「さ」行の作家

2017年4月21日 (金)

罪の声

2565「罪の声」 塩田武士   講談社   ★★★★

父の遺品らしき古いカセットテープから流れてきたのは、幼い日の自分の声だった。それは、昭和史に残る「ギン萬事件」の犯人が使用したもの・・・。自分と家族は、あの事件の加害者だったのか? 京都でテーラーを営む曽根俊也は、ありえない現実に驚愕する。

昨年の夏、「文庫X」を仕掛けた盛岡さわや書店さんが、次に読むならこれ!とお勧めしていたので、気になっていました。フィクションですが、あの「グリコ・森永事件」を題材にした社会派ミステリ。極力、実際にあった事件の状況に沿って構成されていて、フィクションとわかっていても、これが真実なのではないかというすさまじい臨場感と迫力で読ませます。

物語は、自分の声が犯罪に利用されたことを知った曽根俊也のサイドと、文化部記者ながら「ギン萬事件」の再検証記事の取材に駆り出された阿久津英士のサイドから語られていきます。

全く別の動機から始まった二人の「過去」の追及は、やがて交差し、影響を与え合い、「現実」から「未来」へと視点を変えていく。この流れが実に見事で、実際の「グリコ・森永事件」も、確実に子どもを巻き込み、その人生に影を落としたのだろうと納得できます。

犯罪をおかして幸せになる人はいないし、犯罪者が裁かれないことはさらなる不幸を生むのだということをあらためて考えさせられました。

本屋大賞の候補にもなったようなので、これを契機にさらに多くの人に読まれることを期待する一冊です。

2017年2月12日 (日)

文庫解説ワンダーランド

2535「文庫解説ワンダーランド」 斎藤美奈子   岩波新書   ★★★★

文庫についている「解説」とは、いったい何? 並み居る名作やベストセラーは、どう「解説」されてきたのか。読者を発見と混乱に導く文庫解説とは。

文庫解説の解説? そりゃおもしろそうだ。しかも、斎藤美奈子さんだし。

と手に取ったら、見事に当たりでした。いや、おもしろかった。

たとえば、夏目漱石「坊っちゃん」、川端康成「伊豆の踊子」、太宰治「走れメロス」など。これら名作と称される作品たちは、どんなふうに「解説」されてきたのか。いろんな文庫で出ているので、これらを比較することで見えてくるものとは・・・。

また、チャンドラー「ロング・グッドバイ」とフィッツジェラルド「グレート・ギャツビー」の共通点とは? 「武士道」をどう読むか? 松本清張作品への超辛口解説とは? 小林秀雄作品への解説はこれまた難解? などなど。(これらは、ほんの一部です)

文庫を読むと、解説も一応読むんですが、けっこう「なんだこりゃ」なことがありまして。はっきり言えば、「一冊で二度おいしい」という経験の方が少ない気がしてたんですが、どこがおかしかったのか、これを読んでよくわかりました。そうか、そもそも「解説」になってなかったんだ。

ただ、たまに解説がすごくよく書かれていて、その後感想を書こうとしても、すべて解説の引き写しになりそうで参ってしまうこともあります(杉江松恋さんの恩田陸「夏の名残りの薔薇」解説がそうでした)。でも、それでこそ、「解説」なんですよねえ。

これからは、文庫の解説を読む視点もちょっと変わりそうです。

2017年1月20日 (金)

文・堺雅人

2527「文・堺雅人」 堺雅人   文春文庫   ★★★★

堺さんって賢い人だなあ・・・というのが、読後の感想。

お勉強ができるとかいうことではなくて。自分が向き合っているもの、興味関心のあるものについて、きちんと言葉で表現しようとする、その粘り強さ。そして、過不足のない表現。押し付けがましくないけれど、揺るぎない自分がそこにある。

そんな感じでした。

以前、「真田丸」撮了後にテレビに出たとき、どんな質問にも誠実かつ的確に答えるクレバーさに目を見張ったのですが、ああいう人が文章を書くと、こうなるのか・・・と。非常におもしろかったです。

