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2019年7月

2019年7月27日 (土)

風の万里 黎明の空

「風の万里 黎明の空(上)(下)」 小野不由美   新潮文庫   ★★★★

泰麒の物語、雁国の物語を経て、話は陽子に戻ります。玉座にのぼったものの、王として何をなすべきか、悩む陽子(基本的に真面目だから)。補佐たる景麒ともかみあわないまま(景麒も景麒だから・笑)、国政は混乱を続け・・・。一方、陽子と同年代の二人の少女の物語が交錯します。

一人は、海客の鈴。才国で仙女の下働きをしていた鈴は、仙女の横暴に耐えかねて、そこを逃げ出す。

もう一人は、芳国の王女・祥瓊。父王はあまりに苛烈な政をしたために誅殺され、祥瓊も仙籍を剥奪される。

二人とも紆余曲折の末、慶国を目指すようになるが、彼女たち自身の心はすさみ、歪んでいて・・・というお話。

今までの物語がしっかり根付いているので、「ここであの人が!」というのが、実に効果的なのですね。そして、三人の少女が出会うことで、それぞれの「自分にできること」「なすべきこと」「やりたいこと」が見えてくるというのが。

前半は、とにかくイライラさせられるのですが、鈴の自己憐憫や祥瓊の驕りは、決して他人事ではなく、清秀や楽俊の言葉にはけっこうえぐられます(苦笑) それが終盤になって一気に解消していく過程の気持ちよさといったら!

そして、何度読んでも陽子の初勅は最高なのでした。

2019年7月25日 (木)

天平グレート・ジャーニー

2928「天平グレート・ジャーニー 遣唐使・平群広成の数奇な冒険」 上野誠   講談社   ★★★

天平五年。聖武天皇の御世に唐を目指した遣唐使たちは、数奇な運命を歩む。その中でも、とりわけ辛酸を嘗めた平群広成は、その行程で何を見、何を感じたのか。

 

おかざき真理「阿・吽」を読んでいなければ、この本がアンテナに引っかかることはなかったと思います。

平群広成という中級貴族(?)が、遣唐使に選ばれるところから、最終的に日本に帰り着くまでの話。遣唐使が命がけだったとか、苦難を経てなお帰郷できない人も多かったとか、そういう話は知っていましたけれど、これを読むと、こういう固定観念でなく、そこで生き生きと生きていたであろう人間の姿が浮かび上がってきます。

「阿・吽」では、最澄と空海を中心に、留学生や留学僧たちの長安での様子が生き生きと描かれていますが、これも負けていません。おそらく、作者が研究者でもある上野先生なので、当時の生活習慣や風俗、価値観などがあらゆる場面で盛り込まれているのでしょう。彼らの真面目さ・必死さと同時に、笑える場面もあります。

ところが、帰路についたとたん、平群たちの乗った第三船は悲惨な運命をたどることに。往路は人の言うことにただ従っているようだった平群が、責任を負って奮闘するさまが描かれていきます。

安倍仲麻呂、吉備真備、山上憶良、そして聖武天皇も登場する、奈良の歴史好きにはたまらない設定の物語です。

 

 

 

2019年7月21日 (日)

静おばあちゃんにおまかせ

2927「静おばあちゃんにおまかせ」 中山七里   文藝春秋   ★★★

捜査一課の若手刑事・葛城公彦は、次々と厄介な事件を解決し、上司にも一目置かれる存在に。実は彼にはある協力者がいて・・・。

 

先日読んだ「もういちどベートーヴェン」に、元裁判官の高遠寺静という登場人物がいて。あれ、これってほかの作品の登場人物・・・?と探してみたら、ありました。で、「静おばあちゃん」が元裁判官で、自らの職責に厳しい人という下知識のもとに読み始めました。

葛城という若い刑事と、ある事件で知り合った女子大生・高遠寺円が、難事件を解決していくのだけれど、実は円に知恵を貸しているのは、円の祖母・静で・・・という設定。しかし、中山七里らしく、終盤に意外な展開を見せます。

要するに、安楽椅子探偵ものなのですが、そこに裁判官という立場にあった静さんのものの見方がさしはさまれることで、いい意味での重みが加わっています。

ラストの展開は、私的にはどうだろう・・・?という感じですが、まあ、これはこれで。

2019年7月19日 (金)

