松風の記憶
1875「松風の記憶」 戸板康二 創元推理文庫 ★★★★
歌舞伎俳優・浅尾当次が、巡業先の広島の古刹で亡くなっているのが発見された。その日、修学旅行で現場に居合わせた女子高生・仲宮ふみ子は、数年後の当次の息子・当太郎と出会う。しかし、それが新たな事件の幕を開けてしまった。事件を解き明かすのは、当次の友にして名探偵・中村雅楽。
中村雅楽探偵全集第5巻にして最終巻です。とうとう読破しました。
今回は、「松風の記憶」「第三の演出者」の長編2編ということで、ちょっと腰がひけていましたが、読み始めたら一気でした。前者は歌舞伎の世界を舞台にしたもの、後者は新劇ものです。
やはり、雅楽ものは歌舞伎だよなあ・・・というのは、いつも思うことなのですが。「松風の記憶」も、それをしみじみと感じました。書かれた時代が古いので、もうこの設定自体通用しないでしょうとは思うのですが、芸の世界の裏にある愛憎やら情念やらを描いて、それでいて読後に残るのはまさに「松風の音」のみ・・・という。驚いたのは、雅楽ものとしては初期の頃に書かれたものだということ。とてもそんなふうには思えませんでした。
歌舞伎という独特の世界だからこそ成り立つ事件といえるのかもしれません。でも、それだからこそ戸板康二にしか書けない、中村雅楽が活躍する価値がある、という気がするのです。
「第三の演出者」の方は、ある劇団で起こった事件を、竹野記者が関係者の談話を聞き書き、最後にそれに関する雅楽の推理が述べられるという趣向。一つの事件、一人の人物が、語る人によって異なる様相を見せるという、これはそのまま昨今のミステリにもありそうな設定でした。
読み終えて、もう雅楽丈を観ることもないのか・・・と、非常に寂しい気持ちでいっぱいです。この巻には、著者のエッセイが100ページほど載っています。雅楽ものに関すること、それを書くことになった江戸川乱歩とのことなどなど・・・。雅楽全集を読んできた読者には、うれしいおまけでした。個人的に興味深かったのは、戸板さんが劇評を書いていた当時の思い出(1篇しかなかったですが)。歌舞伎全集に書かれた戸板さんの解説をむさぼり読んでいた学生だった私としては、やはり戸板さんは歌舞伎の世界の人、なのです。
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