「ま」行の作家

2018年10月30日 (火)

光の犬

2810「光の犬」 松家仁之   新潮社   ★★★★★

北海道東の町・枝留。そこで生きてきた添島家三代の人々と、常に共にあった北海道犬たち。百年にわたる彼らの人生を描く。

去年、ツイッターでかなり高評価で、気になっていた本。なぜか地元図書館に最近新刊で入ってました。

あらすじを読んで、年代記的なものかなあと予想していたのですが、見事に裏切られました。視点人物も、時間もころころ変わり、全てが断片的。なのに、徐々に時間の流れを実感できるという、不思議な文章でした。

第一世代は、信州追分出身で、産婆となり、北海道に住み着いたよね。薄荷工場の役員となった夫の眞蔵。その子どもたちが第二世代。一枝、恵美子、智世の姉妹と、長男の眞二郎。その妻・登茂子。さらに第三世代が、眞二郎夫婦の子どもの歩と始。

冒頭では50代になった始が、大学の職を辞め、妻と別居し、枝留に帰ることが語られます。そこから、添島家の人たちが生きてきた道のりが、脈絡もなく(と思えるような順番で)提示されていくのです。

特別な大きな出来事は起こりません。それなりに、誰もが経験するような波風は起こります。他人にとっては「よくあること」でも、家族ゆえに許しがたいと思うこと、どうしようもない理不尽なこと。それらは、添島家にも降り注ぎます。そうして行き着いた先は、これまたどうしようもない老いや介護の問題と、絶えていく家系の後始末。

子のない私には、一族の最終ランナーとなるであろう始が背負う荷物の重さは他人事とは思えず、ちょっとヤバイ本を選んでしまった・・・と青ざめたのですが(苦笑) 読んでいるうちに夢中になって、一日で読みきってしまいました。

血がつながっていることの意味とは何なのか。いずれ老い、死んでいくのであれば、生きている意味とは何なのか。次の世代に命をつなげない人生の意味とは何なのか。・・・一度ならず考えたことのあるこれらの疑問。決して自分が納得できる答えは出ないだろうと思われる疑問ですが、この本を読んで、ほんの少し救われた気がしました。

ずっと「光の犬」とはどういう意味なのだろうと思いながら読んでいましたが、最後の章で納得。人だから、いろいろ考えてしまうのですねえ。でも、本来は命そのものが祝福されてしかるべきなのでしょう。

めぐりあわせ、というのを最近感じることが多いです。父の病状が死に向かって大きく一歩を踏み出した頃に刊行されたこの本。父を見送った後に読むことになりました。たぶん、「今」だから、それぞれの登場人物の思いが身に沁みたのだと思います。

2018年8月30日 (木)

アメリカ最後の実験

2789「アメリカ最後の実験」 宮内悠介 新潮文庫 ★★★★

行方不明の父を探すため、アメリカの音楽学校を受験した脩。型破りな試験を通して知り合ったザカリーやマッシモと親しくなるが、試験会場で殺人事件が起こる。さらに、かつて父と暮らしていたという先住民の女・リューイと会い、ある楽器を託される。


帯のコピー「音楽バトル×ミステリー エンタメ×純文学 SF×青春」って、どれだけ盛ってるんだよ(笑)と思ったのですが。いや、失礼しました。その通りでした。

映画のワンシーンを見ているような導入から物語世界に引き込まれ、あとは一気に…。設定は明らかにフィクションなのだけれど、奇妙なリアリティがあって。「あとな野となれ大和撫子」もそんな感じでした。

何より、音楽。恩田陸「蜜蜂と遠雷」で、音楽を文字で表現するなんて!と驚愕したものですが、これまたすごい。どんな音なのか想像できないけれど、たしかに音楽がそこにあるのです。

音楽なしでは生きられない脩たちの姿を通して、人間にとって音楽とは何なのかを描く物語。何というか…宮内悠介が純文学界からも、エンタメ界からも、評価されてるのがわかる気がします。


2018年8月 4日 (土)

