彩瀬まる

2020年5月30日 (土)

さいはての家

3046「さいはての家」  彩瀬まる      集英社      ★★★★

郊外に建つ古い借家。不思議なことに借り手が途切れないその家に住むのは、ワケありの人たちばかりで…。


「はねつき」「ゆすらうめ」「ひかり」「ままごと」「かざあな」の五編から成る連作。

かけおち不倫カップル。逃亡中のヒットマンと元同級生。新興宗教の元教祖。親の決めた結婚から逃げた女性とその妹。単身赴任中の男性。何かから「逃げてきた」人たちの物語。

現実に行き詰まって、どうしようもなくなったとき、どうするか。それはもう、究極の選択なのだけど、彼らは「逃げる」ことを選んだのです。何のために? とりあえず生き延びるために。

彼らの追い詰められ方は他人事でなく共感してしまって、ヒリヒリするのです。なんで、世の中こんなに生きづらいんでしょうね…。それでも、主人公が少しでも何かに気づけたり、取り戻したりできたりすると、涙が出そうになりました。だからといって、事態が好転するとは限らないのだけど。

「ままごと」が一番好きでした。これからに希望がもてる感じで。

世の中からこぼれてしまっても、生きていける。ささやかな人生だけど。読み終えて、そんなことを思いました。

2019年9月14日 (土)

朝が来るまでそばにいる

2946「朝が来るまでそばにいる」 彩瀬まる   新潮文庫   ★★★★

突然逝ってしまった妻が、食事の支度をしている。事故で急死した母は、毎晩幼い弟のもとにやってくる。校舎から飛び降りた女生徒は、今も校舎の中で存在している。・・・死者たちは、わたしたちのすぐそばに、いる。そんな短編集。

 

「君の心臓をいだくまで」「ゆびのいと」「眼が開くとき」「よるのふち」「明滅」「かいぶつの名前」の6編。

彩瀬まるは、皮膚感覚の作家なのだな、というのを、読みながらひしひしと感じました。いや、皮膚というより、肉。肉体というのとは、ちょっと違って。私たちのからだ。その中にみっしりつまっている肉。私たちの命のもと。その「肉」から目をそらさないのが、彩瀬まる、なのでしょう。

心とか、それぞれの思いとか、感情とか。そういったものは、確かに大事。だけど、私たちは生き物なので、もっと生々しい部分も抱えている。その生々しさにふたをしようとしないで、かと言って、露悪的に描いたりもしないで、あくまでも静かに、当たり前のこととして、私たちの生き物としての本能を描いている。この短編集は、そういう印象でした。

家族が突然消えてしまったあとの物語「ゆびのいと」と「よるのふち」は、残された者の困惑や悲しさが、静かに、染み入るように描かれています。ここで、死者が差し出すもの、それを「食べる」という描写が、私はどうにも苦手だったのですが、なんとなくその行為は物語において必然だった気がしたのが不思議でした。

総タイトルの「朝が来るまでそばにいる」という作品はないのですが・・・読み終えると、このタイトルの意味がストンと腑に落ちるというか。いろんな意味で、「そばにいる」物語でした。

2018年10月 2日 (火)

不在

2799「不在」 彩瀬まる 角川書店 ★★★★

父の死によって遺された家。両親が離婚して以来、帰ったことのなかったその家の整理をしているうちに、明日香の心は微妙に均衡を失っていく。


彩瀬まるの新刊だー!と勇んで手にしたものの、いざ読もうとして困惑。父が亡くなったばかりでこれを読むのは、ちょっとタイムリーすぎじゃね?(苦笑) でも、意を決して読みました。

漫画家としてそこそこ売れていて、劇団員の恋人・冬馬との暮らしもうまくいっている明日香。彼女の日常がひび割れていくのは、父の死と、それによってもたらされた「家」。整理を始めてから、明日香の心のバランスは崩れていき、仕事も、冬馬との関係も破綻していく。

