「あ」行の作家

2021年3月27日 (土)

教室に並んだ背表紙

3139「教室に並んだ背表紙」 相沢沙呼   集英社   ★★★★

教室に居場所がない。そう感じる生徒たちが訪れる図書室。司書のしおり先生が選んだ本に出会うことで、彼女たちは少しずつ変わっていく。

 

「その背に指を伸ばして」「しおりを滲ませて、めくる先」「やさしいわたしの綴りかた」「花布の咲くころ」「煌めきのしずくをかぶせる」「教室に並んだ背表紙」の6編から成る連作短編集。

やられました。

たしかに、「ん?」と思うところはあったのですが。連作短編だしな・・・と、読み過ごしたのです。そしたら、まあ・・・。そういうことでしたか。ありがちな「いい話」としてだけでなく、ミステリとしての仕掛けに見事にやられました。いや、参りました。

イマドキの少女たちのあれこれには正直辟易したのですが、でもそれも「いつかきた道」なのですよねえ。だからこそ、読んでいてしんどかったのですけれど。

読み終えてふと気づいたのは、タイトルは「教室に並んだ背表紙」。「図書室に」ではないのです。ということは、「背表紙」とは何をたとえているのか。そう考えて各話のタイトルを振り返ってみると、感慨深いものがありました。

2021年2月14日 (日)

「カルト」はすぐ隣に

3128「『カルト』はすぐ隣に」 江川紹子   岩波ジュニア新書   ★★★★

副題「オウムに引き寄せられた若者たち」。

アメリカの大統領選を巡るゴタゴタから、議事堂襲撃にいたる一連の動きを、唖然として見ていました。アメリカでこんなことが起こるのか? かなりの衝撃でした。その時、江川紹子さんの書いた記事を読み、その視点にハッとさせられました。我々世代にとっては、江川紹子さんはオウム真理教と闘ったジャーナリストです。そういう経験値をもつ江川さんの分析は説得力がありました。その際、Twitter上で江川さんのこの本をおすすめしている人がいて、迷わず入手しました。

ジュニア新書なので若い人たちに向かって語りかけていますが、若くない世代の私が読んでも、響くものがあります。

一連のオウムの事件はセンセーショナルなものでした。私とあまり年齢の違わない人たちが、しかもエリートたちが麻原に従い、とんでもない事件を次々に起こしたのです。しかも、その事件は実はかなり稚拙で、「は?バカじゃないの?」と言いたくなるようなものばかり。でも、それで殺された人たち、傷つけられた人たちが多くいるわけで。

実は、以前、何かのおりにサリン事件の手順を生徒に話したことがあって(サリン事件当時、彼らはまだ幼児)。サリンをビニール袋に入れて隠し持って、地下鉄の車内に落として、傘の先で突いて・・・と言ったら、彼らは爆笑したのです。笑いごとじゃないんだよと言うと、「だって、ありえない。そんな薬品を雑に持ち歩くなんて。それで傘で穴開けて・・・って、自分もサリン吸い込むでしょ」・・・おっしゃる通り。あまりにバカバカしいのです。でも、そんなことをやってしまった人たちが、たしかにいたのです。そして、日本を震撼させたのです。

この本は5章で構成されています。「悩みの隣にオウムがあった」「オウムを生んだ社会」「ある元信者の手記」「オウムに引き寄せられた若者たち」「引き寄せられる前に」。どの章も充実していますが、事件と裁判の取材を重ねてきた江川さんだから書ける、信者たちの姿が見えてきます。彼らは決して特別な人でなくて、誰でも「彼ら」になり得るのだということが、嫌というほどわかります。

例えば、「ノストラダムスの大予言」の話。私も、その洗礼を浴びた一人です。小学生の頃、1999年に自分が何歳なのか計算して、「私は30代で死ぬんだ・・・」と思ったこと、強烈に覚えています。実際、1999年は仕事がとても大変だった時期で、ノストラダムスどころではありませんでしたけどね(苦笑) でも、子供の頃に「自分の人生そこで終わり」「みんな死ぬんだ」と思ったことは、何かしらその後のものの見方・考え方に影響している気はします。

