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2018年11月

2018年11月30日 (金)

恋牡丹

2828「恋牡丹」 戸田義長   創元推理文庫   ★★★

北町奉行所の定廻り同心・戸田惣左衛門は、「八丁堀の鷹」と呼ばれるやり手だが、七夕の夜、吉原で見世の主が殺された事件の容疑をかけられる。そんな惣左衛門を窮地から救ったのは、見世の花魁・牡丹だった。

第27回鮎川哲也賞最終候補作を改稿したもの。鮎川賞で時代ものとは珍しい・・・ということで、読んでみました。

八丁堀の鷹こと戸田惣左衛門と、その長男・清之介を主人公にした時代ミステリ。「花狂い」「願い笹」「恋牡丹」「雨上り」の4編の連作。舞台は幕末です。

堅物の惣左衛門と牡丹のストーリーか?と思いきや、後半2編は清之介が主人公。さらに、この清之介がどうにも役に立たないヤツで、イライラさせられることはなはだしかったのですが(苦笑)

まあ、最後は清之介も目が覚めたようでホッとしました。でも、明治の世を生き延びられたのかしら・・・?

2018年11月29日 (木)

許されようとは思いません

2827「許されようとは思いません」 芦沢央   新潮社   ★★★

田舎の村に暮らしていた祖母は、同居していた義父を殺害した。優しかった祖母は、なぜ余命わずかな義父を手にかけたのか。久しぶりに村を訪ねた「私」は、亡き祖母の思いをたどろうとするが・・・。

「許されようとは思いません」「目撃者はいなかった」「ありがとう、ばあば」「姉のように」「絵の中の男」の5編を収録したミステリ短編集。

表題作が秀逸。なぜ、祖母が殺人を?・・・当時はまだ子どもで、一緒に暮らしてもいなかった「私」が、祖母の動機を解明していく物語。祖母が置かれた状況が徐々に明らかになっていって、それでも「なぜ?」という疑問が残る。それを解き明かすキーワードが、「許されようとは思いません」。

どうしようもない理不尽というか、ままならなさが身に沁みて、なんともやりきれない気分になりましたが、多少明るめのラストになっているのが救いでした。

どの話も、人の愚かしさ、醜さみたいなものが浮き上がってきて、なかなかしんどいものがありましたが、それがどうなってしまうんだ?と物語の先行きが気になって、ついつい読んでしまうのですよねえ。「目撃者はいなかった」は、主人公の浅はかさに辟易しましたが、彼がどんどん自分を追い込んでいく過程は、意外と「あるある」かもしれません。

「姉のように」には、やられました。完全に引っかかってました・・・。

2018年11月28日 (水)

愛なき世界

2826「愛なき世界」 三浦しをん   中央公論新社   ★★★★

国立T大の赤門近くの洋食屋「円服亭」の住み込み店員・藤丸陽太は、よく店にやってくるT大の院生・本村紗英に恋をした。しかし、植物学の研究に没頭している本村は、藤丸の告白を受け入れられない。出前にやってくる藤丸は、本村の研究の話を聞くのが楽しくてたまらず、本村はやっぱり研究が楽しくて仕方なく・・・。こんな二人の恋の行方は?

ヒリヒリした痛みを伴う「ののはな通信」とはまた趣が違い、こちらはちょっと軽めの優しく温かいテイストの物語。こういうのも、しをんさんらしくて好きです。

もっとも、飽くまでタッチが優しげなだけで、描かれている世界はけっこうシビア。植物学の基礎研究に没頭する本村たちは、とっても優秀な人たちだけれど、世の中ではむしろマイノリティでしょう。おそらく「変わってる」と言われる彼女たちなりの生きづらさも、物語の中にしっかり描かれます。

それを突破するのが、藤丸の存在。彼が、もう本当にいいヤツ。明るく、優しく、人のテリトリーを土足で踏み荒らすことなく、他者とその大切なものにきちんと敬意をもてる。こんな男の子に好かれたら、研究一本の本村だって・・・と思うのですが、そう簡単に事は運ばないわけです。

