2018年4月24日 (火)

怪を編む

2739「怪を編む」 アミの会(仮) 光文社文庫   ★★★★

女性作家によるアンソロジー企画「アミの会(仮)」による第五弾は、ショートショート集。25人の作家の手になる書き下ろしショートショート。

ショートショーt-はあまり読まないのですが、これは作家陣が豪華で、迷わず購入。読み応えありました。

「怪を編む」というタイトルですが、「怪」というもののとらえ方に、それぞれ個性が出ていておもしろかったです。

印象に残ったのは、似鳥鶏「イルカのシール」、坂木司「デコイ」、芦沢央「母校」、新津きよみ「グリーフケア」、彩瀬まる「甘い種」、福田和代「記憶」。

それから、トップを飾った太田忠司「メイクアップ」。こういうアンソロジーって、冒頭作品の果たす役割は大きいと思うのですが、太田さん、さすがでした。現実が奇妙に歪んでいくような物語。まさに「怪」の世界でした。

2018年4月21日 (土)

2738「嘘」 村山由佳   新潮社   ★★★★

14歳の夏。仲間のために罪を犯した彼らは、一生その秘密を守り抜こうと決める。あれから20年。大人になった彼らは、いまだにあの鎖に縛られて・・・。

久しぶりの村山由佳です。最後に読んだのが2009年! 一時期どっぷりはまっていたのですが、すっかりご無沙汰していました。

中学2年のとき、たまたま同じ班になった美月、秀俊、陽菜乃、亮介。親密度が増し、淡い思いを寄せ合うようになった矢先、起こった事件。そして、許されない罪を犯した彼らは、その秘密を守って生きることに。

生まれ育った環境も、性格も全く異なる四人。十代で彼らを襲った嵐に翻弄されて、その後の生き方まで歪になってしまった彼らに訪れた大きな転機。ドラマティックな展開は、村山さんの得意とするところですが・・・すさまじかったです。

強さももろさも併せ持った美月たちそれぞれの造詣が、とても印象的でした。四人の中で一番嫌なやつの亮介も、なんというか憎みきれず。秀俊への強烈な劣等感とか、想像できてしまうのです。

怒濤の展開ののちに、凪のような穏やかな光景で幕を閉じるのですが、本当にこれで終わりなのだろうか・・・と思わずにはいられません。陽菜乃の中の思いは、本当に封印されるのだろうか。いつか、それがあふれ出す瞬間、また美月も秀俊も、嵐の中に放り出されるのでは・・・。

「過去は、消せない。」 この言葉が重かったです。東野圭吾「白夜行」を思い出しました。

2018年4月19日 (木)

屍人荘の殺人

2737「屍人荘の殺人」 今村昌弘   東京創元社   ★★★★

神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲は、会長にして「神紅のホームズ」の異名をもつ明智恭介と、探偵少女と呼ばれる剣崎比留子と共に、映研の夏合宿に参加した。学生たちとOBが集った湖畔のペンションに流れる微妙な空気。どうやら去年の合宿で何かがあったらしい。そして、葉村たちは想定外の出来事の渦中に放り込まれる。脱出不可能の山荘で起こる殺人事件。いったい、誰が、どうやって・・・。

「このミス」1位をはじめ、めぼしい国内ミステリ賞を総ナメした感のある「屍人荘の殺人」。とにかく「ネタバレ厳禁!」「ネタバレされる前に読め!」という声が多く、焦りましたが、ようやく図書館でゲット!

先日、テレビで三谷幸喜脚本「黒井戸殺し」を見たのですが、期待に違わぬおもしろさでした。で、原作のクリスティ「アクロイド殺し」を読み直したのですが、これがすごかった。犯人もわかったうえで読むと、ミステリとしてものすごくフェアなのです。必要な手がかりは全て提示されている。あとは、読者がそれをきちんと読み解けるかどうか。犯人の意外性にだけ目がいってしまいがちですが、非常に緻密に構成された物語だということを、改めて認識しました。そして、犯人がわかったうえで読んでも、じゅうぶんにおもしろい。

何が言いたいかというと、「屍人荘の殺人」もまさにそれ。「奇想」というにふさわしい設定で、そこに目がいきがちですが、ミステリとしてはフェアなのです。本格ミステリの登竜門「鮎川哲也賞」にふさわしい作品です。ぶっとんだ内容のようでいて、その設定ゆえに成立するクローズド・サークルという・・・よくこんなの思いついたなあ。

