「あ」行の作家

2020年8月10日 (月)

じんかん

3075「じんかん」  今村翔吾      講談社      ★★★★

戦国の梟雄・松永久秀。三好家に仕え、のちに織田信長の配下となった久秀は、どのような人物だったのか。


前半生が謎に包まれている松永久秀。「御家乗っ取り・将軍殺し・大仏焼き討ち」という三悪を為したと言われ、最期は信長に逆らい、大名物の茶釜・平蜘蛛を我が身にくくりつけて爆死。私が大雑把に把握しているのはそれくらいです。

久秀の少年時代、生きる道しるべとなる多聞丸との出会いから始まり、三好元長との出会いとその夢を託されるまで。さらに、元長の長子・長慶の重臣時代、三好三人衆との確執。信長の配下となり、信長に叛き…と、久秀の一生を通して、彼は何を思い、何を目指していたのかを描いた物語。

悲惨な生い立ちゆえに神仏を信じない九兵衛(久秀)。しかし、さまざまな人々との出会いを通して、九兵衛は世のあるべき姿を見出だし、抗い続けるのです。

今、こんな世の中だからこそ余計に、刺さる言葉がたくさんありました。久秀は志半ばで倒れたけれど、それはまた次の誰かにリレーされていく。そうして受け継がれてきた人の世を、私たちはどうするのでしょう。

2020年7月24日 (金)

ボニン浄土

3069「ボニン浄土」  宇佐美まこと      小学館      ★★★★

1840年。陸奥国を出航した五百石船は嵐に遭い、七人の船員たちはある島へ流れ着く。彼らを助けた島の住人は、青い瞳をしていた。島の名は、「ボニン」。


知らなかった…。

読みながら何度も何度も呟いていました。

「ボニン」とは、現在の小笠原諸島。世界遺産。人気の観光地。ずいぶん前ですが、教え子が小笠原諸島に行くプロジェクトに参加しました。帰ってから、小笠原の海の美しさや、地元とは全く違う気候や自然について、目をキラキラさせて語っていたのを覚えています。

だけど、小笠原の歴史について、私は本当にザックリとしか知らなかった…。

江戸時代の終盤、嵐にあって「ボニン」に漂着した吉之助の物語。それから180年後、自らのルーツが小笠原にあると知り、初めてその地を踏む恒一郎。そして、チェロの音が聞こえなくなってしまった賢人もまた、父に誘われ、小笠原へ。

江戸時代の漁師、現代の中年男と、若きチェリストの少年。全く接点のない三人の物語が、小笠原という地で交差し、その歴史と国や戦争に翻弄された人々の生きざまを浮かび上がらせます。

楽園なんて存在しない。楽園と思えるのは、そこに暮らす人たちが、そういう生き方をしているからなのでしょう。

故郷も知らず、両親のことも知らず、祖父母に育てられた恒一郎が、五十を過ぎて初めて訪れた小笠原で、大叔母・テルに再会した場面が忘れられません。赤ん坊の頃に小笠原を離れた恒一郎はテルを知らず、テルは認知症で恒一郎を認識してるか定かではないのですが。年老いたテルが、赤ん坊をあやす言葉を口にしながら恒一郎の頭をなでる。この場面が、一番好きでした。

2020年7月13日 (月)

花嫁のさけび

3064「花嫁のさけび」  泡坂妻夫      河出文庫      ★★★★

映画界のスター・北岡早馬と結婚した伊津子は、世界が一変する。早馬に愛され、豪邸の女主人となり、幸せの絶頂の伊津子だが、前妻・貴緒の影が至るところに現れ…。


泡坂妻夫を読んでいた時期もあったのですが、これは未読でした。予想以上にすごかった…。

何を書いてもネタバレになりそうです。それだけ用意周到に張り巡らされた伏線と、巧みに構成された物語世界。なぜこうなる(あるいは、ならない)?と首を傾げた点も、最後まで読むと「おお!」と納得。無駄は何一つないのでした。

ミステリとしての完成度の高さ。古さを感じさせない物語の展開。読みごたえありました。傑作ミステリの名に恥じない逸品でした。


余談ですが。泡坂ミステリを読み始めたのは、野間美由紀さんがコミック「パズルゲーム☆はいすくーる」に書いていた「のまさんのおすすめミステリ」がきっかけでした。東野圭吾、岡嶋二人、綾辻行人などなど…野間さんの影響で読み始めたミステリはたくさんあります。野間美由紀さんが今年急逝されたのはショックでした…。ご冥福をお祈りいたします。

2020年3月26日 (木)

