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2019年10月

2019年10月31日 (木)

アンドロメダの猫

2964「アンドロメダの猫」 朱川湊人   双葉社   ★★★

そうとは知らずに妻子もちの男とつきあってしまった瑠璃は、その関係を清算した日に、ジュラという女の子と出会う。万引きしようとしていたジュラを助けたが、どうやら彼女は厄介な男たちに搾取される生活をしているらしい。一度はやりすごした瑠璃だったが、ジュラを今の境遇から脱出させたいと思うようになり・・・。

 

朱川さんを読むのは久しぶり。どうしようもないせつなさとか哀しさとかはたしかに朱川さんなのですが、こういう感じの書く人だっけ?と。

派遣の瑠璃と、親の借金のかたにデリヘルで働かされているジュラ。彼女たちの出会いと、逃避行、その終わりまでを描いた物語。なんというか、こういう生活があるというのが、リアルに感じられる時代になったのが平成だということでしょうね。しんどいなあと思いつつ読んでました。

瑠璃ももっと器用な生き方もあるのだろうに、結局そうなってしまうんだなあ、と。

「アンドロメダの猫」というタイトルが象徴する思いが、せつなかったです。

 

2019年10月30日 (水)

夢見る帝国図書館

2963「夢見る帝国図書館」 中島京子   文藝春秋   ★★★★

上野公園で偶然知り合った喜和子さん。彼女は、小説家のわたしに、上野の図書館の小説を書けという。題は「夢見る帝国図書館」。喜和子さんのちょっと変わった生い立ちと、図書館の歴史は奇妙に溶け合っていて・・・。

 

やっと図書館で借りられました。いやあ、待った、待った(苦笑)

図書館と聞いただけでピクッと反応してしまうのに、中島京子さんが書き手って、なんかもう好きにきまってるじゃないですか!・・・と、読み始めたら、予想を上回る私好みの物語でした。

喜和子さんという一風変わった老婦人と知り合った「わたし」。喜和子さんは、宮崎の家を飛び出して、東京で暮らしている、らしい。なんでも幼いころ、上野のバラックで、親戚でもない復員兵と暮らしていた、らしい。その人が図書館に連れて行ってくれたし、図書館のお話を書いていた、らしい。「わたし」も人のことを根掘り葉掘り追及するたちでもないらしく、喜和子さんの人生はなんとも曖昧模糊としたまま、断片的に提示されるのみ。

喜和子さんの元愛人の古尾野教授や、ホームレスの五十森さん、喜和子さんの部屋の二階の住人・雄之助くんなど、周囲の人々もなんだか個性的かつとらえどころのない人が多くて、不思議だけれど心地よい世界が広がるかと思いきや。

後半は、喜和子さんの死後、彼女が語らなかったさまざまなことがわかってきて、生前の突拍子もない言動が何を意味していたのかが少しだけわかってきます。なぜ、喜和子さんは上野を愛していたのか。図書館に足を踏み入れなかったのは。喜和子さん自身が残したわずかな手がかり(暗号と小説)をもとに、見えてきた喜和子さんの切実な思いは、せつなく、哀しく、いとおしいものでした。

同時に語られる「帝国図書館」の歴史は、それだけでもなんだか胸がいっぱいになるような、いろんなものが詰め込まれていて。歴史の中で顧みられることのない「図書館」の立ち位置や、そこに存在した人間の足跡を想像すると、もう涙が出てくるようでした。

ただそこにいることを許してくれる「図書館」という場所に救われる人というのもたしかにいて。そして、「真理がわれらを自由にする」という言葉に、その人は何を見出して生きたのだろうと、涙しながら本を閉じました。

 

2019年10月27日 (日)

ザ・ベストミステリーズ2019

2962「ザ・ベストミステリーズ2019」 日本推理作家協会・編   講談社   ★★★★

澤村伊智「学校は死の匂い」(日本推理作家協会賞短編部門受賞作)、芦沢央「埋め合わせ」、有栖川有栖「ホームに佇む」、逸木裕「イミテーション・ガールズ」、宇佐美まこと「クレイジーキルト」、大倉崇裕「東京駅発6時00分 のぞみ1号博多行き」、佐藤究「くぎ」、曽根圭介「母の務め」、長岡弘樹「緋色の残響」

