吉田修一

2019年11月 7日 (木)

逃亡小説集

2966「逃亡小説集」 吉田修一   角川書店   ★★★★

職を失い、老いた母と暮らす男。元教え子との恋に落ちた教師。かつては一世を風靡した、堕ちたアイドル。郵便物とともに消えた郵便局員。・・・それぞれが「逃げる」物語。

 

「犯罪小説集」に継いで、「逃亡小説集」。

「逃げろ九州男児」「逃げろ純愛」「逃げろお嬢さん」「逃げろミスター・ポストマン」の4編。

いずれも主人公は何かに追い詰められて、あるいは閉塞した現状に息がつまりそうになって、「逃亡」してしまうわけですが。その追い詰められ方が、ものすごくリアルで、慨視感がある気がして・・・要するに「他人事」と思えなくて、しんどかったです。特に、冒頭の「逃げろ九州男児」。主人公の糸が切れてしまうまでの閉塞感が半端なくて。

最近、現実でも犯罪をおかして捕まっても逃げるパターンが多いです。逃げてどうすんねん!と突っ込んでしまいますが、この物語でも逃亡者たちは、逃げても何の未来も開けません。むしろ、逃げることで、状況は格段に悪くなる。それなのに逃げてしまう人間の心理って何なんだろう・・・というか、私たちのどこかにも「逃げたい」気持ちは確実にあって。共感したり、反発したりしながら、この逃避行にひきつけられてしまうのでしょう。

ちなみに、この物語の逃げる人々は、全然かっこよくないし、逃げることで何かが解決するわけでもありません。もう、どうしようもない。でも、どうしようもない人間を描かせたら、吉田修一は凄みがあるんです。

2019年4月30日 (火)

続 横道世之介

2892「続 横道世之介」 吉田修一   中央公論新社   ★★★★

 

最後のバブル景気にも乗り遅れた世之介は、池袋の安アパートで暮らしながら、パチンコとアルバイトでなんとか食いつなぐ毎日。就職先もなかなか見つからず、友人のコモロンとたまに居酒屋で飲むのが楽しみ。偶然、コモロンのアパートから見かけた母子を助けたことから、母親の桜子とつきあうように。息子の亮太にもなつかれ、ささやかな幸せとはこういうことかと思う世之介は・・・。

 

「横道世之介」の続編が出ると聞いて、「うわ、絶対読む!」と意気込んだのですが・・・実は、前作がどんな話だったのか、よく覚えていないのです。ただ、この話が好き!という強烈な記憶だけが残っていて。

そんな感じで「続」を読み始めたら、徐々に「世之介」を思い出してきました。ああ、そうそう。こんなやつ。全然頼りなくって、どこがいいのかよくわからないし、皆に侮られるんだけど、なんとなくそこにいてくれると心地いいような。

今回は、東京オリンピック・パラリンピックを一つの舞台に、世之介と関わりのあった人々の人生を描き出します。

世之介の唯一の友人・コモロン。パチンコ屋で知り合ったすし職人志望の浜ちゃん。世之介と家族のように過ごした桜子と亮太、桜子の兄・隼人。彼らは皆、人生の底でもがいていたときに、世之介と関わっています。世之介は何のとりえもない男で、彼がいたから他の人が変わったとか、そんな劇的なことはありません。でも、そういうときにそばにいてくれる人間っていうのは、意外と得がたいもの。だから、皆「世之介」を忘れられないのでしょう。

世之介を評する「善良」という言葉が、終盤に出てきます。単なる「いい人」というのではなく、むしろ愚かさを伴うような「善良」という言葉。しかし、この世の中でただ「善良」であることが、いかに難しいことか。

そうして、ラストで思い出しました。世之介が、やがてどうなったのか。そうでした・・・。なんかもう、いろんなものがこみ上げてきて、泣けてしまいました。オリンピック・パラリンピックの場面での、浜ちゃん、コモロン、桜子、亮太・・・それぞれの場面をもう一度思い出し、そうして世之介がいないという事実が、本当に悲しくなりました。亮太が走る姿を、誰よりも喜ぶのは世之介だったろうに。

でも、これは悲劇ではなく。ヒーローの物語でもなく。こんなふうに生きた(こんなふうにしか生きられなかった)、一人の青年の物語。平成から、令和へとつながっていく物語です。