薫大将と匂の宮

3017「薫大将と匂の宮」  岡田鯱彦      創元推理文庫      ★★★

源氏物語・宇治十帖には幻の続編が存在した。薫と匂の宮を巡り怪事が続き、紫式部は推理に奔走。やがて、真実をめぐって清少納言と競い合うことに。紫式部の手になる最古の探偵小説は、どんな結末を迎えるのか。


「オトナが本気で遊ぶとここまでやるのか」とは、有栖川有栖さんのお言葉。国文学者であり、探偵作家でもある作者ならではの、「源氏」の世界でのミステリ。

なんと、昭和25年発表なのですが、そもそも「源氏」が舞台なので、昭和だろうが令和だろうが関係ないですね。

紫式部が書いたミステリという趣向ですが、現実なのか、虚構なのか、判然としない世界で、読者は作者に完全に操られて、物語にからめとられていきます。(このへんは、森谷明子さんが解説でわかりやすく述べてらっしゃいます)

表題作の他に「艶説清少納言」「『六条御息所』誕生」「コイの味」と、エッセイを収録。この中で、六条御息所の話が抜群に面白かったです。あの登場人物の成立過程を推理したもの。源氏物語好きな型にはおすすめしたい作品です。



2020年3月12日 (木)

間宵の母

3012「間宵の母」  歌野晶午      双葉社      ★★★

小学三年生の詩穗の一番の仲良しは紗江子だった。しかし、詩穗の母と紗江子の継父が失踪。二人の少女の人生は暗転する。


久しぶりの歌野晶午。気の重い話かな?と思いましたが、なんだか気になって。

ミステリというか、ホラーというか…。そして、なかなかに後味悪い、救いのない話でした(苦笑)

詩穗視点の「間宵の父」、大学生になった紗江子の同期生視点の「間宵の母」、社会人になった紗江子の同僚による「間宵の娘」、最後の「間宵の宿り」の主役は詩穗の息子・蒼空(あお)。

どの話をとっても、読んでいるとこちらまで歪んでいく気がするほど。欠片も「いい話」の要素はありません。が、それを「読ませる」、物語の力が凄まじい。その力に引きずられるように一気読みしました。

2020年2月15日 (土)

それ以上でも、それ以下でもない

3003「それ以上でも、それ以下でもない」  折輝真透      早川書房       ★★★

1944年、ナチス支配下のフランス。中南部の小村サン=トルワンのステファン神父は困惑していた。匿っていたレジスタンスのモーリスが、殺害されたのだ。村の平穏を守るため、事件の隠蔽を決意した神父。しかし、ナチスのSSたちが現れ、村の空気は一変する。


第9回アガサ・クリスティー賞受賞作。戦時下のフランスを舞台にしたミステリ。

ナチス寄りのヴィシー政権下の村。戦争に取り残されたように穏やかな暮らし。しかし、他国からの避難民たちが流れ込んでいたり、戦死した若者がいたり、配給が必要だったり…と、戦争と無関係ではないわけで。

それでも、一見穏やかな日常が、レジスタンス殺害をきっかけにしたように、一気に崩れ去る展開は、息が詰まるような感じでした。

こういう題材を日本のミステリで書くということがなかなか感慨深かったのですが、ミステリとしてはちょっと肩透かしという印象でした。それに、いくつかわからないままになったことがあって。私が読み飛ばしただけかな。

2020年1月14日 (火)

独ソ戦

2993「独ソ戦    絶滅戦争の惨禍」  大木毅      岩波新書      ★★★★

ドイツとソ連の戦争は、なぜあれほど凄惨で、野蛮で、想像を絶する惨禍となったのか。日本ではあまり知られていない 「人類最悪の戦争」の本質とは。


ここ二、三年、第二次世界大戦下の日本以外の戦線に関する本をいくつか読む機会がありました。そして、自分の知識が非常に乏しいことに愕然としました。そんなタイミングで出たこの本。どうしようか迷いましたが、呉座勇一先生の推薦文に背中を押されました。

読んで驚いたのは、戦争に至る過程での、指導者のひどさです。ドイツも、ソ連も。とにかく第一章だけで唖然としました。こんな人たちの号令一下、どれだけの人命が失われたのか…。

彼らがあの戦争を「何のために」遂行したのか。さらに、それぞれの国民が、なぜ戦争をやめる方向に動けなかったのか。…これはもう、他人事とは思えません。日本もかつては…という話でなく。今も、どの国であっても、かつてのドイツやソ連と同じ轍を踏まない保証はない。私たちはそれを自覚すべきです。

また、怖いのは、この戦争の真実は、戦後ソ連では情報公開されず、ドイツでは歴史修正主義者たちによりねじ曲げられて伝わってきたということです。

過去のあやまちを正確に知ることは、同じあやまちを繰り返さないために、絶対必要なことです。


2019年12月23日 (月)