本村視点のパートでは、彼女の研究がピンチを迎えたりするわけですが、一番印象的だったのは、研究室の松田先生の若き日のエピソードです。泣きました。

ほんと、「愛なき世界」じゃなくって、愛にあふれてますよ・・・。

そういう終わり方!? とビックリしましたが、これはこれでいいかなという気がします。

2018年11月26日 (月)

悪魔の手毬唄

2825「悪魔の手毬唄」 横溝正史   角川文庫   ★★★★

金田一耕助が休養のために訪れた鬼首村は、兵庫と岡山の県境にある山間の集落だった。のどかな山村と見えたその村で、手毬唄になぞらえた連続殺人が起こり、金田一と磯川警部は奔走する。そこには、二十年前に迷宮入りになった殺人事件も絡んでいて・・・。

BSプレミアムの読書会でこれを取り上げているのを見ました。綾辻行人さんや道尾秀介さんたちが語っているのが、なかなかおもしろくて。金田一ものは映画化・ドラマ化されたものをある程度見ていますが、小説は「獄門島」しか読んでいないのです。というわけで、横溝本人の評価が高かったという「悪魔の手毬唄」、読んでみました。

不気味な手毬唄の歌詞になぞらえて、三人の美しい娘たちが殺されていく・・・という、金田一ものらしいミステリ。外連味たっぷりでいて、意外なほどにまっとうなミステリです。

この根幹になるトリック(?)が果たして成立するのか?という気はしますが。ただ、今とは違い、交通も不便で、誰もが簡単に写真や動画を撮影できるわけじゃなかったのだから、そういうこともあり得たのかなあ。

真犯人の心情に、金田一たちがあれこれ推察し、掘り下げていく場面がありますが、その複雑さを綿々と描写していくのにちょっと驚きました。同情すべき余地もあるけれど、それだけでなく。ある意味、非常に手ごわい犯人だったのかもしれません。

それに、やっぱり映像的です。これを映像化したくなるの、わかるなあ。

そして、このラストシーンが、とても好きなんです。

2018年11月25日 (日)

愛の顛末 恋と死と文学と

2824「愛の顛末 恋と死と文学と」 梯久美子   文春文庫   ★★★★

何も語らずに逝った小林多喜二の恋人。寺田寅彦と三人の妻。梶井基次郎の秘められた恋。作家たちの人生と文学に欠くことのできなかった愛とは。

小林多喜二、近松秋江、三浦綾子、中島敦、原民喜、鈴木しづ子、梶井基次郎、中城ふみ子、寺田寅彦、八木重吉、宮柊二、吉野せい。以上12人の愛と人生と文学を丁寧に描いたノンフィクション。

タイトルが一昔前の週刊誌の見出しみたいで、ちょっと躊躇しましたが、買って正解でした。決してスキャンダルとして扱うのではなく、当事者たちの人生と作品に、それぞれの愛の形が深く関わっているのがよくわかります。

印象的だったのは、梶井基次郎、寺田寅彦、八木重吉、宮柊二、吉野せい。特に、76歳でデビューした吉野せいの生き様には、胸を打たれました。彼女にとって、文学が、書くことがどれだけ大切だったのか。夫の死後、山に登ったときの馬とのエピソードには、思わず涙が・・・。

梯さんの書くものが信頼できるのは、対象となっている人に対する敬意がきちんと伝わること。また、作品に対しても。だから、読んでいて気持ちがいいのです。

2018年11月24日 (土)

グラスバードは還らない

2823「グラスバードは還らない」 市川憂人   東京創元社   ★★★★

マリアと漣は、不動産王ヒュー・サンドフォードが、希少な動植物を不法に手に入れているという情報をつかむ。捜査打ち切りの命令を無視し、サンドフォードタワーを訪れたマリアたちは、爆破テロに巻き込まれ・・・。

「ジェリーフィッシュは凍らない」「ブルーローズは眠らない」に続く、マリアの蓮のシリーズ第3弾。

まさかこんなに続くとは思いませんでした。シリーズとしての枠(舞台設定、物語の構成などなど)をかなり厳密に組み立てるという制約のなかで、よくここまで・・・と思わざるを得ません。