 

ということで、平成最後の読書は、これにて幕。もちろん、令和になっても、読み続けますよ。

 

 

2019年1月16日 (水)

犯罪小説集

2847「犯罪小説集」 吉田修一   角川書店   ★★★★

人はなぜ、罪を犯すのか? いつか何かのニュースで見たような犯罪。その陥穽に転がり落ちた人間たちには、何があったのか。「青田Y字路」「曼珠姫午睡」「百家楽餓鬼」「万屋善次郎」「白球白蛇伝」の五話。

「悪人」も「怒り」もしんどかったし、「さよなら渓谷」も・・・。だから、これはもう読まずにおこうと思ったのですが、やっぱり読んでしまいました。

実際に罪を犯してしまうのと、そうでないのとでは、大きな差がある。それでも、その一線は、ほんの紙切れ一枚程度のものでしかないのかもしれない。彼は、彼女は、あなたであり、私であったかもしれない。吉田修一が「犯罪」を真正面から扱ったとき、我々につきつけられるのは、その「怖さ」だと思うのです。だから、読んでいてしんどい。不快にもなる。でも、けっして他人事とは思えない。

題材は、どこかで聞いたような事件ばかり。犯人、被害者、彼らの家族や友人、知人・・・いわゆる事件の「関係者」が何を思い、何が起こったのかを、妙に生々しい筆致で描く物語は、何の救いもなく幕を閉じます。泣きながらマウンドで投げ続ける「殺人者の息子」は、その後どうなったのか。何も語られることはなく、やりきれなさだけが残ります。

現実の事件も、やはりそうなのでしょう。犯人がつかまっても、動機が解明されても、なかったことにはならないわけで。

吉田さんは、今後もこういう小説を書き続けるのでしょう。そして、私もそれを読み続けるのでしょう。ざわざわする気持ちを抱えたまま。

2018年11月13日 (火)

国宝

2816「国宝(上)(下)」 吉田修一   朝日新聞出版   ★★★★

極道の父をもちながら、芸に魅入られ、歌舞伎役者の部屋子になった喜久雄。梨園の御曹子として生まれ、何不自由なく育ちながら、出奔してしまう俊介。二人の花形役者が泥にまみれながら目指す究極の舞台とは・・・。

新聞連載中から時々読んでいましたが、人間関係がごちゃごちゃになってしまって(苦笑) 単行本になったらまとめて読もうと思っていました。

吉田修一の書くものには、独特の空気がある、と思っています。闇の気配というか、人間の業のドロドロ感というか。文章はわりと淡々としていて、乾いた印象さえあるのに、その底に何かある。その怖さに魅了されてしまう。・・・そういう吉田さんの世界と、この歌舞伎(特に女形)の世界とが、実にうまくマッチしたのが、この「国宝」でした。

長崎で名をはせた侠客の父が殺され、父の敵をとろうとした少年・喜久雄。しかし、見事に失敗し、長崎から大阪へ。そうして、梨園へ足を踏み入れることに。やがて、彼は稀代の名女形となっていくのですが・・・喜久雄が役者として名をあげるごとに、彼の周囲では誰かが不幸な目に遭い、その光と影のコントラストが際立っていくのです。

背に彫り物のある女形というのも、現代ではもうあり得ないと思いますが、喜久雄の周囲の人々(梨園の御曹子で喜久雄の親友で戦友となる俊介、長崎時代から一緒の徳次、喜久雄の恋人・春江、大阪のチンピラから芸人になった弁天などなど)も個性豊かで、実に生き生きと描かれていて、1964年から50年の時代の変遷も浮かび上がってきます。時代の流れに翻弄されつつも、それぞれの生きる道を必死に生き抜いてきた喜久雄たちの世代の物語でもあるのでしょう。

正直、新聞で読んだ時には、「これで終わり?」とちょっとぽかんとしたのですが、こうして読み直すと、万感胸に迫るものがあり、思わずほろりときました。もはや普通の人には理解し得ない境地に至ってしまった喜久雄。しかし、彼の心は、まだ素人だった頃、宴会芸として舞台に立った頃と同じ、ただただ舞台が楽しい、もっと演じたいという、その気持ちでいっぱいなのだとわかりました。天国も地獄も味わった喜久雄の中にずっと変わらず存在する、その純粋な気持ちに、なぜだか泣けてしまったのでした。

