1677「兄おとうと」井上ひさし 新潮社 ★★★
兄・吉野作造。民本主義を唱え、大正デモクラシーの旗印となった帝大教授。弟・吉野信次。官僚となり、岸信介や木戸幸一を部下にもち、のちに大臣を歴任したエリート。宮城の田舎出身の、秀才の誉れ高い兄弟は、正反対の道を歩むことになるが・・・。
先日読んだ「この人から受け継ぐもの」第1章吉野作造の項が意外におもしろかったので、吉野兄弟を題材にしたというこの戯曲を借りてきました。
吉野作造は歴史の教科書にも登場するので、もちろん知っていますが、弟が兄とは正反対のエリート官僚の道を歩み、国家統制へと進んでいく道をつくったことは知りませんでした。そして、二人の妻どうしが姉妹だということも。
この戯曲では、10歳ちがいの兄弟が、生涯において床を並べて寝たたった数回の場面を描き、それぞれの境遇・考え方の違いから、その時の社会情勢や、人として大切なものは何かということを浮かび上がらせていきます。
歌劇仕立てのユーモラスなお芝居になっていて、作造も信次も、それぞれの奥方に頭があがらないし、いきなり歌いだしたりで、ああ、これは戯曲として読むよりも、舞台で見たい!と切実に思いました。
作造と信次がどんどん隔たってしまい、その妻たちはそれを案じているのですが、実は兄弟はそれぞれに互いを心配している・・・という設定になっています。しかし、現実ではそう甘くなかったようで。このお芝居は、こうあってほしかったという作者の願いなのでしょうね。
二人がたどりついた結論は、「三度のごはん きちんとたべて 火の用心 元気で生きよう きっとね」という非常にシンプルなもの。でも、すべての国民にそれを行き渡らせることが、どれほど難しいことか。
最後に作造は、言います。
「国民の未来を決める重大なことがらが次から次へと、議会の外で決められている」
「国家が悪いことをすれば、それはかならず国民に返ってくるんだ。忘れるな」
この言葉、私たちは胸に手を当てて、考えてみるべきかもしれません。
最近のコメント