いつもながら痛いところをついてくるなあ(苦笑)と。家族とか、愛とか、一種の呪いだと思うのですが。彩瀬さんは、「呪い」という言葉に逃げず、それは何なのか、なぜ私たちは苦しいのか、どうしたら生きていけるのか、最後まで丁寧に描いていくのです。

相手を縛る、服従させたい気持ちは私にもあるし、自分が認められたい、褒められたいという気持ちもすごくよくわかる。実際、父の死に関わるあれこれで、私も実家の家族といろいろあって、腹が立つと同時に自己嫌悪に陥ったりもしましたし。自分の中にあるそういう気持ちから目を逸らさずに生きる強さ。それが、彩瀬作品の根っこにあり、目を逸らしてばかりの私には「痛い」と感じるのかもしれません。

明日香は自分の駄目さを抱えつつ、なんとか生きていく術を見いだそうとします。親の理想の子供にはなれなかったけど。自分のこともままならないけど。人を支配したりされたりするのではなく、緩やかに周囲とつながりながら、前へ一歩ずつ。そんな生き方を。

これを読んで、何かが解決するわけでなく、私は私で生きる術を見つけるしかないのですが。私だけが背負っているものではないんだな、と。ほんの少し荷が軽くなった気がします。

2018年1月22日 (月)

くちなし

2700「くちなし」 彩瀬まる   文藝春秋   ★★★★

十年つきあったアツタさんと別れる代わりに、彼の左腕をもらって一緒に暮らし始めた。すると、アツタさんの妻が現れ・・・。(「くちなし」)

「くちなし」「花虫」「愛のスカート」「けだものたち」「薄布」「茄子とゴーヤ」「山の同窓会」の7編。直木賞候補になりましたが、受賞ならず。残念。

冒頭の「くちなし」でギョッとさせられましたが、現実からちょっと違う方向にズレた世界を舞台にしたものが多かったです。読んでて、くらくらしました。異形のものたちが出てきたり、時にはおぞましかったり、エロティックだったり、すごく生々しい生き物として人間が描かれているのに、それがなんだかわかってしまうことに動揺したから、です。

自然の営みの一部分である生物の人間と、心をもち、愛を語る生き物である人間。その「ズレ」に気づいてしまった人の哀しさを感じました。それは、人間が根源的に抱えている哀しさ、寂しさなのかも。

好きな話は、「愛のスカート」。一方通行の愛は誰も幸せにならない・・・ってわけじゃない!というお話。せつないけれど。

それから、「山の同窓会」。なんだか、泣けて泣けて仕方なかったです。

彩瀬さんは、私たちが普段どこかに押し込めていて、「なかったこと」にしている何かを、じっと見つめているような気がします。

2017年5月28日 (日)

眠れない夜は体を脱いで

2585「眠れない夜は体を脱いで」 彩瀬まる   徳間書店   ★★★★

「あなたの手の写真をアップして」・・・掲示板でのそんな声に集まったさまざまな手の写真。そんな「手」の持ち主たちは、何を思っているのだろうか。

この本を読んだ人は、本と自分の手の写真をあげる・・・発刊からまもなく、ツイッターでそういう投稿が続いたことがあって、何?と思っていたのですが、そういうことでしたか。私は、自分の手は大嫌いなので、写真をあげるのは絶対嫌なのですが。

でも、「自分の手が嫌い」だけでなくて、自分のこういうところがどうしても好きになれない。あるいは、どこか世の中になじめない。生きづらい。そんなふうに感じている人は、意外に多いのかもしれない・・・と、これを読んで感じました。

「こうあるべき」というスタンダード。いつのまにかそう決められている価値観。そこからはみだしている自分を持て余していたり、あるいは生きていくためにイレギュラーな自分を封印していたり。

なんというか・・・ああ、私だけじゃないんだな、とホッとしました。そして、彩瀬さんは、ずっと「生きにくさ」を抱えた人たちを描いてきたんだなあ、と。

「小鳥の爪先」」「あざが薄れること」「マリアを愛する」「鮮やかな熱病」「真夜中のストーリー」の5編。おすすめです。

2017年5月14日 (日)

