山本周五郎

2010年7月 7日 (水)

樅の木は残った(下)

1521「樅の木は残った(下)」山本周五郎   新潮文庫   ★★★★

たび重なる領地争い、幼君亀千代の毒殺未遂・・・酒井候にそそのかされた伊達兵部に手による内紛は、いよいよ伊達家をのっぴきならないところまで追い込んだ。心ある者たちが次々と罠に落ちていくのを眺めながら、甲斐は自分がなすべきことをなす時期が来たことを知る。

とうとう、最終巻。伊達騒動のクライマックスです。追い詰められていく中で、甲斐は心身ともにぎりぎりの状況に追い込まれていきます。単なるヒーローものになっていないあたりが、さすがです。本来の自分の意志とは異なると自覚しながら、伊達家の重臣・原田甲斐としての役目を命がけで全うしようとする生き方は、決して幸せそうには見えません。彼と対比させるように描かれるのが、宮本新八とおみや。愛欲におぼれ、堕落した人生を歩んでいたような二人が、武士を捨て、再生して、新しい一歩を踏み出す姿は、甲斐たち「武士」の生き方の矛盾を浮かび上がらせます。

甲斐にとって、唯一心をなぐさめてくれるのは、宇乃の存在なのでしょうが・・・。もはや理屈ではない、この二人の深い結びつきは、私にはちょっとぴんときませんでした。どちらかというと、おくみに共感してしまいます。

一番、印象に残ったのは、甲斐のこの言葉でした。

「意地や面目を立てとおすことはいさましい、人の眼にも壮烈にみえるだろう、しかし、侍の本分というものは堪忍や辛抱の中にある、生きられる限り生きてご奉公をすることだ、これは侍に限らない、およそ人間の生きかたとはそういうものだ、いつの世でも、しんじつ国家を支え護立てているのは、こういう堪忍や辛抱、-人の眼につかず名もあらわれないところに働いている力なのだ」

2010年7月 6日 (火)

樅の木は残った(中)

1520「樅の木は残った(中)」山本周五郎   新潮文庫   ★★★

酒井雅楽頭と伊達兵部との間の密約。そこには、伊達藩に内紛を起こし、取りつぶしを狙う幕府の陰謀が隠されていた。それに気づいた原田甲斐は、幕府の思惑に対抗すべく、孤独な闘いを続けていた。しかし、藩内の揺れはますます大きくなり、人々の運命を飲み込んでいく・・・。

生々しいですねえ。山本周五郎らしいと言えば、その通りですが。おおざっぱなストーリーしか知らなくて、「逆臣と言われていた原田甲斐を忠義の臣として描いた物語」くらいの認識しかなかったのですが・・・甲斐もただの「いい人」ではなく、非常に人間くさく描かれているのにちょっと驚きました。

甲斐を取り巻く人たちも、それぞれに欲もあり、弱さもあり、全然かっこよくないのです。でも、いつのまにかその人間ドラマにひきこまれてしまいます。

私は歌舞伎の「先代萩」はあまり好きじゃないのです。自分の子供を犠牲にして主君を助ける・・・というのは、美談なのかもしれません。が、私はどうしても嫌です。武士社会の価値観なので、現代人の感覚で善悪を言うべきじゃないと思うのですが。この巻では、鬼役(いわゆる毒見役)を志願した若い家臣に対する作者の視線に、非常に共感しました。彼にはそうせざるを得ない(と思いこむ)理由があったのですが、それを決して是としていないのです。わが身を犠牲に・・・というのは、決してほめられることではない。甲斐の目を通して語られる作者の声を聞いた気がしました。

2010年7月 3日 (土)

樅の木は残った(上)

1519「樅の木は残った(上)」山本周五郎   新潮文庫   ★★★

仙台藩主・伊達綱宗が幕府から逼塞を申しつけられた。そして、綱宗のそば近く仕えていた者たちが「上意討ち」として暗殺された。「伊達騒動」はこうして幕を開けた。藩の重臣・原田甲斐は何事かを胸に秘めて、ひそかに行動を起こし始める。

現実逃避の読書をしたい時は、時代物に限る・・・というのが私の持論なのですが。今回は、さすがになかなか進みませんでした。おおまかな筋は知っているし、山本周五郎ならはずれはないし・・・と思ったのですが。登場人物が多くて、なかなか名前が覚えられない。やっぱり、今はもうちょっと楽なものにすればよかった。選択ミスです。

さて、伊達騒動とか歌舞伎の「先代萩」とか、あらましを知っているのでなんとかついていけますが、いろんな人間関係とその思惑が入り組んでいて、なかなかわかりづらいです。そもそも、主人公の原田甲斐が、肚の底を見せない人物なものだから、読んでいてもストレスがたまります。