つる花の結び

2926「つる花の結び(上)(下)」 荻原規子   理論社   ★★★★

「源氏物語」のうち、玉鬘十帖を中心とした「中の品の女」たちの物語を集めたもの。「紫の結び(3冊)」「宇治の結び(2冊」に続いて、この「つる花の結び」2冊。計7冊で、「源氏物語」全五十四帖、完訳です。

刊行されてすぐ購入したものの、今まで積読・・・。ようやく手に取りました。

荻原版源氏を読むにあたって驚いたのが、この再構成の仕方でした。紫の上を中心とした本筋を「紫の結び」に。宇治十帖は「宇治の結び」。そして、脇筋の物語を「つる花の結び」としてまとめたのです。不勉強にして、こういう分類の仕方があったのを知らなかったのですが、こうすると実にわかりやすい。いつも話があっちこっち行ってる気がして、途中で脱落してしまうのが、こうすると私でも読めました。いや、むしろこの「つる花の結び」にまとめられた話は、こうすると実にわかりやすい。源氏の君が関わった女性たち(空蝉、夕顔、末摘花など)の話。その夕顔の娘・玉鬘の話。また、源氏の君の息子・夕霧の話。今まで煩雑に思えたこれらの話は、むしろ本筋から分離してやると、独特のおもしろさが感じられるのです。

要するに、これらは番外編・スピンアウト・アナザーストーリーといった扱いなのでしょう。だから、こういう読み方をした方が、わかりやすい。

そのせいか、登場人物、特に殿方の言動について、作者の視線はなかなか厳しいようです。私も読んでいてけっこうイライラしました(苦笑) 特に、玉鬘のくだりは以前から苦手で・・・。でも、それもかくやと思ったのが、夕霧です。幼なじみの雲居雁と結ばれて十年あまり。亡友・柏木の妻だった落葉宮に懸想して言い寄るのですが、これがなかなかひどい(苦笑) できることなら物語の中に入っていって、一発殴ってやりたいと思うほど。父親の源氏の君もひどいですが、真面目一方の夕霧の方が、物慣れない分、こじれるとにっちもさっちもいかなくなるようで。こんな人だったかと驚くやら、呆れるやら、でした。

でもきっと、今までたくさんの人たちが、こうやって呆れたり、笑ったり、共感して涙したりしながら読んできたのでしょうね。きっと、千年の昔でも、そういう感覚は大きく変わらないのかなと思ったりします。

自慢じゃないけど「源氏物語」は現代語訳でも読み通したことがない私ですが、これは読めました! 肩肘はらない優しい現代語訳で、とっつきやすいし、読みやすいので、おすすめです。

 

2019年7月16日 (火)

東の海神 西の滄海

「東の海神 西の滄海」 小野不由美   新潮文庫   ★★★★

王も麒麟も胎果という生まれつきの延王尚隆と、延麒六太。今や五百年にも及ぶ治世を誇り、豊かな国となった雁国だが、尚隆が登極したころは、国は荒れ果てていた。まだ新米の王と麒麟だったころの、最強コンビの物語。

これは人気が出るよねえというタイプの延王と延麒ですが、彼らがどうやって今の雁国をつくったのか。それぞれが蓬莱でどんな人生を送り、どんな思いで王として、麒麟として国づくりに取り組んできたのかがわかるようになっています。

国が荒れるとはどういうことか。戦乱の世とはどんなものなのか。そして、国を治めるということは、為政者にどれだけの覚悟を強いるものなのか。

「捨てられた子」六太の切実な思い。精神的にタフな尚隆が声を荒らげる瞬間。そこに、もう一人の「捨てられた子」更夜が絡むことによって、国のあるべき姿の輪郭が浮かび上がってきます。

この3作目までは、主要登場人物の紹介と、「この物語世界はこうですよ」という基本設定を読者に示す役割が強いと思うのですが、一番明るい気性の延コンビが、心の部分を一番色濃く提示する役割を担うというのも、なかなかおもしろいなあ、と。

それにしても、五百年も国を治め続けるって・・・あらためて考えると気が遠くなります。それを続けられる尚隆って、どれだけタフで、繊細なんだ・・・。

 

2019年7月13日 (土)