 

選りすぐりの作品だけあって、どれも質の高いミステリばかり。読み応えありました。

インパクトあったのは、「学校は死の匂い」。比嘉姉妹もので、ホラーでもあるのですが、ミステリとしてもなかなかの仕上がりです。そして、学校というフィールドならではの「怪談」であり、「事件」であるというところが、実に上手い。

芦沢さんの「埋め合わせ」も学校ものですが、こちらは教師が主人公。自分のミスを隠すためにとる行動が、自らをさらに深みに追い込んでいく・・・という、サスペンスミステリ。あほなことを・・・と思いつつ、その心理がわかる気がしてしまうのが怖かった。

「イミテーション・ガールズ」は、女の子どうしの駆け引きがおもしろかったし、「クレイジーキルト」は物語の構成自体がキルト作品のようで好きです。

大倉さんの「東京駅~」は、福家警部補ものの一編。このシリーズの醍醐味を味わえるさすがの完成度。有栖川有栖さんは手練れの領域に入ってきましたね。

長編ミステリも好きですが、短編小説というのは本来ミステリの基本だと思うので、こういう上質な作品を読めるアンソロジーは実にありがたいです。

 

2019年10月24日 (木)

白銀の墟 玄の月 (二)

2961「白銀の墟 玄の月 (二)」 小野不由美   新潮文庫   ★★★★

白圭宮へ向かった泰麒は阿選と対峙するも、阿選は政に一切興味を示さない。一方、王を探す李斎は唯一の手がかりと思える函養山に向かうが、王の足取りはつかめないまま。それぞれに手詰まりのまま、戴国に冬の季節が・・・。

 

今月は、四巻組みの前半二巻を刊行ということなので、まだまだ物語が収束するわけがないのはわかっていますが。

ここで終わりますか、小野主上!?

いや、わかってますけど。うん、わかってます・・・。主上はそういう方です。

登場人物もどんどん増えて、いろんな要素が絡み合って、なんとも読み応えあるのですが。そして、こちらも経験値を積んでいるので、油断することなく読んでいるつもりなのですが。それでも、「そうくるか?」と思っちゃいますよねえ。

考えてみたら、泰麒たちになじみはあるものの、戴国じたいは今までほとんど描かれていないのですね。「風の海 迷宮の岸」の舞台はほぼ蓬山だったし。「黄昏の岸 暁の天」は、李斎が慶国にたどりついたところから始まったんだし。そうして描かれる戴のありさまが、やはり胸にこたえます。王がいないと国が荒れる。それは、妖魔が跋扈する、天災が増えるという面が今までは強調されてきたけれど、それがなくても政が滞ればこれだけ国は荒廃するのだというのが、妙にリアルで。

それにしても、これ、あと二巻でちゃんと収束するんですよね? ちょっと不安になってきました(苦笑)

全巻出てから読もうかと思っていましたが、一気に四巻読んだら、十二国記の世界から戻れなくなりそうで、とりあえず読んでしまいました。ジリジリしながら11月9日を待ちたいと思います。

2019年10月22日 (火)

白銀の墟 玄の月 (一)

2960「白銀の墟 玄の月 (一)」 小野不由美   新潮文庫   ★★★★

戴国に戻った泰麒と李斎は、消えた王・驍宗を探し始める。しかし、手がかりはなく、また、戴国が深く病んでいること、冬を間近にひかえて民の暮らしは切迫していることを肌で感じ、泰麒はある決断をする。

 

18年ですよ、18年。角を傷つけられ、病んだ泰麒と、片腕を失った将軍・李斎が、陽子たちの制止を振り切って戴国へ帰った「黄昏の岸 暁の天」のラストから、18年。もう続きは読めないのかと思ったりもしました。いやあ、生きててよかった。

さて、こちらでは18年経っていますが、物語世界ではそんなことはありません。前作からダイレクトにつながっています。王位を簒奪した阿選により、驍宗派の人間は粛清されたり、左遷されたり、あるいは自ら逃亡したり。李斎もお尋ね者であり、主上探しは思うにまかせないことは覚悟していましたが。