吉田さんは実際に黒子になったりして、取材を重ねたそうですが、確かに舞台の場面で描かれているのは、役者の視線。舞台の上から見た、芝居の世界なのですよね。そこに感動してました。

2015年3月 7日 (土)

怒り(上)(下)

2243「怒り(上)(下)」 吉田修一   中央公論新社   ★★★★★

八王子で夫婦が殺害された。現場に残された「怒」の血文字。犯人は山神一也と特定されたが、行方が知れない。それから一年。房総で暮らす洋平・愛子親子の前に、田代という男が現れる。東京の大手企業に勤める優馬は、直人と暮らし始める。女子高生の泉は、沖縄の離島で田中と知り合う。前歴不祥な3人の誰かが、山神なのか・・・。

「悪人」「さよなら渓谷」に連なる作品というので、読んでみました。

いきなり現れた前歴不祥の3人の男。この中に殺人犯がいるのか、いるとしたら誰なのか。それぞれが怪しいといえば怪しいのですが、逆に人を殺せそうな人間にも思えないのです。

では、人を殺せそうな人間というのはどういうものかと考えると、これまたよくわからなくなってきます。明らかに危なそうな人が必ず殺人犯というわけでもない。逆に、虫も殺さぬ顔で人を殺す人だっているのでしょう。

「悪人」でもそうでしたが、根っからの悪人というのは存在しないし、同時に善だけの人間も存在しない。言葉にすると簡単なことが、現実ではこれだけ人を揺さぶるのだと、思い知らされたような読書でした。自分と彼らがどれだけ違うのか、またどれだけ人を信じることができるのか、とうてい他人事とは思えませんでした。

3人の男と、彼らと関わった人々のたどった道は、けっして明るいものではありません。洋平と愛子も、優馬も、泉も、自分の弱さと向き合うというつらい体験を強いられます。それでも、かすかな希望を感じたような気がします。ただ、辰哉のことだけが、重苦しく胸をふさいでいます。

死んだ人はかえってこない。だから、後味のいい話とは言えませんが、たくさんの人に読んでほしい物語です。

2012年7月 1日 (日)

さよなら渓谷

1885「さよなら渓谷」 吉田修一   新潮社   ★★★★

四歳の子供を殺した疑いで逮捕された女の隣家に住む尾崎俊介とかなこ夫婦。事件の取材に訪れた雑誌記者・渡辺一彦は、ひょんなことから尾崎の「過去」を知ってしまう。そして、単なる隣人だったはずの尾崎が、子供殺しに関与しているという噂が流れ・・・。

吉田修一らしい、ざらりとした嫌な感触が全編に漂っています(ほめてるんですよ、一応)。

奇妙なタイトルなので手を出さずにいましたが、だいぶ以前にどなたかのブログで高評価だったので、じゃあ読んでみようかな、と。親による子供殺しの話か?と思って読み始めたら、話は意外な方向に転がっていきました。子供殺しとはまた違った意味で、重い話です。

う~ん。こういうのって、どうなんでしょう。やっぱり、男性と女性では、感じ方や考え方が違うのでしょうか。おそらく、この「違い」はわかりあえない気がします。そのせいか、読み終えても、すっきりしないのです。なんかこう・・・もやもやしたものが、ずっと残っている感じで。でも、それをあえて書こうとする吉田修一ってすごいよなぁ・・・なんてことを考えたりしています。

ただ、どうなんでしょう。最後の渡辺の問いは必要なかった気がします。言わなくても、もう読者にはわかっているのだから。

2011年12月10日 (土)

平成猿蟹合戦図

1793「平成猿蟹合戦図」 吉田修一   朝日新聞出版   ★★★★

長崎の五島福江島から、赤ん坊の瑛太を連れて上京してきた美月は、歌舞伎町で途方に暮れていた。瑛太の父・朋生は五島から博多へ、そして東京へと、仕事を求めてさまよっているらしい。しかし、勤め先だというホストクラブに、朋生はまだ現れない。そんな時、美月に声をかけてきたのは、バーテンの浜本純平。朋生とも顔見知りだという純平に、美月は心を許すのだった。

