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2019年1月 8日 (火)

遺訓

2843「遺訓」 佐藤賢一   新潮社   ★★★★

沖田総司の甥・芳次郎は、幕末に新徴組に属し、その縁で明治の世を旧庄内藩で迎えていた。その家老たちから庄内藩との縁の深い西郷隆盛の護衛を命じられた芳次郎は、鹿児島に赴く。下野した西郷をめぐり、さまざまな思惑が交錯する中で、芳次郎が見たものとは。

去年の「西郷どん」はあっという間に脱落したのですが、ツイッターでみなさんの感想は追っていました。その中で、「庄内藩のことは取り上げないのか!」という怒りの声が。なんのことやらわからなかったのですが、「西郷と庄内藩のことが知りたいなら、これがおススメ」という書評家大矢博子さんのツイートで、手に取ったのがこれ。

いやあ、全然、知りませんでした。幕末のことは、新選組を中心に幕軍側に興味があり、いわゆる官軍側のことは通りいっぺんの知識しかない私。つくづく、興味関心のあることには没頭するけれど、それ以外は見事にスルーする自分の体質を思い知らされました。

沖田芳次郎という青年を通して、彼の挫折と成長を描くのが骨格になってはいますが、やはり強い印象を受けたのは、西南戦争の場面です。

ある意味、日本人にとって非常に苦い記憶であり、いまだにタブーになっているところがあるのかな、と。戊辰戦争・明治維新という成功体験ゆえに道を誤ったとも言える旧薩摩藩士たち。明らかに卑劣な手段で西郷たちを排除しようとした政府側。日本人同士(あるいは薩摩藩士同士)で憎みあい、殺しあった凄惨な戦場。いずれも悲惨な歴史であり、少なくとも私にとってはあまり直視したいものではありませんでした。

でも、ここを直視しないことが、その後の日本の道を誤らせたのではないかと思えてならないのです。去年は「明治維新150年」と喧伝されていましたが、維新の「失敗」から目をそらし続けて150年・・・私にはそんな思いがつのる一年でもありました。

それにしても、同じ幕軍側でも、新徴組のことも全然わかってません・・・。これは、佐藤賢一さんの「新徴組」も読まねばならない・・・かな?

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