風の海 迷宮の岸

「風の海 迷宮の岸」 小野不由美   新潮文庫   ★★★★

十二国記シリーズ何度目かの再読その2は、戴国の麒麟・泰麒の話。蓬莱に胎果となって流されていた泰麒がこちらの世界に戻り、麒麟として覚醒するまでの話です。

いやもう、泰麒がかわいくてかわいくて(笑) ここまで人の比護欲をそそる麒麟ってのもどうかと思うのですが。彼の世話をする女仙たち。麒麟に仕える使令。そして、王との関係。このシリーズの根幹を成す設定が丁寧に説明されているのに、物語としてきちんと成立しています。全然説明っぽくない。

前作では、陽子がひたすら闘っている中で、この世界の在り様を提示していたのですが、前作では詳しく説明されなかった「麒麟とは何ぞや」「王とは何ぞや」という部分を、今回は真正面から取り上げているわけで。しかも、前作の主人公・陽子が登場しない! 初読のときはそれが意外だったのですが、今となっては、かなり計算された構成なのだとわかります。陽子も、この世界の一部であって、彼女だけが主人公という物語ではないのですよね。

そして、今回の目玉は何と言っても景麒です。陽子に対してなかなかの態度だった景麒ですが、彼は彼でいろいろ思うところあったのだろうなと、これを読むとわかるし、泰麒との交流が景麒を変えていく過程はやはり微笑ましい。ただし、それが慶国にとっては不幸を呼び込むことになってしまうあたり、小野主上の容赦なさに打ちのめされるわけですが。

さらに、1作目、2作目それぞれの終盤に登場し、おいしいところを持っていく延王・延麒コンビが、次は主人公になるという・・・。読者の好みもよくわかってらっしゃる小野主上なのでした。

2019年7月12日 (金)

献灯使

2925「献灯使」 多和田葉子   講談社文庫   ★★★★

大災厄の後、鎖国状態になった日本。百歳を過ぎても健康で死なない老人と、恐ろしく体の弱い子供たち。義郎はそんな老人の一人で、ひ孫の無名と暮らしている。やがて、無名は「献灯使」という役割を引き受け、日本から旅立つことになるが・・・。

 

ディストピアものというのが以前から苦手で。それでも今回読んだのは、全米図書賞(第一回翻訳文学部門)を受賞したというのを聞いたからです。ちなみに、多和田さんを読むのも初めて。

「献灯使」「韋駄天どこまでも」「不死の鳥」「彼岸」「動物たちのバベル」の五編。いずれも「大災厄」のあと、何もかもが変わってしまった世界の物語。

もちろん、フィクションなのだけれど、純粋なフィクションとしては読めない経験を私たちはしているわけで。読んでいると、いまだに自分の中で決着せずにいるいろんな思いや、いまだに整理できない考えなど、ふだんは忘れたようにしているものを直視させられる気分になります。それでも、描かれる世界は不思議と静謐で、ときには歪な美しさを醸し出したりします。この奇妙なディストピアの世界をさまようのが心地よくなったころ、物語は唐突に断ち切られます。まるで、あの震災でふつりと断ち切られた日常のように。

これを読んでいて感じたのは、文学の力です。声高に何かを語るのではなく、言葉を選びぬいて紡がれた物語が心に響く強さ。久しぶりに、その力を実感しました。

2019年7月11日 (木)

もういちどベートーヴェン

2924「もういちどベートーヴェン」 中山七里   宝島社   ★★★

己の才能の限界を感じてピアニストの夢をあきらめた天生高春は、猛勉強の末、司法試験に合格した。天生が司法修習所で出会ったのは、トップ合格したという岬洋介。あまりに優秀で、あまりに浮世離れした岬に、天生は強烈なライバル意識を抱くが、いつのまにか岬の保護者のようになってしまう。やがて、検察での実習で、天生と岬はある殺人事件に関わる。被疑者は犯行を否認するが、それは無駄なあがきに思えた。しかし、岬は取り調べの席上意外なことを言い出し・・・。

 

シリーズ0だった「どこかでベートーヴェン」の後の物語。岬洋介司法修習時代というか、ピアニスト岬洋介復活の物語、ですね。

岬洋介のとんでもなさは、シリーズを読んでいればよくわかるのですが、いきなりこれ読んだ人はついていけないかも(苦笑) というか、こんな修習生いたら嫌でしょうね、同期も、教官も。

