北杜夫

2015年4月29日 (水)

楡家の人びと 第三部

2278「楡家の人びと 第三部」 北杜夫   新潮文庫   ★★★

とうとう太平洋戦争が勃発。楡家からも徹吉の長男・峻一や、龍子の弟・米国らが出征していった。そして、東京も激しい空襲にさらされるようになり、とうとう青山の楡病院も紅蓮の炎に包まれる・・・。

明治・大正・昭和と書き継がれてきた物語も、とうとう幕を下ろしました。

第三部は戦争の中の日々が描かれます。戦地にいる峻一や米国、峻一の学友・城木、楡病院の書生だった佐久間。それぞれの戦場での過酷な生活が、生々しく描写されます。一方、藍子は内地に帰ってきた城木と会い、恋におちるのですが・・・その後、藍子には悲劇的な運命が待っています。周二は学徒動員のかたわら、映画を見たり、一見のんきな生活をしているようでもあります。

それぞれの視点で語られる「時」が、ずしりと重みをもって感じられる、そんな第三部でした。

終戦後、徹吉は半身不随となり、生還した峻一はまともに働こうとせず、周二は試験に落ち続け・・・楡家は没落の一途をたどります。そこで雄々しくふるまうのは龍子、というところが、なんとも言えない味を出しています。気位高く、自己中心的な女性として描かれてきた龍子が、この苦難の中で唯一自分の足で立っているような印象を受け、かつての「龍さま」の気概を感じさせるのです。

また、藍子の変化も印象的でした。わがままな子供だった頃がうそのように、すっかり感情を内に秘めるようになってしまった藍子。それは、恋人の戦死と、焼夷弾による怪我のせいではあるのですが・・・。意外と龍子とともにたくましく生きていくのはこの藍子なのではないかという気がするのでした。

それにしても、高校生のころから読もう読もうと思って果たせずにいた小説を、やっと読むことができました。なんというか、感無量です。

2015年4月28日 (火)

楡家の人びと 第二部

2277「楡家の人びと 第二部」 北杜夫   新潮文庫   ★★★

楡家のカリスマ・基一郎が急逝し、楡病院は傾き始める。戦争へと突っ走る時代の中、楡家では次々に事件が起こる。二代目・徹吉と妻・龍子の別居、龍子の妹・桃子の出奔、ずっと子供たちの面倒をみてきた下田の婆やの死、そして病院の五十周年記念式典。楡家の人びとの運命は、大きなうねりを見せる。

第二部では、基一郎亡きあと、次第に下り坂になっていく楡家の運命が、どことなくユーモラスに描かれています。決して笑えるというのではなく。誰ひとり好感をもてる登場人物がいないのに、なんとなくその描かれ方におかしみがあるので、重苦しさはあまり感じないのです。

二代目院長を引き継いで、基一郎との違いを云々され怒る徹吉と、そんな夫の気持ちをまったく斟酌しない妻・龍子。二人はとうとう大ゲンカののち、龍子が家を出ていくのですが・・・。そして、その子供たち、峻一、藍子、周二(これが北杜夫ですね)たちも少しずつ大きくなって、活躍(?)を見せ始めます。

戦争というものが、ひどく自然に人々の日常に入り込んでいくこと、戦争というものがもつ高揚感が、淡々と描かれていて、非常に怖かったです。こうやって、戦争って始まるのだ、と。

作中、茂吉の短歌を引用しているのは、ちょっとした遊び心でしょうかね。

2015年4月25日 (土)

楡家の人びと 第一部

2275「楡家の人びと 第一部」 北杜夫   新潮文庫   ★★★

一代で楡脳病院を築いた医師・楡基一郎。大病院の経営だけでなく、衆議院議員にも当選し、わが世の春を謳歌しているかに見えたが、意外な運命が待ち受けていた。そして、楡家の一族もまた、運命の流れに押し流されていく・・・。