「なぜ?」が謎を解くカギになる、ホワイダニットなのですが、簡単には解けません。しかも、「ええっ?」という展開もあり、呆気にとられたというか・・・。

ちなみに、私はアレがかなり苦手なので、ちょっとしんどかったのですが(苦笑) 本格ミステリの可能性を広げた快作だと思います。

でもこれ、ほんとネタバレ厳禁。これから読まれる方には、書店や図書館で中をパラパラ見る・・・ということもしないよう、ご注意申し上げます。

2018年4月13日 (金)

葬送の仕事師たち

2736「葬送の仕事師たち」 井上理津子   新潮文庫   ★★★★

葬儀社社員、湯灌師、納棺師、復元師、エンバーマー、火葬場職員・・・「死」と向き合うプロたちは、何を思い、日々の仕事と向き合っているのか。筆者渾身のルポルタージュ。

身内のことでいろいろとあり、葬儀のことなどをあれこれ思う機会が増えました。また、この冬はまったドラマ「アンナチュラル」の中の、「死を忌まわしいものにしてはいけない」という台詞がとても印象的でした。忌避するのではなく、いずれ誰もが行き着く場所として死をとらえられたら。そんな思いで、手に取りました。

筆者はルポの中で何度も驚き、愕然としていますが、私も同じでした。なぜこれらの仕事が必要とされるのか、実際にどんな仕事をしているのか。想像していた以上に過酷で、高度な技術や熟練が必要な仕事ばかりで、驚くことばかり。到底自分にはできないと思う一方で、こういう仕事をするプロがいて、どれほどの人が救われているか、と。

今暮らしている田舎町は、お寺での葬儀が多く、自宅葬もよくありましたが、ここ10年くらいで葬祭ホールが数軒建ち、今はそちらが主流のようです。葬儀社からのチラシや互助会への勧誘パンフがポストに入っていることもあります。都会とは状況が違いますが、いろいろと変化しているのは感じます。

しかし、そういう現場の最前線で働いている人たちのことは、あまり考えたことがありませんでした。この本を読んで、そのプロ意識の高さには感動すら覚えました。また、彼らが語る言葉はそれぞれに重かったです。

「おくりびと」で納棺師のことなどは多少認知が広がったと思います。今回、一番衝撃的だったのは、火葬場の取材でした。これは、ぜひ読んでみてほしい。

「死」は穢れであり、「死」に関わる仕事をする人を忌避する風習はどこにでもあります。しかし、彼らは誇りをもって、死者と遺族のために仕事をしているのだと、よくわかります。

2018年4月12日 (木)

そして、バトンは渡された

2735「そして、バトンは渡された」 瀬尾まいこ   文藝春秋   ★★★★

優子には、三人の父親と、二人の母親がいる。四回も名字が変わった。17歳の今は、血のつながらない父親・森宮さんと二人暮らし。複雑な生い立ちだけれど、それぞれの「親」とうまくやってきた、と思う。だって、優子はいつだって愛されてきたから。

第1章は、高2の終わりの面談で、担任の先生から「困っていることはないか」と聞かれ、困り果てる優子の描写で始まります。

「困った。全然不幸ではないのだ。少しでも厄介なことや困難を抱えていればいいのだけれど、適当なものは見当たらない。」

先生は優子の家庭の事情をもちろん知っているのだけど、優子にしてみれば、「不幸」ではないし、自分は至って平凡な生活をしていると認識している。とりたてて悩みもない。家に帰ると、父親としてはちょっと若くて、ちょっと変わり者な森宮さんがいて、二人の生活は穏やかに続いている。

複雑な生い立ちだけれど、幸せに育った優子。彼女の高校3年の一年間が、第1章ではつづられていきます。

優子がなぜ四回も名字を変えなければならなかったのか。それぞれの「親」との生活は。それが、少しずつ語られるのですが、読んでいてどんどん苦しくなりました。

優子は「自分は愛されてきた」と言う。たしかに、その通り。どの「親」も、優子を愛し、大事に育て、優子のためにどうしたらいいか、一生懸命考えてくれた。だから、優子は「親」に感謝し、彼らとの関係を大切にすることを一番に考える子になったのです。そして、いろんなことをあきらめることを学んでしまった。「困ったことがない」のは、何かに対する愛着を手放すことに慣れてしまったから。「親」がどれだけ大事に思ってくれても、ずっと一緒にはいられないと、どこかで考えてしまっているから。