鬼の跫音

2780「鬼の跫音」 道尾秀介   角川書店   ★★★

祖母の椅子の壊れた脚には、奇妙な言葉が刻まれていた。刑務所で作られたというその椅子に、こっそりとメッセージを残したのは人物とは、何者なのか。何かに突き動かされるように調べ始めると、思いもかけない真実が・・・。

先日、BSの深読み読書会「悪魔の手毬唄」に出演されていた道尾さん。すごくクレバーな方だなあという印象でした。その後、宮部みゆき「怪談江戸散歩」で、道尾さんのこの本に収録されている「犭(ケモノ)」を、宮部さんが推していて。これは読まねばなるまい、と。

「鈴虫」「犭(ケモノ)」「よいぎつね」「箱詰めの文字」「冬の鬼」「悪意の顔」の6話。

いずれも後味の良くない、読んでいてざわっとするような物語。ジャンルとしてはホラーなのでしょうか。

心の闇なんて言葉がテンプレのように使われる昨今ですが、その言葉が薄っぺらく思えるような深い深い「闇」が描かれています。

やはり圧巻は「犭(ケモノ)」でしょうか。とっても不快な話ですが、最後まで徹底的に救いがない感じに打ちのめされました・・・。

2017年8月31日 (木)

最愛の子ども

2627「最愛の子ども」 松浦理英子   文藝春秋   ★★★★

「舞原日夏 パパ    今里真汐 ママ   薬井空穂 王子様」・・・私立玉藻学園高等部二年四組の「わたしたちのファミリー」は、この三人によって構成されている。わたしたちは、三人を愛で、妄想し、時間を共有していた。

今まで敬遠していた作家さんなのですが、ツイッターで書評家さんたちの評価が高いので、おそるおそる読んでみました。

共学だけど、男子と女子にクラスが分かれている学校の高等部。日夏・真汐・空穂の三人を、「ファミリー」として愛でる少女たちの物語。日夏たちのことが語られるのだけど、それは「わたしたち」の妄想も混じっていて、どこまでが事実なのかわからない。ときにエロティックで、ときにせつなくて・・・。

「わたしたちのファミリー」の三人は、本当の家族とは何かしら断絶があって、それは本当にやりきれないのだけど、だから三人が結びついているわけではなく。純粋に、好きだし、かわいいと思って一緒にいる。それを、「わたしたち」は幸せな気持ちで眺めている。

「少女」と呼ばれるぎりぎりの年代の彼女たちがつくった、最後の楽園。そんな感じでした。自分たちの弱さや限界を知っているからこそ、自分たちでシェルターを作り上げているような。

それでも、シェルターは永遠ではなく。やがて彼女たちはそこを出て行くのですが。「わたしたちのファミリー」の記憶は、彼女たちを温めてくれるものになるんだろうな、と。最後の一文を読んだ時に、そう思いました。

2017年7月10日 (月)

あとは野となれ大和撫子

2602「あとは野となれ大和撫子」 宮内悠介   角川書店   ★★★★

中央アジアの小国・アラルスタン。歴史も浅いこの国の大統領が暗殺された。国会議員たちは我先に逃亡。国を守るために立ち上がったのは、「後宮」の少女たち。果たして、彼女たちに国を守ることができるのか?

最近、注目されている宮内悠介。初めて読みました。いやあ、おもしろかった! 芥川賞にも直木賞にもノミネートされるなんて、どんな作風なんだろうと思いましたが、これは徹底的にエンターテイメントでした。

主人公は、両親を紛争で失い、「後宮」に拾われた日本人の少女・ナツキ。後宮といっても、愛妾をはべらす場ではなく、見込みのある若い人材を教育するところ。ナツキの先輩でリーダー格のアイシャと、同じく先輩のジャミラ。この3人が「政府」の核となって、国家の舵取りをしていくのです。

なりゆきで軍事担当にされてしまったナツキは、国軍のおじさんたちや反政府組織と、丁々発止のやりとりをする羽目に。さらに、近隣国が混乱に乗じてアラルスタンを手に入れようと画策し・・・。

