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2017年9月

2017年9月30日 (土)

最後の秘境 東京藝大

2644「最後の秘境 東京藝大」 二宮敦人   新潮社   ★★★★

美術と音楽のエリートたちが集う東京藝大。その実態とは? 藝大生の妻をもつ筆者による、藝大リポート。副題「天才たちのカオスな日常」

これ、ずっと気になっていたのです。

芸術方面の才能は全くないため、余計に憧れるのです、そういう世界に。入試倍率が東大の3倍って、いったいどんな大学?と思ったら・・・想像を絶するものが。

奥様が藝大の「美校」の学生だという筆者が、実地踏査と学生・卒業生へのインタビューをもとにまとめたこの本。想像以上に濃い世界です。(初っ端の奥様のエピソードにまずびっくりさせられますが)。

「美校」と「音校」それぞれの特色、他の大学とは違う藝大ならではの特性、卒業後の進路などなど。素人が「芸術家」なるものへ抱くイメージの、さらに上を行く凄まじさに圧倒されます。「あれ?意外と普通?」と思うこともありますが、「いやいや、やっぱりすごいわ・・・」と。

こういう恵まれた環境(ハード面でもソフト面でも)で、4年間学べるって幸せなことだなあというのが、一番感じたことでした。もちろん、大変なことはたくさんあるのだけれど。自分がやると決めたことに没頭する時間が確保されてるって、大事なことですよね。

しかし、「藝祭」、行ってみたいぞ・・・!

2017年9月27日 (水)

静かな雨

2643「静かな雨」 宮下奈都   文藝春秋   ★★★★

行助(ユキスケ)は、勤めていた会社がつぶれた冬の日、すばらしくおいしいたいやきを焼く、こよみと出会った。徐々に親しくなった二人だが、こよみは事故にあい、新しい記憶をとどめておけない障害を負い・・・。

宮下さんが新人賞佳作をとった、デビュー作。2004年の作品。

短い物語なので、あっという間に読んでしまい、もっとゆっくり読めばよかった・・・と、しばし呆然。それでも、物語の欠片がいっぱい頭の中を漂っていて、ああ、宮下さんは、初めから宮下さんだったのだなと、しみじみ。

世の一隅でひっそり生きているような人たちを、ふんわりとすくい取るような物語。彼らに奇跡はおきないけれど、それでも生きていける。行助とこよみの静かな強さが、じんわりと読む者の胸に残ります。

生まれつき足に麻痺があり、松葉杖を使っている行助と、事故に巻き込まれ、高次脳機能障害と診断されたこよみ。二人は、社会の基準でいえば弱者なのかもしれないけれど、彼らの世界は豊かで、幸せで・・・。行助の家族たちが、少しずつ彼らのことを理解していく過程が好きでした。

宮下奈都は、私が愛してやまない作家さんですが、その作品世界はここから始まったのだなあと思うと、なんだかとてもいとおしい気持ちになりました。

2017年9月26日 (火)

応仁の乱

2642「応仁の乱」 呉座勇一   中公新書   ★★★

11年に及んだ泥沼の戦いは、いかにして始まり、どう終ったのか。歴史の転換点ともいえる大乱を読み解く。

話題の新書ですが、室町時代はイマイチ苦手なので二の足を踏んでたら、夫がすでに読んでいました。で、借りまして、読みましたが・・・。

かなりわかりやすく解説してくれていると思うのですが、とにかく進まなくて(苦笑) 少しずつ、じりじりと読み進めまして、ようやく読了。

登場する人物もかなりの人数で、誰が誰やら混乱しましたが、とりあえずわかったのは、いわゆる「細川vs山名」みたいな単純な対立がもとではないということ、京都が舞台の戦乱ではあるけれど、奈良の情勢(興福寺など)もかなり影響していたこと、サブタイトルにある「戦国時代を生んだ大乱」の意味、などでしょうか。

今まで聞きかじっていた「応仁の乱」とは、かなり違うというか、もっと複雑で、深い意味のあるものだったということですね。今までは、将軍の義政が政治に無関心だったので幕府が弱体化し、その隙を狙って勢力争いが拡大したもの、くらいに思ってました。

