方なく・・・。こんな二人の恋の行方は?

ヒリヒリした痛みを伴う「ののはな通信」とはまた趣が違い、こちらはちょっと軽めの優しく温かいテイストの物語。こういうのも、しをんさんらしくて好きです。

もっとも、飽くまでタッチが優しげなだけで、描かれている世界はけっこうシビア。植物学の基礎研究に没頭する本村たちは、とっても優秀な人たちだけれど、世の中ではむしろマイノリティでしょう。おそらく「変わってる」と言われる彼女たちなりの生きづらさも、物語の中にしっかり描かれます。

それを突破するのが、藤丸の存在。彼が、もう本当にいいヤツ。明るく、優しく、人のテリトリーを土足で踏み荒らすことなく、他者とその大切なものにきちんと敬意をもてる。こんな男の子に好かれたら、研究一本の本村だって・・・と思うのですが、そう簡単に事は運ばないわけです。

本村視点のパートでは、彼女の研究がピンチを迎えたりするわけですが、一番印象的だったのは、研究室の松田先生の若き日のエピソードです。泣きました。

ほんと、「愛なき世界」じゃなくって、愛にあふれてますよ・・・。

そういう終わり方!? とビックリしましたが、これはこれでいいかなという気がします。

2018年11月26日 (月)

悪魔の手毬唄

2825「悪魔の手毬唄」 横溝正史   角川文庫   ★★★★

金田一耕助が休養のために訪れた鬼首村は、兵庫と岡山の県境にある山間の集落だった。のどかな山村と見えたその村で、手毬唄になぞらえた連続殺人が起こり、金田一と磯川警部は奔走する。そこには、二十年前に迷宮入りになった殺人事件も絡んでいて・・・。

BSプレミアムの読書会でこれを取り上げているのを見ました。綾辻行人さんや道尾秀介さんたちが語っているのが、なかなかおもしろくて。金田一ものは映画化・ドラマ化されたものをある程度見ていますが、小説は「獄門島」しか読んでいないのです。というわけで、横溝本人の評価が高かったという「悪魔の手毬唄」、読んでみました。

不気味な手毬唄の歌詞になぞらえて、三人の美しい娘たちが殺されていく・・・という、金田一ものらしいミステリ。外連味たっぷりでいて、意外なほどにまっとうなミステリです。

この根幹になるトリック(?)が果たして成立するのか?という気はしますが。ただ、今とは違い、交通も不便で、誰もが簡単に写真や動画を撮影できるわけじゃなかったのだから、そういうこともあり得たのかなあ。

真犯人の心情に、金田一たちがあれこれ推察し、掘り下げていく場面がありますが、その複雑さを綿々と描写していくのにちょっと驚きました。同情すべき余地もあるけれど、それだけでなく。ある意味、非常に手ごわい犯人だったのかもしれません。

それに、やっぱり映像的です。これを映像化したくなるの、わかるなあ。

そして、このラストシーンが、とても好きなんです。

2018年11月25日 (日)

愛の顛末 恋と死と文学と

2824「愛の顛末 恋と死と文学と」 梯久美子   文春文庫   ★★★★

何も語らずに逝った小林多喜二の恋人。寺田寅彦と三人の妻。梶井基次郎の秘められた恋。作家たちの人生と文学に欠くことのできなかった愛とは。

小林多喜二、近松秋江、三浦綾子、中島敦、原民喜、鈴木しづ子、梶井基次郎、中城ふみ子、寺田寅彦、八木重吉、宮柊二、吉野せい。以上12人の愛と人生と文学を丁寧に描いたノンフィクション。

タイトルが一昔前の週刊誌の見出しみたいで、ちょっと躊躇しましたが、買って正解でした。決してスキャンダルとして扱うのではなく、当事者たちの人生と作品に、それぞれの愛の形が深く関わっているのがよくわかります。

印象的だったのは、梶井基次郎、寺田寅彦、八木重吉、宮柊二、吉野せい。特に、76歳でデビューした吉野せいの生き様には、胸を打たれました。彼女にとって、文学が、書くことがどれだけ大切だったのか。夫の死後、山に登ったときの馬とのエピソードには、思わず涙が・・・。

梯さんの書くものが信頼できるのは、対象となっている人に対する敬意がきちんと伝わること。また、作品に対しても。だから、読んでいて気持ちがいいのです。

2018年11月24日 (土)

グラスバードは還らない

2823「グラスバードは還らない」 市川憂人   東京創元社   ★★★★

マリアと漣は、不動産王ヒュー・サンドフォードが、希少な動植物を不法に手に入れているという情報をつかむ。捜査打ち切りの命令を無視し、サンドフォードタワーを訪れたマリアたちは、爆破テロに巻き込まれ・・・。

「ジェリーフィッシュは凍らない」「ブルーローズは眠らない」に続く、マリアの蓮のシリーズ第3弾。

まさかこんなに続くとは思いませんでした。シリーズとしての枠(舞台設定、物語の構成などなど)をかなり厳密に組み立てるという制約のなかで、よくここまで・・・と思わざるを得ません。

今回は、マリアが爆破テロに巻き込まれ窮地に陥るのと同時に、ヒューの会社の部下と関係者たちがガラス張りの密室に閉じ込められる、というもの。そして、密室の中では、次々と人が殺されて・・・。

鍵になるのは「硝子鳥(グラスバード)」なる生き物なのですが、これについては予想通りでした。ただ、一連の事件がどう進行していったのかについては、頭が大混乱しました。参りました。

文章がどんどんこなれて読みやすくなってきているのは、さすがこのペースで新刊を刊行しているだけあるなあ、と。しかし、これ、まだ続くんでしょうか。マリアに愛着が出てきたので、続いてほしいのですが。

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