国を守るというか、ナツキたちは「自分たちの居場所を守る」という感じ。後宮の少女たちの大半は、他国からさまざまな運命に翻弄されて、ここにたどりついた者。それぞれに自分のやれることをやろう!と、奮闘します。そして、やれるだけのことをやったら、ナツキいわく「あとは野となれ」。

非常にデリケートなロシア・中央アジア情勢を下敷きにしながら、こんなに楽しめる物語が書けるのか!と、正直驚きました。ナツキやアイシャ、ジャミラ・・・彼女たちは必死なんだけれど、素人ゆえにどこか抜けているところもあったりするのです(特に、ナツキ)。それでも、彼女たちの「生きること」への意志が、本当に美しい。そして、かっこいい。

これはもう、「読んで!」といろんな人にすすめたい気分。私が説明するより、読んでみればこのおもしろさがわかるから!と。

読み終えたとき感じた、静かな興奮と感動を、ぜひ多くの人に味わっていただきたいと思うのです。

2017年7月 3日 (月)

貴族探偵対女探偵

2599「貴族探偵対女探偵」 麻耶雄嵩   集英社文庫   ★★★★

新米の探偵・高徳愛香は、友人の待つ別荘で休暇を過ごそうとしていた。しかし、到着早々に殺人事件が。果たして愛香は事件を解決できるのか。捜査にあたる彼女の前に現れたのは・・・。

「貴族探偵」シリーズの第2作。題名の通り、自分では推理をしない貴族探偵と、若き女探偵・高徳愛香が対決します。

行く先々で鉢合わせしてしまう二人が巻き込まれる殺人事件。そして、愛香が披露した推理を、貴族探偵の使用人たちがひっくり返していく・・・というパターン。

探偵という仕事に誇りをもっている愛香が、ひたすらまっすぐに事件に挑むのに失敗してしまうというのが、なんとも・・・。そのパターンを積み重ねていって、最終話では思わぬ展開が待っています。

それにしても、これをどんなふうにドラマ化したんでしょうね。やっぱり見ればよかったかなあ。

2017年6月18日 (日)

スタフ

2592「スタフ」 道尾秀介   文藝春秋   ★★★★

別れた夫の発案だった移動デリで昼食を売る夏都は、ひょんなことから芸能界を揺るがすスキャンダルを知ってしまう。スキャンダルをもみ消そうとするアイドルに協力することにした夏都と甥の智弥、それに塾講師の菅沼は、事件の渦中に飛び込むが・・・。

初・道尾秀介です。前から興味はあったのですが、どこから読めばいいのかわからなくて、(苦笑) とりあえず、これはおもしろそうだなとチェックしていたので。

前半・中盤・後半と、物語の流れ方が違っていて、流れにのるまでちょっと苦労しました。夏都と智弥のやりとりにやっと慣れたら、カグヤたちが登場してジェットコースター的な展開になって、それが解決したと思ったらどんでん返し、みたいな。

夏都のキャラがなんとも痛くて・・・。私にもこういうとこあるなあと思いながら読んでました。

なんとなく、伊坂幸太郎作品に似た雰囲気だと感じたのは私だけでしょうか。

2017年6月 6日 (火)

バッタを倒しにアフリカへ

2589「バッタを倒しにアフリカへ」 前野ウルド浩太郎   光文社新書   ★★★★

アフリカでのバッタ被害を食い止めるために、バッタ博士はモーリタニアへ向かった。それは、「修羅への道」の始まりだった。バッタ博士による「科学冒険就職ノンフィクション」。

いやあ、本来なら手に取らないタイプの本です。昆虫、そんなに興味ないし(どちらかというと苦手)。科学系の話には頭がついていかないし。だいたい、表紙と題名のインパクトがすごすぎるし。

でも、「おもしろい!」と評判なので(なかには「泣ける!」という感想もちらほら・・・)、じゃあ読んでみようかと買ってきました。

いきなり「まえがき」から笑ってしまいました。バッタの研究しすぎて、バッタアレルギーになったバッタ博士って・・・。そして、夢が「バッタに食べられたい」って!