とりあえず、読んでよかったです。知らないこと、知りたいことがいっぱいあるなあ。

2017年9月25日 (月)

さらさら流る

2641「さらさら流る」 柚木麻子   双葉社   ★★★★

28歳の井出菫は、自分のヌードがネットで拡散されていることを知り、愕然とする。それは、かつての恋人・垂井光晴に求められ、一度だけ撮影させたもの。なぜ6年も前の写真が? 菫は親友の百合の助けを得て、状況に立ち向かおうとするが・・・。

柚木さん、今度はこう来たか・・・と。いろんな意味で痛かったです。

菫と光晴がつきあうきっかけになった「暗渠めぐり」から始まる過去と、28歳の現在とが交互に描かれる構成。初めは光晴が意図的にネットに流したのかと思いきや、光晴も知らなかったことが判明し、ではいったい誰が?という話になるのですが。

まず、光晴がかなりめんどくさい。家庭で愛された実感がなく育った彼は、それを認識しているだけに、かなりゆがんでいます。でも、そのゆがみに菫が惹かれてしまった気持ちは、わからないでもない。

そして、菫の家族がまた実にユニーク。家族というより、集合体という印象。その中で育った菫は、おとなしそうでいて、実はすごく芯がしっかりしている。しなやかでいて、自分を曲げない感じ。そんな菫が打ちのめされたというのは、その衝撃の大きさを物語るわけで。

実際、こんな目に遭ったら平常心でいられるわけはないし、菫にじゅうぶん共感できたのですが・・・やっぱり、こういう時に女性に理解してもらえないのって、堪えますね。あの場面読んだあとは、こっちまでどんよりしちゃいました。

それでも、物語はある地点にたどり着き、一応の終わりを迎えます。菫の姿に救われましたが、うまく言葉にできないいろんな思いが、いまだに胸の底でざわざわしています。

2017年9月24日 (日)

アウシュヴィッツの図書係

2640「アウシュヴィッツの図書係」 アントニオ・G・イトゥルベ   集英社   ★★★★★

アウシュビッツ強制収容所の一隅に、囚人たちがこっそり作った「学校」。そこには、秘密の「図書館」も存在した。本は、たったの8冊。図書係に指名されたのは、14歳の少女・ディタ。彼女は命がけで本を守るが、収容所の状況はどんどん悪化していき・・・。

3月に半分ほど読んでいたのですが、引越し等でバタバタになり、そのまま放置していました。ようやく、読了。いやいや、早く読むべきでした。

ディタのむこうみずにも思える勇気にハラハラしっ放しでした。読むことを禁止されている本を隠しているだけでドキドキものなのに、時には自分の服の下に隠して持ち歩くなんて! 

でも、未来に明るい光なんて見えない状況で、ディタのように生きることがどれほど尊いか。もちろん、ディタはまだ14歳で、大人のことはよくわからないし、子どもというほど幼くもなく・・・だから、迷うことも悩むことも当然あるわけで。

明日生きているかわからないという極限の状況で、それでも本を読み、その中のユーモアを感じ取り、現実に立ち向かう糧とする、そんなディタや子どもたちに救われる思いでした。

帯には、翻訳家・鴻巣友季子さんの「言葉と想像力は人間の尊厳と生命力の礎だ」という言葉が記されています。本当に! この本を読むと、そのことを痛感します。

これは実話をもとにした物語だときいていましたが、「著者あとがき」を読んで驚きました。ここまで事実に近いとは! あとがきには、その後のディタたちのことも書かれています。なんかもう、感無量で、あとがきを読んで涙がこぼれました。

2017年9月22日 (金)

コードネーム・ヴェリティ

2639「コードネーム・ヴェリティ」 エリザベス・ウェイン   創元推理文庫   ★★★★★

第二次世界大戦中、ナチ占領下のフランスで、スパイとして逮捕された若い女性。彼女は、尋問をやめる代わりに、イギリスに関する情報を手記として書くことを強要される。そこに書かれたのは、友人の女性飛行士・マディの戦場での日々だった。彼女はなぜ、物語のような手記を書いたのか?