いつもながら、人間の善なるものだけでなく、醜い部分も、すっかり描いてしまって、それでいて嫌味がない筆はさすがだなあと思います。

しかし、あと2冊か・・・。せっかく読み始めたのだから、ぼちぼち読んでいこうっと。ただ、何かで気分転換しないともたないなあ。

2005年1月12日 (水)

さぶ

722「さぶ」山本周五郎   新潮文庫   ★★★★

 経師屋の職人で同い年の栄二とさぶ。男前で向こうっ気が強く、腕のいい栄二。ぐずでさえないけれど誠実なさぶ。全く対照的な二人は、互いに支えあって生きていた。
 ところが、栄二は無実の罪を着せられ、やけになって人足寄場に落ちてゆく。そんな栄二を気遣うさぶは・・・。

 読みたいものがたくさんあるけれど、読んでいない作家が山本周五郎。これは5年くらい積読してました。
 タイトルは「さぶ」ですが、主人公は栄二。明るい前途が開けていたはずの彼が、濡れ衣を着せられ、ぐれてしまうのです。怒りだけを抱えて、自分のことしか見えなくなっている栄二の姿は痛々しくすらあるのですが、気持ちはわかるような気がします。
 かたくなな栄二の心をほどいていくのは、人足寄場の与平や赤鬼たちであり、栄二のもとに通ってくれるおすえやおのぶ。人は一人で生きていけない、ということに栄二が本当に気づいた時、彼はさぶの存在をあらためて大きく感じるわけです。
 それにしても、安易にハッピーエンドに流れるのではなく、栄二の人生は二転三転。そうそう簡単に「成長」できません。読んでいて、「うわ、またこうくるか」と思うのですが、読み終えてみると、そこがよかったな~と思うのです。

 私も昨年は仕事でけっこう大きなポジションをまかせられ悪戦苦闘しましたが、実際やってみて感じたことは「私一人の力じゃない」ということでした。
 うまくいかない時、悩んでいる時、どれだけ周りに助けられたかわかりません。方向性が決まるまでは議論もしますが、いざ動くぞ!となった時、サポートに徹してくれる同僚のありがたさを痛感したものです。同時に、私は今まで本当に人を支えたことがあったのか、と深く反省しました。
 そういう自分の気持ちが、栄二の気持ちとシンクロする部分があって、いろいろ考えさせられました。