その時々に出演していた舞台や映画、テレビの話もあり、「このときは、こんなことを考えていたのね」(個人的には、「篤姫」の家定役のところが興味深かったです。あの大河も、完走しました・・・)というのが、ファンにはたまらんですね。

そして、先日読んだ大泉洋さんのエッセイとの雰囲気の違い!(笑) 大泉洋ってやっぱりエンターテイナーなんですね。なにかおもしろいことを書こうと一生懸命になってる。堺さんは、あえてそういうことをしない感じ。真逆な二人のを読み比べて、楽しみました。

ぜひとも、「真田丸」撮影中のことも、書いてほしいですね。そのとき考えていたこととか、知りたいです。

一つ、悲鳴をあげそうになったのは、台本を全部捨てちゃうということ。まさか、「真田丸」も捨てちゃったんでしょうか? それだけは、残しておいて・・・。

2016年12月 9日 (金)

殺人犯はそこにいる

2505「殺人犯はそこにいる」 清水潔   新潮文庫   ★★★★

副題「隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件」。

新潮ドキュメント賞、日本推理作家協会賞受賞作。

そして、「文庫X」の正体。

読んだのは夏だったのですが、「文庫X」の性質上、感想をUPするのは控えていました。(ちなみに、「文庫X」とは、盛岡のさわや書店さんが始めた試みで、書名・著者名をあえて隠して、書店員さんの推薦文のみで売るという企画。12月9日に「文庫X開き」が行われました)

さて、ジャーナリストの著者が、副題となっている「事件」を追ったノンフィクションなのですが、これが事実なのか?という展開を見せます。まず、この「事件」そのものが認識されていないという事実。冤罪。放置された真犯人。そして、司法の闇。調べれば調べるほど混沌としていく状況に、唖然としてしまいました。

それでも、真実の追求を投げ出さない著者の姿勢に、こちらも引っ張られるようにして読み続けました。そして、最後まで読んで、呆然。結局、この事件は何も解決していないのです。

「ごめんなさいが言えなくてどうするの」・・・検察に向けられた被害者遺族のこの言葉が、今も忘れられません。

この本を、より多くの人に読んでほしい、ここに書かれた「事実」を知ってほしいという、さわや書店の長江さんの切迫した思いは、わかる気がします。タイトルを隠して売るという暴挙に出たのも、決して売り上げを伸ばすための姑息な手段などではなく、とにかくこの本を読んでほしいという切なる願いが発端だったのでしょう。

でも、長江さんたちがおっしゃるとおり、スタートはここから、です。この本を読んで、我々はどうするべきか。何ができるのか。この社会をどういう目で見て、どのように変えていけるのか。試されるのは、私たち読者ではないでしょうか。

2016年11月 2日 (水)

夢も定かに

2484「夢も定かに」 澤田瞳子   中公文庫   ★★★★

聖武天皇の御世。後宮で働くことになり、阿波の国から出てきた若子。寮で同室になった笠女は仕事のできるバリバリで、もう一人の春世は男を手玉に取る魔性の女。これといったとりえのない若子はとまどいつつ、日々の仕事に向かうが・・・。

平城京を舞台にした青春小説という、珍しいもの。奈良に心を奪われて数年、こんなの見たら読みたくなっちゃうに決まってるじゃないですか。表紙はかわいいのですが、中身はけっこうシビアでした・・・。

本来なら妹が出仕するはずだったのに、事情があって急に後宮入りした若子。必要な教養は身についてないわ、地方出身の采女と畿内出身の氏女の対立はあるわ、大変な日々。同僚の笠女は、仕事で身を立てる決意をしている有能な采女。春世は殿方にもてるだけでなく、藤原四兄弟の麻呂とのあいだには子まで生しているという・・・。