読んだ人たちの熱い感想をツイッターで見なければ、一生読まなかったであろう物語です(外国文学は基本的に読まないため)。

すごい。自分の語彙力のなさに呆然としますが、本当にすごかった。読み始めて5時間、ノンストップでした。

二つの手記で構成される物語は、第二次大戦中のイギリスとフランスが舞台。いきなりナチの尋問から始まるのでビビりますが、読み終えると二人の若い女性の青春物語でもあるのだ、と気づきます。

二人とも、自分の好きなことを追いかけ、気づくと戦争の真っ只中におかれることになり・・・。しかし、彼女たちはそれを嘆くでもなく、自分の夢を追い求めます。そして・・・。

第一部の手記を読んでいるときに感じた違和感は、第二部を読み進めるにつれて、徐々に解き明かされます。なぜ、彼女はあんな手記を書いたのか? それがわかる頃には、彼女たちは過酷な運命の中にいるのですが。

悲惨な・・・と言ってもいいような物語なのですが、彼女たちのなんと生き生きしていることか! 戦時下であっても、人は生きているのだと、そんなあたりまえのことに感動すら覚えました。

そして、私が何より心惹かれたのは、これが「手記」であったことです。書くこと。気も狂わんばかりの状況であっても、書くことで自分自身を保てるという、「書くこと」のもつ力。また、それは誰かに「読まれる」ことを前提にしている。・・・「書かれたもののもつ力」を、これだけ信じて書かれた物語が、おもしろくないはずがないのです。

とにかく読んでみて、と、いろんな人にすすめて歩きたいくらい、夢中になった物語でした。

2017年9月21日 (木)

いちまいの絵

2638「いちまいの絵」 原田マハ   集英社新書   ★★★★

アートを愛し、アートに関わって生きていた作家・原田マハによる、26点の絵画の紹介。

副題「生きているうちに見るべき名画」というのがちょっと鼻について、なかなか手が出せずにいました。「~すべき」と言われると逆らいたくなるへそ曲がりなもので(苦笑)

でも、原田さんの目は確かだし、美術ものの小説も好きだし、やっぱり読んでおこうかな、と。

原田さんの小説のモチーフになった作品はもちろん、原田さんが強い印象を受けた絵画が26点、カラー図版つきで紹介されています。

絵画について詳細に語るというよりは、原田さんが感じたことと画家の紹介等がさらりとした文章で綴られています。そこには「見るべき」という押しつけがましさはなく・・・。

おもしろかったのは、原田さんが、どこで、どんな状況でそれらの絵画と出会ったのか、どんな状態で展示されていたのかなどが説明されていること。まるでこちらもその場で、絵画と対面しているような気持ちになりました。

2017年9月20日 (水)

弥栄の烏

2637「弥栄の烏」 阿部智里   文藝春秋   ★★★★

「真の金烏」としての記憶を探し求める若宮。しかし、山内を大地震が襲い、禁門の扉が開く。神域を訪れた若宮が目にしたものは・・・。ついに猿との決戦を迎え、参謀となった雪哉はある作戦をたてるが・・・。

シリーズ第6作にして、第一部(?)完結。

第1作「烏に単は似合わない」を読んだ時は、こんなところまで連れてこられるなんて、思いもしませんでした。

今回は、浜木綿と真赭の薄(ますほのすすき)という第1作の中心人物たちも活躍してくれて、いろんな意味で感無量でした。

失った記憶とは何なのか。なぜ記憶を失ってしまったのか。烏たちの世界はどうなってしまうのか。・・・今までの物語で残されてきた「謎」が、全て語られます。エピソード0と銘打っていた「玉依姫」がこんなふうにフィードバックされていくんですね。鳥肌たちました、いい意味で。

雪哉が戦いに向けて、ひたすら冷徹になっていくさまが恐ろしく・・・。若者たちを戦いへと煽る場面では、心底ゾッとしました。為政者や軍の統率者が兵士を戦場に送るときは、こんななのかなと思ってみたり。

それだけに、終章「こぼれ種」に救われました。ほんとうに、この場面があってよかった・・・。

何度か書いたことですが、このシリーズの魅力は、物語を読む楽しさを味わえることにあります。ワクワクしながら本を開き、物語に一喜一憂した子どもの頃の純粋な気持ちを、思い出させてくれるのです。

