浅田次郎

2018年5月27日 (日)

長く高い壁

2751「長く高い壁」 浅田次郎   角川書店   ★★★

1938年。流行探偵作家の小柳逸馬は、従軍作家として北京に派遣されていた。ある日突然、万里の長城・張飛嶺へと派遣される。守備隊の兵士十名が全員死亡した事件の調査が目的であるらしい。検閲班長の川津中尉とともに、調査にあたる小柳だったが、軍隊ゆえの「真理」に振り回される。果たして戦死か、殺人事件か。なぜ、作家の小泉に白羽の矢が立ったのか。彼が見出した「真実」とは。

浅田次郎の推理小説?と、ちょっと意外な感じもしましたが、初期の「日輪の遺産」なんかは、ミステリ仕立てでもありました。

前線で、分隊の全員が死亡したという事件。ゲリラとの戦闘による戦死かと思われたが、どうやらそうではないらしい。では、誰が、なぜ、どうやって任務に当たっている兵士を10人も殺害したのか。そんな奇妙な「戦場での事件(?)」を解き明かすのが、憲兵でも警察でもなく、単に探偵小説を書いている、売れっ子作家の小柳逸馬という、これまた風変わりな設定。

幸か不幸か軍隊に縁がない生き方をしてきた小泉は、軍隊の論理が理解できないのですが、お目付け役(というか、本人は小泉の助手のつもり)の川津中尉や、現地憲兵隊の小田島曹長の手助けのもと、徐々に真相に近づいていき・・・。

軍隊の階級や、価値観、独特の論理など、今まで漠然と知ったつもりになっていましたが、改めて「そうだったのか」ということがたくさんありました。

ただ、帯にあった「軍人にとっての戦争」とは何か、わかったような、わからないような・・・。

動機は理解できるのですが、その結果としての行動が彼にとっての「戦争」というのが、もう一つ腑に落ちませんでした。うーん。私の読み方が浅かったかなあ。

相変わらず、語りの文章は上手いですが、正直、「またか」と思うところもあり。うーん。

2017年1月 3日 (火)

天子蒙塵 第二巻

2520「天子蒙塵 第二巻」 浅田次郎   講談社   ★★★★

満州国建国。その渦中にあって、溥儀は深い孤独に落ち込んでいた。暴走する関東軍とそれを抑えようとする勢力。張作霖の子分たちは散り散りになったが、馬占山だけは戦い続けていた。混沌とする政局の中、帝位の証・「龍玉」は、ある人物に託されるが・・・。

今回は、久々に苦戦しました。いつもなら語り口の滑らかさにのって、すいすい読んでしまう浅田作品なのですが、視点人物がころころ変わり、それになかなか慣れず。

でも、この混沌とした感じが、当時の満州なのかもしれません。それぞれ立場が違うと、見えてくるものも違う。自分が信じたものを信じきれる者もいれば、心ならずも異なる道を歩む者もいる。読み進めるにつれて、それらが群像劇として浮かび上がってきます。

そして、圧巻はラストでした。梁文秀と妻がふるさとを訪れる場面。貧しさにあえいでいた故郷は、小麦畑の大地に生まれ変わっている。私財を投じてそれをなしとげたのは、あの春児・・・。「蒼穹の昴」からこの物語がつながっていることをあらためて感じ、涙なくしては読めませんでした。

2016年11月12日 (土)

天子蒙塵 第一巻

2491「天子蒙塵 第一巻」 浅田次郎   講談社   ★★★★

宣統帝溥儀。清朝最後の皇帝にして、満州国の皇帝になった彼の側妃が起こした離婚裁判。日本では全く報じられなかった離婚劇とはいったい何だったのか。「蒼穹の昴」シリーズ第5弾。

あの衝撃のラストの「マンチュリアン・リポート」で、このシリーズは完結したものだと、勝手に思っていました。続いてましたか~。しかも、いきなり春児登場! いやいや、シリーズを通して読んできた者としては、うれしい限りです。

さて、今回は、ラストエンペラー溥儀と、張作霖の息子・張学良がメインになるようです、どうやら。でも、一巻は、溥儀の第二夫人であった文繍が主人公。なぜ、彼女は溥儀と離婚したのか。皇帝に対して離婚を求めるという前代未聞の出来事について、彼女自身が物語ります。

それにしても、文繍たちが口にする「自由」という言葉の、なんと重いことか。(そして、それが当時の中国に限定されることなのか。) もっとも「自由」に程遠いのが溥儀であり、不幸なことに彼自身がそのことに無自覚なのが、やりきれないものがあります。

とりあえず、壮大な物語に身をゆだね、人が生きることの意味を考えていきたいと思います。

2016年8月28日 (日)

ライムライト 天切り松闇がたり第五巻

2464「ライムライト 天切り松闇がたり第五巻」 浅田次郎   集英社文庫   ★★★★

いわずと知れた天切り松が物語る、盗人たちの痛快な生き様。待ってましたの第5巻!

