2018年1月17日 (水)

日本軍兵士ーアジア・太平洋戦争の現実

2698「日本軍兵士ーアジア・太平洋戦争の現実」 吉田裕   中公新書   ★★★★

「兵士の目線・立ち位置」から、アジア・太平洋戦争の実態を明らかにし、兵士たちに「凄惨な体験」を強いた原因を探る。

例えば・・・軍隊では、むし歯をはじめとする歯科疾患が蔓延していた。不衛生な環境に長期間置かれる軍隊に配属される歯科医は、ごくわずかだったから。

例えば・・・配給される軍靴は、まったく役に立たなかった。皮ももちろん、何より糸がすぐ切れた。軍靴に適した亜麻糸の生産が需要に追いつかず、スフを混ぜた粗悪な糸で縫っていたから、すぐ糸が切れた。

従軍した兵士の体験談等で語られることはあっても、データとして、あるいは記録として、ある程度客観視できる「戦争の悲惨さ」には、今まであまり触れてこなかった気がします。これは、かつて兵士だった人たちの証言も踏まえながら、「戦争の実態」を検証したもの。そうすると、何が見えてくるか・・・。

当時の国家システムの弱点と、特異な「精神主義」への傾倒、事実を認知しても改善しない(できない)無策・・・その結果、数多の兵士が「使い捨て」にされたという、「日本軍」の実態。

今まで自分が接してきた「戦争の話」で語られてきた以上の、信じられないような現実がそこにありました。

これは、多くの人に読んでほしい。この国の歴史として、知る必要があることだと思います。

ただ、大事なのは、ここから何を学ぶのかということです。かつての日本が犯した大失敗。しかし、現在の日本は、果たして良い方向に変化したといえるのでしょうか。当時の軍部が声高に唱えた精神主義は、現代でも確実に息づいていないでしょうか。現場の窮状を知っても、上は具体的な解決策を示せないって、よくあることじゃないでしょうか。

都合の悪い歴史にふたをするのは、愚かなことです。過去の愚行を繰り返すことになりかねません。同じ過ちを繰り返さないために、私たちは「過去」から学ばねばならないのです。

2018年1月13日 (土)

憤死

2697「憤死」 綿矢りさ   河出書房新社   ★★★

女友達が自殺未遂をしたので、見舞いに行くことにした。興味本位で。彼女はなぜ死のうと思ったのか。それは・・・。(「憤死」)

先日読んだ森美登美彦「太陽と乙女」に、これの文庫解説が収録されていました。それを読んだら、無性に読みたくなりました。

「おとな」「トイレの懺悔室」「憤死」「人生ゲーム」の4編は、綿矢りさ流「怪談」の連作ということらしいです。

一番恐ろしいのは人間・・・というのは陳腐ですが、まさにそうとしか言えないこの短編集。人間の闇の部分。自分にもあるかもしれない闇。お隣の誰かが持ってるかもしれない闇。読んでいると、自分の中のどこかがざわざわしてきます。

冒頭の「おとな」に、こんな一節が。

「おとなになり、知恵や力を身につけてからは、そんな類のいやな目に遭う回数は、ぐっと減った。でも私は弱かったころの幼い自分にひっそり近寄ってきた、多くのおとなたちの気配が、いまだに忘れられない」

まさにこの短編集は、「幼い」子たちに「ひっそり近寄ってきた」何かが生み出す物語。子どものころにそんなものに遭遇してしまったことで、その後の人生はどう展開するのか。そして、その「近寄って」くるものは、異世界の魔物なんかじゃなくて、どこにでもいる、一見普通の「おとなたち」・・・。

ああ、怖い。どこかの誰かの物語ではなく、これが私たちと地続きなのだと自覚したときが、一番怖いのかも。

2018年1月12日 (金)

ヴェネツィア便り

2696「ヴェネツィア便り」 北村薫   新潮社   ★★★★

ヴェネツィアを旅しながら書いた手紙が、今、時を越えて届いた・・・。表題作を含む15の短編および掌編。

なんと美しく、見事に、物事の断片を切り取ってみせてくれるのでしょう。余計なものを削り取り、研ぎ澄まされたような短編。どこかで必ず「はっ」とさせられる瞬間があって・・・。

ミステリ風のもの、怪談風のもの、色合いはさまざまですが、こうして並べてみると、北村さんの視線の鋭さ、その一瞬を切り取る確かさに脱帽、です。

「麝香連理草」「誕生日 アニヴェルセール」「くしゅん」「白い本」「大ぼけ 小ぼけ」「道」「指」「開く」「岡本さん」「ほたるぶくろ」「機知の戦い」「黒い手帳」「白い蛇、赤い鳥」「高み」「ヴェネツィア便り」の15編。

私の好みは、「誕生日」「開く」「岡本さん」「ほたるぶくろ」「機知の戦い」あたりでしょうか。

こういう短編を書ける人って少ない気がするので、こういうのも書き続けてほしいのですが、北村さんの長編も読みたいなあ。

2018年1月11日 (木)

