木内昇

2019年9月23日 (月)

よこまち余話

2949「よこまち余話」 木内昇   中央公論新社   ★★★★

路地に沿って建つ長屋に暮らす人々。お針子の齣江。一人暮らしの老婆・トメ。魚屋の息子の浩三。つつましやかな暮らしの中にふいに忍び寄るあやかしの気配は、彼らをどこに誘うのか・・・。

 

この話、好きだなあ・・・と、しみじみ。不思議譚というのが好きなのですが、その不思議の方向性(?)みたいなものが、すごく私好みだったのです。いや、結局なんだったのかはよくわからないままなんですが。

ごく普通の長屋の人々だけれど、どこかに不思議を抱えていて。齣江とトメはたまに奇妙な会話をしているし、ごく普通の少年に見える浩三も、自分の影と話していたりするし。彼らの周りにも人ならぬような奇妙な人々がふわふわと登場して、不思議の世界を彩っていくのです。

能が重要な要素として使われていますが、齣江がなぜ「花伝書」をもっているのか、それがどこから来たものなのかがわかるあたりで、なんとも言えないせつなさと哀しさで、胸がいっぱいになりました。

静かな静かな物語ですが、内奥しているものはとても豊か。

なんとなく梨木香歩さんの描く世界と似ているような気がしました。

2019年1月21日 (月)

球道恋々

2849「球道恋々」 木内昇   新潮社   ★★★★

明治39年。業界紙編集長の宮本銀平に、母校・一高野球部からコーチの依頼が。万年補欠だった銀平はとまどいながらもコーチ業に精を出す。さらに、ひょんなことから作家・押川春浪の野球チームにも所属することになり、ますます野球に熱中する。そんな折、大新聞が「野球害毒論」を展開し、銀平たちは憤慨するが・・・。

大河ドラマ「いだてん」にはまっています。その中に「天狗倶楽部」という面々が登場していまして。押川春浪らを中心としたスポーツ集団というか、早稲田や慶應などのエリートで、それなりの家柄のお坊ちゃまたちが、野球をやったり、応援団をつくったり、とにかくエネルギーを持て余してわちゃわちゃしてる感じなのですが。その「天狗倶楽部が登場しますよ~」という新潮社Twitterにそそのかされ、手に取りました。木内昇を読むのも久しぶり。

主人公は何をやってもイマイチ冴えない銀平。彼が一高野球部のコーチに就くところから物語は始まります。万年補欠の銀平にお鉢が回ってきたのは、ほかのOBは仕事が忙しそうだから。その理由に内心忸怩たるものがありながらも、野球に真摯に向き合う銀平。彼を支えてくれるはずのほかのOBたちは、やたらと精神論に走ったり、現役部員たちを威嚇したり。しかも、かつては圧倒的な強さを誇った一高の強さにも翳りが見え、部員確保も困難に。

そんな状況下で奮闘する銀平なのですが・・・なんというか、この人物造詣がすごく良い、のです。ものすごく中途半端な生き方をしているような印象なのですが、部員たちを威圧することなく(まあ、自信もないからですが)、自分の理念を押し付けるでもなく(ご大層な理念など持っていないとも言うが)。どうしたら勝たせてやれるか、野球を楽しめるか、ものすごく悩みながらも、決して人を追い詰めたり、見下したりしない。

もっとも、そういう銀平も、父親との葛藤や、仕事に対する不安と不満など、抱えているものはいろいろあるのですが・・・でも、なんかいいなあ、と思えるのです。

物語の中では、いくつかの「死」が描かれます。それは、銀平たちを容赦なく傷つけるのですが、その対極の「生」の象徴として描かれる最終章野球のシーンでは、思わず目頭が熱くなりました。

これは、銀平たち野球に恋した男たちの、青春物語。もう妻子もちのおっさんにだって、青春はあるのだ!

なお、「天狗倶楽部」は、ドラマのそれよりだいぶくたびれた雰囲気でした(笑)

2018年9月13日 (木)

火影に咲く

2792「火影に咲く」 木内昇 集英社 ★★★★

幕末の京に生きた男たち。彼らと出会った女たち。人生の一瞬の光と影を切り取った短編集。


「紅蘭」…梁川星厳 「薄ら陽」…吉田稔麿 「呑龍」…沖田総司 「春疾風」…高杉晋作 「徒花」…坂本龍馬 「光華」…中村半次郎

幕末の歴史に名を残した男たちと、彼らに関わった女たちの物語。さまざまな角度で人の生きざまを切り取った作品集です。

決して完全無欠のヒーローではない人間の、満たされぬ思いや劣等感、寂しさ、やりきれなさをひっそりとした空気の中で描いています。

土佐藩士・岡本健三郎の目を通して、坂本龍馬を描いた「徒花」、沖田総司と老女との交流を描いた「呑龍」が印象的でした。

2012年5月26日 (土)

浮世女房洒落日記

1868「浮世女房洒落日記」 木内昇   ソニーマガジンズ   ★★★★

古い洋館の屋根裏に置かれた木箱。その中から出てきたのは、江戸時代の日記の現代語訳。その著者お葛は神田にある小間物屋の女房で、二人の子をもつ母。二十七歳のお葛の日常とは・・・。