 主人公は栄二なのに、なぜタイトルは「さぶ」なのか。それは、読み終わったあとに、しみじみと納得できるのでした。

ハイジ > この作品原作は未読ですが、ドラマがすごくよかったのでぜひ、と思っていました。ドラマは栄二が藤原達也でさぶが妻夫木くんの2時間ドラマでした。私も山本周五郎ノータッチなんです。母が大好きなので素材は山ほどということで、今年こそ読んでみようと思います。 (2005/01/13 01:32)
まゆ > さぶが妻夫木ってかっこよすぎません?(笑)おすえとおのぶは誰が演ったんでしょう?私はずーっと前に宝塚で舞台化されたのをきっかけに本を買ったのですが、積読してました。
宮部みゆきがかなり影響受けてるみたいなので、山本周五郎は少しずつでも読んでいきたいなと思ってます。去年「赤ひげ診療譚」は読んだので、次は何にしようかな。 (2005/01/13 17:10)
スミス > 私も「さぶ」好きです(雑誌の方じゃなくて)。ミステリとしても一級品だと思います。完全に背負い投げを食らったような気分になりました。 (2005/01/13 19:08)
ハイジ > ちなみに・・・おのぶは「田畑智子」おすえは「吹石一恵」でした。別にブッキーファンでない私ですが、「さぶう~」とラストは号泣でした。 (2005/01/13 19:58)
まゆ > スミスさん、私は宝塚の方で筋立ては知っていたので、「えっ!」というのはなかったんですが・・・だからこそいっそう、人の心の危うさは感じましたね。 (2005/01/13 23:31)
イギー > おもわずレスしてしまいました。山本周五郎を読んでいました。一番最初に読んだのがこの作品です。申し訳なくも内容が薄ら覚えなんですが、いろんなことを考えさせられた大切な作品のひとつです。 (2005/01/13 23:32)
まゆ > おお、ハイジさんありがとうございます。田畑さんは好きですが、おのぶはもうちょっと艶のある女優さんがよかったなあ。でも、ドラマ見たかったですねえ。DVDになってないかしら。無理かなあ。 (2005/01/13 23:33)
まゆ > イギーさんのスタートはこれでしたか~。私は「柳橋物語」が最初です、たぶん。読んでみたい作品たくさんあるので、ちょこちょこトライしたいと思います。 (2005/01/13 23:35)
北原杏子 > こんばんは。山本周五郎は短大時代のゼミの講座で取上げられており、幾つか読んだ記憶があります。「さぶ」もたぶん読んだのだろうと思うのですが…記憶が定かでありません。あとは「柳橋物語」、それに「樅ノ木は残った」でした。後者はよく読んだ、と思いました。こんなことでもなければ絶対に読まなかったでしょうか。惜しむらくはほとんど記憶に残っていないのですが…自分のなかで読んだ~と満足して終わってしまったという感じです。短大の頃の懐かしい記憶を呼び覚まされ、思わずレスさせていただきました。 (2005/01/14 00:36)
nanako > これも宝塚の原作なんですね。それは知りませんでした。ちなみに何時頃の何という作品なんでしょう?
山本周五郎は未読だけど気になっていた作家さんなので、私もこのあたりからスタートしてみようかな。 (2005/01/14 02:02)
ハイジ > まゆさん、DVDなってますよ。テレビ朝日かなんかの開局記念で三池崇が監督したんですが、その後劇場公開もされていました。うちの近くのレンタルにもあったので、覗いて見てください。 (2005/01/14 02:16)
まゆ > 北原杏子さん、私はずーっと前から「樅の木は残った」を読みたいと思いつつ、未読なんですよ。山本周五郎はなかなか人間描写が鋭くて、一筋縄でいかないストーリー展開など、手応えがあって好きです。これから少しずつ読んでいこうと思ってます。 (2005/01/14 19:06)
まゆ > nanakoさん、97年花組バウです。タイトルは「白い朝」、主役の栄二は、当時花組3番手だった匠ひびきでした。ちなみにさぶが伊織直加、おのぶが渚あきちゃん、そして栄二の妻になるおすえは、現・雪トップの舞風りらちゃんでした(さっき、ステージアルバムでしらべました)。山本作品では「柳橋物語」も舞台化されてて、月組で「川霧の橋」の題で上演されました。主演は剣幸。天海祐希がものすごい悪役でした。 (2005/01/14 19:11)
まゆ > ハイジさん、DVDあるんですか!うわ~、探してみます。情報ありがとうございます!! (2005/01/14 19:12)
nanako > 97年ですか。それほど古くないけど流石にその頃のバウまではわからないです(泣く)スターの顔ぶれも一新されちゃってますね。 (2005/01/14 23:53)
まゆ > 主要キャストで残ってるのはりらちゃんだけですもんね。この演目を聞いた時、なんでダンスのチャーリーに時代劇なんだろう?と思ったものです。ただ、あらすじを聞いておもしろそうだと思い、いつか原作を読もうと思ったんですよ。 (2005/01/15 10:35)

2004年1月26日 (月)

赤ひげ診療譚

436「赤ひげ診療譚」山本周五郎   新潮文庫   ★★★★

 長崎遊学ののちには、幕府の御番医の地位が約束されていた保本登。しかし、遊学中に許婚のちぐさはほかの男の元に走り、あげくに小石川療養所の見習い医となることを命ぜられる。栄達の道を閉ざされたかに思い、荒れる登の前に、療養所の医長・「赤ひげ」こと新出去定が現れる。型破りなこの医師との出会いが、登を少しずつ変えてゆく。

 なぜ私がこれを読んだか、わかる方はどうぞニヤリとしてください。
 先日読んだ宮部みゆき「淋しい狩人」の中に、この物語がモチーフの一つとして登場するのです。いつか読もう読もうと思いつつ、忘れていた一冊。ようやく読めました~。
 この物語は、小石川療養所の若き見習い医・登を主人公にした連作短編です。物語のキモは、登の「変化」です。「成長」と言ってもいいのかもしれません。最初は鼻持ちならないいやなヤツなんですが、徐々に変わっていきます。
 というと、一見、青年医師の爽やか成長物語のように聞こえますが、実はそうでもありません。登が出会う患者たちの抱える事情というのはやりきれないものばかりだし、そのほとんどが明快に解決するわけではありません。むしろ、何がしかの問題を抱え込んだまま、日々の暮らしの中に埋没していく人生が多く描かれます。勧善懲悪、大団円という世界ではないのです。
 人は美しいものだと語りながら、同時に人ゆえの弱さ、醜さを見つめる赤ひげの視点がひどく印象的でした。宮部さんもこういうところ、影響受けたのかもしれませんね。
 山本周五郎、久々に読みました。わりと好きなのですが、実はまだ読んでない作品がいっぱいあるのです。「樅の木は残った」も未読。いずれチャレンジしたいと思っているのですが。

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