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2017年10月23日 (月)

この世の春

2654「この世の春(上・下)」 宮部みゆき   新潮社   ★★★★★

各務多紀は、嫁ぎ先を不縁となった後、北見藩作事方だった父の隠居所で、父の世話をしながら静かに暮らしていた。ある夜更け、子供を抱いた女が駆け込んできたときから、多紀は大きな運命の中に投げ出された。藩主・重興が隠居させられるという大事件ののち、多紀は病の重興の側に仕えることに。重興がいるはずの座敷牢から聞こえる奇妙な声。多紀たちが直面したのは、信じられないような事実だった。

宮部みゆき作家生活30周年記念作品。

しかし、「サイコ&ミステリー」で時代物って、ちょっと盛りすぎじゃあ・・・と思っていたのですが、さすがは宮部さん。見事に料理されてました。

故あって若くして隠居の身とさせられた北見藩藩主・重興。なぜ彼が藩主の座を下ろされたのか、彼がそうなってしまった原因は何なのか。その謎を解いていく物語です。

その中心にあるのは、いろいろな要因が絡み合って、重興に仕えることになった多紀。元・江戸家老の石野織部、多紀の従弟・田島半十郎、医師の白田登らと共に、重興の心の闇に分け入っていくと、見えてきたのは十六年前のすさまじい悪意だった・・・。

多紀が重興と出会うまででもけっこうな経緯があるのですが、それを物語としてわかりやすく、かつ興味深く編んでいく手腕は、もうさすがとしか言いようがありません。そして、いざ重興が登場してからは、物語は二転三転・・・。いやもう、ひたすら夢中になって読み続けました。

人の悪意や憎悪は、それが向けられた相手を壊すことが可能で。実際に重興は壊されてしまったわけで。それでも、重興を守ろう、助けようとする多紀たちのまっすぐな心が(彼らもまた、傷を負っているのだけど)、確かに重興に戦う力を取り戻させたのです。そして、そんな多紀たちをさりげなく支えているのが、陰日向なく働くおごうやお鈴の素朴な心根や、日常の営みだというところが、実に宮部さんらしくて好きでした。

起こってしまったことはなかったことにはできないけれど、後悔も悲しみも抱えて歩き出すことはできるのだ。最後の一文を読んだときに感じたことです。

デビュー以来、ずっと読み続けてきた宮部作品。「我らが隣人の犯罪」から始まって、「パーフェクト・ブルー」「ステップファザーステップ」「火車」「模倣犯」「小暮写真館」「ソロモンの偽証」など、その時々で心に残った物語がたくさんあります(好きな作品を挙げたら、10本の指では足りません)。それらの作品が積み重なってきて、到達したのが「この世の春」であるような気がします。なんというか・・・感無量です。

余談ですが、今年は綾辻行人「十角館の殺人」から30年。ということは、30年前は、新本格ミステリがのろしを上げ、一方では宮部みゆきというその後ずっとトップを走り続ける作家が世に出たわけで。その当時、学生だった私は、毎日いろんな書店に入り浸り、幸せな時間を過ごしていたのでした。私の現在の読書の「核」は、間違いなくあの頃に形成されたものです。

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コメント

まゆさんの感想に大きくうなずいております。
>市井の人々の心根や日常が支えている
宮部作品の特徴のひとつですよね。だから読み手も救われる。
読後、温かな気持ちになれました。
これからも読み続けていきたい作家さんです。

ひなたさん、多紀が直面した運命は過酷なものですが、
彼女が地に足をつけていられるのは、お鈴たちの存在が大きかったと思うのです。
そういうところが、いかにも宮部さんだなあ、と。
本筋のドラマはもちろん読ませるのですが、そういうささやかな日々の営みへの宮部さんの視点が好きなのだなあ、と、再確認させられた次第です。

宮部さんデビュー30周年。
ずっとエンタメ界の第一人者でいるというのは、すごいことですね。
私もこれからも読み続けますよ。

 まゆさん、遅ればせながら、あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。
 
 昨年に引き続き、宮部みゆきさんが年明けの読書でした。まゆさんの仰る通り、宮部さんのこれまでの軌跡が集約していました。多紀は、ヒロインとしての条件を皆、持っているだけでなく、心惹かれる女性です。それを支える周囲の人達の優しさや力強く生きる生活の基盤が後押ししたのですね。
 多紀の辛い過去が、重興を支える原動力の一つになりました。この作品の結末の清々しさがかなり酷い物語の毒を中和している様な気がします。

まるさん、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

これだけの要素を物語として操って、収束させる。
まさに宮部みゆき30年の「手練」の技を感じさせる物語でした。
多紀の人物造詣が、この物語の柱だと思うし、多紀はすごく好きなのですが、
私はやっぱりおごうやお鈴の存在が印象的だったのです。

それに、いろんな傷ややりきれなさを抱えても、「この世の春」を迎えられるのだというのは、震災を経験したからよりそう感じられるのかもしれないと、ふと思いました。

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