以前お薦めされていた一冊、ようやく読みました。いやあ、おもしろかったです。

お葛の日常は、ごくごく普通の江戸の女房そのもの。生粋の江戸っ子を夫にもち、小間物屋を切り回す日々。生活はカツカツだけれど、それはいずこも同じ。火消目当てに火事見物にはせ参じたり、隣の扇子屋の娘おさえの恋路にやきもきしたり。ご近所とのつきあいや、花見、花火見物、芝居見物、神田祭の大イベント。子供の成長に一喜一憂し、亭主との喧嘩では何が何でもやりこめないと気が済まず・・・。

ものすごく共感できるお葛の心情。それに、江戸時代ならではの風習が描写されていて、「時代が変わっても、人の感じ方は大きく変化するわけではない」ということを、強く感じます。

お葛は「笑い」に対してこだわりがあり、何度か記述があるのですが、そこがとても印象的でした。あきらめて、なげやりな笑いではなく、生きていくために大切な笑い。実際、お葛と亭主とのやりとりなんか、こちらも笑ってしまうのですが(本人たちは大真面目)。

この日記は、ある一年の元日から大晦日まで。とんでもない出来事は起こらないけれど、お葛にとってはそれなりに大きな出来事があったり、ささいなことどもは絶えず起こり・・・。世の中の動きなんて全く無関係、日々の暮らし、自分の目の届く世界が全てのお葛ですが、毎日の生活というのはそういうものかもしれません。

2011年10月22日 (土)

茗荷谷の猫

1771「茗荷谷の猫」 木内昇   平凡社   ★★★

東京の片隅に生きた名もない人々の営み。明治維新から関東大震災、戦争を経て、戦後へ・・・。日本の首都として激動の時代の中心にあった東京で、光の当たることのない場所で生きてきた人の姿は・・・。

「漂砂のうたう」で直木賞を受賞した木内さんの連作短編。

残念ながら東京の地理に詳しくないので、具体的な場所のイメージはつかめないのですが・・・。東京という町で生きてきた名もない人々の姿が、実に印象的に描かれていて、読んでいる間、不思議な空気にとらわれている気分でした。

それぞれの話が、意外なところでさりげなくリンクしているのが効いていて、そこがとっても好きでした。特に、染井吉野の話が。

歴史に名を残すような華々しい人生を送る人間は、ほんのひと握り。ほとんどはありふれた生活しかできないし、中にはそれすらできず、道を踏み外していく者も。そんな日の当たらない部分を描き出すのが、本当に巧みな作家さんなのだなあというのが、これを読んでの印象です。

内田百閒が登場したのが、個人的にはツボでした。

2011年4月17日 (日)

漂砂のうたう

1684「漂砂のうたう」木内昇   集英社   ★★★★

明治の世になって10年近くがすぎようとしていた。根津の遊郭で働く定九郎は、いまだに己の居場所を定められずにいる。住処ももたず、仕事も中途半端なまま、日々を過ごす定九郎は、御一新とやらで世の中がひっくり返って以来、そんな生き方を続けているのだった。新しい時代に取り残されたような遊郭で生きる定九郎たちだったが・・・。

第144回直木賞受賞作。

直木賞の発表の時、男性だとばかり思っていたら、女性でびっくりしました。「きうち のぼり」と読むのですね。時代ものだし、「維新から取り残された」というコピーに惹かれて、これは絶対読もうと思っていたのです。

時代が大きく変わるというのは、当事者にとってはどうなのでしょう。浅田次郎が、やはり明治維新後の武士をテーマにした小説を書いています。価値観が大きく変わってしまい、己のアイデンティティが崩壊しそうになる武士の姿がそこにはありました。この小説も、また同じ。ただし、この物語では、武士もいますが、武士ではない階層の人々の中にも、やはり時代に翻弄されていく姿や、逆にしたたかに生き抜く姿が、「遊郭」という特殊な場を舞台に描き出されていきます。

狂言廻しのように登場する噺家のポン太に振り回される定九郎ですが、読んでいる方も、いつのまにかどこまでが現実で、どこからが夢なのか、わからないような深い闇の世界に引き込まれてしまいます。明治の世になって、確実に失われていった江戸の闇。それが、人にとって本当に無用のものだったのか、と思わされます。

はっきりと「今が時代の転換点」と認識できる時は、そう多くないはず。しかし、明治維新は明らかにそうでした。そうとわかっていても、その変化に置き去りにされてしまう人々にとって、「時代」や「権利」「自由」などが、どれほど空虚に響く言葉であったことか。それでも、定九郎は、ポン太たちに救われたのだという気がしますが。

今、日本もまた大きな転換点にいます。では、その時代に生きている私たちは、今後どのような価値観の中で生きていくことになるのでしょう。・・・そんなことを考えながら、読んでいました。

小説として、ものすごくおもしろかった!というわけではないのですが、何かにとりつかれたように、ひたすら読んでしまいました。今日はすばらしくよい天気だったのですが、読んでいる間は、ずっと江戸の闇の中にいた気分でした。

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