冬の鷹

2695「冬の鷹」 吉村昭   新潮文庫   ★★★★

江戸時代、近代医学の幕開けは、「解体新書」の出版から始まった。翻訳者・前野良沢の名は「解体新書」に記されなかった。一方、杉田玄白は「解体新書」を世に出したことで、名声を得た。良沢は、なにゆえ自分の名を記すことを拒んだのか。

NHKの正月時代劇「風雲児たち~蘭学革命篇」を見て涙している私に、夫が差し出したのが、「冬の鷹」でした。前野良沢を主人公に、「解体新書」翻訳・出版の過程、杉田玄白との相克などを描いた物語。

先にドラマを見ていたのがよかったのでしょう。あまりにおもしろくて、一気読みしました。ちなみに、脳内ではドラマのキャストに変換されておりました。

学究肌で、人づき合いも嫌い、ひどく潔癖で扱いづらい前野良沢。一方、実務肌で、人を導くのがうまく、明朗な気質の杉田玄白。ともに藩付きの医家であり、同時期に「ターヘル・アナトミア」という蘭書を手に入れた二人。本来ならば相容れないはずの良沢と玄白が、「ターヘル・アナトミア」の翻訳という一点において協力し、その後、全く異なる後半生を送る姿が描かれます。

作者はあとがきに、「二百年前に生きた二人の生き方が、現代に生きる人間の二典型にも思え」たと記しています。それには、深くうなずきました。良沢型、玄白型、どちらも思い当たります。また、自分の中にも、良沢的な要素、玄白的な要素、それぞれあり、共感できるところも多々あります。

医家というより、翻訳者として道を究めんと生涯学び続けた良沢。あくまでも医家としての道を歩み、後進を育てた玄白。この物語は、それまで埋もれていた良沢の人生に光を当て、その生き様を愛情をもって描き出したものです。しかし、それとは対照的な玄白の生き方を否定するものではなく、それぞれの信念の違いとしてとらえています。

また、同じ時代を生きたさまざまな人たちの姿も描かれ、彼らが歴史上の記号ではなく、生身の人間だったということも感じられました。

良沢の孤高の晩年は、その悲哀に胸がつぶれる思いでした。が、本人は、やるべきことをやってたどり着いた結末なので、納得していたのかもしれません。

2018年1月10日 (水)

きょうも傍聴席にいます

2694「きょうも傍聴席にいます」 朝日新聞社会部   幻冬舎新書   ★★★★

新聞記者による刑事裁判の傍聴記。朝日新聞デジタル版連載「きょうも傍聴席にいます。」の書籍化。

取り上げられている28件の多くは、私も知っている事件でした。

法廷というのは、生々しい場なんだな、というのが第一印象。被害者側、加害者側、検察、弁護人、そして裁判官。傍聴席も含め、いろんな立場の人間が一堂に会し、それぞれの言葉に耳を傾ける・・・。

事件そのものはやりきれないものが多く、決して他人事とは思えないような事例も多かったです。

意外な気がしたのは、事件取材に明け暮れる新聞記者であっても、容疑者本人を目にするのは、法廷が初めてというパターンがほとんどだということ(考えてみれば当たり前ですが)。今まで「容疑者」という記号でしかなかったのが、その表情や肉声に触れ、思ったことは何だったのでしょう。

普通の紙面ではありえない分量の「傍聴記」には、記者の感情は書かれていません。でも、読んでいると、記者がこれを書かずにはいられなかった思いが伝わってくるような気がします。

傍聴を担当するのは、若手の記者さんたちとのこと。記者として生身の人間に触れて感じたことを、今後も忘れずにいてほしいと思うのです。

2018年1月 9日 (火)

千春の婚礼

2693「千春の婚礼」 平岩弓枝   文春文庫   ★★★

「かわせみ」の娘・千春がとうとう嫁入りの日を迎えたが、なぜか涙が・・・。妹の涙にとまどいつつも、麻太郎は千春の婚礼に出席する。

「新・御宿かわせみ」シリーズも第5弾。今回は千春の婚礼、源太郎・花世夫妻に男児誕生、そして麻太郎の旅立ち・・・と、若い世代のそれぞれの転機が描かれます。もちろん、麻太郎は相変わらず事件に巻き込まれてばかりですが(笑)

子どもだった彼らがすっかり大人になって、明治の世を生きていく姿が頼もしくもあり、かつての「かわせみ」の主人公たちが老いていくのが寂しくもあり。でも、世の中そんなものですね。

新しい登場人物で、今後につながりそうな人たちもいましたが、どうなるのでしょうね。

麻太郎が、行方不明の実父・神林東吾に生き写しだという描写を読むたびに、るいやお吉、嘉助たちといっしょになって涙ぐんでしまう私。せつないです。

2018年1月 8日 (月)