決して特殊な人たちではなく、普通の人たちが異常な状況にとりこまれて、異常な事件を起こしてしまったのが、オウム事件。彼らを「馬鹿だ」と断罪してしまう社会では、同じ過ちをくり返してしまいかねません。あれは何だったのか。何があったのか。分岐点はどこだったのか。・・・事実を知り、考え、理解しなければいけないのだと思います。

これ、本当に若い世代に読んでほしいです。オウムを知らない世代の人たちこそ。ぜひ。

2021年1月11日 (月)

岩合さんちのネコ兄弟 玉三郎と智太郎

3118「岩合さんちのネコ兄弟 玉三郎と智太郎」 岩合光昭   クレヴィス   ★★★

写真集は今まであまりupしてこなかったのですが、たまにはいいかな。ネコ不足な日々を、岩合さんの「世界ネコ歩き」で補っていますが、これは岩合さんちのネコチャンたち。

岩合さんが撮ると、ネコチャンたちは素の顔を見せてる感じで、そこが好きなんです。人に媚びない、ネコらしさ。いや、人に甘えてくるネコチャンのかわいさもたまりませんけどね。

世界中を撮影して回る岩合さんの初めての「ステイホーム」生活。張り合いをなくした岩合さんの心を動かしたのが、愛猫のタマとトモだったのだそうです。「世界一、かわいく撮ってやる」・・・そうしてカメラを構えた岩合さんの気持ちが伝わってくるような写真です。

はぁ、ネコチャン、可愛い・・・。  

2020年12月28日 (月)

無私の日本人

3113「無私の日本人」 磯田道史   文春文庫   ★★★

歴史上の英雄として名を刻まなくとも、世のために必死に生きた人たちは、たしかに存在した。私利私欲を捨てた彼らが生きた証として書かれた評伝。

 

「穀田屋十三郎」「中根東里」「大田垣蓮月」の三編。「穀田屋~」は、「殿、利息でござる!」のタイトルで映画化されました。

けっこう前に買ったまま積ん読してました。が、このところ私利私欲に走る人間の言動が目に余るので、読むなら今だ!と。磯田さんの著作はいくつか読んでいますが、評伝は初めて。どんなもんかなと思ったら、司馬遼太郎風でした。

「無私」って、簡単にできることではありません。三編で取り上げられた人物(「穀田屋~」は、むしろ群像劇ですが)は、いずれもなまなかな「無私」の人ではありません。同じことをやれと言われても、それは無理!と即答します。ただ、彼らがそういう生き方を選択するには、それなりの経緯があります。恵まれた生い立ち・環境であれば、彼らとして普通の生き方をしたでしょう。そうせざるを得ない選択を迫られて、それを繰り返すことで、彼らは人々が驚くような「無私」に至ったのです。

理不尽な目に遭い、虐げられる人は、いつの世もいます。けれど、それゆえに私利を捨て、世のために生きることができるかと言えば・・・。普通なら世を恨み、身を持ち崩す方が多いでしょう。なぜ、彼らがそうならなかったか。磯田さんは、その要因を彼らのパーソナリティと、当時の日本人の精神的な特性を鍵に読み解きます。この評伝の真骨頂はそこで、なかなか興味深いものがありました。ちなみに、日本人の精神性は良く働くこともあれば、それがのちにマイナス要因となることもわかります。決して「日本人すごい」の話ではありません。

 

 

2020年12月17日 (木)

星の子

3110「星の子」 今村夏子   朝日新聞出版   ★★★

幼いころ、体が弱かったちひろ。彼女を丈夫にするために、両親はある宗教にのめり込んでいく。それに反発した姉は家を出ていってしまう。それでもちひろは両親が信じるものを受け入れていけるのか。

 