今回は、マリアが爆破テロに巻き込まれ窮地に陥るのと同時に、ヒューの会社の部下と関係者たちがガラス張りの密室に閉じ込められる、というもの。そして、密室の中では、次々と人が殺されて・・・。

鍵になるのは「硝子鳥(グラスバード)」なる生き物なのですが、これについては予想通りでした。ただ、一連の事件がどう進行していったのかについては、頭が大混乱しました。参りました。

文章がどんどんこなれて読みやすくなってきているのは、さすがこのペースで新刊を刊行しているだけあるなあ、と。しかし、これ、まだ続くんでしょうか。マリアに愛着が出てきたので、続いてほしいのですが。

2018年11月21日 (水)

活版印刷三日月堂 雲の日記帳

2822「活版印刷三日月堂 雲の日記帳」 ほしおさなえ   ポプラ文庫   ★★★★★

もはや時代遅れになった活版印刷で、自分は何をしたいのか。弓子がようやくたどりついた答え。しかし、そこに足を踏み入れるには、勇気と決断が必要だった。いくつかのめぐりあわせが、彼女の背を押して・・・。

シリーズ完結編は「「星をつなぐ線」「街の木の地図」「雲の日記帳」「三日月堂の夢」の4編。

前巻から弓子さんの周りにできてきた流れが、彼女をゆっくりとあるべき場所へ導いていく、そんな最終巻でした。

生きていると、こういうときってあるものです。何かのピースがはまるように、ピタッピタッとあるべきものが現れ、形になっていく。でも、それは弓子さん自身が、生きることになげやりにならなかったから、なんですよね。人とのかかわりを断ち切らずにいたから、ここに至ったのでしょう。恐ろしいほどの孤独を抱えても、一歩一歩、あるいてきた人なんですよね。

彼女の活字、印刷、本に対する思いには、心揺さぶられました。そういうふうに考えてもいいんだな、と。ちょっと救われました。

「雲の日記帳」は、ただただ涙が止まりませんでした。やはりこれも、私のめぐりあわせなんでしょうね。

表紙の美しさに惹かれて手にした物語でしたが、最後まで読んでよかったです。

2018年11月20日 (火)

活版印刷三日月堂 庭のアルバム

2821「活版印刷三日月堂 庭のアルバム」 ほしおさなえ   ポプラ文庫   ★★★★

川越にある小さな活版印刷所「三日月堂」。亡き祖父のあとを継いだ弓子の仕事は、徐々に軌道に乗ってきた。そんなある日、弓子が幼い頃に死んだ母の同級生が三日月堂に現れて・・・。

シリーズ第3作。「チケットと昆布巻き」「カナコの歌」「庭のアルバム」「川の合流する場所で」の4編。弓子さんの人生が転機を迎える巻です。

しばらく積読してたのを、ようやく手に取りました。客目線で語られるせいか、弓子さんという人物にイマイチ共感しきれずにいたのですが、3作目にしてようやく弓子さんが主役になってきた感じです。

女子高生・楓さんが初登場する表題作「庭のアルバム」もすごくよかったですが、やはり「カナコの歌」がとっても好きでした。カナコというのは、弓子さんのお母さん。小さい弓子さんを残して逝かなければならなかった彼女の残した短歌。そして、学生時代バンドを組んでいた友人たち。なんというか・・・自分の学生時代とオーバーラップしたのもあって、せつなくて、悲しくて。でも、とっても優しい気持ちになる話でした。

「川の合流する場所で」の後半は、盛岡が舞台。知っている場所が出てくると(しかも、それが物語の重要なポイント!)、テンション上がります(笑) 

今までも、人と人とのつながりがテーマではありましたが、この巻はそれがより鮮明に、具体的になって、弓子さんの人生を大きく動かしていきます。いろんな出会いが、思わぬつながりが、彼女をどこへ導くのか・・・。

ところで、ほしおさなえさん、私より年上だったのですね! もっとずっと若い方だとばかり思っていました。ちょっとびっくり。

2018年11月19日 (月)

