朝井まかて

2020年11月17日 (火)

3104「類」  朝井まかて      集英社      ★★★★  

森鷗外の末子・類は、幼いころから繊細で、ふわふわと頼りないところのある子だった。父母に愛され、姉たちと幸せな時間を過ごしてきた類。しかし、その時間は、父の死を契機に一変する。


最近、漱石関連のものはよく目にするけれど、鷗外は少ないねえ…というのが、近年、我が家の会話でした。そしたら、出ました! しかも、まかてさん!

文学はろくでなしのもの、作家なんてろくなもんじゃない…というのが、文学をこよなく愛する夫氏の口癖です。鷗外の三男・類はろくでなしというか、甲斐性なしというか、生活能力が恐ろしく低い人で…。そういう人があるがままでいることが許されず、特に後半は生活のために苦闘する姿が描かれます。苦闘しても、ダメなんですが(苦笑)  それでいて妙に魅力的な人なのが困ったところで(苦笑)

父、母、姉たち(茉莉、杏奴)との関係を通して、切なくも愛情深い森家の人々が、余すところなく描かれていると思います。一番つらかったのは、姉たちとの関係に亀裂が入るところ。それまでは、姉たちにとって、類は御しやすい相手だったのでしょう。ところが、書くためなら全く躊躇わない、純粋さに直面して、恐慌を来したのでしょうか。忖度や書かれた人がどう思うかは、類にとっては埒外のこと。ただ、書くために必要だから、書く。これは怖い(笑)

あくまで小説なので、これイコール史実ではないよ…と自重しつつ、そう言えば、類も杏奴も読んだことないなあ。茉莉もエッセイをいくつか読んだくらいだなあ、と。

というか、久しぶりに鷗外を読まないといかんかな?という気になっています。

今は、類のような人は、ますます生きづらいのでしょうね…。

2020年10月 5日 (月)

福袋

3091「福袋」  朝井まかて      講談社      ★★★★

江戸の市井に生きる町人たちの悲喜こもごもを描いた短編集。


「ぞっこん」「千両役者」「晴れ湯」「莫連あやめ」「福袋」「暮れ花火」「後の祭」「ひってん」の八話。

先日読んだ「草々不一」は武家の哀歓を描いたものでしたが、こちらは町人の話。(書かれたのはこちらが先ですね)  トーンが明るく、読みやすかったです。

例えば、「ぞっこん」の噺家・喜楽や、「晴れ湯」の湯屋の主、「後の祭」の平吉、「ひってん」の寅次。まともに働かず、甲斐性もないその日暮らし。周りも呆れているけれど、なぜか憎めない人たち。彼らが生き生きと描かれていて、読みながら「ふふっ」と笑ってしまうことも。

好きな話は「ぞっこん」「晴れ湯」「福袋」。特に「福袋」は、いったいどうなることかと。お壱与の人生の選択には、よっしゃ!と(笑)  決して大団円ではないのですが、ジメジメしていなくて、気分がいいです。どの話もそうですね。「莫連あやめ」も好きですが、ちょっと出来すぎかなあ(でも、嫌いじゃないです。あの展開)。

2020年9月13日 (日)

草々不一

3086「草々不一」  朝井まかて      講談社      ★★★★

武士の家に生まれたゆえに背負わねばならぬもの。ある者はそれを受け入れ、ある者は逆らい。そうして生きていく彼らの思いは。


「紛い者」「青雲」「蓬莱」「一汁五菜」「妻の一分」「落猿」「春天」「草々不一」の八話。

表紙絵がかわいい感じだったので、軽い気持ちで読みはじめ、冒頭の「紛い者」でヒュッとなりました。

江戸時代の武家はちょっと特殊なところがあって。それゆえに背負ってしまう何かを、さまざまな立場の人々を通して描いた作品集でした。

破格の縁談で婿に入った旗本の四男坊。その結婚生活の顛末を描いた「蓬莱」と、大石内蔵助の妻・りくを描いた「妻の一分」、女性剣士が主人公の「春天」が面白かったです。特に、大石りくは賢婦として描かれることが多いですが、こちらのりくは…。私はこのりくさん、すごく好きになりましたけどね。

「一汁五菜」や「落猿」の緊張感もすごかった…。

なんと言っても圧巻は「草々不一」。学ぶとは。生きるとは。読みながら、泣きました。これだけでも、多くの人に読んでほしい。


2020年7月 7日 (火)

輪舞曲

3060「輪舞曲」  朝井まかて      新潮社      ★★★

大正の名女優・伊澤蘭奢。彼女が急死したあと、集められた4人の男たち。彼らにとって、伊澤蘭奢とは何者だったのか。そして、彼女は何を求めて生きたのか。


「Nからの招待状」「丸髷の細君」「イジャラン」「茉莉花」「焦土の貴婦人」「逆光線」「手紙」「桜の面影」の八編から成る連作。

こういう人がいたんですね。主要人物の中では徳川夢声しか知らなくて、巻末の参考文献見て、ひえっとなりました。内藤民治も、福田清人も、伊藤佐喜雄も…錚々たる面子じゃないですか。