どこかであらすじを読んで、気になっていた作品です。

ところが、予想していたものとはかなり違っていました。主人公が両親の宗教にもっと反発するか、親以上にのめり込むかだと思っていたら、そういうベタな感じではなく。

ちひろは、気づいたらそういう世界の中にいて、そこにいるのが当たり前。だけど、彼女が微かに感じている違和感が、いろんな形でふつふつと浮かび上がってくるのです。かといって、ちひろは世界を破壊しようとはせず、その中にいる。違和感をもちながら、そこに存在することを否定しない。それは、ちひろのような特殊な環境におかれた人限定のことではないのかもしれません。私たちも、また。

この後、ちひろがどう生きていくのかは、全く予想できません。このまま、両親と同じ世界に住み続けるのか。姉のように逃げるのか。それとも、世界を壊してしまうのか。それを考えると、なんだかもやもやするのです。

 

2020年11月25日 (水)

感染症の日本史

3105「感染症の日本史」  磯田道史      文春新書      ★★★★

日本人はいかにパンデミックと対峙してきたか。感染症との戦いの歴史を振り返ると、見えてくるものは…。


帯のコピーには、「歴史をひもとけば『給付金』も『出社制限』も『ソーシャルディスタンス』もすでにあった!」とあります。

読んでいて唖然としました。本当に、人間のやることは変わらない…。いい意味でも、悪い意味でも。第2章「日本史のなかの感染症」中の「杜撰だったスペイン風邪への対応」なんか、目眩がしそうになりました。日本政府の対応は、大正時代から進化してない…。

それはともかく、史料をもとに日本史における感染症の歴史を読み解いていくのは、実に面白かったです。こういうことがあったと知ったうえで、ではどうすればいいかと考えるのは大事なことですね。

第6章「患者史のすすめ」、第7章「皇室も宰相も襲われた」、第8章「文学者たちのスペイン風邪」が特に興味深かったです。

2020年11月 5日 (木)

北朝の天皇

3101「北朝の天皇」  石原比伊呂      文春文庫      ★★★★

南北朝時代を経て、生き残った皇統は北朝だった。なぜ、北朝は生き残ったのか?  副題『「室町幕府に翻弄された皇統」の実像』


「後醍醐天皇」の次はこれ!と決めていました。が、北朝ってよくわからないなあ~と及び腰で読み始め…。予想外に面白かったです。

後醍醐を起点とする南朝に対して、影が薄い印象の北朝。室町幕府なくしては成立しなかった皇統。一方、北朝なくしては室町幕府が成り立たなかったのも事実。天皇と将軍の互恵関係が、徐々に共依存みたいになっていく過程がなんとも…。天皇家と将軍家との関係性だけでなく、人間同士の相性など、史料から読み解ける関係性が非常に面白かったです。

特に、後小松(南北朝統一時の天皇)と、息子の称光との派手な親子喧嘩を、「王家の執事」たる将軍義持がとりなしたという一件は笑ってしまいました。

素人にもわかりやすく、取っつきやすい文章で書かれているので、初心者にもおすすめです。

2020年10月15日 (木)

赤い砂を蹴る

3093「赤い砂を蹴る」  石原燃      文藝春秋      ★★★

母が亡くなった後、母の友人だった芽衣子さんと、彼女の故郷・ブラジルを訪れた千夏。千夏と母の人生と、芽衣子さんたちの家族の人生と。全く異なる環境だけれど、二重写しになる女たちの生きざまは…。


太宰治の孫。津島佑子の娘。その人がどんな言葉を紡ぐのか。芥川賞候補になったとき、単純に興味をもちました。

もちろん、親きょうだいだからと言って、思考や心情が似るとは限らず、文章だって似通うはずはないわけで(太宰治と津島佑子だって、作品は似ていない)。でも、太宰の血を受けた人が…と思ってしまうのは、我ながらミーハーなことです。

石原燃さんはもともと劇作家。その経歴や作品のテーマを知り、ちょっと身構えて読みましたが…意外とスルスル読めてしまいました。私にとっては、すんなりと体に入ってくる文章で、心地よかったです。