ファーストラヴ

2820「ファーストラヴ」 島本理生   文藝春秋   ★★★★

アナウンサー志望の女子大生・聖山環菜は、血まみれで多摩川沿いを歩いているところを逮捕された。父親を刺殺したという。就活の面接帰りに犯行に及んだ環菜の事件は、マスコミで大きく取り上げられた。臨床心理士の真壁由紀は、この事件を題材としたノンフィクションの執筆を依頼されるが・・・。

直木賞受賞作。

島本さんの本を最後に読んだのはいつだったか・・・と検索してみたら、2008年でした。10年前。一番記憶に残っているのは「ナラタージュ」。いつのまにか遠ざかっていた作家さんですが、直木賞受賞ということで、ミーハーにも読んでみようと思い立ちました。

臨床心理士の真壁由紀が、環菜と面会しながら、なぜ彼女は父親を殺害するに至ったのかを明らかにしようとするのですが、環菜は報道された印象とはずいぶん違い、ものすごく不安定で不穏な様子を見せます。それはなぜなのかを探っていくうちに、環菜自身もわかっていなかった事実が顕わに。さらに、国選弁護人の庵野迦葉は、由紀の夫の義弟で、由紀の同級生。由紀と迦葉に何があったのかも徐々に明らかになり、環菜の公判に関わることで、由紀の人生もまた新たな局面を迎えます。

事件の被疑者との面会の場面を読んでいると、柚木麻子「BUTTER」を思い出しました。が、こちらはあんな毒はありません(苦笑) むしろ静かな世界。だからこそ環菜の奇妙な歪みが浮き立ってきます。同時に、環菜と向き合う由紀の揺らぎも。

現代においては、この話はそれほど意外性はないかもしれません。けれど、環菜がどうやってこの地獄から這い上がるか、その手がかりにはハッとさせられました。また、同時進行する由紀の物語にも、心揺さぶられました。

親との関係は難しい。それでも、生きていく道を見つけるしかないのですね。

もう少し長い物語にして書き込んでくれた方が・・・と、読み終えた直後は思いました。が、書き込みすぎない、これくらいがちょうどいいのかもしれません。読者に考える余白をくれる感じがして。

2018年11月18日 (日)

飛鳥むかしむかし 飛鳥誕生編

2819「飛鳥むかしむかし 飛鳥誕生編」 奈良文化財研究所・編   朝日選書   ★★★★

なぜ飛鳥の地に古代国家が誕生したのか。考古学、古代史学、建築史学、万葉学、国語学、美術史学など、さまざまな角度から、「日本」誕生の謎に迫る。

歴史好きを公言しているわりには、中途半端な知識しか持っていないなあと痛感することが最近多く。だったら勉強しましょう、と。しかし、専門書は難しく、ちょっと手が出ないので、きちんと最新の研究も抑えた、とっつきやすいものはないか・・・と探していたら、これに行き当たりました。

朝日新聞奈良版に2013年から2016年にかけて連載されたものを2冊にまとめたものの、これが前編。学界の重鎮と、発掘調査に携わる若手研究者が執筆にあたったものだそうです。

なんとなくの知識しかなかったので、「そうだったのか!」というのがたくさんありました。さらにあれこれ調べならが読んだので、時間はかかりましたが、実におもしろかったです。

個人的には斉明天皇に興味があるので、彼女の時代の「石の女帝編」は特におもしろかったです。

同時に、世界史の知識が欠落しているので、東アジア情勢の話も勉強になりました。

後編の「国づくり編」も読みたいです。

2018年11月16日 (金)

竃河岸 髪結い伊三次捕物余話

2818「竃河岸 髪結い伊三次捕物余話」 宇江佐真理   文春文庫   ★★★★

髪結い伊三次と芸者お文の息子・伊与太は絵師としての転機を迎え、江戸を離れる。その妹・お吉は髪結いの修行に明け暮れている。同心・不破龍之進ときいの夫婦には息子が生まれ、ちょうどその頃、龍之進は新しい小者として、いわくつきの男を迎える決心を・・・。伊三次シリーズ最終巻。