ポスドク(ポスト・ドクター)という不安定な立場で、単身モーリタニアに渡り、サバクトビバッタのフィールド研究をしようと決意した筆者。勝手がわからぬアフリカの地で、現地の研究所のババ所長や、ドライバーである相棒ティジャニたちに助けられながら、砂漠へと飛び込んでいく。

自然のままならなさ。現地の人たちとの交流。そして、何よりバッタとの邂逅。昆虫学者という専門家ながら、平易かつユーモラスな文章で語られるそれらに、すっかり魅了されました。(なぜ、そんな文章を書くようになったのかは、後半を読めばわかります)

そして、すさまじい就職活動。京都大学白眉プロジェクトの面接でのエピソードには笑ってしまったり、思わず涙したり。

とにかく、好きなことをひたすら突き詰めて、まっすぐに突っ走ってきたその生き方に、賞賛の拍手を送りたくなります。

ほんと、これ、いろんな人に読んでほしい! ただ、昆虫が苦手な人(特にバッタ)は、写真けっこうあるので、注意して下さいませ。

2017年5月12日 (金)

貴族探偵

2577「貴族探偵」 麻耶雄嵩   集英社文庫   ★★★★

事件の調査や推理は執事やメイドら使用人まかせ。いわく「雑事は使用人に」。事件あるところに現れる彼は「貴族探偵」。

ドラマは見てないのですが、原作を読んでいる方々に支持されているという珍しい現象に興味をもって、読んでみました。

何も知らずに読んだら、「何じゃこれ」と思ったかもしれません。が、「何もしない」探偵という設定を知っていたので、おもしろく読めました。

「ウィーンの森の物語」「トリッチ・トラッチ・ポルカ」「こうもり」「加速度円舞曲」「春の声」の5編。

いずれも、いかにも「推理小説」といった趣向で、ミステリ読みの楽しさを堪能させていただきました。何もしない探偵ってどうよと思っていたのですが、彼の存在感が物語世界を構築してますねえ。

もう一冊の「貴族探偵対女探偵」も買っておけばよかった~。

2017年1月26日 (木)

花闇

2529「花闇」 皆川博子   河出文庫   ★★★★

幕末の江戸で人気を博した三代目・澤村田之助。稀代の美貌の女形でありながら、病で四肢を切断。それでもなお舞台に立った田之助の生き様とは・・・。

田之助の存在を知ったのは、北森鴻「狂乱廿四考」を読んでからです。田之助ものなら、皆川博子の「花闇」が一番!と聞いていて、いつかは読みたいと思っていたのですが、今回、復刊されたということで、購入。

読んでいて、ずっと居心地が悪いというか、物語の世界にすっと入り込めないような違和感があって、これは何だろうと思っていたのですが。途中で気づきました。視点人物は、田之助の側近く仕える大部屋女形の三すじなのですが、彼が、田之助と距離をとっているのです。田之助の芸に心酔しているはずなのに、どこか冷めている。その距離感が、田之助という人物に没入させないのです。

子役時代からその才能を発揮し、やがて当たり役を得て立女形となった田之助。自らの才をたのむ彼は、高慢であり、純粋であり。時に権十郎(のちの九代目團十郎)といさかいをおこしたりもしながら、花形として江戸の舞台を牽引します。

そんな矢先に襲った病魔。そこからの田之助の生き様は凄まじいものがあります。同時に、幕末から明治へと時代が移り変わり、歌舞伎そのものが変質していくさまも描かれます。

そして、いつのまにか、自分が田之助に魅了されていたことに気づくラスト。田之助をさめて目で見ていたと思った三すじは、誰よりも田之助を愛していたことにも気づかされます。

田之助の人生を描きつつ、当時の芝居の有り様や、時代の流れも描いたこの作品。傑作と言われるのがわかります。読んでよかった。

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