新聞の書評でもずいぶん好評なので、これは読まねば!と借りてきました。帯のコピーは

「優しい人間がバカを見るような世の中にしちゃいけない」

「新宿歌舞伎町で働くバーテンがニッポンの未来を変えていく!?」

この「バーテンが~」に興味を惹かれましたが、第一幕では何が何だか。いろんな人たちが登場して、それぞれの生活やら事情やらがあって・・・。舞台も東京だったり、秋田だったり、もうさまざま。人間関係もわけわからず。

ただ、いずれこれが収束していくのだろう・・・と辛抱強く読んでいったら、きました! 第二幕で人物をつなぐ糸がはっきり見えはじめ、ああなるほど、と。それが第三幕で、見事に環となります。

元バーテンが国会議員をめざす(というか、めざさなければいけなくなる)物語の展開と構成もよいのですが、それ以上に、「猿蟹合戦」をイメージさせるような弱者が強者に仕返しをするという構図が透けて見えるようでなかなか見えないところが秀逸でした。帯のコピーの一つ目、「優しい人間が~」が、読み進めるにつれじんわり効いてきます。それでいて、仕返しをする側の身を切るような思いと、それでもなお傷つく心情が、それぞれの登場人物に託して語られています。

純平は、悪人ではないけれど、ちゃらんぽらんな男です。ただ、彼がいると、なんとなく場が明るくなり、みんなが元気になってくる。そんな人間が切実に必要とされる社会。それはどうなんだろうと思わないでもないですが。ついつい、今の震災後の世の中に、純平が実在したならどうなっているんだろうと考えてしまいました。

それでも、純平に救われた人たちがいるのも事実。彼は特別なことをしたつもりはないのでしょうけれど。物語の幕切れ、サワばあちゃんの「お話」に、思わずホロリとさせられました。そう。なんの力もなくても、人を「よやさっと」立ち上がられることができたりするのですよね。

最後に、一番印象に残った言葉を。終盤近く、純平の選挙参謀である園夕子が言ったことです。

「結局、人を騙せる人間は自分のことを正しいと思える人なんです。逆に騙される方は、自分が本当に正しいのかといつも疑うことができる人間なんです。本来ならそっちの方が人として正しいと思うんです。でも、自分のことを疑う人間を、今の世の中は簡単に見捨てます。すぐに足を掬われるんです。正しいと言い張る者だけが正しいんだと勘違いしてるんです」

2010年11月17日 (水)

悪人

1614「悪人」吉田修一   朝日新聞社   ★★★★

出会い系サイトで知り合った佳乃を殺してしまった祐一。その祐一と出会い系サイトで知り合い、「逃避行」をすることになった光代。祐一と光代は、互いに少しでも一緒にいたいと切実に願い、逃亡生活を送るのだが、二人の行きついた先は・・・。

ミーハーだと思いながら、借りてきました(笑) 一応、映画化される前から気になってはいたのですが・・・吉田修一作品は、ときどき「うわ!」ってことがあるので敬遠していたのです。

読みながら感じていたのは、「吉田作品は渇いている」ということ。ドライというのではなく、淡々と描かれている場面でも、何かを渇望しているような・・・むさぼるように何かを求めている人間の姿が生々しく(でも、微妙な節度をもって)描かれているのです。これは、初めて吉田作品を読んだときから感じていたことでもあります。

登場人物は、なんとなくどこかにいそうな人たちばかりです。自分ではないけれど、こういう人っているよね、という。それは、祐一や光代だけでなく、殺された佳乃の親とか、佳乃が憧れていた増尾とか、祐一の祖母や母親や・・・。だから、ふっと物語の世界の中に自分もいるような気がすることがありました。

かと思うと、「関係者の談話」みたいなのがところどころに入ってきて、ワイドショーとか週刊誌を見ているような気分になり・・・。この小説そのものが、現代の「事件」のあり様を、多面的に映し出しているのです。読みながら、どんどん引き込まれていきました。

祐一と光代の、互いを何にも代えがたい相手として愛し合う姿は、幻想だったのでしょうか。それとも、やはりあれが、二人がようやく巡り合えた愛だったのでしょうか。光代が言う「あそこに自分を愛してくれる人がいる」という思いは、すごくわかる気がしました。祐一の「自分の言うことを信じてくれる人がいた」という思いも。祐一がそう思う理由は、あまりにもやりきれないですが。

