「ま」行の作家

2021年3月14日 (日)

ヴェルサイユ宮の聖殺人

3136「ヴェルサイユ宮の聖殺人」 宮園ありあ   早川書房   ★★★★

アリー=アントワネットの元総女官長マリー=アメリーは、ヴェルサイユ宮殿の自室で他殺死体を発見する。被害者はパリ・オペラ座の演出家ブリュネル。その側で意識を失って倒れていたのは、戦場帰りの陸軍大尉ボーフランシュだった。犯人捜しに奔走することになったマリー=アメリーと、そのお守り役に指名されたボーフランシュ。フランス革命前夜のヴェルサイユで、彼らがたどりついた真犯人とは・・・。

 

第10回アガサ・クリステイー賞優秀賞受賞昨。

なんとなく面白そうだなあと手に取りました。登場人物が多くて、最初は混乱しましたが、頭の中の交通整理ができたら、一気におもしろくなりました。それぞれの人物も魅力的ですしね。

ダイイングメッセージをはじめ、いろんな謎がちりばめられていて、事件は二転三転。なかなかの力作です。けっこう入り組んだ事件だし、登場人物も多いのですが、謎解き自体はわかりやすく、すっきりまとめられているのはお見事でした。ただ、その分、ちょっと平板になったのかなあと思わなくもないです。

巻末の参考文献リストを見て驚きました。すごい。そして、作者が同世代の方と知って、さらに驚きました。

そして、史実を調べてみて、マリー=アメリーのモデルとなったと思しき人物の「その後」を知って、打ちのめされています・・・。

 

2020年10月30日 (金)

52ヘルツのクジラたち

3099「52ヘルツのクジラたち」  町田そのこ      中央公論新社      ★★★★

大分の海辺の小さな町に越してきた貴瑚。誰も知っている人のいない場所で静かに生きていくつもりだったが、意外な出会いが…。


寺地はるなさんと並んで「気になる作家さん」だった町田そのこさん。ようやく読めました。噂に違わぬおもしろさ。いや、おもしろいというのはしっくりこない。ものすごく響きました。

貴瑚が置かれた状況はあまりにヘヴィで、正直、消化しきれないものがありました。そんな彼女が、本当に生きようという意志をもつきっかけは、虐待されている子どもとの出会い。人は自分のためだけには生きられない。互いを守ろうとすることが、彼女たちの生きる意志を取り戻す。その過程に説得力がありました。

「52ヘルツの周波数のクジラの声」というモチーフに、涙が出そうになりました。自分の声を聞いてほしい。わかってほしい。誰もが抱える思いです。それは、過酷な環境に置かれ、絶望している貴瑚や愛たちならば、もっと切実で。誰にも届かないと思いつつ、鳴かずにはいられない切なさを、受け止めることがどれだけ大事か…。

貴瑚は生きる意志を取り戻したけれど、周りの人たちがそれぞれに手を差しのべていたことも、心に沁みました。

2020年10月21日 (水)

ケーキの切れない非行少年たち

3096「ケーキの切れない非行少年たち」  宮口幸治      新潮新書      ★★★★

少年院に法務技官として勤務した精神科医が、その経験から考えた「非行少年」をつくらない方法。


ずっと気になっていた本。やっと読めました。

なかなか衝撃的な内容です。とりあえず、20ページの図だけでも見ていただきたい。非行少年とカテゴライズされた彼らには、世界はこう見えているのだと思うと、がく然とします。

衝撃的と書きましたが、実は意外だとは思いませんでした。教育の現場にいた者としては、いちいち腑に落ちることばかり。でも、どうしていいかわからなかったことへの、一つの手立てが示されている本でもあります。

大事なのは、多くの人が「現状はこうである」と認識すること。その上でどうやってより良い社会を構成していくか、考えていくことです。そのために、学校教育で何をすべきか、具体化していくこと。

今年ハマったドラマ「MIU404」で、少年犯罪を扱った回。一番印象に残ったのは、「社会の治安」という言葉でした。若い世代の教育の機会を確保し、誤った道から救う。これからの社会の治安は、彼らにかかっているのだ、と。読みながら、それを何度も思い出しました。

