柳広司

2020年3月25日 (水)

太平洋食堂

3016「太平洋食堂」  柳広司      小学館      ★★★★

紀州新宮の人・大石誠之助。皆から「ひげのドクトルさん」と親しまれた彼は、社会的弱者が生きていけるよう心を尽くす人だった。幸徳秋水らとの交流から「主義者」としてマークされるようになった誠之助だったが、さらに過酷な運命が彼を待ち受けていた。


大石誠之助の名を知ったのは、漫画「坊っちゃんの時代」の大逆事件の巻でした。幸徳秋水たちと交流があったことから逮捕され、秋水らと共に処刑された医師。得た知識はその程度です。漫画にもチラッと登場したくらいでした。

ただ、ずっと気になっていた人物だったので、彼を主人公にした小説だと聞き、飛びつきました。

なかなか器の大きい人物で、一つ一つのエピソードが生き生きと描かれ、さらに与謝野鉄幹との交流など、興味深い話もたくさんあるのですが。

物語は中盤から様相を変え、小説というよりは評伝、さらに当時の社会主義に関する考察も加えて、のどかな気配は消えていきます。

特に、「足尾銅山鉱毒事件」の章は、この顛末を描き、田中正造の帝国議会での演説を引用しています。

「民を殺すは、即ち国家を殺すことである。/法を蔑ろにするのは、即ち国家を蔑ろにすることである。/これらは皆、国を毀つ所業である。(後略) 

この言葉は、まさに今の日本にあてはまるのではないでしょうか。ちなみに、この田中正造の演説に対して、時の総理大臣・山県有朋の回答は、「質問の趣旨、その要領を得ず。以て答弁せず。」だったそうで。この辺も、今とよく似ています。

という辺りから明らかになっていくのは。当時(明治40年)、権力者が恣意的に無実の人間を12名も死刑に処したという事実。そして、そこに至る過程は、「今」と恐ろしい相似をなしているという事実です。

戦争と差別を嫌い、弱者のために行動する大石誠之助を描くことで、不当な手段で彼の命を奪った権力の醜さが浮き彫りになりました。また、それは決して他人事ではないのだ、と。

最終章は、読んでいて涙がこぼれました。なぜかは、うまく言葉にできません。

小説としてはまとまりのないところもあるのかもしれませんが、作者の書きたい、書かねばという思いが伝わってくるような作品でした。


2015年3月15日 (日)

ラスト・ワルツ

2247「ラスト・ワルツ」 柳広司   角川書店   ★★★★

結城中佐率いるスパイ養成機関、通称D機関。殺さず死なず、心臓が動いているかぎり情報を届けることを至上命令とする彼らは、世界を舞台に謀略戦を繰り広げる。

シリーズ4作目。

ソ連のスパイ暗殺機関スメルシュとの戦いを描く「アジア・エクスプレス」、奔放な華族令嬢・顕子が出会ったスパイとの物語「舞踏会の夜」、ナチスドイツ下での映画製作を舞台にした謀略「ワルキューレ」の3編を収録。

ここまで続くとは思いませんでしたが、マンネリ化することなく、続いてますねえ。

時代がますますきな臭くなっていく中で、活躍するスパイたち。頭脳戦の部分とアクションとのバランスがよいのです。そして、必ずどこかで「やられた」と思うところがあるのです。

正体不明の結城中佐は、今も変わらず正体不明のまま。顕子がかつて出会ったスパイも、はたして結城なのかどうか。彼があんな華麗なステップを踏めるとは思えないし・・・。

映画化もされるようだし、この調子だとまだシリーズは続くのかな。

2014年2月 7日 (金)

虎と月

2090「虎と月」 柳広司   文春文庫   ★★★

父・李徴は虎になったという。その理由を知るために、「ぼく」は旅に出た。以前、虎になった父に会ったという袁傪氏に会いに。そして・・・。

中島敦「山月記」にインスパイアされたミステリ。あとがきによると、もともとはYA向けに書かれたものだそうです。なるほど。

学生時代、「山月記」の元ネタである「人虎伝」の原文を訓読させられたという、嫌な記憶があるので(私は漢文が苦手です)、「山月記」にも複雑な思いがあるのですが。というわりには、何度か読み返しているのです。短いし(笑) そういえば、波津彬子さんが漫画化したのも読みました。

なかなかユニークな視点での「ミステリ」です。ネタバレしちゃうとつまらないので、これ以上は自粛しますが。

2013年7月30日 (火)

楽園の蝶

2027「楽園の蝶」 柳広司   講談社   ★★★

1942年、満州。朝比奈英一は、満州映画協会に脚本家として仮採用された。そこで出会った女性映画監督桐谷サカエや、中国人の陳雲たちと、探偵映画を撮影することに。しかし、満映は、「昼の関東軍、夜の甘粕」とうたわれる甘粕正彦によって、もう一つの顔をもつことに気付いてしまう。