2017年9月19日 (火)

愚者の毒

2636「愚者の毒」 宇佐美まこと   祥伝社文庫   ★★★★

1985年。上野の職業安定所で出会った葉子と希美は、それぞれの過去を隠したまま、友情を深めていく。葉子は甥の達也を連れ、住み込みで家政婦として働くことに。雇い主に恵まれ、安定した生活を送っていた葉子だったが、主が急死したことがきっかけで、平穏な生活が狂い始める。すべては二十年前の筑豊の廃坑集落で起こった事件が始まりだった。

読み終えて、しばらく何もしたくなくて、ボーっとしていました。主人公たちが囚われていた「絶望」が、自分にもまとわりついているような気がして。

物語は2015年から2016年にかけての「現在」の中に、「過去」がカットバックされる形で展開します。第1章は1985年の武蔵野を舞台に、第2章は1965年の筑豊での生活が描かれます。

葉子と希美という偶然知り合った同い年(誕生日まで同じ)の女性ふたり。互いに打ち明けようとはしないけれど、幸薄い人生を送ってきた彼女たちのうち、葉子の視点で1985年の武蔵野での日々が語られます。

妹夫婦の借金を背負わされ、甥の達也を連れて逃げ回っていた葉子。ひょんなことから知り合った希美から旧家の難波家の家政婦の職を紹介された彼女は、主の難波先生やその息子の由起夫たちと、平和な日々を送る。悩みは、達也が言葉を話さないことだったが・・・。

世間の片隅でつつましく生きてきた葉子が借金取りに追われるさまは痛々しく、それだけに難波家での平穏な暮らしには、救われる思いでした。が、それも長くは続かず・・・。

続く第2章、筑豊の廃坑集落の描写は、読んでいて息がつまりそうになりました。貧困と言葉にしてしまうのは簡単ですが、あまりにすさまじく・・・。人としての尊厳など、一瞬にしてふっとんでしまうような、そんな生活が、生々しく描き出されるさまに、打ちのめされました。

そこで起こった殺人事件。それが、二十年後の、さらに現在の事件へとつながっていってしまうのです。踏み越えてはならぬ線を、一歩踏み越えてしまった者は、もはや元へは戻れないのかと、絶望的な気持ちにさせられました。

それにしても、ここで描かれた貧困は、決して過去のことではない気がするのです。平成の世でも、このような事態は起こっているのではないか、こんなふうに負のスパイラルに陥る者がいるのではないか。そう思うと、どうしようもなく気分がふさいでしまいました。

だからこそ、これは読まれるべき本なのだと思います。

この物語のすばらしさについては、解説で杉江松恋さんがぞんぶんに語ってくださっているので、ぜひそちらもご一読を。

2017年9月18日 (月)

天使の棲む部屋

2635「天使の棲む部屋」 大倉崇裕   光文社   ★★★ 

大手不動産会社に就職した若宮恵美子は、御曹司・雅弘の世話係に任命される。雅弘は難病で、ほとんど寝たきりの生活をしているためだ。同時に不動産に関わるクレーム担当にもさせられた恵美子のもとにやってくるのは、信じられないような「問題物件」ばかりで・・・。

異色の探偵・犬頭光太郎が登場する「問題物件」シリーズ第2作。

「天使の棲む部屋」「水の出る部屋」「鳩の集まる部屋」「終の部屋」の4編。

犬頭の正体もはっきり記されるようになってきて、相変わらず彼の不思議な力で推理が展開するのですが、正統派のミステリです。こちらも慣れてきて、そろそろ来るな・・・と思うようになってきたのですが、読者の予想を裏切る展開が待っていたりして、さすが大倉さんだなあ、と。

なぜ、どうやって、「問題物件」が成立したのかを解き明かすミステリですが、よくこんなに思いつくなあと感心してしまいました。「水の出る部屋」がおもしろかったです。

これ、まだ続いているんでしょうか。続くんなら絶対読みます。

2017年9月15日 (金)

横濱エトランゼ

2634「横濱エトランゼ」 大崎梢   講談社   ★★★★

タウン誌編集部のアルバイトをしている千紗は高校3年生。近所に住む善正が編集長(代理)をしているので、頼み込んだのだ。千紗は仕事を通して、横浜の町の歴史や人々の思いにふれていく。