やがて海へと届く

2579「やがて海へと届く」 彩瀬まる   講談社   ★★★★

すみれは、旅に出たまま帰ってこなかった。たぶん、あの大きな地震のせいで。彼女を失ったことをうまく受け入れられないまま、もう3年が過ぎた。それは、すみれのことを忘れないための時間だった。

あの震災のとき、東北に一人旅に出ていて被災した彩瀬まるさん。その体験なくしては書かれなかっただろう物語です。すみれは、もしかしたらそうなったかもしれない、もう一人の彩瀬さんなのかもしれません。

すみれの友人・真奈は、すみれを忘れないために生きているような、そんな息苦しささえ感じさせます。遺品を整理しようとするすみれの恋人・遠野に苛立ち、すみれを死んだものとして扱うすみれの母に嫌悪感を覚え。遠くの町で、一人ぼっちで死なせてしまった友人のことを、覚えていなくてはいけない、忘れてはいけない、と。

物語は、真奈の視点と、すみれと思われる死者の視点とが交互に展開します。どちらも痛々しいのだけれど、真奈は、徐々に変化していきます。いろんな人たちとの関わりの中で。その中で、真奈を無意識に支えているのが、すみれの言葉だったりするのが、とてもいい。一方、すみれは・・・歩いて、歩いて、ある場所にたどりつきます。

うまく表現できないのですが、ラストで、涙があふれました。そうであればいい、と。すみれも、震災で亡くなったあの人たちも、そうだったならいい、と。

帯に「喪失と再生の物語」とあります。言葉にしてしまうとそうなるのですが、静かで、それでいて生々しいこの物語は、そんなふうにくくられるのを拒んでいるような気がしてなりません。

2017年2月18日 (土)

骨を彩る

2537「骨を彩る」 彩瀬まる   幻冬舎文庫   ★★★★

十年前に妻を病気で亡くした津村。心惹かれる女性と出会ったが、妻に対する罪悪感が消えない。「だれもわかってくれない」・・・妻が手帳にのこした言葉が、津村を縛っていた。

「指のたより」「古生代のバームロール」「ばらばら」「ハライソ」「やわらかい骨」の5編から成る連作。

いつもながら、彩瀬さんの書く物語は、ひりひりと痛い。あえてそこに触れなくても・・・というところに触れてくる。日常にまぎれて気づかないふりをしていることや、こちらの感覚が鈍磨していてスルーしてしまっていることに、ぴたりと焦点をあててくる。

登場人物と自分はまったく違うのに、どこかしら似たところを見つけてしまって、ひどく居心地の悪い思いをしてしまう。でも、気になるから読まずにいられない。

私にとって、彩瀬まるというのは、そういう作家です。「骨を彩る」も、やはりそうでした。津村の交際相手だった光恵が、千代紙細工をせずにいられない思いに、ドキリとさせられたり(「古生代のバームロール」)。「しっかり者」と言われる玲子が自分を追い詰める姿に共感したり(「ばらばら」)。

そうして、それぞれの登場人物たちに心揺さぶられながらたどりついたラストで、ぶわっと涙腺決壊しました。生きていくことって、いろんな欠落に気づかされることだし、思うに任せないこともたくさんあるけれど、何かが通じることもたまにだけどあるんだよな、と。

ひりひり痛いのだけれど、読んだあと、ほんの少し温かい気持ちになれる、そんな物語を書いてくれる彩瀬さん。やはり、これからも読み続けたい作家さんです。

2016年11月24日 (木)

神様のケーキを頬ばるまで

2498「神様のケーキを頬ばるまで」 彩瀬まる   光文社文庫   ★★★★

ふるぼけた雑居ビルに関わる人たち。シングルマザーのマッサージ師。カフェの店長。平凡なOL.。・・・彼らは、傷つきながらも、前を向いて生きようとしている。

「泥雪」「七番目の神様」「龍を見送る」「光る背中」「塔は崩れ、食事は止まず」の5編。雑居ビルと、「深海魚」という映画が5つの話をゆるくつないでいます。

もう、一話目から泣いてました(苦笑)

