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2011年8月 5日 (金)

いねむり先生

1736「いねむり先生」 伊集院静   集英社   ★★★

女優だった妻をなくし、自らの内なる嵐に翻弄される「ボク」が知り合った、有名作家の「先生」。ギャンブラーの神様と称された先生との交流を通して、ボクの心は癒されていった。

私小説、自伝的小説というものを読むとき、こちらには好奇心と一抹のうしろめたさがあるのを否定できません。まるで週刊誌の記事を読み終えたあとのように「ふうん」で終わるものもあれば、作家のプライバシーなど二の次になり、何かが残るものもあります。

これは・・・やや後者寄りでした。

伊集院静の作品は、ほとんど読んでいません。ただ、震災後、仙台在住という立場からのメッセージがメディアで取り上げられることが多く、へえ、こういう人だったのか、と。それがなかったら、この小説も読んでいなかったかもしれません。私が知っているのは、「夏目雅子の夫だった人」ということだけです。

この小説を読んでいると、かなり険しい人生を送ってきた人で、むしろ「夏目雅子の夫」だった時期は、この人にとってかなり平穏な時間を過ごせた、数少ない時期なのではなかったのかと思えてきます。

その平穏を失った「ボク」が、「先生」と出会い、永遠に別れるまでの物語。「先生」とは、色川武大のこと。「いねむり」をしてしまうのは、ナルコレプシーという病気のせいなのですが。色川武大も、阿佐田哲也も未読ですが、吉行淳之介だったか北杜夫だったかが、よくこの人のことを書いていたので、なんとなくなじみがありました。一種、奇人のようにも思える人ですが、不思議なくらい皆に愛され、「ボク」もまたその魅力のとりこになっていくのです。

「先生」は、「ボク」の病を理解してくれ、小説を書き続けることをすすめてくれ、大切な人々を失っていく「ボク」の孤独を和らげてくれた人です。それを、淡々と描く筆が、かえって「ボク」の思いの深さを物語っているようでした。

妻を亡くしただけでもじゅうぶんすぎるほどなのに、「ボク」の抱えているものはあまりにも大きく・・・そんじょそこらの人では、とうてい太刀打ちできません。それを理解してくれるのは、「先生」だけ。「ボク」にとって、「先生」がかけがえのない存在になっていくのが、ひしひしと伝わってきます。ああ、そうだったのか、と。

伊集院静もですが、色川武大も読みたくなってしまいました。

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