宮下奈都

2018年10月18日 (木)

とりあえずウミガメのスープを仕込もう。

2805「とりあえずウミガメのスープを仕込もう。」 宮下奈都 扶桑社 ★★★★

『ESSE』連載の食にまつわるエッセイと、書き下ろし短編「ウミガメのスープ」を収録。


宮下奈都さんの書くものは、肌に合う。好きというより(もちろん好きだけど)、皮膚感覚でピタっとくる感じ。私には子供はいないから、子育てのあれこれなんてわからない。料理も苦手だから、毎日、仕事をしながら家族のご飯をしっかり作る宮下さんには気後れすらしてしまう。

でも、わかる、と思ってしまう。お子さんとのやりとりにフフッと笑ってしまったり、一緒に泣いてしまったりする。

とても印象的だったのは、「塩鮭の注文」。長男くんが東京に引っ越した後、生協で鮭の注文をしようとして…という話。思わず泣いてしまいました。わかる、気がします。

日々の暮らしとご家族を慈しんでいる宮下さんのエッセイは、読むと心穏やかになる気がします。

2017年12月11日 (月)

つぼみ

2675「つぼみ」 宮下奈都   光文社   ★★★★

三姉妹の末っ子・紗英は、通っている活け花の教室で、中学の同級生だった朝倉くんに出会う。朝倉くんの活けた花に釘付けになった紗英は・・・。(「まだまだ、」)

「手を挙げて」「あのひとの娘」「まだまだ、」「晴れた日に生れたこども」「なつかしいひと」「ヒロミの旦那のやさおとこ」の6編を収録した短編集。前半三作品は、「スコーレ№4」のアナザーストーリーです。

「手を挙げて」は、「スコーレ~」の主人公・麻子の叔母で華道師範の和歌子の物語。「あのひとの娘」と「まだまだ、」には、麻子の末の妹・紗英が登場します。こちらも、華道がらみの話。

華道ってまったくの門外漢なので、ちょっと身構えてしまいましたが、素人ゆえに「へえ、そんなものなのねえ」と素直に読めました。「型」の大事さはわかります、いろんな意味で。

「スコーレ~」では年の離れた姉たちに「お豆さん」と言われていた紗英。麻子や七葉とはまったく違うタイプの紗英にも、彼女なりの物語があって・・・。実は、「スコーレ~」はけっこう忘れていて、慌てて読み直しました。ああ、このときのことが、紗英にはこんなふうに見えていたのか、と。できることなら、次女の七葉の物語も読んでみたいです。

後半三編は、それぞれ独立した物語。「なつかしいひと」は、「本屋さんのアンソロジー」ですでに読んでいました。

いずれもまだ何者かになれない、「つぼみ」のような人たちが登場する物語。でも、つぼみの時期があるからこそ、花が咲くのです。

宮下さんの書くものって、地味で静かな物語が多いのですが、けっこうユーモアもありますよね。そういうところも、すごく好きです。

2017年9月27日 (水)

静かな雨

2643「静かな雨」 宮下奈都   文藝春秋   ★★★★

行助(ユキスケ)は、勤めていた会社がつぶれた冬の日、すばらしくおいしいたいやきを焼く、こよみと出会った。徐々に親しくなった二人だが、こよみは事故にあい、新しい記憶をとどめておけない障害を負い・・・。

宮下さんが新人賞佳作をとった、デビュー作。2004年の作品。

短い物語なので、あっという間に読んでしまい、もっとゆっくり読めばよかった・・・と、しばし呆然。それでも、物語の欠片がいっぱい頭の中を漂っていて、ああ、宮下さんは、初めから宮下さんだったのだなと、しみじみ。

世の一隅でひっそり生きているような人たちを、ふんわりとすくい取るような物語。彼らに奇跡はおきないけれど、それでも生きていける。行助とこよみの静かな強さが、じんわりと読む者の胸に残ります。

生まれつき足に麻痺があり、松葉杖を使っている行助と、事故に巻き込まれ、高次脳機能障害と診断されたこよみ。二人は、社会の基準でいえば弱者なのかもしれないけれど、彼らの世界は豊かで、幸せで・・・。行助の家族たちが、少しずつ彼らのことを理解していく過程が好きでした。

宮下奈都は、私が愛してやまない作家さんですが、その作品世界はここから始まったのだなあと思うと、なんだかとてもいとおしい気持ちになりました。

2017年7月28日 (金)

神さまたちの遊ぶ庭

2612「神さまたちの遊ぶ庭」 宮下奈都   光文社文庫   ★★★★

突然、北海道への移住を決意した宮下家。北海道のど真ん中、十勝・大雪山国立公園にあるトムラウシで一家五人で過ごした一年間を綴ったエッセイ。

あれ?宮下さんって福井の人だったよね? 今、北海道にいるんだ?なんでまた?・・・と、数年前に思ったことがあって。今回、これを読んで、その疑問は解けました。

北海道で暮らしたいという夫の熱意と、「おもしろそう」という子供たちの好奇心に負けて、北海道の山村に移住した宮下さん。自然の中での生活、子供たちの学校の話など、とにかくそこでなければ経験できなかっただろうあれこれが、ぎゅっと詰まっています。