最後のバトンを託された森宮さんのもとで、優子は本当に「子ども」になれたのかもしれません。血はつながっていないけれど。いまだに「お父さん」とは呼べず、「森宮さん」のままだけれど。

第2章はちょっと大人になった優子と森宮さんの物語。いつか優子も「親」になり、「自分じゃない誰かのために毎日を費やす」喜びを実感するのでしょう。森宮さんがそうだったように。「誰かのために」という思いは、自分自身の人生を支えてくれるものなのかもしれません。

形は違っても、「親」たちから優子にそそがれた愛情は嘘ではありませんでした。その愛情は、たしかに優子を育て、やがて優子からのバトンとなって次の世代につながれるのでしょう。

読み終えてから、冒頭場面(第1章の前)に戻ってみて、ああ、と。最初はなんだかよくわからなかった場面が、もう生き生きと目に浮かんできて。泣かずにはいられませんでした。

2018年4月10日 (火)

犯罪

2734「犯罪」 フェルディナンド・フォン・シーラッハ   創元推理文庫   ★★★★

老医師は、妻を殺害し、遺体をバラバラにした。犯罪者一家の末っ子は、兄を救うために法廷を欺こうとした。刑事弁護人の「私」の目を通して描かれる、罪を犯した人々の姿。

2012年本屋大賞翻訳小説部門第1位。

シーラッハはずっと気になっていた作家。これなら手ごろな厚さだし・・・と軽い気持ちで手にとって、カウンターパンチをくらった気分です(苦笑)

11話から成る連作短編集で、いずれも罪を犯した人たちが描かれています。彼らの大半はごく普通の人たちで、ほんのちょっとのきっかけから犯罪へと転がり落ちていくのがよくわかります。そう、ちょっとしたボタンの掛け違え程度のことから。

読んでいるうちに、犯罪者でない自分自身と、罪を犯した彼らとのあいだに、大きな相違はないような気がしてきます。彼らにはそうしなければならない事情が生じただけで、それは誰にでも起こりうることなのだ、と。

シーラッハ本人が弁護士なので、これは現実の事件なのか?という錯覚も起こします。そう思うほど、「ミステリ」らしくなく、まるでドキュメントのようなのです。いろんな意味で予想を裏切られる作品でした。と同時に、この作家に俄然興味がわいてきました。「コリーニ事件」あたり、読んでみたいものです。

2018年4月 8日 (日)

教場0

2733「教場0」 長岡弘樹   小学館   ★★★

警察学校の鬼教官・風間公親。彼は、教官になる前は、「風間道場」という若手の教育システムに携わっていた。経験三ヶ月の若手刑事を県警捜査一課の風間のもとに送り込み、三ヶ月マンツーマンで指導してもらう。「指導官」時代の風間は、どのように若手を育てたのか。

「教場」シリーズの前日譚。エピソード「0」というわけで。

「仮面の軌跡」「三枚の画廊の絵」「ブロンズの墓穴」「第四の終章」「指輪のレクイエム」「毒のある骸」の6話。

やはり、風間は「鬼」でした(笑) 新米刑事に対して、プレッシャーかけまくり。これ、パワハラ案件では?というやりとりも(転属願いをちらつかせるとか、交番勤務からやり直せとか)。

それでも、誰よりも早く真実を見抜き、どうしたら犯人逮捕にこぎつけるのか、若い刑事をさりげなく導いてやる風間は、とんでもなく優秀な「教官」だということなのでしょう。

しかし、「道場」の門下生として抜擢された刑事さんたちに同情せずにはいられませんでした(苦笑)

2018年4月 7日 (土)

樽とタタン

2732「樽とタタン」 中島京子   新潮社   ★★★★

母親の仕事が終わるまで、小さな喫茶店で時間を過ごしていた子ども時代。その店で、私は「タタン」と呼ばれていた。そこで出会った人々は、それぞれがちょっと変わっていて・・・。

世の中というのは、大人たちの世界。その世界に存在しているけれど、構成員とは認められていなくて、「世界」を片隅からじっと観察している。大人から見た子どもの立ち位置ってそんなものかもしれません。でも、子どもには子どもの視点があって、「世の中の常識」を知らないからこそ、見えてくるものがあって。