三者三様の彼女たちですが、それぞれに挫折を味わったりしつつ、自分なりに生きる場所を得ようと必死にあがきます。そのあがき方が、現代でも「あるある」な感じで、共感できるのです。

後宮では、安宿媛と広刀自が対立。ということは、政治の世界では、藤原四兄弟と長屋王が対立しているわけで、この政争の世界に、若子たちも巻き込まれていきます。それぞれ思いがけない展開を見せるのですが・・・。采女という、いわば「その他大勢」な立場の若子たちが、自分たちなりに必死に生きる姿に、思わず応援したくなります。

解説を読んで驚いたのは、この三人には、モデルになった采女がいたということ。歴史の流れにうずもれていた女子たちを見つけ、こんなドラマを描いてみせる作者の手腕に脱帽です。

2016年3月20日 (日)

信長の肖像

2419「信長の肖像」 志野靖史   朝日新聞出版   ★★★★

加賀出身の絵師・狩野小次郎は、京へ出て、狩野永徳のもとで扇絵を描いていた。しかし、本来描きたい絵は、雪舟流の人物画であった。時の権力に接近する狩野派は、織田信長から絵の注文を受ける。その際、信長に見出された小次郎は、歴史に名を残す人物の肖像を描くことになるのだった。

第7回朝日時代小説大賞受賞作。

武田信玄、羽柴秀吉、浅井長政、お市御寮人、前田利家、前田利長の妻・お永(信長の娘)、そして織田信長。この物語の主人公・小次郎が描いた人物です。なるほど、その人物のありようをそのまま描き出そうとすることは、内面までも映し出すことになるのですね。

それぞれに、注文主の思惑があり、描かれる人物の心があり、それを一本の筆でとらえる絵師というのは、なんという技量の持ち主なのでしょう。

小次郎の目を通して描かれる人々は、歴史上の偉人などではなく、人の心をもった、生きた人間なのです。そう、信長でさえ。

彼らの生き様と同時に、小次郎と、ライバルともいえる狩野永徳の絵師としてのプライドのぶつかりあい、さらに小次郎の出生の秘密など、盛りだくさんの内容がすっきりとまとまって、飽きることなく読まされました。

先日読んだ「天下人の茶」もおもしろかったのですが、こちらも負けていません。特に、信長びいきの方にはおすすめの一冊です。

2016年1月 8日 (金)

ぼぎわんが、来る

2398「ぼぎわんが、来る」   澤村伊智         KADOKAWA        ★★★★

新婚の田原秀樹のもとにやってきた不審な来訪者。その日から、秀樹の周りでは不穏な出来事が相次ぐ。来訪者は、亡き祖父が恐れていた「ぼぎわん」なのか。秀樹は、比嘉真琴という霊能者に出会うが、それは、彼女も驚くほどの凶悪なものだとわかり…。

第22回日本ホラー小説大賞受賞作。

怪談というのは、難しいものだ…と改めて感じました。短編ならば読者(あるいは聞き手)の興味をひきつける発想と語り口の上手さでもっていけるけど、長編となると、それだけではもたない。物語を紡ぐ力が必要です。

この小説には、それがありました。

章ごとに視点人物を変えたりという工夫はもちろんですが、読者の読みのさらに上をいくようなストーリー展開に、飽きることなく一気読みしました。

審査員の貴志祐介は、「ゴシックホラーになりそうなネタを、見事なモダンホラーに仕上げている」「天性のストーリーテラー」と評しています。まさに。

怪談に興味のある方には、ちょっとオススメしたい一冊です。

2015年9月15日 (火)

若冲

2355「若冲」 澤田瞳子   文藝春秋   ★★★★

伊藤若冲はなぜあんな奇矯な絵を描いたのか。そこには、誰も知らない魂の懊悩があった。池大雅、円山応挙、与謝蕪村、谷文晁、市川君圭・・・画人たちとのかかわりの中で、若冲が見出したおのれの絵とは。