事件そのものは意外な展開でおっと思いましたが・・・ただ、事件そのものがけっこう添え物っぽい感じで。ちょっと扱いが雑なのが気になりました。岬が犯人を糾弾(?)する場面も、え?そこでやる?という感じだったし。うーん。

とりあえず、次作が出るのを待ちます。

2019年7月 9日 (火)

ノースライト

2923「ノースライト」 横山秀夫   新潮社   ★★★

「あなた自身が住みたい家を建ててください」・・・クライアントにそう言われて、建築士の青瀬稔が建てた家は、斬新な設計で高く評価された。しかし、その家に誰も住んでいないのではないかと聞き、青瀬は不安に駆られる。信濃追分のその家は、確かに無人だった。人が住んだ形跡はなく、クライアントの吉野とも連絡がとれない。残されていたのは、一脚の椅子だけ。混乱した青瀬は、吉野一家の手がかりを求めて奔走するが、同時に所属している事務所に大きな仕事が舞い込み・・・。

 

久しぶりの横山秀夫は、建築士が音信不通になったクライアントの行方を捜すミステリ。警察が介入するでもなく、ただひたすら素人による人探しの物語。

青瀬という男は、バブル期は大きな建築事務所で働いていたものの、バブルがはじけると同時に職を失い、かなりすさんだ生活をした時期も。その時期に離婚もし、今は娘と月に一度面会している。現在は友人・岡嶋の経営する建築事務所で図面を引いているが、自分の仕事に忸怩たる思いを抱いている。岡嶋は大きな仕事のコンペへの参加権を勝ち取ってくるが、何やらきなくさい。一方、信濃追分のY邸の持ち主・吉野は行方不明で、青瀬は吉野の身に何かあったのではないかと、不安に駆られる。そして、Y邸に残されていた椅子が、ドイツの建築家タウトの設計ではないかと言われ、タウトの波乱に満ちた人生に惹かれていく。

いろんなパーツが網の目のようにつながっていって、最終的に見えてくる図はある意味ものすごく腑に落ちるのですが・・・。なんというか、青瀬たちおじさんの感慨が、ちょっとしんどかったです。今まで横山作品を読んでも、私はあまり気にならなかったのですが、今回はちょっと引いてしまいました(苦笑) 人は間違うものだし、正しくばかりは生きられないのはわかりますが、なんかなあ、と。青瀬にしろ、岡嶋にしろ、自分たちの世界に酔ってやしませんか?と思ってしまって。これは、私の感覚が以前とは変わってしまったということなのだと思います。

2019年7月 7日 (日)

月の影 影の海

「月の影 影の海(上)(下)」 小野不由美   新潮文庫   ★★★★

今秋に「十二国記」の新刊が出ます! しかも、今度は泰国の話らしい!! ということで、何度目かのシリーズ再読祭りに突入しました。

シリーズの主要人物である陽子が王になるまでの物語ですが・・・いやあ、けっこう忘れてました。というか、半分以上は陽子がわけもわからず妖魔に攻撃されて、心身ともにボロボロになっていく話でした。最大の癒し・楽俊もなかなか登場しないし、延王登場も終盤近く。それまでは、陽子はひたすら追い詰められるという鬼展開。

わけがわからない状況にいきなり放り込まれて、異世界で命の危険にさらされて、人にも裏切られて、すさんでいく陽子の描写がすさまじく、読んでいてしんどい。さらに、「王である」現実に直面してからも、陽子が逡巡するあたりが妙にリアルで。半獣の楽俊が受けてきた差別や、国によって貧富の差があることなど、描いているのは「ファンタジー」で漠然とイメージするほわほわ感とは真逆です。

そもそも天によって選ばれる王というのもなかなかシビアな世界で、失政となれば宰相たる麒麟は病み、道を正せなければ王が死ぬしかなくなる。また、それによって、国が荒廃し、民が悲惨な目に遭うという(これは、シリーズが進むにつれ、さらに容赦なく描かれていきます)。

そんな世界で、ただの女子高生だった陽子は、王としての一歩を踏み出す。今回は、そこまで。本当に、始まるまでの物語だったのですね。

 

 

2019年7月 5日 (金)

すみれ屋敷の罪人

2922「すみれ屋敷の罪人」 降田天   宝島社   ★★★★

旧紫峰邸から発見された二体の白骨体。果たしてそれは誰なのか。主人も娘の三姉妹も、上京したおりの空襲で亡くなったという。今は高齢となったかつての使用人たちが語るお屋敷での日々とは・・・。