高校生のころからいつかは読みたいと思い続けていた物語。ようやく手を付けました。長いなあと思うと、読むの躊躇してしまうので。

第一部は明治から大正にかけて。楡基一郎を中心に話が展開します。基一郎もなかなか個性的な人物ですが、その妻・ひさ、長女の龍子をはじめとする楡家の面々も皆個性的。龍子は父を尊敬していて、次代の病院長・徹吉(これが斎藤茂吉ですね)の妻となっている。そのすぐ下の妹・聖子は親の決めた縁談を破談にして、恋しい男のもとへ嫁ぐ。下の妹・桃子も親に強制された縁談に傷つく・・・。

書生や使用人たちもたくさんいて、ひどく雑然とした中で、それぞれの「個」が描かれていく物語。基一郎による「賞与式」のこっけいな様子、家族らしい情の通わない家庭、念願の留学で学問に取り組む徹吉、といったところが印象的でした。

そんな中、関東大震災が起こり、さらに病院が火事に。そして、基一郎の突然の死。この後、楡家はどうなっていくのでしょう。

2013年1月14日 (月)

どくとるマンボウ航海記

1961「どくとるマンボウ航海記」 北杜夫   新潮文庫   ★★★

ひょんなことから船医として漁業調査船に乗り組むことになった作者。五か月に及ぶ航海と、寄港地でのさまざまな見聞を記した、「どくとるマンボウ」シリーズ第1作。

これも越年しました。ようやく読了。

いつかは読まなきゃ・・・と思っているうちに、北杜夫は亡くなってしまい、書店の追悼コーナーで購入したものの、なかなか手が出ず(苦笑) そもそも、旅行記の類にあまり興味がないので。それでも、読み始めるとおもしろいのです。

アジア、アフリカ、ヨーロッパ・・・そこに住まう人々や気候、風習等々の違いを、時にユーモラスに、時に抒情的に描く筆は、自由自在。今でもこんなふうに書ける作家はそういませんが、これが私が生まれる前に書かれたものだということにただただ驚きました。

北杜夫という作家の特性というか、それまでの日本の作家にはない個性が、存分に発揮された「航海記」でした。

解説を読んで気づきましたが、北杜夫って、三島由紀夫と同世代なのですね。ちょっとビックリ。

2012年10月17日 (水)

マンボウ最後の家族旅行

1925「マンボウ最後の家族旅行」 北杜夫   実業之日本社   ★★★

マンボウ氏が入院生活から解放されて以来、娘は毎朝のリハビリに情熱を傾け、さらにあちらこちらへ家族旅行に連れ出した。マンボウ氏は拒否するのだが、結局は娘の勢いに押し切られ、京都や軽井沢、あげくハワイまで連れて行かれて・・・。  

北杜夫最後のエッセイ集。

背骨の圧迫骨折をはじめ、体のあちこちに不調が出て、入院生活を余儀なくされていた北杜夫さん。退院後は、「元気なうちにみんなで旅行を」という、娘の由香さんにあちこちに引っ張りまわされてしまう。それが苦痛で苦痛で・・・という書きぶりなのですが、なんだかんだ言って楽しんでらっしゃる。それに、行った先にまつわるふとした思い出が、なかなか興味深いのです。

印象的だったのは、斎藤茂吉が苦吟している様子を目の当たりにしたというエピソード。座り込んで、頭を抱えるようにして、30分以上もひたすら歌を詠んでいたという・・・。そういう父を「尊敬していた」という北杜夫。

北杜夫はほとんど読んでいなくて・・・躁うつ病がひどくなってからのエッセイをいくつか読んだ程度です。精魂傾けて書いたという「楡家の人びと」も「どくとるマンボウ」シリーズも未読です。去年、訃報に接したおり、読まねばとは思ったのですが。

巻末の奥様の談話はおもしろかったです。由香さんのあとがきは、ちょっと読むのがつらかったです。あまりにも急に亡くなられたので・・・。

やはり、北杜夫にチャレンジせねば、とあらためて思いました。

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