甘粕という人物は、昭和裏面史には必ず登場するけれど、なんだか得体の知れない人という印象があります。そもそも、なんで映画なの?という疑問がずっとあって、それに一つの答えを提示してくれているミステリです。

設定はおもしろいのだけど、人物の設定がおおざっぱすぎて、ちょっと共感できませんでした。英一の能天気すぎる言動にはイラッとしてしまったし(苦笑)  いくらボンボン育ちでも、一応、共産主義にかぶれて検挙され、転向して、大学も退学させられ、居所がなくなり満州へ・・・という経歴の持ち主とは思えないのんきさで・・・もう少し、警戒心があってもいいんじゃないの?と言いたくなりました。

桐谷監督も最初と最後以外は存在感なかったし。陳雲も、結局どうなってしまったの? というか、ここで終わり?という感じだったので・・・。ちょっと物足りなかったです。

2012年6月29日 (金)

怪談

1884「怪談」 柳広司   光文社   ★★★

蓑輪健太郎は、建設業界のパーティーで見かけたコンパニオン・由紀子のことがどうにも気になってしかたなかった。一目ぼれなどという甘いものではない。しかし、彼女に呼び出されると、仕事を放り出してでも駆けつけてしまうのだ。由紀子が蓑輪を惹きつける真の理由とは・・・。

小泉八雲「怪談」にインスパイアされたという、柳広司版「怪談」。「雪おんな」「ろくろ首」「むじな」「食人鬼」「鏡と鐘」「耳なし芳一」の6編。

考えてみたら、本家「怪談」をきちんと読んだことがないのでした。有名どころはもちろん知ってはいますが。

個人的な好みは「雪おんな」「むじな」のあたりでしょうか。グロいのは苦手なので、「ろくろ首」「食人鬼」はちょっとしんどかったです。

「鏡と鐘」は、設定に無理があるような気が。「耳なし芳一」は、現代へのアレンジの仕方がなんとも・・・。なるほど、琵琶法師を現代に置き換えるとああなるのかもしれませんね。

それほど長い話はないのでサクサクと読んでしまいました。やっぱり、本家を読まなきゃね。

2012年6月13日 (水)

パラダイス・ロスト

1878「パラダイス・ロスト」 柳広司   角川書店   ★★★★

正体不明の「魔王」結城中佐が組織した諜報組織・D機関。日本軍にあって、「死ぬな・殺すな」を原則にした異端組織の存在は、他国の情報部にも認知されつつあった。欧州が戦争に突入し、日本の周辺もきな臭くなってきた今、D機関のメンバーは、さらに危険な任務につくことに。

まさか続編が出るとは思いもしませんでした。「ダブル・ジョーカー」を読み終えて、ああ、もうこれで終わりなんだろうなあと寂しく思ったのですが。いやあ、嬉しい驚きです。

新聞の書評等でも高評価なのも納得。シリーズ3作目にして、クオリティの高さは少しも変わりません。スパイものとわかっているのに、それぞれの話の趣向がバラエティにとんでいて、全く飽きません。

一番おもしろかったのは、結城中佐の正体をイギリス人記者が探ろうとする「追跡」。二転三転する展開。「魔王」の過去が明らかに・・・という期待感。読みごたえがありました。

最終話「暗号名ケルベロス」は、意外な展開。彼はこの後どうするんでしょうね・・・。

これって、まだまだ続編が作られそうな勢いですね。楽しみ、楽しみ。

2011年6月18日 (土)

ロマンス

1716「ロマンス」 柳広司   文藝春秋   ★★★★

昭和8年。混血の子爵・浅倉清彬は、華族社会の異端児ながら、多岐川伯爵家の長男・嘉人を友とし、最後の元老とも呼ばれる大伯父・周防老人の後見のもと、何不自由ない生活を送っていた。ただ一つ、嘉人の妹・万里子への思いだけは心の奥底に秘めたままに・・・。ある夏の日、清彬は嘉人に呼び出される。そこには、見知らぬ男の死体が転がっていた。

「ジョーカー・ゲーム」の柳さんの新作。新聞広告を見たときから、私の好みにヒットしそうな予感がして、読むのを楽しみにしてました。

満州事変の頃、不穏な動きを見せる時代を知らぬげに退廃と享楽の文化を謳歌する「華族」社会。戦後なくなったその特殊階級と、二・二六事件前夜の軍部の空気と・・・もう、この設定だけですごく私好みでした。

一応、ミステリなので、ネタばれ厳禁ということで詳しいことは書けませんが・・・。ミステリとしてもじゅうぶんおもしろかったし、清彬の「ロマンス」もなかなかよかったです。ただ、途中、清彬がある企てを考えるところは、ちょっとついていけないものがありましたが。