 

推理作家協会賞(短編部門)を受賞した「偽りの春」がよかったので、これも読むのを楽しみにしていました。戦前の洋館を舞台にしたミステリ。優しい当主と、葵、桜、茜という美しい三姉妹。彼らに仕える使用人たち。医学を学ぶ二人の書生。そこにやってきた、顔に大きな傷のあるヒナという女中。もうこれだけで、わくわくしてしまうのですが。

物語は、白骨体の身元調査を依頼するメールから始まります。依頼を受けた西ノ森は、依頼者に指定された三人に聞き取りを行います。当時はまだ少女だった女中の栗田信子。信子より少し年少の使用人だった岡林誠。お屋敷の料理人だった山岸の娘・皐月。彼らは、紫峰邸での日々を懐かしく語りますが、そこには何かしらの不穏が・・・。さらに、出入りしていた家具職人の息子・広瀬竜吉からも、思わぬ証言が。

とにかく、予想外の展開というか、次から次へと新しい事実が披露され、息つく暇もない、という感じでした。決して長い話ではないのですが、なかなかの読み応えでした(これ以上長かったら、頭が混乱して投げ出していたかも)。

かと言って、ものすごく入り組んだ話という印象はあまりなくて、登場人物の動機を考えると、こうなったのは必然、というか。是か非かを考えるともちろん非なのですが。それでも、そういう人としての「非」に落ち込んでしまった弱さは、決して他人事ではない気がするのです。

2019年7月 4日 (木)

今昔百鬼拾遺 天狗

2921「今昔百鬼拾遺 天狗」 京極夏彦   新潮文庫   ★★★★

呉美由紀は、たまたま立ち寄った薔薇十字探偵社で、篠村美弥子という女性と知り合う。美弥子は友人の是枝美智栄の捜索を探偵・榎木津に依頼に来ていたのだ。しかし、榎木津は不在で、なりゆきで美弥子の話を聞いてしまった美由紀は、美智栄が向かったという高尾山を訪れたのだが・・・。

 

「鬼」「河童」ときて、ラストは「天狗」。ええ、まさに天狗が登場しました。

今回も女学生の呉美由紀と、年上の友人・中禅寺敦子が事件に遭遇し、その謎を解き明かします。

「人は色色な想いを持つが、思いと云うものは、強い弱いに拘らず、理(ことわり)を覆ってしまうものである。思い込みは偏向や歪曲を呼び込むし、時に曲解や捏造も生んでしまうものだ。そうなると、当たり前のものも当たり前に見えなくなる。」

百鬼夜行シリーズは、京極堂による憑き物落としがクライマックスで炸裂する本編意外にも、榎木津が大暴れするスピンアウトなど、さまざまに展開されていますが、どの物語でも突き詰めればそういうことなのでしょう。理を覆ってしまうものをはいでしまって、理を明らかにする。それは、ミステリの基本形でもあり、また、日常生活においても思いが理を覆うというのは、珍しいことではありません。

この「今昔百鬼拾遺」は、女性二人を主人公にすることで、その辺りを実にわかりやすく読者に提示してくれています。

しかし、今回の「天狗」は凄まじかった。お嬢様の美弥子が吐く言葉に最初は笑っていたのですが、終盤になっても衰えることなく、敦子も美由紀も「天狗」たちを糾弾するにいたって、なんだかつらくなってきました。昭和の話なのに、現代の話のような気がして。たしかに、この当時に比べれば変わったことはたくさんあるけれど、それでも生きづらい人がたくさんいるのは、「天狗」がはびこっているのは何故だろうと思ってしまって。

美弥子は、自分が正しいと思うことをふりかざすことで、相手が傷つくかもしれない。それはやはりおかしいのだという自覚があります(なんともユニークなお嬢様で)。それを自覚した上で、私たちは美由紀みたいに、真っ当に怒ることが必要なのでしょう。

この三作いずれも、敦子のフェアであろうとする視点と、美由紀の健やかな心のありように救われました。機会があったら、また書いてほしいです!