私にとって、横浜は「観光地」。ごくたまに訪れる特別な場所で、そこに住んでいる人たちがいること、町がつくられていく過程でいろんな人がそこに関わっていたことなど、考えたこともありませんでした。

千紗がバイトを始めたのは、隣の隣の家に住む8歳年上の善正のそばにいたいから。幼い頃、家庭の事情で善正の家で面倒を見てもらっていた千紗は、いつの頃からか善正に思いを寄せるように。しかし、善正は千紗の従姉・恵里香に恋をしているようで・・・。

という基本設定のもと、千紗が出会う「横浜の不思議」を、善正と解き明かしていく物語。「元町ロンリネス」「山手ラビリンス」「根岸メモりーズ」「関内キング」「馬車道セレナーデ」の5話。

かつて行った横浜を一生懸命思い出しながら読みました。

そこにあるのが当たり前のものでも、歴史があったり、関わった人の思いがある。読み進めるごとに、それがじわじわと染み渡っていく、そんな物語でした。

千紗の恋はちょっと微妙ですが、ラストがすごく好きでした。ほんと、千紗なんてまだまだスタートラインに立ったばかり。まごつくことが多くて当たり前なんですよね。

できれば、それぞれ舞台になった場所の地図がついていればうれしかったなあ。

2017年9月12日 (火)

悪左府の女

2633「悪左府の女」 伊東潤   文藝春秋   ★★★

下級貴族の娘・春澄栄子は、名にし負う醜女であった。それゆえ、「悪左府」こと藤原頼長は、栄子を召し、近衛帝に近づけようと画策する。家名再興のため、頼長に従う決意をした栄子は、頼長の娘・多子皇后に仕えることに。しかし、摂関家と院の近臣たちとの政争、さらに武士たちの台頭・・・時代は大きな転換点を迎えようとしていた。

大河ドラマ「平清盛」を見ていて、ちょっとわからなかったのが、この「保元の乱」のあたり。人間関係も入り組んでいて、誰がどちらの側についてどうなったのか・・・。ちょっと混乱しました。

だから、この本が出たときに、これは読まねば!と思った次第。ちなみに、私の脳内では、「頼長=山本耕史」が定着しております(笑)

さて、期待して読んだのですが・・・。保元の乱にいたる経緯はわかりました。誰がどう動いたのかも、おおむね把握できました。その点はスッキリしました。

ただ、頼長の人物像がいまいちつかめない。「悪左府」と呼ばれるほどの「冷徹な頭脳」をもってるわりには、やってることがムチャクチャではないですか? 彼が権力の座から滑り落ちていく過程の物語ではあるのですが、そこにのぼりつめた傑物という説得力がありません。

さらに、主人公(?)の栄子の人物像もなんだかよくわかりませんでした。すてきな殿方に言い寄られると、すぐ心惹かれてしまい、あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。怒りにまかせてとんでもない行動に走るし、頼長の命に従うかと思えば、いきなり反抗してみたり。要するに、君はどうしたいんだ?と。ただ運命に流されるでもなく、運命に抗うでもなく、実に中途半端なのです。

もしかして、作者が書きたかったのは、エピローグの場面だったのかなあと思ったり。そうであれば、頼長も栄子も、ただの狂言回しでしかなかったのかもしれません。

2017年9月 9日 (土)

ある奴隷少女に起こった出来事

2632「ある奴隷少女に起こった出来事」 ハリエット・アン・ジェイコブズ   新潮文庫   ★★★★

アメリカの南部の町に奴隷の娘として生れたリンダは、フリント医師の家で働かされる。やがて年頃になったリンダに、フリントは卑猥な言葉を浴びせるように。自分の身を守るため、自由を得るため、リンダがした決断とは・・・。

奴隷だったハリエット・アン・ジェイコブズが発表した実話。フィクションと思われ忘れ去られていたこの文章は、発表から100年以上経って、実話であると証明され、アメリカでベストセラーに。