「空似」「流れる雲の影」「竃河岸」「車軸の雨」「暇乞い」「ほろ苦く、ほの甘く」「月夜の蟹」「擬宝珠のある橋」「青もみじ」の9編を収録した、最後の「髪結い伊三次捕物余話」です。

話の主軸はだいぶ前から伊三次や不破友之進らの子どもたち世代に移っています。今回も、龍之進ときいが主役となる話が多かったです。やんちゃだった龍之進が親になるというのも感慨深いものがありますが、彼があの本所無頼派の男を小者にしようというのもまた・・・。時間は流れるのだなあと、しみじみしてしまいました。

龍之進の妻・きいがなかなか好感度の高いキャラで、今回も活躍していますが、彼女の少女時代の思い出が絡む「青もみじ」はせつなくて、思わず涙が・・・。

伊三次やお文はすっかり脇役になっていますが、そもそもはこの二人の恋物語から全てが始まったわけで。「擬宝珠のある橋」は、その集大成のような気がして、じんときました。

宇江佐さんが亡くなって、もう続きは読めないのだと思うと、頁を開くのがつらくて。一ヶ月以上積読してましたが・・・。読んでみて、悲しい、寂しいよりも、なんだか幸せな気分になりました。この続きは読めないけれど、本を開けば、いつでも伊三次たちに会える。そう実感できたからです。もし、宇江佐さんが伊三次たちの物語にピリオドを打つとしたら、きっとこんなふうに変わらぬ日常を描いたままになったのではないでしょうか。

彼らの「その後」は自由に想像させてもらいながら、ずっと大事にしていこうと思います。

2018年11月14日 (水)

フーテンのマハ

2817「フーテンのマハ」 原田マハ   集英社文庫   ★★★

しょっちゅう旅をしている「フーテンのマハ」こと原田マハさん。友人との「ぼよグル」旅や、編集者との取材旅行、アートを題材にした小説の取材旅行まで、マハさんの旅行エッセイ。

マハさんの生き方って、すごく憧れるんですけど(笑) 自分には絶対できないという思いもあるから、よけいに。

そんなマハさんが作家デビューするきっかけになった沖縄旅とか、取材旅行の話が、やっぱりおもしろかったです。キュレーター時代のバリバリだったマハさんがやらかした話も好きですけど(笑)

私はどちらかというと、ひとところにじっとしていたい方で、旅行はたまにでいいや・・・と思うのですが、じっとしてられない人もいますものねえ。寅さんのように。そういうの、私にとっては憧れなのです。だから、とても楽しんで読ませていただきました。

しかし、ラストの話がそうくるとは思ってませんでした。全くノーガードだったので、ちょっと「うっ」となりました。めぐりあわせって、あるんですねえ・・・。

2018年11月13日 (火)

国宝

2816「国宝(上)(下)」 吉田修一   朝日新聞出版   ★★★★

極道の父をもちながら、芸に魅入られ、歌舞伎役者の部屋子になった喜久雄。梨園の御曹子として生まれ、何不自由なく育ちながら、出奔してしまう俊介。二人の花形役者が泥にまみれながら目指す究極の舞台とは・・・。

新聞連載中から時々読んでいましたが、人間関係がごちゃごちゃになってしまって(苦笑) 単行本になったらまとめて読もうと思っていました。

吉田修一の書くものには、独特の空気がある、と思っています。闇の気配というか、人間の業のドロドロ感というか。文章はわりと淡々としていて、乾いた印象さえあるのに、その底に何かある。その怖さに魅了されてしまう。・・・そういう吉田さんの世界と、この歌舞伎(特に女形)の世界とが、実にうまくマッチしたのが、この「国宝」でした。

長崎で名をはせた侠客の父が殺され、父の敵をとろうとした少年・喜久雄。しかし、見事に失敗し、長崎から大阪へ。そうして、梨園へ足を踏み入れることに。やがて、彼は稀代の名女形となっていくのですが・・・喜久雄が役者として名をあげるごとに、彼の周囲では誰かが不幸な目に遭い、その光と影のコントラストが際立っていくのです。