キラキラ共和国

2692「キラキラ共和国」 小川糸   幻冬舎   ★★★★

鎌倉で文房具店兼代書屋を営む鳩子は、ミツローさんと結婚し、QPちゃんの母になった。自分を育ててくれた祖母との仲をこじらせてしまったまま祖母を亡くした鳩子は、新しい「家族」との生活にとまどいながら、ゆっくり前へ進んでいく。

「ツバキ文具店」の続編です。あちらは、鳩子とミツローさんが出会って、互いに惹かれあうまでで終っていましたが、今回は結婚したところからスタートです。

もちろん、相変わらず「ツバキ文具店」には一筋縄ではいかない代書の依頼が来て、鳩子は一生懸命それと向き合います。同時に、家族が増えたことで、自然に鳩子にも変化が・・・。

人間ひとりではどうにもできないことがあって、他人との関わりの中で、自然に物事が動いていくことがあります。鳩子にとっても、ミツローさんにとっても、そういう時期だったのだろうな、と。いろんな場面でほろりほろりと泣いてしまって、目を真っ赤にして読み終えました(苦笑)

正直、「キラキラ共和国」って題名はどうよ?と思っていたのですが、読み終えると「これしかないよね」と思えました。「ツバキ文具店」を読んだ方は、ぜひどうぞ。

2018年1月 7日 (日)

戦の国

2691「戦の国」 冲方丁   講談社   ★★★★

戦国の世はいかにして成ったのか。歴史に名を残した6人・・・織田信長、上杉謙信、明智光秀、大谷吉継、小早川秀秋、豊臣秀頼、それぞれの視点から描く、戦の国とは。

歴史に名を残さない人たちがつくる歴史に興味をもつようになってきたのですが、今回はあえて真逆の方向のものを。歴史好きなら(そうでなくても)名前を知っているだろう6人が、どのような目で「時代」を見ていたのかを描いた連作。「決戦!」シリーズに別々に掲載された6篇ですが、見事に連作になっています。

ある意味、書き尽くされた感のある人々なので、どんなふうに新鮮味を出すのかなあと思っていました。斬新な解釈はなかったですが、その時代にいる人の視点で書いているようで、説得力がありました。

戦というものの特異性。指揮官であるがゆえに必要なこと。戦の中でこそ生きる才能もあるということ。太平の世が来ることの意味を考えさせられました。

2018年1月 5日 (金)

手のひらの京

2690「手のひらの京」 綿矢りさ   新潮社   ★★★★

図書館勤めのしっかり者の長女・綾香、恋愛至上主義(?)の次女・羽衣、理系の院生の三女・凛。京都生まれ・京都育ちの三姉妹がそれぞれに迎える転機。

偶然なんですが、先に読んだ森美登美彦「太陽と乙女」の中に、綿矢さんのことが出てきました。そうか~、京都つながりか~、と。偶然借りてきていたこの本を読み始めました。

祖父母も両親も京都の人間で、京都で暮らすことが当たり前と思っていた凛。けれど、そうだからこそ、一度はこの町から出て行きたいと思うように。就職先を東京に・・・と思っているけれど、それを両親には告げられずにいる。そして、姉たちにもそれぞれに恋の気配が・・・。

綿矢さんといえば、「蹴りたい背中」の印象が強くて。あれは読み終えて、「ほんとに蹴るんかい!」とつっこんでしまった記憶が(笑) その後、「夢を与える」も読んだのですが、それ以来遠ざかっていました。今回、久々に読んでみて、綿矢さん大人になったなあ、と。あたりまえですけど。

すっきりした文章なのだけど、私が心地よく思うリズムとはちょっと違っていて。そう、0.5拍多い感じ。でも、それが「京都」という場のリズムとうまくなじんでいる気がするのです。

この物語は、京都だから成立している気がします。三姉妹それぞれのストーリーは、ほかの場を舞台にしたら、とたんに陳腐なものになってしまうからです。京都という舞台が物語を支えている。いや、京都こそが主役なのかもしれません。

しかし、羽衣が経験した「いけず」は怖かったんですけど・・・。京都って、こんななんですか?

2018年1月 4日 (木)

太陽と乙女

2689「太陽と乙女」 森美登美彦   新潮社   ★★★★

デビューから14年、森美登美彦氏の初のエッセイ大全集。

森美さんの単行本は読破しているのですが、どれだけ読んでも得体の知れない人・・・という印象がありました。これを読んだらその謎が解けました・・・ってことは全くなくて、やっぱり森美さんは謎の人でした。

とはいえ、森美さんのぐるぐるっぷりに、笑いつつもなんだかホッとしたのも事実。やっぱり森美さんも人間だったのか、と。

とにかく全編おもしろいのですが、やはり「太陽の塔」でファンタジーノベル大賞を受賞する前後の話と、初公開の「森美登美彦日記」は必読です。

「ふわふわ」している印象の森美さんですが、どんなふうにして物語を書いていくのか、スランプに陥ったときのことなど、とっても興味深かったです。私はやはり「物語」が好きなので、森美さんの「物語を創る」方法には、「ほお~」と。

そして、やっぱり読んでると笑ってしまって、いい感じに脱力できるのでした。

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