1646「白夜を旅する人々」三浦哲郎 新潮社 ★★★★★
六人兄弟の末っ子として生まれた羊吉。彼がこの世に生を受けたことがきっかけだったように、きょうだいたちは滅びの道を歩み始める。生まれつき、全身の色素が欠乏している長女のるいと、三女のゆう。その二人をかばうように生きてきた一家は、次女のれんの自殺によって、崩壊し始める。れんの死からまもなく、長男の清吾が失踪。そして、るいも自ら命を絶ってしまい・・・。
初めて読んだときから、20年以上が経っています。
自らの結婚を題材にした「忍ぶ川」で直木賞を受賞した三浦哲郎は、私小説の人と言われますが、これは自らのきょうだいたちを主人公にし、その設定はほぼ事実のまま、それぞれ「滅んで」いった兄姉たちの心情を描いたものです。他人が簡単に語れるほど軽い気持ちで書かれたものではなく、これを書くまでに作者が費やした時間を思うと、それだけで気が遠くなります。
三浦哲郎は、随筆等でも何度もこのきょうだいたちのことを書いています。その筆は、決して単なる懐かしさだけではなく、むしろ愛憎相半ばしたもので、それもまた仕方ないと思わざるを得ない状況の中で生きてきたわけです。おそらく、そうしたことを書くのも勇気が要ったのでしょうけれど、三浦哲郎という人は、それを文学として書くことで自分の生きる道しるべとしたので・・・。
これは、随筆ではなく、小説です。三浦哲郎は末弟の羊吉です。彼自身、幼くてほとんど覚えていない、事情もわからない、姉たちの自殺と兄の失踪について、末弟なりに推測して書いたもの。もちろん、個々の心情については真実であるわけもなく、あくまで小説は小説なのですが・・・。
れん、清吾、るい・・・消えてしまった三人のきょうだいの煩悶は、三浦哲郎自身がいつかどこかで経験した思いなのでしょう。眠れぬ白夜を過ごしたのは、作者自身にほかなりません。おそらく、これを書きながら、作者は消えてしまったきょうだいたちと、徐々に交流を深めていったのではないか・・・そんな気がしてなりません。「忍ぶ川」は、自分と家族がこれから生きていくための記念碑でした。一方、「白夜を旅する人々」は、運命に翻弄され、力尽きてしまった兄姉たちへの鎮魂歌なのかもしれません。
初読の時、「この物語はここでは完結しない」と強く感じたものです。というのは、この幕切れからさらに時間が流れ、次兄の章次も失踪するからです。いつかそのくだりを書かれるのだろうか・・・と思っていましたが、作者は残念ながら亡くなってしまいました。しかし、死の直前に、続編の「暁の鐘」を書く準備をしていたのです。それは、作者に先だって亡くなった姉の死がきっかけだったようです。
そう、この物語でいえば「ゆう」にあたる、最後まで生き残ったたった一人の姉。三浦哲郎の小説や随筆に登場する彼女は、ごく控えめな姿をしています。それは、つましく生きる姉を守ろうとする、弟の気遣いだったのかもしれないと今にして思います。ところが、姉は、自分の人生を生き切った、誰よりも強い人だった・・・その思いが、「暁の鐘」を書く動機になったようです。
おそらく、「暁の鐘」が書かれて、初めてこの物語は「忍ぶ川」とも環を成し、三浦文学は一つの完成形が見られたのではないか。そんな気がします。
返す返すも、三浦さんの死が悔やまれますが・・・今頃、あの世でお姉さんたちにからかわれているかもしれませんね。「こっちに来んのが早すぎんだよ」なんて。・・・そんなことを考えながら、頁を閉じました。
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