「タタン」と呼ばれる女の子は、周囲の環境に順応するのに時間がかかるタイプらしい。いろいろあって、放課後の時間を、母親の迎えを待ちながら小さな喫茶店で過ごすことに。そこにやってくる一風変わった大人たちを通して、タタンは世の中を知っていく。

その喫茶店に集う人たちは(マスターも含めて)、あまり世渡りが上手そうではありません。世間からちょっとだけはみ出してしまっているような。ちょっぴり孤独を抱えているような。そんな人たちが、小さなタタンを邪魔にせず、ちやほやもせず、あるがままのタタンを尊重してくれている空気が、とても気持ちいいのです。

はみ出し者たちに対する、作者の目は決して甘くない。でも、そういう人たちをふんわり抱き取ってくれるような温かさを同時に感じるのです。

2018年4月 6日 (金)

うわさの人物

2731「うわさの人物」 加門七海   集英社文庫   ★★★

霊能者と呼ばれる人たちには、いったいどのような世界が見えているのか。オカルト好きで、自身も数々の不思議な体験をしている筆者による、心霊及び神仏の世界に関わる方々へのインタビュー集。副題「神霊と生きる人々」。

「うわさの神仏」シリーズのうち、これだけ未読でした。なんかこう、ちょっと腰が引けてまして(苦笑) でも、やっぱり興味はあったので、とうとう手に取りました。

9人の霊能者に加門さんがインタビューをするのですが、実におもしろい。いや、「うわさの神仏」シリーズは、ちょっと軽めのノリで書かれているのですが、こちらは至って真面目。で、インタビューを受ける方々が、非常に地に足のついた方々ばかりなのです。自分の変な思い込みが粉砕されました。

神霊的なものを頭ごなしに否定するのも、逆に盲信するのも、どちらもなんだかなあ・・・と思うのです。でも、世の中がどんどん息苦しくなっていく昨今、もう少しいろんなものの在り様を認めた方が、生きやすくなるのではないでしょうか。そんなことを考えさせられました。

2018年4月 5日 (木)

43回の殺意

2730「43回の殺意」 石井光太   双葉社   ★★★★

2015年2月、川崎の多摩川河川敷で、中学校1年生の上村遼太君は、遊び仲間の手によって殺害された。マスコミでも大々的に取り上げられ、全国からその死を悼む人々が献花に訪れた、あの事件。なぜ、事件は起きたのか。副題「川崎中1男子生徒殺害事件の深層」。

中1の少年が年上の遊び仲間に、カッターで43回切りつけられたあげく、死亡。これだけでもじゅうぶんにショックだったけれど、この事件で忘れられないのは、あの献花に訪れた人たちの多さです。何がそんなに人々をこの事件に惹きつけるのだろう。そんな疑問を感じながら、テレビを見ていました。

かく言う私も、事件の報道を、何かにとりつかれたかのように追っていました。中学生が被害者とか、犯人が十代の少年たちとか、残忍な犯行とか、そんな要素だけでない「何か」を感じていたのだ・・・と、このルポを読んでわかりました。

WEB連載で一部を読み、衝撃を受けたのは、「マスコミで報道されていたことと違う」ということ。犯人の少年たちは、どんな人間だったのか。どんな家庭環境だったのか。これを読んで見えてきたのは、それまでとは全く違う「事件の背景」でした。

そして、そこにこそ、多くの人がこの事件に惹きつけられる理由があったのです。

家庭にも学校にも居場所がなくなっていく子どもたち。自分ではどうにもならない状況に追い込まれ、もがき続ける人たち。その負の連鎖。遼太君や犯人たちと状況は違っても、理不尽の中での苦しみは、決して他人事ではないのです。

社会のセーフティネットからこぼれていく遼太君たちのような子どもたちに手を差しのべることができない。それだけで、今の社会がどれだけ歪んでいるか、力を失っているかがわかります。では、何ができるのか。・・・答えはすぐには見つかりません。

著者が膨大で綿密な取材を重ねたルポですが、遼太君の母親からの取材はできなかったと言います。そういう意味では、完璧でないかもしれません。でも、テンプレにあてはめるようなやり方の取材ではなかったことは、伝わってきます。それだからこそ、「遺族」となってしまった父親の憤りと、彼の元妻である母親とのあいだの深い溝が、本当につらかったです。

«火定

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