なんというか・・・想像を絶する世界でした。

奴隷制というのが、ここまで人間を堕落させ、残虐にさせるものだということに、愕然としました。リンダにつきまとったフリント医師はきわめて卑劣で陰湿な男ですが、彼だけでなく、いわゆる白人の人々の奴隷に対する態度がもう・・・。相手を人間として認めない。そのことに何の違和感も覚えないという社会が信じられませんでした。差別は、人間にとって決して良いことではないというのが、これを読むとよくわかります。

リンダは最終的には、二人の子どもと共に自由を得るのですが・・・そこに至るまでの過程は、本当にこれが事実なのか?と疑いたくなるようなことの連続です(それもまた、これが実話とみなされなかった理由の一つでもあるようです)。人が人として生きるという、当たり前のことを得るために、彼女はそれだけの苦難を乗り越えなければならなかった。その事実が、何より重いです。

思ったのは、これは果たして「過去の物語」なのだろうか?ということ。「分断」という言葉を、「差別」という言葉を、私たちは今、この耳で聞いているではないか。人として決してしてはならないことを、私たちは繰り返してしまっているのではないか。

また、「訳者あとがき」では、堀越ゆきさんが、なぜこの本を訳そうと思ったのか、その動機が記されています。今、日本で生きる少女たちが置かれている閉塞的な現状。それもまた、私たちが自覚せねばならないことなのだと思うのです。

2017年9月 7日 (木)

最悪の将軍

2631「最悪の将軍」 朝井まかて   集英社   ★★★★

「犬公方」と呼ばれた将軍・徳川綱吉。その在位は大地震や富士山噴火といった天災に見舞われ、赤穂浪士の討ち入りが起こった元禄の世。果たして、綱吉は暗愚であったのか、それとも名君か。

先日、NHKの「歴史秘話ヒストリア」で富士山噴火を扱っていて、その時の将軍が綱吉だった、と。その二つを結びつけてみたことがなかったので、ちょっと意外な気がしたのでした。だいたい、綱吉について知っていることといえば、「生類憐れみの令」くらい。これはいかんなと思い、とりあえずこれを読むことに。

綱吉が館林藩主から将軍になろうとする時から物語りは始まり、綱吉とその正室・信子の視点で交互に話は展開し、綱吉の死で幕を下ろします。

戦国の世から文治政治への移り変わりの時期に将軍になった綱吉は、その変化に自覚的であり、意図的に「武」から「文」への移行を進めようとします。しかし、綱吉はあまりにも潔癖であり、それゆえに人に憎まれもします。

綱吉の目指したものは正しいのだけれど、それを人の心に届けるのがいかに難しいか・・・なんともやりきれない気持ちになりました。自分の意思をなんとか民に届けようとして、かえって溝を深くしていく綱吉の絶望たるや。このようにしか生きられない人間が、それでも必死に己の役目を全うしようとする生き方は、見事ではありましたが、痛々しいものでもありました。

これはあくまでフィクションなので、実際の綱吉がどんな人物だったのかはわからないのですが・・・。私たちは歴史で「誰が、何をしたか」は学びますが、「なぜそのようなことをしたのか」は、あまり考えてこなかったのだなあと、つくづく思いました。そういう視点で歴史を見れば、もっと違うものが見えてくるのかもしれません。

2017年9月 5日 (火)

名探偵傑作短編集 火村英生篇

2630「名探偵傑作短編集 火村英生篇」 有栖川有栖   講談社文庫   ★★★★

臨床犯罪学者・火村英生と、その助手で推理作家の有栖川有栖が事件の謎を解くシリーズの、珠玉の短編集。杉江松恋監修。

「赤い稲妻」「ブラジル蝶の謎」「ジャバウォッキー」「猫と雨と助教授と」「スイス時計の謎」「助教授の身代金」の6編を収録。

30年前、新本格ブームの波に乗ったクチですが、綾辻行人の「館」シリーズ、法月綸太郎はけっこう読んだものの、有栖川有栖となると、ちょっと怪しい・・・。初期作品は少しは読んだと思うのですが、記憶があいまい。いざ、ちゃんと読んでみようと思っても、作品の数が多すぎで、どこから手をつけていいかわからない・・・という状態だったので、この企画は渡りに船でした。

