戸板康二

2012年6月 9日 (土)

松風の記憶

1875「松風の記憶」 戸板康二   創元推理文庫   ★★★★

歌舞伎俳優・浅尾当次が、巡業先の広島の古刹で亡くなっているのが発見された。その日、修学旅行で現場に居合わせた女子高生・仲宮ふみ子は、数年後の当次の息子・当太郎と出会う。しかし、それが新たな事件の幕を開けてしまった。事件を解き明かすのは、当次の友にして名探偵・中村雅楽。

中村雅楽探偵全集第5巻にして最終巻です。とうとう読破しました。

今回は、「松風の記憶」「第三の演出者」の長編2編ということで、ちょっと腰がひけていましたが、読み始めたら一気でした。前者は歌舞伎の世界を舞台にしたもの、後者は新劇ものです。

やはり、雅楽ものは歌舞伎だよなあ・・・というのは、いつも思うことなのですが。「松風の記憶」も、それをしみじみと感じました。書かれた時代が古いので、もうこの設定自体通用しないでしょうとは思うのですが、芸の世界の裏にある愛憎やら情念やらを描いて、それでいて読後に残るのはまさに「松風の音」のみ・・・という。驚いたのは、雅楽ものとしては初期の頃に書かれたものだということ。とてもそんなふうには思えませんでした。

歌舞伎という独特の世界だからこそ成り立つ事件といえるのかもしれません。でも、それだからこそ戸板康二にしか書けない、中村雅楽が活躍する価値がある、という気がするのです。

「第三の演出者」の方は、ある劇団で起こった事件を、竹野記者が関係者の談話を聞き書き、最後にそれに関する雅楽の推理が述べられるという趣向。一つの事件、一人の人物が、語る人によって異なる様相を見せるという、これはそのまま昨今のミステリにもありそうな設定でした。

読み終えて、もう雅楽丈を観ることもないのか・・・と、非常に寂しい気持ちでいっぱいです。この巻には、著者のエッセイが100ページほど載っています。雅楽ものに関すること、それを書くことになった江戸川乱歩とのことなどなど・・・。雅楽全集を読んできた読者には、うれしいおまけでした。個人的に興味深かったのは、戸板さんが劇評を書いていた当時の思い出(1篇しかなかったですが)。歌舞伎全集に書かれた戸板さんの解説をむさぼり読んでいた学生だった私としては、やはり戸板さんは歌舞伎の世界の人、なのです。

2012年1月 1日 (日)

劇場の迷子

1805「劇場の迷子」 戸板康二   創元推理文庫   ★★★★

老齢ゆえ舞台に立つことはほとんどなくなった名優・中村雅楽。しかし、雅楽のもとには、歌舞伎の口伝を聞くために、多くの役者たちが訪れている。その中には、奇妙な出来事の謎解きも含まれていて・・・。

「中村雅楽探偵全集」第4巻。年をまたいでの読書になりました。

能楽師の息子が歌舞伎の劇場で行方不明になる表題作「劇場の迷子」をはじめ、雅楽ものの短編28編を収録。歌舞伎の醍醐味を堪能できる名作ぞろいです。

今回は、特にも役者たちの心情に絡む事件や、雅楽が孫ほどの年齢の美少女たちをいとおしむ気持ちに触れたものが多く、実に読みごたえがありました。雅楽の昔日の恋が語られるものも複数あり・・・そうそう、子供がいないはずの雅楽に「孫」が!という話も。

話の途中でふと頭に手ぬぐいをのせ、台詞を口にした途端、その手ぬぐいが白髪のかつらに見えるとか、雅楽の役者としての力量を感じさせる描写もあり、とにかくおもしろくて、ひたすら読み続けました。

この文庫の帯のコピーは「優美なり雅楽の絵解き」とあるのですが、まさに至言。

短編集はこれで終わりで、残すところは第5巻の長編「松風の記憶」のみ。残る一冊、大事に読みたいと思います。

2011年10月10日 (月)

目黒の狂女

1768「目黒の狂女」 戸板康二   創元推理文庫   ★★★★

新聞記者・竹野が講演に訪れた帰り、バス停で奇妙な女に花を一輪手渡された。そして、また次の機会にも同じことが。それが三度繰り返されたとき、あまりの気味悪さに、旧知の老優・中村雅楽に相談した。謎解きの名人である雅楽は、たちどころに真実を明らかにしてくれたが・・・。

「中村雅楽探偵全集」第3巻です。

今回は、女性にまつわるミステリが多く、淀君悪女説に真っ向から対抗する歴史推理「淀君の謎」や、竹野の若き日の恋が語られる話、雅楽と夫人とのなれそめ等々、ちょっと艶っぽい話が多く、ついつい一気読みしてしまいました。こんなに分厚い本なのに。