また、「非行少年」となった彼らの多くはイジメの「被害者」だったというのも、重く響きました。

実情を知るために、もっともっと読まれてほしい本です。

2020年9月 4日 (金)

後醍醐天皇

3084「後醍醐天皇」  森茂暁      中公新書      ★★★

副題「南北朝動乱を彩った覇王」

大河ドラマ「太平記」再放送にハマってます。しかし、この時代(鎌倉末期~室町初期)は、全然わからない。今まであまり興味もなく、スルーしてきた時代なのです。

というわけで、ドラマを見つつ勉強中です。とりあえずこの本…と思ったら、1ヶ月くらいかかりました。基礎知識が足りないので、何度もページを戻って確認しながらだったので。

後醍醐天皇が帝位につく前後の環境、倒幕思想が確立する過程、建武政権の特質、「怨霊」となった後醍醐など。なかなか濃い内容でした。

建武の新政は失敗というイメージしかなかったのですが、意外とその後の国政の仕組みのもとになったというのが興味深かったです。

次は「北朝の天皇」を読みます。

2020年8月28日 (金)

空は逃げない

3083「空は逃げない」  まはら三桃      小学館      ★★★

大学の陸上部で棒高跳びをやっているA太郎とB太郎。彼らの姿をスケッチしている芸術学部の絵怜奈。3人の時間は交差したかと思うと、それぞれを思わぬ道に誘い…。


まはら三桃さんは、「たまごを持つように」「鉄のしぶきがはねる」以来。久しぶりに読みました。

今回の題材は棒高跳び。もう全然わからない世界でしたが、私みたいな門外漢にもイメージしやすいように描写されていました。真逆のタイプのA太郎とB太郎(なぜこんな名前なのかは、ネタバレになるので…)。簡単に言ってしまえば、才能とは何かってことになるのでしょうけれど。遺伝子レベルでの適性とか、能力とか、そんなもんで測れるほど、ニンゲンは単純にできてませんよ、と。

この2人に関わってくる絵怜奈が、なかなかユニークで、ちょっと最後までつかみきれませんでした。彼女が抱えている重いものが、私にも消化できなかった感じ。

「空は逃げない」という題名が、読み終えたあとにじんわり効きました。

表紙の写真がすごく好きで手に撮ったら、濱田英明さんでした。あ~、やっぱり濱田さんの写真、好きだなあ。

2019年11月25日 (月)

遠い他国でひょんと死ぬるや

2973「遠い他国でひょんと死ぬるや」 宮内悠介   祥伝社   ★★★★

テレビディレクターの須藤は、職をなげうってフィリピンを訪れる。以前から心惹かれていた詩人・竹内浩三の最期の地で、彼が書いていたであろう三冊目のノートを探すために。しかし、なぜか西洋人の男女に襲撃され、そこを山岳民族の娘・ナイマに救われる。日本人に対して複雑な感情を抱くナイマと共に、ミダナオ島に赴くことになった須藤は、そこで思わぬ事態に直面する。

 

   戦死やあわれ
   兵隊の死ぬるやあわれ
   遠い他国で ひょんと死ぬるや

私がおぼえているのはここだけで、誰の何という詩なのかも覚えていませんでした。竹内浩三。フィリピンで戦死した(らしい)彼の足跡を追って、フィリピンに渡った男・須藤がこの物語の主人公です。

「ひょん」という表現のもつ独特な感じが実に印象的で。軽妙ですらあるこの言葉で形容される「戦死」の、無機質的な無意味さが、じんわりと胸に残るのです。そうして、自分自身も「ひょんと」死んだであろう竹内浩三が残したかもしれないノート。不本意な番組作りしかできないディレクターの須藤は、自分の中の空虚な部分を埋めるかのように、仕事を辞め、単身フィリピンへ。