最後に心に残ったのは、「○○のため」という言葉の空々しさ、もしくは欺瞞。個人レベルでもそうですが、それがより大きな集団において、何かの意図のもとに使われた時、どれほど歪んだ世界をつくりあげるものなのか・・・読んでいてザワザワしました。この感じは、「ジョーカー・ゲーム」と共通するかもしれません。

これ、続編書いてくれないかなあ。無理ですかねえ。清彬の生きざまをもう少し見てみたい気がするのですが。

2010年11月30日 (火)

贋作『坊っちゃん』殺人事件

1623「贋作『坊っちゃん』殺人事件」柳広司   朝日新聞社   ★★★

親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。・・・ご存じ「坊っちゃん」の無鉄砲な主人公が、松山を去って3年。電車の技手になった坊っちゃんが、ある日山嵐と再会し、赤シャツが自殺したことを知る。あの赤シャツが自殺するものか・・・二人は、真相を探りに、再び松山へ赴く。

「ジョーカー・ゲーム」の柳広司さんの、また異なるテイストのミステリ。「坊っちゃん」の世界で起こっていた事件を、「坊っちゃん」風の語り口で描いていきます。

フィクションの物語の、さらにフィクション・・・という、めまいがしそうな設定ですが、あの登場人物たちの「真の顔」が暴かれていく過程はおもしろかったです。最終的には、いかにもやなぎさんらしいところに落ち着くのですが・・・ちょっと牽強付会という気がしないでもなかったです。

残念だったのは、後半は「坊っちゃん」風の文体ではなくなっていったこと。

ただ、清と坊っちゃんとの心のつながりがキーになっていたところは、すごく好きでした。

2010年11月11日 (木)

キング&クイーン

1610「キング&クイーン」柳広司   講談社   ★★★★

六本木のバーで働く冬木安奈は元SP。ある事件をきっかけに警察をやめた安奈だったが、不本意ながら六本木のホステスたちの用心棒のようなものをさせられていた。そんな安奈はチェスの世界王者・アンディの警護を依頼される。しかし、それは民間人となった安奈にとっては、とんでもない災厄の始まりだった。

「ジョーカー・ゲーム」「ダブル・ジョーカー」がおもしろかったので、チェックしている柳広司。元SPが主人公ということで、つい手にとってしまいました(ほら、今、SPものの某映画が公開されてるし・・・笑)

女だてらにSPとして第一線で活躍していた安奈というキャラが、とっても魅力的です。こびることなく、甘えることなく、警護対象を守るために自分の命を投げ出す。その仕事に誇りをもっている、凛とした女性。それは、SPをやめた後も変わることなく・・・。

チェスなんて全然わからないし、あんまり興味もないのですが、安奈のキャラにひっぱられて読みました。でもこれ、あきらかに某テレビドラマの影響受けてないですか?(笑) にこりともしない安奈の姿が、どうもあのドラマの女性SPと重なるんですけど~。

話が現在と過去を行ったり来たり。アンディの子供時代の話や、安奈がSPをやめる原因になった事件のことや・・・。それが入り組んできて、最後にそういうことだったのか・・・と思わせる構成は見事です。深みは足りないかもしれませんが、エンタテイメントとしてじゅうぶん楽しめました。

ただ、チェスマスターって、みんなこんなにとんでもない性格破綻者なんでしょうか? 将棋の棋士もなかなかぶっ飛んだ人がいるようですけれど。

この話、なんだか続編がつくれそうですね。安奈の元上司の北出課長や首藤主任もいい味出してるし。バーの亨ママやホステスのリコちゃんもキャラが立ってるし。ぜひ、また書いてほしいです。

2010年10月20日 (水)

ダブル・ジョーカー

1595「ダブル・ジョーカー」柳広司   角川書店   ★★★★

日本陸軍の秘密諜報機関、通称「D機関」。一人でその組織をつくりあげた結城中佐と、その部下たちはスパイとして「死ぬな。殺すな」の信念のもと活動している。しかし、陸軍内部に新たな諜報機関「風機関」が設立された。D機関をつぶそうとする動きに、結城は・・・。

「ジョーカー・ゲーム」の続編。さっそく借りてきました。

スパイものだとわかっているし、結城たちの手口はある程度予想できるはずなのに、どの話もおもしろいというのが、すごい。マンネリ化しないように、視点人物をさまざまに変えて話を構成しているので、こちらもそれに翻弄されてしまいます。

おもしろかったのは表題作。スパイどうしの知恵比べなのですが・・・見事です、結城中佐。

「柩」では、結城が現役時代に拷問にあい、怪我を負ったという伝説の事件が描かれていて、あらためて「魔王」結城のすさまじさにゾッとしました。

ただ、最終話はなんともやりきれなかったですね・・・。これでこのシリーズは打ち止めになってしまうのでしょうか。

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