やっぱり、女性がからむと華やかになります。雅楽ものでは、歌舞伎ネタのミステリが好きですが、舞台ものになっちゃうと、どうしても男性ばかりになってしまうので・・・。

好きなのは、「お初さんの逮夜」。夫婦の情というものをしみじみと感じさせる佳品です。「女形の災難」「先代の鏡台」「楽屋の蟹」「木戸御免」もよかったです。

この文章がもつ独特のリズムが、読んでいて非常に心地よいのです。またすぐ4巻を買いに行かなくては。

2011年9月14日 (水)

グリーン車の子供

1755「グリーン車の子供」 戸板康二   創元推理文庫   ★★★★

老優・中村雅楽に、7年ぶりに舞台出演の依頼が舞い込んだ。演目は「盛綱陣屋」。しかし、雅楽は出演を渋っていた。そんな折、大阪からの新幹線に乗った雅楽は、一人の少女と隣り合わせる。東京に着くころ、雅楽は舞台に出ることを決めていた。雅楽の心を変えた理由とは。

中村雅楽探偵全集の第2巻。日本推理作家協会賞受賞の表題作をはじめ、「日常の謎」系の短編ミステリを集めたものです。

一話が短く、20分くらいで読めてしまうので、早起きできた朝に布団の中で一日一話ずつ、ちまちまと読んでいました。全部で18話。さらに、作者本人の「受賞の言葉」や、受賞時の裏話、過去に文庫化された時の解説も収録と、第1巻「團十郎切腹事件」に引き続き、読み応え十分な一冊です。

やはり白眉は、表題作「グリーン車の子供」だと思いますが・・・これは、なんとなくオチが読めてしまいました。さまざまな「日常の謎」がおさめられていますが、個人的には歌舞伎に関する事件の方がおもしろかったです。

もはや高齢で一線を退いた歌舞伎俳優・中村雅楽のたたずまいが、実によいのです。舞台には立たずとも、過去の名優をじかに見てきた雅楽は、芸の型や口伝などをよく知っている生き字引のような存在。若手は、新しい役がつくと雅楽のところにその役の心得を教わりに来るのです。そういう雅楽は、意外にもハイカラな趣味もあり、好奇心旺盛で、新聞記者の竹野から聞いた話をもとに、謎を解いてしまう・・・。

「安楽椅子探偵」の典型ですが、そこに歌舞伎という要素が加わることで、戸板康二ならではの世界が展開するわけです。

無事に2巻を読み終えたので、今度、3巻を買いに行こうと思います。あ~、次が楽しみ。

2011年5月12日 (木)

團十郎切腹事件

1698「團十郎切腹事件」戸板康二   創元推理文庫   ★★★★

八代目團十郎は、なぜ自刃したのか。歌舞伎俳優・中村雅楽が、歴史の謎に挑む表題作ほか、歌舞伎界・演劇界を舞台におこる犯罪を、名探偵雅楽が解き明かす短編集。

ずいぶん前に読もうと思って挫折した記憶があるのです。当時は、新本格ブームで、トリッキーな本格ものの波に乗っていて、ちょっと古めかしいような、オーソドックスな謎解きものを、あまりおもしろいと思わなかったのでしょう。

ところが、今読んでみると、めちゃくちゃおもしろいではないですか。

古き良き時代の・・・というのは語弊があるかもしれませんが、シンプルながら深みのある雅楽の謎解きに、すっかり夢中になってしまいました。もちろん、ワトソン役の新聞記者・竹野との名コンビあっての物語。もっとも、作者のイメージでは、雅楽はホームズというより、ドルリー・レーンらしいですが。それゆえ、かの名作「Yの悲劇」をほうふつとさせる話もあります。

歌舞伎を知らなくても楽しめると思いますが、歌舞伎を知っていると、なお楽しめるミステリです。思えば、私が歌舞伎に興味をもったとき、その道しるべとなったのは、戸板康二の解説書でした。そういう人の書いた歌舞伎ミステリなら、おもしろくないわけがないのですね。

これは、創元推理文庫の「中村雅楽探偵全集」の1巻。読んでおもしろかったら、次も買おうと思ったのですが・・・これはもう、全巻そろえちゃうしかないでしょう!

ちなみに、この巻は、江戸川乱歩による解説もあり、中村雅楽が誕生するきっかけは乱歩にあったことがわかります。そういう意味でも、ミステリファンには素通りできない一冊です。

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