「男意気初春義理事(おとこいきはるのとむらい)」「月光価千金」「箱師勘兵衛」「薔薇窓」「琥珀色の涙」「ライムライト」の6編。

相も変わらずかっこいい目細の安吉親分とその子分たちが、大活躍します。今回は、少々年をとってきた兄貴分たちの姿が寂しかったですが。

振袖おこんと目細の親分の出会いが描かれた「月光価千金」、黄不動の栄治の育ての父が亡くなる「琥珀色の涙」、チャップリン暗殺計画に百面相の書生常が立ち向かう「ライムライト」が印象的でした。

特に「琥珀色の涙」には泣かされました。相変わらず、浅田さん、こういうのめちゃくちゃうまい・・・。

2016年7月16日 (土)

帰郷

2453「帰郷」 浅田次郎   集英社   ★★★★★

「帰郷(←ほんとは旧字体)」「鉄の沈黙」「夜の遊園地」「不寝番」「金鵄のもとに」「無言歌」の6編。戦争を題材にした小説集ですが・・・。

新聞の広告だったかに、「戦争小説ではありません。反戦小説です」という作者の言葉があって、絶対読まねば!と思った一冊です。

正直言って、目新しい話はありません。今までいろんな人が描いてきた「戦争」の物語です。

でも、こういうものを書き続けていかないといけないのだという、作者の強い意志を感じました。

「戦争は知らない。だが、ゆえなく死んで行った何百万人もの兵隊と自分たちとの間には、たしかな血脈があった。ジャングルの中や船艙の底や、凍土の下に埋もれていった日本人を、外国人のように考えていた自分が、情けなくてならなかった。」(「不寝番」より)

帯にも引用されたこの文章が、この作品集の肝だと思うのです。戦争は、過去にあったことではなく、現在と地続きなのだ、と。そして、そのことを私たちが忘れ去ったとき、これらの悲劇は、過去でなく「今」のものになるのだ、と。

戦争をして幸せになる人なんていない。最終話「無言歌」のラストシーンで、思わず涙がこぼれました。

戦争を知らない人ほど、読むべき一冊だと思います。

2016年2月21日 (日)

獅子吼

2415「獅子吼」 浅田次郎   文藝春秋   ★★★★

「ライオンも、象も、駱駝も、戦争はしてねがんす。」・・・戦時中の動物園。食料も不足する中、元飼育員だった兵士が命じられたことは。

こういうものを書いてほしかった、こういうものを読みたかった、と思える物語でした。

「獅子吼」「帰り道」「九泉閣へようこそ」「うきよご」「流離人(さすりびと)」「ブルー・ブルー・スカイ」の6編を収録した短編集。

時代と場所は違えども、名もない庶民の声なき声を描き出す、浅田次郎の短編の醍醐味を味わえます。

印象的だったのは、表題作と、やはり戦時中が舞台の「流離人」。どちらも戦争によって人生を奪われた人々の悲哀を描いたものです。戦争がどれだけ愚かしいものか、それにいったい何の価値があるのか、静かな怒りと共に、作者の思いが伝わってきます。今、こういう時代だからこそ、書いてほしかった物語でした。

「帰り道」は集団就職の、「うきよご」は学生運動の時代の物語で、どちらももうはるか遠くの出来事のような。ある意味、若い世代には、戦争よりなじみのないことかもしれませんね。どちらもせつないけれど、その時代に必死に生きていた人々の思いを、そっと抱き留めているような物語でした。

浅田次郎の長編もいいですが、こういう短編集を読むと、短編もいいなあと思わされます。

2016年1月30日 (土)

わが心のジェニファー

2408「わが心のジェニファー」 浅田次郎   小学館   ★★★★

プロポーズした恋人が示した条件。それは、彼女が愛してやまない日本に、一人旅をしてきてほしいというものだった。PCも携帯電話も一切持たず、自分の目で、肌で、日本を感じてきてほしい、と。彼女と価値観を共有するため、ラリーは日本へ旅立つ。

幼いころに両親が離婚。二人とも親権を手放したため、母方の祖父母に育てられたラリー。かつて海軍提督だった祖父には、「日本人は油断ならないやつら」と聞かされて育ったラリーは、愛するジェニファーの望み通り、日本を訪れます。