背に彫り物のある女形というのも、現代ではもうあり得ないと思いますが、喜久雄の周囲の人々(梨園の御曹子で喜久雄の親友で戦友となる俊介、長崎時代から一緒の徳次、喜久雄の恋人・春江、大阪のチンピラから芸人になった弁天などなど)も個性豊かで、実に生き生きと描かれていて、1964年から50年の時代の変遷も浮かび上がってきます。時代の流れに翻弄されつつも、それぞれの生きる道を必死に生き抜いてきた喜久雄たちの世代の物語でもあるのでしょう。

正直、新聞で読んだ時には、「これで終わり?」とちょっとぽかんとしたのですが、こうして読み直すと、万感胸に迫るものがあり、思わずほろりときました。もはや普通の人には理解し得ない境地に至ってしまった喜久雄。しかし、彼の心は、まだ素人だった頃、宴会芸として舞台に立った頃と同じ、ただただ舞台が楽しい、もっと演じたいという、その気持ちでいっぱいなのだとわかりました。天国も地獄も味わった喜久雄の中にずっと変わらず存在する、その純粋な気持ちに、なぜだか泣けてしまったのでした。

吉田さんは実際に黒子になったりして、取材を重ねたそうですが、確かに舞台の場面で描かれているのは、役者の視線。舞台の上から見た、芝居の世界なのですよね。そこに感動してました。

2018年11月10日 (土)

下町ロケット ゴースト

2815「下町ロケット ゴースト」 池井戸潤 小学館 ★★★

小さな町工場の佃製作所は、帝国重工のロケットに部品提供するなど、高品質の製品で徐々に経営を安定させてきた。しかし、帝国重工のロケット事業に暗雲が。さらに、大口の取引先から農機具用エンジンの取引停止を告げられ、一転窮地に立たされ…。


ドラマは流し見してますが…。ドラマでよくわからなかった部分を補完するのにちょうどよかったです。シナリオ読んでる気分でした。

勧善懲悪というか、いい人・悪い人がはっきりしていて、最後はいい人が勝つパターンなので、安心できるのは確か。ある意味、水戸黄門みたいなものですね。ただ、それ以上の深みがないのも事実です。

これはあくまで前半で、最終決着は「ヤタガラス」に持ち越しということのようですね。ドラマもちょうど「ゴースト」編が終わりなようで。とりあえず、闇落ちした伊丹がどうなるのかは気になります。

2018年11月 9日 (金)

口笛の上手な白雪姫

2814「口笛の上手な白雪姫」 小川洋子 幻冬舎 ★★★★

「先回りローバ」「亡き王女のための刺繍」「かわいそうなこと」「一つの歌を分け合う」「乳歯」「仮名の作家」「盲腸線の秘密」「口笛の上手な白雪姫」の八編を収録。

いわゆる世間からちょっとはみ出したような人たちを描くのが、抜群に上手い小川さん。誰も気にとめないようなちっぽけな存在にも物語はある。そんなことに気づかせてくれます。

また、子供の頃は誰でもそういう物語というか、自分独自の世界を持っていたのですよね。日々の営みに明け暮れて、忘れてしまっているだけで。

小川さんの作品を読むと、「小説とは何か」を考えさせられます。

好きだったのは「亡き王女のための刺繍」。ドキリとさせられる毒をはらみつつ、あくまでも静謐な物語でした。「一つの歌を分け合う」は、ミュージカル「レ・ミゼラブル」が題材。あの舞台からこんな物語が生まれるのか…。

2018年11月 7日 (水)

満つる月の如し 仏師・定朝

2813 「満つる月の如し 仏師・定朝」 澤田瞳子   徳間書店   ★★★★

比叡山の学僧・隆範は、定朝という年若い仏師の作る仏像に心を奪われる。定朝を仏師として世に送り出す手助けをしようと決意した隆範は奔走するが、肝心の定朝は仏を彫ることになぜか消極的で・・・。

定朝の物語ではあるのですが、彼に魅入られ、その人生に深く関わる隆範が、もう一人の主人公。隆範は、藤原道長との政争に敗れた中関白家ゆかりの人物。それゆえ僧となったのですが、比叡山の座主・院源や、太皇太后・彰子の覚えめでたく、内供奉十禅師として朝廷にも仕えている。つまり、高貴な身分であるわけです。