直木賞候補作。これが受賞できなかったというのが信じられない。それくらい、力のある物語でした。

若冲は、もともと京都の青物市場の老舗の跡取り。しかし、妻を亡くして以来、店にも出ず、絵を描いてばかり。とうとう、店を異母妹の志乃と亡妻の弟・弁蔵に店を譲ると言い出し、姉の死を恨みに思っていた弁蔵を激昂させてしまう・・・。それが、物語の発端です。

読みながら、どこまでが本当?と思っていました。実際、作者のインタビューによると、そう聞かれることが多いそうです。フィクションなのだけれど、実在の人物たちがからんできて、若冲の心の変遷にものすごい説得力があるのです。

もうずいぶん前、若冲の画集を見たとき、あまりピンとこなかったのです。というか、はっきり言って、なんだか怖かった。だから、近年、若冲が再評価されたとき、どうしてみんなこの絵がそんなに好きになれるんだろうと思ったものです。でも、若冲の絵に感じた不穏さや陰影が、こんなふうに解釈されると、それはそれで納得なのでした。

絵師の物語であり、同時に、私たちとなんら変わらない弱い人間の物語であり。だからこそ、若冲の苦悩に少なからず共感する部分があるのでしょう。

あらためて、若冲の絵を見てみたいと思いました。

2015年7月28日 (火)

凍花

2332「凍花」 斉木香津   双葉社   ★★★

仲の良い三姉妹のはずだった。長女・百合が、次女・梨花をアイロンで殴り殺すまでは。末っ子の柚香は、百合のことを理解しようと考える。そんな柚香が見つけた百合の日記。そこに書いてあったのは・・・。

題名は「いてばな」と読みます。この作者の「五十坂家の百年」を読んで、なんだか気になったので、図書館で借りてきました。

美人でしっかり者、完璧な長女・百合。妹たちは彼女に甘え、頼り、それでうまくいっていたのですが・・・。姉が妹を殺すという事件のあと、唯一残された柚香は、百合の気持ちをなんとか理解しようとします。百合を知っている人たちから情報をもらったりしますが、そこには柚香が納得できないような百合の姿が。

ここまで書く百合もすごいと思いましたが、柚香にもけっこうイライラさせられました。メールで寄せられた情報が、自分の知っている姉とは違うと思うと、すぐ「信ぴょう性が」とか言い始めるし。彼氏との関わり方とか、なんかめんどくさいなーと思わされるものが。

一応、物語としては救いのあるような着地をしているのですが、「日記」の放つ毒がすごくて、なんとなく後味が悪いのでした(苦笑) 作者本人は「イヤミス」を書いたつもりはないようですが、うーん。

そして、決定的なのは、百合の日記。これが読んでいて、半端なく気持ち悪いのです。柚香が途中で読めなくなったのも当然だと思うくらい。むしろ、ほかの人がよくこれを受容できたなあ、と。

2015年7月18日 (土)

滔々と紅

2326「滔々と紅」 志坂圭   ディスカヴァー・トゥエンティワン   ★★★

江戸末期。飢饉の村から吉原へ売られた少女・駒乃。苦界に生きる女たちを見ながら、駒乃は出世をし、花魁となっていく。そんな彼女を待つ運命とは。

真っ赤な表紙で、書店にあったときから気になっていました。エンタメ小説新人賞である「本のサナギ」賞、第1回大賞作品だそうです。

主人公の駒乃(しのほ、明春、艶粧(たおやぎ)と名を変えていきます)が、吉原で生き抜いていく物語なのですが、ほかの女郎たちのエピソードも満載で、吉原に生きる人々の群像劇のようにもなっています。

読んでいるうちに引き込まれていくような、物語のもつ磁力はすごいものがありました。

ただ、個々のエピソードが細切れになっていて、長編小説というよりは、漫画を読んでいるような気分になったのも事実(まあ、それはそれでおもしろかったのですが)。

たくましい駒乃の生き方が印象的でしたが、終章のあたりはちょっと話ができすぎかなという気もしました。

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