しかし、思わぬ展開で竹内浩三の世界からは離れ、現代のフィリピンが抱える矛盾の只中へ。まるでハリウッド映画のような展開を見せるのですが・・・。

須藤の抱えている「空虚」は、たぶん、ある世代以上の日本人には身に覚えのある感覚なのではないかと。ただ、そこを見つめ続けるのではなく、日常のあれこれに忙殺されて、忘れてしまっているだけで。須藤みたいなタイプは、社会では間違いなく浮くでしょう。しかし、それを恐れて私たちが目を背けているものは何なのか。目を背けていることで、私たちは何かを失っていくのかもしれません。

それにしても。これを読んで、宮内さん攻めてるなー・・・なんて思うことじたいが、もはや今の日本の「表現」の世界が窮屈になってしまっている証拠ですね。

2019年7月 1日 (月)

うたうとは小さないのちひろいあげ

2919「うたうとは小さないのちひろいあげ」 村上しいこ   講談社   ★★★★

 

高校生になった桃子は、なくした定期を2年生の清ら(せいら)に拾ってもらった。その代わりに、「うた部」に連れて行かれてしまう。高校では友達をつくらないと決めている桃子だったが、先輩たちが詠む短歌になんとなく心ひかれ・・・。

 

ずっと以前にお友達のブログでこの本の存在を知りました。この題名に揺さぶられ、読みたいと思ったまま、忘れてました(苦笑) 地元図書館にはなかったので。そしたら、県立図書館の巡回本に入っていました。

友達をつくらないと決めている桃子。それは、中学からの親友の綾美が、不登校になってしまっているから。それには、桃子も深く関わっているから。どんどん引きこもっていく綾美。綾美のもとを訪れても、傷つけるのが怖くてどうにもできない桃子。そんな桃子を無理やり違う世界に引きずりこんでくれたのが、二年生の清ら。

簡単に言ってしまえば、「歌を詠む」ことで、彼女たちは救われていきます。そんなことで?と言うなかれ。他人から見たらたったそれだけ?と思うことでも、何がその人の助けになるかはわからないのですから。私も引きこもり体質なので、綾美が自分を守るためにかえってボロボロになっていく過程や、一歩を踏み出すきっかけが見いだせなくて荒れる気持ちはわかります。また、それに引きずられる桃子の気持ちも。実際、不登校の子と関わったあれこれを思い出して、本当にしんどかったです。当事者は、皆つらいんです。

歌を詠むというのは、自分の思いを言葉に変換すること。それは、意外と苦しいし、しんどいものです。しかも、他者に伝わらなければ意味がない。どんな表現を選べば、相手に響くものになるのか。それを考えることが、桃子と綾美にとっては、とてもとても大事な過程だったのでしょう。

「うたうとは小さないのちひろいあげ」・・・これは、連歌の上の句。詠んだのは桃子。では、これにどんな下の句がつけられたのか・・・。私は、上の句と下の句がそろったときに、涙が出ました。

2019年6月26日 (水)

ギケイキ 千年の流転

2917「ギケイキ 千年の流転」 町田康   河出文庫   ★★★★

 

鞍馬での幼少期。奥州平泉への旅。最強の家臣弁慶との出会い。千年の時を超え、源義経が自らの流浪と激動の人生を語る。

 

おもしろいと聞いてはいましたが、予想以上におもしろかったです。というか、とんでもなかった(笑) これ、若い頃だったら読めなかったかも。ふざけんなとか思っていたかもしれません。昔はものすごくマジメだったので(苦笑) でも、今はこういうのがおもしろくてしょうがない。冒頭がいきなり「ハルク判官」ですよ。くだらないんですけど(笑) まあ、こういうのを楽しんで読めるようになって、よかったなあとしみじみ思うわけです。

ということで、「義経記」のスーパー現代語訳みたいな小説ですが、感じたのは文章が音楽だなあということ。ロックですね。それから、単に現代語で語るだけでなく、物事を実に的確に変換していて、当時のその行動がどんな意味をもっていたのか、どういう価値観のもとに起こったのかが、よくわかるのです。

古典とか時代物とかを読むときに、生活習慣とか服装とか言葉遣いとかの違いに気をとられがちですが、一番大きいのは価値観の違いだと思っていて。現代の価値観で当時の人を諮ろうとすると間違うのですよね。町田さんはそこにすごく敏感で、読者にその部分をどう伝えるか、すごく考え抜かれている気がします。