それにしても、本編ではもっとおきゃんな印象だった敦子が、すごく落ち着いて見えるのは、やっぱり十五歳の美由紀視点だからでしょうか。

2019年7月 3日 (水)

あちらにいる鬼

2920「あちらにいる鬼」 井上荒野   朝日新聞出版   ★★★

 

女流作家の長内みはるは、四国での講演会で同業の白木篤郎と一緒になる。やがて二人は男女の関係になるが、そのことは白木の妻・笙子も気づいていた。今まで白木の女性関係にあまり拘泥してこなかった笙子だったが、みはるのことはなぜか特別な気がして・・・。

 

自分の父と母と、父の愛人の話を、作家である娘が書く・・・という、なかなかセンセーショナルな小説なわけで、それなりに話題になりました。しかも、両親はもう故人ですが、「愛人」は存命。誰もが知る作家です。それを書く?という感じなのでしょうが。私は、荒野さんがなぜこれを書かねばならなかったのかに興味がありました。もちろんフィクションとして書かれていますが、誰がモデルなのかは一目瞭然。もっとも、作者は神ではないので、想像して書かれた部分は多いのでしょうけれど。

最後まで読んで感じたのは、荒野さんとしてはこれは書いておかねばならなかったのだろうな、と。父と母のつながりについて。一風変わった二人の関係に、子供たちが全く気づいていなかった一面があったこと。それが、荒野さんには衝撃的だったのでしょう。書くことで消化したかったのかな。

これを読みながら思い出したのは、梯久美子「狂うひと」でした。こちらは島尾敏雄の妻ミホの評伝。なぜこれが頭をよぎったのかというと・・・ものを書くことにアイデンティティを見出している男は、「書く女」にどれだけ強く惹かれるのか、と感じたからです。自分と対等に書ける女というのは、そういう男たちにとってのファム・ファタルになるのかもしれません。

みはるは、白木と出会った頃すでに売れっ子作家でしたが、さらに新しい方向へ進もうとします。そうして書いた作品を、編集者に見せるより先に白木に見せ、添削してもらっていました。白木は自分のしめきりもある最中、仕事を抜け出してみはるの作品を直していたのです。一方、妻の笙子は、悪筆の白木の原稿を清書するのが役目でしたが、それだけではなく・・・。

なんとも凄まじい物語なのですが、文章はむしろすっきり、さらりとしていて、目の前を流れていく清流を眺めている気分でした。

 

2019年7月 1日 (月)

うたうとは小さないのちひろいあげ

2919「うたうとは小さないのちひろいあげ」 村上しいこ   講談社   ★★★★

 

高校生になった桃子は、なくした定期を2年生の清ら(せいら)に拾ってもらった。その代わりに、「うた部」に連れて行かれてしまう。高校では友達をつくらないと決めている桃子だったが、先輩たちが詠む短歌になんとなく心ひかれ・・・。

 

ずっと以前にお友達のブログでこの本の存在を知りました。この題名に揺さぶられ、読みたいと思ったまま、忘れてました(苦笑) 地元図書館にはなかったので。そしたら、県立図書館の巡回本に入っていました。

友達をつくらないと決めている桃子。それは、中学からの親友の綾美が、不登校になってしまっているから。それには、桃子も深く関わっているから。どんどん引きこもっていく綾美。綾美のもとを訪れても、傷つけるのが怖くてどうにもできない桃子。そんな桃子を無理やり違う世界に引きずりこんでくれたのが、二年生の清ら。

簡単に言ってしまえば、「歌を詠む」ことで、彼女たちは救われていきます。そんなことで?と言うなかれ。他人から見たらたったそれだけ?と思うことでも、何がその人の助けになるかはわからないのですから。私も引きこもり体質なので、綾美が自分を守るためにかえってボロボロになっていく過程や、一歩を踏み出すきっかけが見いだせなくて荒れる気持ちはわかります。また、それに引きずられる桃子の気持ちも。実際、不登校の子と関わったあれこれを思い出して、本当にしんどかったです。当事者は、皆つらいんです。

歌を詠むというのは、自分の思いを言葉に変換すること。それは、意外と苦しいし、しんどいものです。しかも、他者に伝わらなければ意味がない。どんな表現を選べば、相手に響くものになるのか。それを考えることが、桃子と綾美にとっては、とてもとても大事な過程だったのでしょう。

「うたうとは小さないのちひろいあげ」・・・これは、連歌の上の句。詠んだのは桃子。では、これにどんな下の句がつけられたのか・・・。私は、上の句と下の句がそろったときに、涙が出ました。

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