女優になるときめて、夫と子どもと別れた繁(しげ)。その生き方に共感はできなくても、そんなふうに生きた彼女に、どうしようもなく惹かれるのは何故でしょうか。愚かでも、失敗しても、自分の人生を選びとり、生ききったゆえでしょうか。


2020年6月13日 (土)

銀の猫

3051「銀の猫」  朝井まかて       文藝春秋      ★★★★

年寄りの介護を請け負う「介抱人」として働くお咲は、母のおかげで借金を抱えている。口入屋の五郎蔵・お徳夫婦に見守られ、介抱人としては引っ張りだこのお咲だが、奔放な母の言動には頭を悩ませていた。


例えば平均寿命六十才ときくと、昔は大半の人がそれくらいで亡くなったようなイメージをもってしまいますが、そうではなくて。乳幼児の死亡率の高さや、都市と地方の格差等で、数値的には低くなるだけで、長生きする人はそれなりにいたのです。

というわけで、長寿社会の江戸の町の介護事情を題材にしたのがこの物語です。

「銀の猫」「隠居道楽」「福来雀」「春蘭」「半化粧」「菊と秋刀魚」「狸寝入り」「今朝の春」の八話。

お咲もいろいろ訳ありですが、彼女が経験から得た介護スキルや、それをもってしても手強い老人たちの描写が実によいのです。そして、介護に悩む家族の姿も。ほんとに他人事じゃないので。

驚いたのは、当時、介護は一家の当主の役割だったということ。嫁とか娘とか、女性の仕事じゃなかったのですね。武家には今でいう介護休暇もあったというのは本当でしょうか。ただ、それは「孝」という価値観のためであって、当事者への配慮ゆえではないのですよね…。

読んでいてなかなかつらいところもありました。でも、優秀な介抱人のお咲にもままならないことがあったり、しんどい介護に風穴を開けようという試みが描かれたり、温かい気持ちになりました。


2020年5月27日 (水)

阿蘭陀西鶴

3044「阿蘭陀西鶴」  朝井まかて      講談社      ★★★★

談林派の誹諧師にして、日本初のベストセラー作家・井原西鶴。その人生を娘のおあいの目を通して描く。


西鶴については全くの門外漢で…。確認したら、書いた作品は残っていても、どんな生涯を送った人物か、よくわからないようですね。点のように残されているわずかな手がかりをもとに朝井まかてさんが構築したのが、この物語。

高校時代の国語総覧(何年前…)には、西鶴の誹諧は「阿蘭陀流」と呼ばれた旨、記述があります。それは新風であると共に、蔑称でもあった由。では、阿蘭陀流の誹諧師・西鶴とはどのような人物であったのか。なぜ、「好色一代男」「世間胸算用」などを書くに至ったのか。

それを、一緒に暮らしていた娘のおあいの視点で描いています。おあいは盲目ですが、幼い頃亡くなった母に仕込まれ、家事全般を見事にこなします。一方、父西鶴に対してはわだかまりがあり、心に隔てがあるのです。

おあいが「目が見えない女性」であることが、父娘の関係性を描くのに、実に効果的に作用していて、唸らされました。特に、おあいが己の表情を全く意識していないことを指摘される場面。歌舞伎役者の辰彌から、あるいは女中のお玉から。自分の心の内が人に見えてしまっていた! と愕然とするおあいの動揺に、説得力がありました。

物語の幕切れは、何故だかほろりとさせられました。

まかてさん、やはりこういうちょっとくだけた感じのある物語だと、ほんとにいい味が出ます。

2020年4月26日 (日)

残り者

3028「残り者」  朝井まかて      双葉社      ★★★★

江戸城明け渡し。大奥の主・天璋院をはじめ、女たちも皆お城を去った…はずだった。立ち去りそびれた「呉服之間」のりつは、天璋院の愛猫を探す女・「御膳所」のお蛸と出くわす。なりゆきで一緒に猫を追っていると、さらに…。


りつ、お蛸のほかに、「御三之間」ちか、「呉服之間」もみぢ、さらに「御中臈」ふき。それぞれの理由で退去のタイミングを逸した(あるいは、退去しなかった)五人の女たち。

江戸城明け渡しという青天の霹靂に直面した彼女たちのやりとりから、大奥とは何だったのか、彼女たちは何故大奥を生きる場と定めていたのかが、浮かび上がってきます。

さらに、明治維新とは何か、時代の転変に巻き込まれた個人が何を思うのか等々。決して長くない物語にさまざまな要素が凝縮されています。それでいて、堅苦しくなく、物語にすぅっと入っていけるのです。

りつたちの身分・立場や性格の設定が絶妙で、「なぜ、江戸城に残ったのか」を明らかにしていくだけで、時代が見えてくるのです。

もちろん、フィクションに決まっています。でも、フィクションだからこそ伝わってくるものが、確かにあるのです。

江戸城居残りという題材は、浅田次郎「黒書院の六兵衛」を思い出しますが、こちらは女たちの物語ゆえか、のびやかで明るいです。そうそう、よしながふみ「大奥」をお読みの方なら、とっつきやすいかもしれません。