宮下さんはとても柔らかい心の持ち主です。びっくりするような出来事に遭遇しても、それをふんわり受け止める。おもしろいなあ、いいなあ、と思ってしまう。それって、誰にでもできることではないと思うのです。宮下さんが経験したような生活を、受け入れられない人も世の中にはいるはずで。でも、宮下さんが、今、目の前にあるものをストンと受け入れるのを見ていると、ああ、そういうのって素敵だなと思えてくるのです。

私は、トムラウシの小中学校に似たような学校に赴任したことがあって、その時のいろんなことを思い出して、胸がいっぱいになりました。宮下さんがトムラウシを離れる場面は、涙があふれてしまって・・・。

文庫には、二年後の「それから」と、「あとがき」がついています。単行本で読んだ方は、ぜひ文庫も!!

2017年4月 6日 (木)

羊と鋼の森

2555「羊と鋼の森」 宮下奈都   文藝春秋   ★★★★

高校2年の2学期。たまたま立ち会ったピアノの調律が、僕の生きる道を決めた。ピアノどころか、音楽に何の興味もなかった僕が。調律師となってからも、うまくいかないことの連続だけれど、少しずつ何かが見えてきて・・・。

遅ればせながら読みました。

今やすっかり売れっ子になった宮下さん。その大きなきっかけになったのが、この物語。どちらかといえば、地味で、静かな物語だと思うのに、これを支持した人が多かったというのは、なんともうれしい限りです。

主人公の「僕」こと外村は、北海道の山村で育った少年。これといったこだわりもなく、おとなしい、没個性といってもいいようなタイプ。そんな彼が17歳で偶然出会った調律の世界。彼の学校のピアノを調律に来た板鳥に魅せられて、何もわからないまま、未知の世界に飛び込むのです。

外村は専門学校を卒業し、板鳥が所属する会社に無事就職。しかし、板鳥は想像以上にすごい調律師で、一方の外村はすべてにおいて自信がもてず、とまどうばかり。

そんな外村の成長物語ではあるのですが、ものすごくドラマティックな事件が起こるわけではありません。外村が他の調律師やお客たちと関わる中で、じわじわと潮が満ちてくるような変化をしていく感じ。それが、なんともいとおしく、美しいのです。

思えば、宮下さんの物語は、いつもそうです。人と人との関わり。そこから生じる小さな気づき。きっかけ。そうして広がっていく世界。・・・私はそういうものに魅せられているのかもしれません。

ピアノには苦い思い出しかないのですが(苦笑)、それもまた私にとって無駄なものではないのかなと、ちょっとだけそんなふうに思えました。

2017年1月22日 (日)

たった、それだけ

2528「たった、それだけ」 宮下奈都   双葉文庫   ★★★★

贈賄が発覚しそうになって逃亡した望月正幸。彼の失踪後、残された人たちは何を思うのか・・・。それでも生きていくことを選んだ彼らの人生とは。

望月の愛人で、彼の贈賄を告発しながら、「逃げ切って」と望月を送り出す女。この第一話だけでもかなりインパクトがあり、ちょっとドキドキしました。

その後、望月の妻、望月の姉、望月のひとり娘・・・と、話は展開していきます。

自分の家族が犯罪者になったら? 彼女たちの姿はあまりに痛々しくて、読むのがつらいところもありました。

でも、そこは宮下さんですね。読み終えて、残ったものは、小さな希望でした。苦しくて、時には現実から逃げ出しても、生きていくことで見えてくる(かもしれない)希望。物語の終わりは、そんな予感をもたせて、ふわりと着地します。その感じが、すごく好きでした。

2016年7月 3日 (日)

はじめからその話をすればよかった

2448「はじめからその話をすればよかった」 宮下奈都   実業之日本社文庫   ★★★★

宮下奈都の初エッセイ集。

2016年本屋大賞ですか~(「羊と鋼の森」、未読です)。おめでとうございますなんだけど、ちょっと複雑な心境でもあります。自分がひっそりと大事にしてきたものが、一気にメジャーになってしまった寂しさ、かな。

宮下さんとはたどってきた時代が同じなので、ものすごく親近感を感じるというか、読んでいて安心できる作家さんなのです。最初から主人公に感情移入できることはまれなんですが(笑)、いつのまにかどこかでギュウッとつかまれてしまう。ああ、読んでよかったと思える。そんな作家さん。