しんどい。ほんとに、しんどい。何が一番しんどいかって、民の暮らしのあまりのひどさ。それにたいして、国をはじめ、公的機関が全く何もしようとしないこと。もはや、戴は国の体をなしていないのです。それは、阿選が政を放棄している(らしい)から。

途中から、泰麒は李斎と別行動をとるのですが、それもまたせつない。そして、泰麒の行動には仰天させられましたよ・・・。あんなに小さくてかわいかった泰麒が・・・。いや、「魔性の子」を読むと、蓬莱で彼が経験した数々を経て、ただ純真なお子様でいられないのはよくわかるのですが。

それにしても、なんとも複雑な気持ちになったのは、泰麒の立場です。麒麟として力は失った。それでも、そこにいてくれるだけでいいと言われる。何もできないのに、そこに存在しなければならない。その胸中はいかばかりか、と。・・・ちょっといろいろ考えてしまいました。

2019年10月21日 (月)

チェルノブイリの祈り

2959「チェルノブイリの祈り」 スベトラーナ・アレクシエーブッチ   岩波現代文庫   ★★★★

1986年、チェルノブイリ原発事故。未曾有の危機に否応なしに直面させられた人々の声を集めたドキュメント。

 

ノーベル文学賞受賞作家の作品ということで購入したものの、長いこと積読してました。でも、先日読んだ「戦争は女の顔をしていない」がすごかったので、その勢いで読破しました。

まず、冒頭の消防士の妻・リュドミーラ・イグナチェンコの証言に、頭をぶん殴られた気がしました。以前「朽ちていった命」(東海村臨海事故のドキュメント)を読んで、被曝した人がどうなるか知っていたつもりでしたが・・・すさまじかった。信じられないことの連続で、言葉を失うとはまさにこのこと。

そこから、さまざまな立場でチェルノブイリに関わった人たちの証言が続くのですが・・・。感じたのは、福島の原発事故と同じだということ。

知らない。だから、理解できない。起こるはずがない。そもそもそういう想定をしていない。受け止められないから、なかったことにする。・・・私を含め、あの事故当時(そして、現在までも)、私たちが直面した「わけのわからなさ」「言葉で説明できない不安」が、ここにすでにあったのです。

つまり、私たちは過去の事例から何も学ばず、同じことを繰り返してしまっているのだ、と。

「戦争は女の顔をしていない」は、すさまじい独ソ戦の証言集でした。読むのはけっこうしんどかったのですが、それでもこの本よりは楽でした。なぜか。自分と直接つながるものではないから(第二次大戦は、「近い過去」のことでしかない)。そして、「戦争」というテンプレートを、すでに我々はもっているから。しかし、原子力がもたらず被害について、我々はまだ語る言葉と、一般化して考えうるだけの経験をもたないのです。

そう、チェルノブイリに関わった人々の言葉から、一番強く感じたのは怒りより悲しみより、「困惑」でした。これはいったい何なんだ?という。わからないのです。経験したことがないから。こういう事態に対する、人類の経験値は低いから。

読み終えても、何かがわかるわけでもなく、読者もまた困惑・混沌の中に放り込まれたまま。それでも、生きていく人間として、私たちは何を見出せばよいのでしょうか。

ただ、「祈り」という題名をつけた意味、そして「未来の物語」という副題の意味は、わかった気がします。

2019年10月17日 (木)

クジラアタマの王様

2958「クジラアタマの王様」 伊坂幸太郎   NHK出版   ★★★★

製菓会社の広報部員・岸にとって、それは降ってわいたような災難だった。一本のクレーム電話への対応をめぐり、右往左往する中で、岸は二人の男性と知り合う。一人は、都議会議員の池野内征爾。もう一人は、芸能人の小沢ヒジリ。岸を含む三人には、奇妙な共通項があることがわかり・・・。

 

伊坂作品をずっと読み続けてきて、「この後はもっとひどい目に遭うんだろうな」「主人公はさらに追い詰められちゃうんだよね」「最終的にはきちんと着地はするものの、完全なハッピーエンドはまずない。油断するな」等々、自分に言い聞かせながら読む程度には慣れてきたのですが。それでも、こちらの想定の斜め上をいきますよねえ、伊坂さん。