画家だった母が亡くなったこと。幼くして死んだ弟のこと。弟の父のこと。…といった千夏の家族にまつわる話に加え、芽衣子さんのブラジルの家族のこと。芽衣子さんの亡くなった夫のこと。夫の家族のことなどが次々に語られ、回想され、それらを経由しながら、千夏は母の死後の生き方に向き合い始めます。

実際、親が亡くなってから見えてくるもの・気づかされるものはあって、いろいろな意味でその人の不在を「受容」していくのは、時間がかかります。それをブラジルという日本とは全く異なる環境と絡めて描くのが、なかなか面白かったです。

時代が、国が違っても、女性の生き方を縛るさまざまなものは変わらないという事実は重かったですが。それでも、変えようと生きることは無意味ではないと思いたいです。

2020年8月10日 (月)

じんかん

3075「じんかん」  今村翔吾      講談社      ★★★★

戦国の梟雄・松永久秀。三好家に仕え、のちに織田信長の配下となった久秀は、どのような人物だったのか。


前半生が謎に包まれている松永久秀。「御家乗っ取り・将軍殺し・大仏焼き討ち」という三悪を為したと言われ、最期は信長に逆らい、大名物の茶釜・平蜘蛛を我が身にくくりつけて爆死。私が大雑把に把握しているのはそれくらいです。

久秀の少年時代、生きる道しるべとなる多聞丸との出会いから始まり、三好元長との出会いとその夢を託されるまで。さらに、元長の長子・長慶の重臣時代、三好三人衆との確執。信長の配下となり、信長に叛き…と、久秀の一生を通して、彼は何を思い、何を目指していたのかを描いた物語。

悲惨な生い立ちゆえに神仏を信じない九兵衛(久秀)。しかし、さまざまな人々との出会いを通して、九兵衛は世のあるべき姿を見出だし、抗い続けるのです。

今、こんな世の中だからこそ余計に、刺さる言葉がたくさんありました。久秀は志半ばで倒れたけれど、それはまた次の誰かにリレーされていく。そうして受け継がれてきた人の世を、私たちはどうするのでしょう。

2020年7月24日 (金)

ボニン浄土

3069「ボニン浄土」  宇佐美まこと      小学館      ★★★★

1840年。陸奥国を出航した五百石船は嵐に遭い、七人の船員たちはある島へ流れ着く。彼らを助けた島の住人は、青い瞳をしていた。島の名は、「ボニン」。


知らなかった…。

読みながら何度も何度も呟いていました。

「ボニン」とは、現在の小笠原諸島。世界遺産。人気の観光地。ずいぶん前ですが、教え子が小笠原諸島に行くプロジェクトに参加しました。帰ってから、小笠原の海の美しさや、地元とは全く違う気候や自然について、目をキラキラさせて語っていたのを覚えています。

だけど、小笠原の歴史について、私は本当にザックリとしか知らなかった…。

江戸時代の終盤、嵐にあって「ボニン」に漂着した吉之助の物語。それから180年後、自らのルーツが小笠原にあると知り、初めてその地を踏む恒一郎。そして、チェロの音が聞こえなくなってしまった賢人もまた、父に誘われ、小笠原へ。

江戸時代の漁師、現代の中年男と、若きチェリストの少年。全く接点のない三人の物語が、小笠原という地で交差し、その歴史と国や戦争に翻弄された人々の生きざまを浮かび上がらせます。

楽園なんて存在しない。楽園と思えるのは、そこに暮らす人たちが、そういう生き方をしているからなのでしょう。

故郷も知らず、両親のことも知らず、祖父母に育てられた恒一郎が、五十を過ぎて初めて訪れた小笠原で、大叔母・テルに再会した場面が忘れられません。赤ん坊の頃に小笠原を離れた恒一郎はテルを知らず、テルは認知症で恒一郎を認識してるか定かではないのですが。年老いたテルが、赤ん坊をあやす言葉を口にしながら恒一郎の頭をなでる。この場面が、一番好きでした。

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