エッセイも同じでした。最初は物足りないような気がしていたけれど、いつのまにか夢中になって読んでいました。気負わずさらりと書かれているので、こちらも肩の力が抜けて、とても気持ちよくなってきます。そして、地に足が着いているので、こちらも気持ちが安定します。

三人のお子さんの話とか(今はどんな少年・少女になっているんでしょうね)、旦那さまにひとめぼれした話とか、自作解説などなど、興味深い話がいっぱいでした。

2015年7月 4日 (土)

つむじダブル

2319「つむじダブル」 小路幸也 宮下奈都   ポプラ社   ★★★

かっこいいお兄ちゃんと柔道が大好きなまどか。バンドをやっていて、七歳下の妹がかわいくてしかたない由一。あまり似てない兄妹だけど、つむじが二つあるところは同じ。そんなまどかと由一の平穏な日常に、「ひみつ」の匂いがしはじめたのは、一本の電話からだった。

宮下奈都さんがまどかパートを、小路幸也さんが由一パートを書いた合作。

何不自由なく育った兄妹が、家族の秘密に気づく物語。悪人が一人も出てこないお話なのですが、この二人が書くと、まあそれもありかな・・・と思ってしまいます。

それぞれのパートを分けて書いているのだけれど、違和感がなく読めました。十歳の女の子と十七歳の男子高校生の視点の違いはあるのだけれど、それが自然な感じで。

特に、十歳のまどかの今の気持ちは、自分にもこういう時期ってあったなあ・・・と思いながら読んでました。さすが、宮下さん。

今気づいたけど、「小宮家」って、小路さんの「小」と宮下さんの「宮」からとったのですね。

2015年4月18日 (土)

ふたつのしるし

2270「ふたつのしるし」 宮下奈都   幻冬舎   ★★★★

目立たぬように、つくり笑いで周囲をやり過ごす「優等生」の遥名。周囲を困らせてばかりの「落ちこぼれ」のハル。二人の物語はやがて・・・。

「ほんとうに大事なものって、自分で見つけるしかないの。自分にしか見つけられないのよ。」

遥名の言葉が、胸に沁みました。

歳も、住む町も、まったく違う、何の接点もないハルと遥名の物語が交互に語られるという、ちょっと不思議な構成です。それが読み進めていくうちに、あらら・・・と。そして、あの「3.11」の日に、遥名はようやく「しるし」を見つけるのでした。

中学生になれば、高校に入れば、東京の大学に行けば、社会人になれば・・・そうやって、今じゃないどこかに何かが待っていると思い続けた遥名。なまじ頭もよくて、見た目もきれいで、だからこそ余計に生きづらかったんだろうな、と。でも、誰しも、「今、ここじゃないどこか」にこそ、大事なものがあるんじゃないかって思ってしまうところ、あるのではないでしょうか。

ハルの生き方は、胸が詰まるような感じで、読んでいてちょっとつらかったのですが、最後の最後で、ほっとしました。二人が幸せで、よかったと素直に思えました。

自分の若い時のことを思い出したりして、ちょっとヒリヒリしましたが(苦笑)、読んだ後、幸せな気持ちになれるような、そんな物語です。

2014年2月12日 (水)

田舎の紳士服店のモデルの妻

2093「田舎の紳士服店のモデルの妻」 宮下奈都   文春文庫   ★★★★

竜胆(りんどう)梨々子。夫・達郎と二人の息子と東京で暮らす専業主婦。ところが、夫がうつで会社をやめ、夫の故郷の北陸の町に移り住むことに。30歳から40歳までの10年間の梨々子の生活を、2年間隔で描く。

図書館でめぐりあえず、待ちきれなくて文庫で買ったはいいものの、なんだか読む気になれず、積読してました。ふと気になって手に取ったら・・・沁みました。やはり、本を読むにもタイミングってありますね。

あまり事件らしい事件はおきません。まあ、起きていると言えなくもないですが。梨々子は、普通の主婦。はた目には十分「幸せ」と思える家庭なのですが、夫がうつになってから、特にもいろんなことを考えてぐるぐるしています。その様子がリアルなのです。考えて、考えて、でも途中でそれを放棄してみたり(笑) 自分を責めてドーンと落ちるのかと思うと、ふっと力が抜けてしまったり。なんか、ユーモラスなんです、梨々子って。たくましいというのかな。そんな感じも含めて、リアル。

うちには子供はいませんが、梨々子のぐるぐるはわかる気が、します。夫とのあれこれも。「自分はひとり」という思いも。等身大という言い方はあまり好きじゃないのですが、梨々子はまさに等身大の女性という感じ。宮下作品にはそういう主人公が多いですが、これは、女・妻・母として、等身大の女性が描かれた物語といえるかもしれません。

以前の私なら、梨々子に共感できなかったかもしれません。でも、今なら。私もまた、「何者でもない私」の一人なので。

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