今回も、そうくるか?という展開でした。いやはや。

これといって特筆すべきこともなく、世の中の片隅で、つましく暮らしている私たちにとって、それなのに理不尽な目に遭うのって、けっこうな恐怖で。でも、それは起こる確率はゼロではない。伊坂作品を読んでいると、そういう怖い事実を突きつけられます(だから、読んでいてしんどい)。じゃあ、そうなったらどうする?というのが、物語の発端で。そして、伊坂さんの描く人物は、みっともなくあがくわけです。それが、とうてい他人事とは思えない。そうだよね、あがくよねえ。どうしようもなくても、ただ打ちのめされて、なす術もなくホールドアップは悔しいよねえ、と。

そういうところが、私が毎回「今度はどんなしんどい話だろう」と思いつつも手にとってしまう理由なんだと思います。

今回は途中途中にコミックパートが入っていて、それが実に効果的でした。

ところで、タイトルの「クジラアタマの王様」って、そういう意味だったんですね。知りませんでした。

2019年10月16日 (水)

八本目の槍

2957「八本目の槍」 今村翔吾   新潮社   ★★★★

「賤ヶ岳の七本槍」と呼ばれた秀吉の小姓たち。そして、「七本槍」には数えられなかったが、豊臣政権のキーパーソンになった石田三成。軽輩の身から秀吉に取り立てられた彼らが歩んだ道のりと、それぞれの運命とは。

 

かつて、あんなに戦国時代にはまっていたのが嘘のように、最近は興味が薄れていますが、戦国ものでこれは久しぶりに面白かった!

七本槍の面々を語り手にして、石田三成はどのような人物で、何を見据えて行動していたのかを描いた時代もの。青春もののテイストもあり、かなり私好みの物語でした。

もっとも、「七本槍」といわれても、ぱっと思い浮かぶのは加藤清正、福島正則くらいで、そういえば片桐且元もいたねえ・・・という感じなんですが。よくよく考えてみても、7人名前が出てこない。というのは、「真田丸」を見たときに気づいたことで。あれには主人公・真田信繁の上司になる平野殿という登場人物がいて。賤ヶ岳七本槍の一人だけども、出世できずくすぶっているという設定でした。あれを見て、「こんな人がいたんだ」と思ったのです。

そんな元小姓たちの人生を石田三成を軸にして描く構成がおもしろかったし、虎之助(加藤清正)から始まって、市松(福島正則)で終わるという構成も、実によかったです。市松がアンカーというのは意外でした。

三成が何を思っていたのかは、もはや永遠にわからないわけですが・・・生きている当事者にとっては、歴史の答えはわからないわけで。その中で、自分の信じたものに向かって走り続ける姿こそが歴史なのだよなあと思うわけです。

 

 

2019年10月13日 (日)

祝祭と予感

2956「祝祭と予感」 恩田陸   幻冬舎   ★★★★

「蜜蜂と遠雷」のスピンオフ短編集。

「祝祭と掃苔」「獅子と芍薬」「袈裟と鞦韆(ブランコ)」「竪琴と葦笛」「鈴蘭と階段」「伝説と予感」の6話。

いやもう、映画の公開にあわせて・・・って、それにのせられて買ってしまうあたり、我ながらチョロいなあと思ってしまうのですが。でも、あの物語世界を愛してやまないものとしては、読まずにはいられなかったのですよねえ。

本当に断片的な小品たちではあるのですが、本編では書き得ない世界が、読者にそっと提示されています。

一番印象的だったのは、「袈裟と韆鞦」。コンクールの課題曲「春と修羅」作曲者・菱沼と、教え子の話。岩手が舞台になることだけでなく、なんだか忘れられない一編でした。

どんな登場人物にも、それぞれの物語があり、描かれなくてもそれは存在している。そういう土壌があって、初めて豊潤な物語が生まれてくるのだと、つくづく感じました。

それにしても、そろそろ恩田さんの新作をガッツリ読みたいんですけど、ねえ。

2019年10月12日 (土)

営繕かるかや怪異譚 その弐

2955「営繕かるかや怪異譚 その弐」 小野不由美   角川書店   ★★★★

営繕を手がける尾端のもとに舞い込む依頼は、奇妙なものが。そこに住む「何か」と折り合いがつかなくなった人のために、尾端ができることは。

 

「十二国記」新刊発売の日ですが、こちらは一日遅れだろうし、台風も来てるし・・・と、これを読んでいました。今年後半は、小野主上の新刊祭りですね!