神とさざなみの密室

2985「神とさざなみの密室」  市川憂人      新潮社      ★★★

政権打倒を叫ぶ若者の団体「コスモス」のメンバー・凛は、気づくと見知らぬ部屋に監禁されていた。監禁された記憶が全くない凛の前には、「コスモス」のリーダー・神崎とおぼしき死体が。隣の部屋から男が現れる。彼は、外国人排斥を主張する団体の一員・大輝だった。凛は自分を拘束したのは大輝かと疑うが…。


「ジェリーフィッシュは凍らない」で華々しくデビューした市川憂人。今回、初めてそのシリーズ以外の作品ということで、楽しみにしてました。

いやあ、しんどかった(苦笑)  モデルになっている登場人物や団体がわかりやすすぎて。いいのか、これ?と思うこともしばしば。特に第1章は、かなりしんどかった。誰にも共感できないし。

第2章以降、密室の謎解きになってからは、スイスイ読めました。拉致・監禁の謎。密室の謎。殺人犯は誰なのか。動機は? そして、探偵役の「ちりめん」とは誰なのか?  てんこ盛りの謎が、キレイに解き明かされていく過程は、快感でした。さすが、市川さん。ただし、これから読む方は騙されないように。

ただ、これを読んで、「ここまで書いていいの?」と思ってしまうところが、我ながらいかんなあ、と。知らず知らずのうちに、変なボーダーラインを引いてしまっているようで。(先日、宮内悠介「遠い他国でひょんと死ぬるや」を読んだときもそうだった)

そういう意味で、真正面から凛や大輝を描いた市川さんはすごいなあ。そして、ミステリとして成立させているのも。





2019年12月13日 (金)

刀と傘

2979「刀と傘  明治京洛推理帖」  伊吹亜門      東京創元社      ★★★★

幕末の京都で戦を回避すべく奔走する若き尾張藩士・鹿野師光は、佐賀から来た一人の男と出会う。その名は、江藤新平。頭脳明晰ながら傲岸不遜な江藤にとまどう鹿野だったが、その矢先、同志が隠れ家で惨殺されているのを発見してしまう。なりゆきで江藤と鹿野は、犯人を探すことになるが…。


評判がいいので、ずっと読みたいと思っていた一冊。幕末から明治初期にかけて、江藤新平と鹿野師光が殺人事件の謎を解く本格ミステリです。

「佐賀から来た男」「弾正台切腹事件」「監獄舎の殺人」「桜」「そして、佐賀の乱」の五編。もともと「監獄舎の殺人」が2015年ミステリーズ!新人賞を受賞。それを柱に、前後の物語を紡いだ形らしいです。まだ何者でもなかった江藤が新政府の重鎮となり、下野し、やがて…というのが、心ならずも江藤と関わってしまった鹿野を通して描かれます。

時代物と本格ミステリが両立するんだなあ…。どちらのジャンルも大好物の私は、とっても楽しみました。

どの話も読みごたえありますが、全てを通したときに見えてくる江藤新平の人物像と、鹿野の生きざま、そして、幕切れの見事さ…!

これからが楽しみな作家さんです。

2019年11月 3日 (日)

濱地健三郎の霊なる事件簿

2965「濱地健三郎の霊(くしび)なる事件簿」 有栖川有栖   角川書店   ★★★

探偵事務所を営む濱地健三郎のもとにやってくる依頼人は、奇妙な現象に悩まされたあげく、藁にもすがる思いでここにたどり着く。助手の志摩ユリエと共に、霊に関わる事件を解決に導く濱地の肩書きは「心霊探偵」。

 

先日読んだアンソロジー「ベストミステリー2019」に収録されていた心霊探偵もの。刊行されていたのですね。図書館で見つけて借りてきました。

「見知らぬ女」「黒々とした孔」「気味の悪い家」「あの日を境に」「分身とアリバイ」「霧氷館の亡霊」「不安な寄り道」の7編。

『幽』連載だけあって、霊がしっかり登場するし(笑) 本格ミステリとオカルトの取り合わせってどうよ?と思うのですが、アンフェアはありません。きっちり、ミステリです。そして、霊も出てきます。一話ごとの着想というか、実におもしろいのです。

一番おもしろかったのは、「あの日を境に」かな。彼氏の態度が急に冷たくなってしまって、会ってくれない。思い当たることは何もない彼女。一方、彼氏も彼女を好きなのに、会おうとすると急に体調と気分が悪くなってしまうことに困り果てていた。はたして、二人に何があったのか。

「霧氷館の亡霊」もなかなかおもしろい設定でした。怖かったのは「不安な寄り道」。いや、これ、本当に遭遇したら怖いって・・・。

一風変わった趣向のミステリを楽しみたい方にはおすすめです。

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