どうして、こんなにせつない生き方をせずにはいられないのだろう。いや、そういう人は案外たくさんいるのだと思う。でも、自分のせつなさから目をそらしてしまえず、傷つき、苦しむ人たちは少ないのではないだろうか。

彩瀬まるの物語は、そういう人たちを容赦なく描き出す。それでいて、優しい。もがく姿を徹底的に描きながらも、どこかでふんわりと抱きとめるような優しさ。その厳しさと優しさに、すっかりやられてしまいました。

シングルマザーのマッサージ師が主人公の「泥雪」が好きなのですが、その主人公が他の話では「白髪交じりの中年女性」という表現をされていて、ちょっと愕然としました。「泥雪」のイメージでは、もっとかっこいい女性のような気がしていたけれど、他者の視点ではただのオバサン・・・。自分の思い込みの甘さと、彩瀬さんの目の厳しさを痛感した瞬間でした。

やっぱり、彩瀬さんいいなあ。

2016年1月 4日 (月)

暗い夜、星を数えて

2395「暗い夜、星を数えて」   彩瀬まる         新潮社         ★★★★

副題「3・11被災鉄道からの脱出」。

一人旅の最中に、福島県内で東日本大震災に遭遇した筆者。福島から脱出するまでと、その後二度福島を訪れた時の記録。

これを書くのは勇気が要っただろうと思うのです。彩瀬さんは、事実を事実として書くことに、実に誠実に取り組んでいます。その中には、筆者自身の気持ちも含まれていて、不安も惑いも何もかもを正直に記す姿勢に、言葉を失いました。

地震と津波と放射能。この3つに襲われた福島の人々。偶然、震災からの5日間を共有し、たまたま知り合った人たちにたすけられた彩瀬さん。その後も福島に寄り添おうとしつつ、その難しさに悩むことにもなります。

そこから目をそらさず、悩み続ける彩瀬さんの姿は、ときに痛々しい。けれど、その真摯な姿には、私たちが失ってはいけないものがある、と思うのです。

震災から五年がたとうとしています。人間はつらいことを忘れなければ生きていけません。でも、それでも忘れてはいけないこともあると思います。そういう意味で、きこの本を手に取りました。決して後味はいいわけではありません。が、読んでよかったです。

2015年11月14日 (土)

あのひとは蜘蛛を潰せない

2375「あのひとは蜘蛛を潰せない」 彩瀬まる   新潮文庫   ★★★★

梨枝、28歳。ドラッグストアの店長をしながら、実家で母と二人で暮らしている。母との息の詰まりそうな生活に倦んでいたころ、バイトの学生・三葉くんとつきあいはじめ、家を出る。一人暮らしを始めた梨枝だったが、母の言葉が呪縛のように梨枝をとりまき・・・。

読むのがしんどかったです。いえ、おもしろくなかったわけではなく。

おそらくたいていの人は(もちろん私も含めて)、そこにはふたをしておいて、適当にやり過ごすのに・・・と思うところをつきつめていくような物語でした。いや、私もふたをしておきたいけれど、やっぱり気になっていて、流してしまえず、ずっと抱え込んでいるものを目の前にさらされたような。・・・だから、しんどかったのです。

梨枝がいちばんこだわっているのは、母との関係。梨枝にとっては簡単に語ることができないほど複雑なものなのに、それが他の人には伝わらないと思っていて、それが梨枝をよけいに苦しくさせているようです。母の言う「ちゃんとした」生き方をするのが習い性になっていた梨枝は、他人との関係でも「いい子」でいるのが癖になっていて・・・。

梨枝のことが他人事と思えなくて(苦笑) ひたすら「痛いなあ」と思いながら読んでいました。でも、いっぱい間違えながら、少しずつ自分の歩き方を見つけていく梨枝に、なんだか救われる思いでした。それに、梨枝が出会ったのが三葉くんでよかった。

蜘蛛を潰すことすらできない、消えた「あのひと」のようにダメな大人でも、器用に生きていけなくても、私たちは生きていけるんだ、と思えました。

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