東京、京都、大阪、九州、北海道・・・各地を回り、その土地の風物にふれ、人と出会い。ラリーは日本と向き合う中で、いつしか自分自身と向き合うことになるのです。

祖父母の愛情に守られて成長したラリー。そのことに何の不満も感じていなかったけれど、自分でも気づいていなかった「父母の欠落」の大きさに、徐々に気づいてしまいます。しかし、ジェニファーと家庭を築くためには、ラリーにとってはそこは越えなければいけない大きな壁。そういう意味では、この旅は、ラリーがほんとうに大人になるための通過儀礼だったのかもしれません。

それにしても、ラリーの目から見る日本は、なかなか新鮮でした。思わず笑ってしまうことも。そんなふうに見えるんですね。私自身は生粋の日本人だし、いかにも日本人なメンタリティの持ち主だとおもっているので、こういうふうに見られているんだな、と(笑)

ラリーの珍道中みたいなところもありますが、最後まで読むと、すごく温かい気持ちになります。

2015年6月25日 (木)

ブラック オア ホワイト

2314「ブラック オア ホワイト」 浅田次郎   新潮社   ★★★

元エリート商社マンの都築が語る夢の話。スイス、パラオ、ジャイプール、北京、京都・・・それぞれの地で見たという「白い夢」と「黒い夢」の話は、いつしか都築の告解へ・・・。

バブルの時代、商社マンとして世界を飛び回った男が見た夢の話。というと、他愛もないものに聞こえますが、いつのまにか日本の在り様が浮かび上がってきます。

印象的だったのは、日本は戦前と戦後でまったく違う国家になったということ。まさに、戦後生まれの私たちは、戦前までをただの過去とし、そこから何も学ばずにきてしまったのかもしれません。

都築の語る「夢」とはいったい何なのか、夢と現との境はどこなのか・・・バブル時代の華やかな空虚を思い出させる物語でした。

2015年2月19日 (木)

神坐す山の物語

2235「神坐す山の物語」 浅田次郎   双葉社   ★★★★

母は、奥多摩にある武蔵御嶽(みたけ)山の神社の神官の家の出であった。子供のころから母の実家によく出入りしていた私は、不可思議な体験をしたものだった・・・。

「神坐(かみいま)す山」を舞台にした不思議譚の連作短編集。こういう話、ものすごく好きです。

「神上(かむあが)りましし伯父」「兵隊宿」「天狗の嫁」「聖(ひじり)」「見知らぬ少年」「宵宮の客」「天井裏の春子」の7編。

「私」の両親は駆け落ちして一緒になったものの、その後離縁。母の実家は神社兼宿坊で、祖父母もすでに亡い。白髯の曾祖父は験力あらたかな御師(おし)で、その娘の一人である祖母もまた、この世ならぬものが見えてしまう人だった。祖父は婿養子で、験力はなかったが、楽の腕は一流だった。「私」が母の実家に泊まりに行くと、ちとせ伯母がさまざまな話を聞かせてくれた。それは、ちょっと怖いような話が多くて・・・という設定。

なんとも浮世離れした世界の話なのですが、読んでいる間、清浄な山の空気に触れている気分でした。どの話も、ちょっと恐ろしくて、せつなくて、甲乙つけがたいものがあります。いいもの、読みました。

2014年1月 2日 (木)

黒書院の六兵衛(上)(下)

2078「黒書院の六兵衛(上)(下)」 浅田次郎   日本経済新聞出版社   ★★★★

江戸城明け渡しが決まり、官軍の先手として城に乗り込むことを命ぜられた尾張藩士・加倉井隼人。江戸定府の軽輩に突然降ってわいたお役目にあたふたするが、それ以上に隼人を悩ませる人物がいた。もはや主なき江戸城に、いつもながらに勤仕する侍・的矢六兵衛。彼は、誰の忠告も制止もきかず、書院番士としてひたすら座り続けるのであった。いったい、六兵衛は何を考えているのか・・・。

あけましておめでとうございます。2014年は、この物語からスタートしました。

江戸から明治へと時代が移るとき、そこで生きた人々を描くのは、もはや浅田次郎のライフワークのようですね。これもまた、江戸と明治のはざまの出来事です。

六兵衛が何を思って城に居座るのかという謎から始まり、そもそも的矢六兵衛とは何者なのかという謎が展開します。謎解きの中心は加倉井隼人と、福地源一郎(桜痴)。さらに、勝海舟や西郷隆盛、尾張藩主や明治天皇と、さまざまな人物が登場し、それに従ってさまざまな仮説が提示されます。

もちろんフィクションであり、現実にはありえないのですが・・・。

浅田次郎がずっと書き続けているテーマ、人間の「良心」。その意味を改めて考えてしまいました。今、こういう時代だからこそ。

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