シリーズ2作目は、「芙蓉忌」「関守」「まつとし聞かば」「魂やどりて」「水の声」「まさくに」の6編。

冒頭の「芙蓉忌」がけっこう怖くて、それでいて物語の中にぐうっと引き込まれる感じが強くて。その後、一気読みでした。

多くはけっこう胸糞悪い話ではあるのですが、ただ、「ああ、こういうことって、あるよねえ・・・」と、なんだか身につまされてしまう(怪異が、ではなくて、人の世のあれこれです)。「まつとし聞かば」の別れた妻のこととか。

「魂やどりて」は、主人公にイライラしながら読んでいて、でも、彼女が簡単に改心しないところがリアルだなあと、苦笑してしまいました。まあ、尾端のおかげで、落としどころは見つけるんですけど。

「関守」が、なんとなく好きかもしれません。「通りゃんせ」とか「かごめかごめ」とか、短調のメロディーのせいか、怖いですよね。

 

2019年10月11日 (金)

青い服の女 新・御宿かわせみ7

2954「青い服の女 新・御宿かわせみ7」 平岩弓枝   文春文庫   ★★★

「かわせみ」の改修工事も無事終わり、お伊勢参りから帰ってきたおるいたちは、宿屋稼業を再開した。かわせみ一同は相も変わらず元気だが、奇妙な客が面倒ごとを持ち込んでくるのも相変わらずで・・・。

 

「霧笛」「玄猪祭さわぎ」「去年今年」「青い服の女」「二人女房」「安見家の三姉妹」の6編。とうとう、この巻で300話を超えました。

私は気持ちがしんどいときは、「かわせみ」シリーズを読み返すことにしていて。以前、本当にしんどかったとき、このシリーズを読破することで救われたことがあったからですが。それを思うと、300話というのは、やはり感慨ひとしおです。

ただ、今回は、話としてはちょっと、う~ん?と思うことも多く。麻太郎の縁談のことなんかも、あれ?結局何だったの?となってしまったし、最終話の正太とお晴のことも。いや、すべて丸く収まらなくてもいいのですが、ちょっと唐突すぎやしないかい?と思ったり。

まあ、かわせみの面々に情が移っているので、彼らと会えるだけで楽しいですけれど。うーん。

2019年10月10日 (木)

戦国の教科書

2953「戦国の教科書」 天野純希・他   講談社   ★★★

小説で歴史が学べる? 六人の作家による、戦国時代を舞台にした短編集。

 

矢野隆「一時の主」(下克上・軍師)、木下昌輝「又佐の首取り」(合戦の作法)、天野純希「悪童たちの海」(海賊)、武川佑「鈴籾の子ら」(戦国大名と家臣)、澤田瞳子「蠅}(宗教・文化)、今村翔吾「生滅の流儀」(武将の死に様)の6編に、末國善巳によるテーマに関する解説とブックガイドがついた、「教科書」。

まあ、いろんな企画を考えるものだなあというのが、一番の感想です。そして、新しい学説やら、新しい知識やらを仕入れるのは、なかなかおもしろい。歴史学は、研究が進むにつれて、わかることも増えていくわけで。それを下敷きにして、古い「定説」を覆すストーリーができていくのは、私なんかは単純におもしろいのです。

当時の人々が、何に価値を見出して、どういう規範に沿って生きていたのか。今と違うのか、それとも同じなのか。そういうところに興味があるので。

そういう意味では、武川佑「鈴籾の子ら」が新鮮でした。上杉景勝に反旗を翻した新発田長家が主人公。景勝の臣下とはいえ、国衆という立場であり、絶対的な主従関係ではない。その辺りが、「真田丸」を髣髴とさせ、なるほど、こういう感じか・・・と。米作りという観点を用いたのも、おもしろかったです。ただ、新潟の方言は、文字で読んでもよくわかりませんでした(苦笑)