さて、社会学部の助教授ながら、フィールドワークと称して事件現場に乗り込む火村英生に、友人で推理作家の有栖川有栖がつけたのが「臨床犯罪学者」の名前。事件解決への助言をすることも多く、今や警察でもやっかいな事件と見ると、火村のもとに連絡をよこし、非公式ながら捜査に参加させている、というのが基本設定。もちろん、有栖も「助手」として臨場します。

そんなコンビが活躍するシリーズから厳選した6編(選んだ理由は、解説で杉江松恋さんが詳しく説明してくれています)が、さすがの読み応えでした。

一番好きだったのは、「スイス時計の謎」。アリスの高校時代の同級生の一人が殺されて・・・という話。ゴリゴリの論理的な謎解きが展開するのですが、アリスの高校時代のせつない恋の思い出も絡み、犯人の動機もまた・・・なんとも言えないせつなさが残る一編でした。

そしてまた、杉江さんの解説がよいのです。これで、「ほかの作品も読んでみようかな」という気にさせられます。有栖川有栖未経験の方にはおすすめの一冊です。

2017年9月 3日 (日)

問題物件

2629「問題物件」 大倉崇裕   光文社   ★★★★

「大島不動産販売」に入社した若宮恵美子は、大島グループの後継者で難病を患う雅弘の世話係に任命される。しかし、グループのお家騒動に巻き込まれ、販売特別室にまわされた恵美子は、クレーム対応に走り回ることに。恵美子が失敗すると、責任は雅弘がとることになるというがけっぷちの状況で、恵美子の前に現れたのは、「犬頭」と名乗る傍若無人な人物(?)だった。

「居座られた部屋」「借りると必ず死ぬ部屋」「ゴミだらけの部屋」「騒がしい部屋」「誰もいない部屋」・・・という各話のタイトルからわかる通り、まさに「問題物件」のトラブルを解決するミステリなのですが。

探偵役(?)の犬頭が、もうとんでもない。人間離れした能力で、問題を解決って、あきらかに人間じゃないじゃん! こんなんでミステリが成立するの?・・・はい、成立してます。トンデモな設定なんですが、謎解きは成立。こんなアクロバティックなミステリ、さすが大倉さんです。

続編もあるようなので、必ず読みます。

2017年9月 1日 (金)

学生を戦地へ送るには

2628「学生を戦地に送るには 田辺元『悪魔の京大講義』を読む」 佐藤優   新潮社   ★★★★

京都帝国大学教授・田辺元の講義録「歴史的現実」は、多くの若者を戦場へ送り出した。その「悪魔の講義」を読み解き、その欺瞞を暴く。二度と騙されないための「思考の集中キャンプ」全記録。

「戦地へ赴く学生たちのバイブルとなった」という、田辺元の講義。いったいどんなものだったのだろう、どんなロジックを用いれば、そんなことが可能なんだろう。そして、現在もすでにその手法は使われていないだろうか・・・そんな思いで手に取りました。

難しかったです(苦笑) いかにふだん頭を使っていないか、よくわかりました。

まず「哲学」というものに触れたことがないので、最初は本当に四苦八苦でした。佐藤さんの解説はおもしろくてスラスラ読めるのですが、田辺の講義になると・・・。この講座の参加者と同じように、音読したりもしてみました。だから、読むのにすごい日数がかかってます。

佐藤さんが言うように、八割はすごく丁寧に、まともな論理を展開しているのです。残り二割がおかしい。論理が飛躍し、破綻している。でも、一人で読んでいたら、その「おかしい」部分の方がきっとわかりやすいのです。で、そこで言っていることは、「国のために死ね」ということ。それが、もっともらしい理屈でいかにも「意味のあること」になっているのです。しかも、京大生という「エリート」たちの意識をくすぐる形で。

戦争はいやだ、死にたくないという、本能に根ざした皮膚感覚はとても大事だと思うのですが、こういう「知」の領域で人を追い込むことも可能な以上、やはり私たちは学ばねばならないこともたくさんある、と強く感じました。二度と騙されないためにも。

これは、いろんな人に読んでみてほしい一冊。いろんな「目からウロコ」ポイントがたくさんあります。

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