いや、とにかくおもしろいので、続きも読みます。

 

2018年10月30日 (火)

光の犬

2810「光の犬」 松家仁之   新潮社   ★★★★★

北海道東の町・枝留。そこで生きてきた添島家三代の人々と、常に共にあった北海道犬たち。百年にわたる彼らの人生を描く。

去年、ツイッターでかなり高評価で、気になっていた本。なぜか地元図書館に最近新刊で入ってました。

あらすじを読んで、年代記的なものかなあと予想していたのですが、見事に裏切られました。視点人物も、時間もころころ変わり、全てが断片的。なのに、徐々に時間の流れを実感できるという、不思議な文章でした。

第一世代は、信州追分出身で、産婆となり、北海道に住み着いたよね。薄荷工場の役員となった夫の眞蔵。その子どもたちが第二世代。一枝、恵美子、智世の姉妹と、長男の眞二郎。その妻・登茂子。さらに第三世代が、眞二郎夫婦の子どもの歩と始。

冒頭では50代になった始が、大学の職を辞め、妻と別居し、枝留に帰ることが語られます。そこから、添島家の人たちが生きてきた道のりが、脈絡もなく(と思えるような順番で)提示されていくのです。

特別な大きな出来事は起こりません。それなりに、誰もが経験するような波風は起こります。他人にとっては「よくあること」でも、家族ゆえに許しがたいと思うこと、どうしようもない理不尽なこと。それらは、添島家にも降り注ぎます。そうして行き着いた先は、これまたどうしようもない老いや介護の問題と、絶えていく家系の後始末。

子のない私には、一族の最終ランナーとなるであろう始が背負う荷物の重さは他人事とは思えず、ちょっとヤバイ本を選んでしまった・・・と青ざめたのですが(苦笑) 読んでいるうちに夢中になって、一日で読みきってしまいました。

血がつながっていることの意味とは何なのか。いずれ老い、死んでいくのであれば、生きている意味とは何なのか。次の世代に命をつなげない人生の意味とは何なのか。・・・一度ならず考えたことのあるこれらの疑問。決して自分が納得できる答えは出ないだろうと思われる疑問ですが、この本を読んで、ほんの少し救われた気がしました。

ずっと「光の犬」とはどういう意味なのだろうと思いながら読んでいましたが、最後の章で納得。人だから、いろいろ考えてしまうのですねえ。でも、本来は命そのものが祝福されてしかるべきなのでしょう。

めぐりあわせ、というのを最近感じることが多いです。父の病状が死に向かって大きく一歩を踏み出した頃に刊行されたこの本。父を見送った後に読むことになりました。たぶん、「今」だから、それぞれの登場人物の思いが身に沁みたのだと思います。

2018年8月30日 (木)

アメリカ最後の実験

2789「アメリカ最後の実験」 宮内悠介 新潮文庫 ★★★★

行方不明の父を探すため、アメリカの音楽学校を受験した脩。型破りな試験を通して知り合ったザカリーやマッシモと親しくなるが、試験会場で殺人事件が起こる。さらに、かつて父と暮らしていたという先住民の女・リューイと会い、ある楽器を託される。


帯のコピー「音楽バトル×ミステリー エンタメ×純文学 SF×青春」って、どれだけ盛ってるんだよ(笑)と思ったのですが。いや、失礼しました。その通りでした。

映画のワンシーンを見ているような導入から物語世界に引き込まれ、あとは一気に…。設定は明らかにフィクションなのだけれど、奇妙なリアリティがあって。「あとな野となれ大和撫子」もそんな感じでした。

何より、音楽。恩田陸「蜜蜂と遠雷」で、音楽を文字で表現するなんて!と驚愕したものですが、これまたすごい。どんな音なのか想像できないけれど、たしかに音楽がそこにあるのです。

音楽なしでは生きられない脩たちの姿を通して、人間にとって音楽とは何なのかを描く物語。何というか…宮内悠介が純文学界からも、エンタメ界からも、評価されてるのがわかる気がします。


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