それから、澤田瞳子さんは安定の書きっぷりで、大仏づくりに携わる僧侶たちの生き様を描きます。この大仏は大地震で倒壊してしまうのですが。戦国時代といえば、武将が主役ですが、それ以外の人たちも当然いたわけで。最近、個人的にヒーロー的な人物の描き方に抵抗を感じるようになってしまって。こういう作品の方が、私は好きです。

 

2019年10月 8日 (火)

魔性の子

「魔性の子」 小野不由美   新潮文庫   ★★★★

教育実習生の広瀬は、教室で「異質」な生徒に目が留まる。高里というその生徒は、子供の頃神隠しにあい、それ以来「祟る」のだという。たしかに、高里の周りでは、不審な事故が多かった。広瀬は、高里に自分に似た何かを感じ、彼を守ろうとするが・・・。

 

「十二国記」新刊前にシリーズ再読作戦は終了・・・と思ってましたが、「黄昏の岸 暁の天」を読んだら、「魔性の子」も読まずにはいられませんでした。表裏の物語ですものね。

高里(泰麒)の抱える絶望的な孤独は耐えがたいものがあります。しかし、その高里に共鳴してしまう広瀬はほんとに救われないというか。

誰でも「ここではないどこか」に心ひかれることはあって。作中では、広瀬の恩師・後藤が、広瀬のそういう思いを木っ端微塵にしちゃいますが、ほんとにもう他人事とは思えず。ただ、高里はそれとは根本的に違うわけで。陽子(この話には出てきません)も高里も、本来いるべき場所ではないところで生きるはめになり、それゆえに苦難を経験するのです。それを思うと、「自分の居場所はほかにある」なんて甘っちょろい。そのへんの容赦なさに震えました。

しかし、これは「十二国記」エピソード0で、本編より先に刊行されたわけで。その時点で「十二国記」はしっかり構成されていたわけですねえ。すごいなあ。「黄昏の岸~」を読んだ直後なので、「これがあの時の!」「おお、廉麟登場!」とか盛り上がってました。

さあ、これで新刊はいつきてもオッケーです!

 

2019年10月 6日 (日)

黄昏の岸 暁の天

「黄昏の岸 暁の天」 小野不由美   新潮文庫   ★★★★

戴国の将軍・李斎は、景王・陽子のもとへ戴国の救済を求め、命がけでやってきた。泰王・泰麒とも行方不明で、国は沈もうとしているという。登極まもない陽子は、慶国の舵取りすらままならないが、胎果だという泰麒のことが気になり、できることはないかと延王らに相談する。他国へ軍を差し向けることは禁忌。では、せめて王と麒麟を探せないか。他国の麒麟たちに声をかけ、彼らは蓬莱へ泰麒を探しに向かうが・・・。

 

私にとって泰麒は、可愛い「ちび」のままなのですが、この物語のラストでは成長して帰ってくるんですね(覚えてなかった)。あの気性はそのままに成長した泰麒も愛しいですが、子供の泰麒にも会いたかったなあ。

今まで両輪のように「十二国記」を動かしてきた陽子と泰麒の物語が、ついに融合。それだけで読者としては「おお!」という感じですが、それにしても最初から最後まで胸がつまるようなしんどさです・・・。

改めて、この物語世界がどれだけ精密に構築されているかを思い知らされる巻でもあります。

ラストは泣きました・・・。泰麒ならばそうするのでしょう。それでも、どうして泰麒はこんなに茨の道を歩まねばならないのか、と。でも、泰麒だけではなく、誰もが自分の居る場所で、自分のやるべきことに向き合って生きていくしかないのでしょうねえ。

しかし、ここで終わって十年以上の空白。もう続きは読めないのかと思ってましたが、いよいよ新刊が出ますよー! 待っててよかったー!!