そんな隆範が偶然出会った仏師・定朝は、天才的な腕をもった仏師。しかし、己が何のために仏を彫るのかわからず、苦悩しているありさま。隆範は定朝を仏師として世に認めさせようと、おとなしい彼には似合わぬ奔走をして、定朝は仏師としての地位と名誉を手に入れるが・・・。

当時の身分の違い、生まれ育ちの違いというのは、現代の私たちには想像できないような絶対的な壁だったわけで。それが結局は隆範と定朝の関係にも楔を打つことになるのですが・・・。さらに、彼らは政争の影に追われ、結局は隆範を思わぬ人生に落とし込むことになってしまいます。

父の専横に苦悩する太皇太后・彰子や、道長の血をひかぬゆえに皇太子の座を降りることになった敦明親王(三条帝の皇子)の煩悶、藤原伊周(かつての中宮・定子の兄)の子・道雅の不遇など、その時代のさまざまな人物の思いが絡みあい、そこに生まれた「地獄」に定朝が絡め取られることによって、定朝のめざす仏像が生み出されるという展開にはただ圧倒されました。

しかし、この時代のこともよくわからないことが多くて・・・。皇統も私の記憶ではぐちゃぐちゃなので、「歴代天皇総覧」(笠原英彦・中公新書)で確認しながら読みました(苦笑) 系図が欲しかったです。

2018年11月 4日 (日)

あのひと 傑作随想41編

2812「あのひと 傑作随想41編」 新潮文庫編集部・編   新潮文庫   ★★★★

決して忘れられない「あのひと」との思い出を語った随筆41編。

第一章は父親、第二章は母親、第三章はそれ以外の人々、という構成でした。

ラインナップがなかなか豪華で、読み応えありました。森茉莉で始まって、須賀敦子で終わるという・・・。

全体的に、父を語るよりも母を語る方が、なんというか湿度が高い感じで、その違いがおもしろかったです。岡本太郎が母・岡本かの子を描いた随筆のあとに、岡本かの子がその母を語っていたり。

印象的だったのは、澤地久恵「おせいさんの娘」。これは、向田邦子さんのことでした。邦子さんとの旅の思い出から、彼女の遭難後の「おせいさん」の振る舞いへの転換が鮮やか。かけがえのない人を失った悲しみがズシンとこたえました。

もう一つ、石原慎太郎「虹」。弟・石原裕次郎の死に至るまでを丁寧に描いた一篇。石原慎太郎の書くものに感心したことは一度もないのですが、これは心に響きました。傲岸不遜な石原慎太郎ですが、弟は特別な存在だったのですね。

2018年11月 1日 (木)

そしてミランダを殺す

2811「そしてミランダを殺す」 ピーター・スワンソン   創元推理文庫   ★★★★

実業家のテッドは空港で出会ったリリーという美女に、妻ミランダの不貞を知ったことを打ち明け、妻に対する殺意を口にする。リリーはミランダの殺害に協力を申し出るが、事態は予想外の展開に・・・。

書評家・杉江松恋さんがおすすめしていた海外ミステリ。英米韓で48万部&33か国で翻訳、英国推理作家協会賞最終候補作、だそうです。

男女四人の語りで展開するミステリ。テッドが妻ミランダへの殺意を抱き、それを聞いたリリーはなぜか見も知らぬミランダの殺害に同意し、協力を申し出る。二人の殺人計画は着々と進行し、いよいよ決行というところで、事態は急転。意外な様相を見せ始めた事件は、どこに決着するのか・・・。

リリーという謎の美女の過去がなかなかすさまじくて、圧倒されているうちに、予想外の展開に持ち込まれて、翻弄されました。二転三転のミステリとはきいていたので、覚悟はしていましたが、それでも「えっ」と声が出ちゃいました。

正直、私好みの話ではないのですが、それでも先が気になって仕方なく、何かに引きずられるようにひたすら読み続けてしまいました。

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