そして、二人の物語ではなく、事件に関わった多くの人の物語として重層的に描いているところが、この物語のすごさです。だから、読み終えて思ったことは、「全くの善人なんてこの世には存在しない。では、悪人とはいったい誰だったのか?」ということでした。

まだ、頭の中がぐるぐるしてます。この間読んだ「横道世之介」は、ほわんとしたテイストの大人の童話という雰囲気でしたが、こちらはガツンガツンきます。なるほど、映画化したくなるわけです。

2010年9月12日 (日)

横道世之介

1564「横道世之介」吉田修一   毎日新聞社   ★★★★

横道世之介。九州から上京した大学1年生。なんとなくボーっとしていて隙だらけ。なんだかしまらない世之介が、東京で過ごした1年間とは・・・。

「悪人」が話題ですが、あえてこちらを。吉田修一、久しぶりです。どうも作品によって私には当たり外れが激しくて、最近は敬遠してました。この本も、主人公の名前があの西鶴からとった「世之介」というので引いていました。が、なかなか高評価なようなので。しかも、どうやら世之介は私と同年代。あのバブル期に学生時代を送った者としては、これは読まなきゃいかんでしょう、と。

結論。ものすごく、よかったです。ほんとは★4.5くらい。5つにしてもいいかなと思ったほど。

個人的にこの時代のふわふわ感というか、みんなが地に足のついてない感じがリアルにわかるというのがポイント高かったです。世之介は、あの当時、どこにでもいた学生です。ごくごく普通の、ちょっと冴えない、そんな人。そんな彼が、「東京」で過ごした1年で、何かを少しだけ得ていく話。

実は、この「何か」という・・・言葉で表現できない「何か」という感覚に、ものすごく共感してしまったのです。あのバブルの時代は、今となってはすごく奇妙な、滑稽なものとしか思えないですが、あの時代を生きていた私たちには、それなりに「何か」があったのですよ。それを説明せよといわれると、口ごもってしまうのですけれど。

時間軸が現在と過去とを行ったり来たりして、世之介に関わった人たちのその後が描かれている構成も、とてもよかったです。祥子が最初は好きじゃなかったけれど、「その後」の祥子があんなふうになっていて、なんだか嬉しかったです。世之介と出会ったことで、祥子も、世之介も、人生の新しい扉が開かれたんですね。

いろんな人と時間がクロスすることで、新しい世界が開けていく・・・世之介のかっこ悪い(というか、ほとんどの人がこんなもんですよね・笑)生き方は、まさに希望を感じさせるものだったと思います。

2007年5月 4日 (金)

うりずん

1111「うりずん」文 吉田修一  写真 佐内正史   光文社   ★★★

 佐内正史の写真に、吉田修一が掌編小説をつけた、写真と小説のコラボレーション。

 いちおう「スポーツ」がキーワードみたいになっています。本の前半に写真がずっと並んでいて、ところどころに「部活」「声援」「解雇」「告白」なんてキャプションがついています。そして、本の後半は、そのキャプションを題名にした小説。
 だいたい、写真を見てもそのキャプションがイメージできないものが多くて、いったいどんな話になるんだろう?と。そして、読んでみて「こうきたか~」。吉田さんのイマジネーションは、私にとっては意外な線が多くて、ちょっと驚きました。
 印象的だったのは、「声援」「告白」「息子」「失敗」といったあたり。
 全体的に主人公が大人に設定されているものが多いので、それなりに共感できました。小説を読んでから写真を見直すと、また見えてくるものが違ったりして楽しかったです。
 それにしても、どうしてこの本のタイトルが「うりずん」なのかしら・・・。沖縄でいう、春と夏の間というか、一年でいちばんいい季節のことなんですよね。

あしか > ちょっと聞いただけじゃ読まなかったかも、と思いますが、まゆさんの書評を読んで我然読みたくなりました。
「こう来たか・・・」って言うのが知りたいですよ! (2007/05/06 01:40)
まゆ > あしかさん、私は吉田修一の感性って自分とは異質だと表いて、だからよけいに意外性を感じたのかもしれません。あしかさんの感想が楽しみです。 (2007/05/06 20:24)

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