 

 

 

 

2019年10月 3日 (木)

落花

2952「「落花」 澤田瞳子   中央公論新社   ★★★★

仁和寺の梵唄僧・寛朝は、「至誠の声」を求めて、東国に下った。一度だけ聞いたことのある声の持ち主・豊原是緒が常陸国国分寺にいるらしいと聞いたからだ。宇多天皇を祖父に、式部卿敦実親王を父にもつ寛朝だったが、幼い頃から父に疎まれ、僧籍に入っていた。梵唄僧として名を成したが、一向に己を認めようとしない父を見返そうとする寛朝は、東国で平将門と対面する。

 

寛朝って実在した人だったよねえ・・・と調べてみたら、ほんとにいました。本当に、将門の乱のときに、東国に下向してました。それは知らなかった・・・。

育ちのいい、世間知らずの僧が、東国の荒くれ者と接するというのは、当時としては外国に行くようなもの。大いにカルチャーショックを感じたでしょう。しかも、二人の見えているものが全く違う。けれど、少なからず将門の人柄に惹かれた寛朝は、将門の不利を悟りながらも、その最期を見届ける道を選びます。

寛朝を取り巻く人々・・・将門や、彼と対立する平貞盛、藤原秀郷、楽の心得のある傀儡女のあこやと如意、寛朝が教えを乞おうとする豊原是緒、寛朝の従者・千歳などなど・・・彼らとの関わりを通して、寛朝は混乱の果てにある境地に至ります。父に対する反発・屈託で凝り固まっていた寛朝がたどり着いたのは・・・というのが読みどころ。ただ、将門の人柄がちょっと一面的だった印象も。

それにしても、千歳がなんとも救いのないところに追い込まれてしまって、これ、どうやって決着つけるの?と思ったら、そうきましたか。思わず「おお!」と声が出てしまいました。

 

 

 

 

2019年10月 1日 (火)

ボトルネック

2851「ボトルネック」 米澤穂信   新潮社   ★★★

東尋坊で亡き恋人を弔っていた嵯峨野リョウは、強い眩暈に襲われる。崖下に落ちたかと思ったが、リョウは金沢市内で意識を取り戻す。そうして帰った家には、存在しない「姉」がいた。どうやら、ここは、リョウが生まれてこなかった世界。そうして彼が直面したのは、すさまじい「if」の世界。

 

米澤さんの本で未読なのは2冊。この「ボトルネック」は、本プロ時代にどなたかが「かなりつらい」旨の感想を書いていらしたので、警戒してました。が、とうとう読んでしまいました。思ったほどつらくはなかったです(笑) が、米澤さんらしい容赦のなさで、十代の頃にこれを読んだら、しばらく立ち直れなかったかも・・・と思ったのも事実。

嵯峨野リョウの家庭は崩壊しています。両親はそれぞれ浮気をしていて、それが互いにバレて、修復不可能に。中学で知り合った諏訪ノゾミも家庭が崩壊していて、似た環境であることが二人を近づけるきっかけに。ところが、二年前にノゾミは東尋坊から落ちて亡くなり、傷心のリョウはようやく彼女の弔いにその地を訪れる。まさにその時、兄が死んだという連絡が入り、家に帰ろうとしたリョウは眩暈に襲われ・・・というのが冒頭部分。

奇妙なパラレルワールドに迷い込んでしまったリョウは、生まれてこなかったはずの姉・サキと遭遇。彼女は、リョウとは対照的にポジティヴで社交的な人間。サキの世界とリョウの世界はよく似ていて、不穏な要素はころがっているけれど、サキのおかげで崖っぷちで良い方向へ変わっている。では、リョウの周囲で頻発する不幸の原因は・・・?

これ、米澤さんが学生時代に書いた青春ものということですが、若者の感傷みたいなものを見事にぶった切っていく容赦のなさがすごいです。どこかで転換点がきて、いろんなものが良い方向に回りだすのでは・・・なんていう甘い期待も木っ端微塵。サキが明るく、パワフルであればあるほど、リョウの影が濃くなっていく感じは、なかなか怖いものがありました。

これで米澤作品は「折れた竜骨」を残すのみ。ファンタジーなあ・・・と敬遠してますが、いつか読めるかな。

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