2020年1月18日 (土)

落花狼藉

2994「落花狼藉」  朝井まかて      双葉社      ★★★

家康亡き後、果たして江戸の町がこれからどうなるのか、誰にもわからない頃。吉原という売色御免の町を造り上げた庄司甚右衛門。「親仁(とと)さん」と皆に慕われる甚右衛門の女房・花仍(かよ)は、甚右衛門に拾われ、西田屋で育った。何かと規格外の花仍だが、町を守るために闘い続ける。


いきなり冒頭の場面で驚かされました。女郎たちと歌舞伎踊りの連中との諍い。そこに割って入った西田屋の女将・花仍が、剣術をつかうのですから。規格外にもほどがある(笑)

吉原が移転したこと、大火に見舞われたことは知っていましたが、こうしてみると大変なことであったのだなあと改めて感じます。江戸物は好きで読んでいますが、中期以降が舞台のものが多くて、この辺りは新鮮でした。

主人公の花仍が一筋縄でいかないというか、なかなか成長しないヒロインで、何度も失敗して、後悔を繰り返すのです。前半はちょっとイライラしましたが、人間ってこんなもんかもしれないなあ…と、徐々に思うようになりました。

幕切れの一行が見事です。

2017年12月18日 (月)

御松茸騒動

2681「御松茸騒動」 朝井まかて   徳間書店   ★★★★

尾張藩の定府藩士・榊原小四郎は、家督を継いで以来、己の利発さと学問を頼りに、出世を目指し、職務に励んできた。しかし、亡父の幼なじみで遠縁の「三べえ」たちに振り回され、国もとの「御松茸同心」に左遷されてしまう。松茸を上納するお役目とはいえ、山のことなど何一つ知らぬ小四郎は右往左往するばかり。果たして、小四郎の出世の夢はかなうのか。

「天声人語」で取り上げられていたので、今年ちょっと話題になった一冊。

それなりに頭がきれ、学問や算術も人よりまあまあ出来。それゆえ正論を吐き、人を見下してしまう、そんな青二才なんです、主人公の小四郎という人(笑)。まあありがちな、こういう青年の成長譚なのですが、彼を成長させるものが、「松茸」。

人間の力の及ばない「自然」の産物である松茸は、自分の力で何でも変えられると思い込んでいる若い小四郎の思い上がりを、たたきのめしてくれます。もっともその過程が厳しいながらもユーモラスで、肩の力を抜いて読める物語になっています。

欲を言えば、もう少し小四郎が苦労してもよかった気がするのですが・・・枚数の都合でしょうかね。小四郎のものの見方が変わるにつれ、かつては軽蔑していた父の姿に、違う意味を見出せるようになったのは、ほっとしました。

物語の背景に、幕府に蟄居を命じられた前藩主・徳川宗春が描かれています。なぜ、宗春は藩主の座を追われ、今なお自由の身になれないのか。その推量が、なかなかおもしろかったです。

2017年9月 7日 (木)

最悪の将軍

2631「最悪の将軍」 朝井まかて   集英社   ★★★★

「犬公方」と呼ばれた将軍・徳川綱吉。その在位は大地震や富士山噴火といった天災に見舞われ、赤穂浪士の討ち入りが起こった元禄の世。果たして、綱吉は暗愚であったのか、それとも名君か。

先日、NHKの「歴史秘話ヒストリア」で富士山噴火を扱っていて、その時の将軍が綱吉だった、と。その二つを結びつけてみたことがなかったので、ちょっと意外な気がしたのでした。だいたい、綱吉について知っていることといえば、「生類憐れみの令」くらい。これはいかんなと思い、とりあえずこれを読むことに。

綱吉が館林藩主から将軍になろうとする時から物語りは始まり、綱吉とその正室・信子の視点で交互に話は展開し、綱吉の死で幕を下ろします。

戦国の世から文治政治への移り変わりの時期に将軍になった綱吉は、その変化に自覚的であり、意図的に「武」から「文」への移行を進めようとします。しかし、綱吉はあまりにも潔癖であり、それゆえに人に憎まれもします。

綱吉の目指したものは正しいのだけれど、それを人の心に届けるのがいかに難しいか・・・なんともやりきれない気持ちになりました。自分の意思をなんとか民に届けようとして、かえって溝を深くしていく綱吉の絶望たるや。このようにしか生きられない人間が、それでも必死に己の役目を全うしようとする生き方は、見事ではありましたが、痛々しいものでもありました。

これはあくまでフィクションなので、実際の綱吉がどんな人物だったのかはわからないのですが・・・。私たちは歴史で「誰が、何をしたか」は学びますが、「なぜそのようなことをしたのか」は、あまり考えてこなかったのだなあと、つくづく思いました。そういう視点で歴史を見れば、もっと違うものが見えてくるのかもしれません。

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