2025年10月31日 (金)

百年の時効

3667「百年の時効」 伏尾美紀   幻冬舎   ★★★★

昭和49年3月。月島署の刑事、28歳の湯浅卓哉は事件発生の一報を受け、佃島の民家へ向かった。家族3人が惨殺された現場で、唯一生き残った息子・良一を発見した湯浅は、この事件に深く関わることになる。捜査一課の刑事・元マル暴の鎌田幸三と共に事件を追いかけるうちに、昭和25年の函館での殺人事件、さらに戦中の満州にまで遡り・・・。二人の刑事の執念にも関わらず、事件は迷宮入り。捜査は後輩の草加文夫に引き継がれる。真相に肉薄するも犯人逮捕には至らぬまま、時は令和へ。最後のバトンを託されたのは、葛飾署の刑事・28歳の藤森菜摘だった。

 

警察小説の醍醐味をとことん味わえる物語です。

私立探偵ではなく、警察という組織に属した刑事たちだからこそできること。縦のつながり。横のつながり。反発と連携と。「警察」小説として実に読み応えがありました。

事件はかなり複雑で、さらにいくつもの事件が絡み合っているので、読み解くのはちょっと大変でした。それでも読み進められたのは、明らかになりそうでならない事件の真相が知りたかったのと、4人の刑事たちの執念にひきずられたからです。

鑑識志望で、夜学に通っている頭脳派の湯浅。元マル暴だけあって荒っぽい鎌田。幼なじみがオウム真理教の幹部であることが理由で閑職に追いやられた草加。そして、新米刑事で細かいことが気になって仕方ない藤森。彼らは、事件の真相に迫りながら、その時々の大事件に翻弄されたりもします。「佃島事件」の捜査の過程は、同時に昭和・平成から令和の今までの事件史にもなっています。

相変わらずまとまった時間がとれず、隙間読書ばかりしています。細切れの読書はなかなか集中できないのですが、この本は、再開したとたんに、物語世界に一瞬で入りこめました。そして、グイグイと引っ張られるようにして読み進めました。この力強さは伏尾美紀の持ち味なのでしょうね。

2025年10月27日 (月)

お悩み相談 そんなこともアラーナ

3666「お悩み相談 そんなこともアラーナ」 ヨシタケシンスケ   白泉社   ★★★★

「元気のない歴50年」のヨシタケさんが、「元気のない人の考え方」で答える、おなやみ相談。

 

なんとなく手に取って、「これ好きー!!」となりました。

わかります、この「元気のない人」の気持ち。本気で悩んで相談して、妙にポジティヴなことを言われるとかえって疲れる。上から目線で言われると腹が立つ(苦笑) そんな私にはヨシタケさんのスタンスの心地いいこと。

興味のある方は読んでみることを強くおすすめします。ちなみに、同僚に読ませてみました。彼女は「こういう自己啓発みたいなのって読まないんですよねえ」としぶしぶ手に取り、数ページ読んで、「これ、いいかも!」と言っていました。

2025年10月24日 (金)

妖怪がやってくる

3665「妖怪がやってくる」 佐々木高広   岩波書店   ★★★

妖怪たちは、本当はどんな存在? いつ、どこに、なぜ現れる? 資料を読み、考えることで、妖怪の真の意味に迫る。

 

岩波ジュニアスタートブック(ジュニスタ)の1冊。人文地理学・民俗学を専門にする佐々木高広先生が、古代からの伝説、歴史、地理、さらにアニメまで網羅して、妖怪の「謎」に迫ります。

もともと興味のあるジャンルなので手に取ってみたのですが、期待以上におもしろかったです。中学生を対象にしているので、わかりやすく、丁寧に説明されています。

「妖怪はどこからやってくるの?」「きみの隣になにかがいる?」「人はなぜ妖怪をみるのか」の3部構成。資料をもとにして縦横無尽に妖怪の本質に迫る論考は、読んでいてワクワクさせられます。

第3部では「となりのトトロ」「「妖怪ウォッチ」「鬼滅の刃」などのアニメ作品にも言及していますよ。

2025年10月23日 (木)

みちゆくひと

3664「みちゆくひと」 彩瀬まる   講談社   ★★★★★

母は先月突然世を去った。二年前に父も亡くなり、弟は幼い頃に事故死。一人きりになった原田燈子は、実家の片付けの中で母・晶枝の日記を見つける。日常のささいな出来事の記録に続き、新しい記述が。死んだ母が日記をつけている? そこには、「夜行」という言葉が・・・。

 

久しぶりに彩瀬まるを読み、「ああ、こういうものを書く方だったな・・・」と。

「夜行」という死者たちの旅。お遍路にも似たその旅と集う死者たちの姿は、膨大なイマジネーションの結晶でした。美しく、儚く、同時に醜く、生々しく。死者たちの抱える棘・・・生きていたときの苦しみ、悲しみ等々・・・が、死後もなお我が身を苛み、惑乱を起こす。自分の苦悩を吐き出すことで棘が抜けていき、透明になっていく。仏教で言うならば「成仏」するまでの過程をこんなふうに視覚表現するのか・・・と、圧倒されました。

しっかり者として生きてきた燈子の満たされなかった心が、恋人の泰良との関わりの中で救われていくのもよかったし、両親の思いが最後の最後に少しだけ燈子に届いたかも?と思えるのもよかったです。

元同僚が急逝し、いろいろ思うところがあり、何度も涙ぐみながら読みました。祈りのような物語でした。

2025年10月21日 (火)

或る集落の⚫(まる)

3663「或る集落の⚫(まる)」 矢木純   講談社   ★★★★

青森県P集落に住む姉を訪ねた「私」は、姉の様子がおかしいことに気づく。異変は、集落にある小さな社にお参りするようになってから始まったらしい。「姉っちゃは、べら様に取らいでまったのさ」「こうなったら、離してもらえるまで待づしかねんだ」 叔父はそう言うのだが・・・。

 

P集落という架空の山村にまつわるホラー連作短編集。「べらの社」「うず山の猿」「がんべの兄弟」「まるの童子」の「P集落の話」4編に、「密室の獣」「天神がえり」「拡散にいたる病」の計7編。

「撮ってはいけない家」でこりたはずなのに、どうして矢木純のホラーを読んでしまうのか。生理的に堪える怖さなのです。私がものすごく苦手なテイストなホラーなのに読んでしまうのは、「怖がらせ」ではない怖さがあるからかもしれません。

時間を前後させながら、謎が明らかになるようでいて、結局よくわからない「がんべ」「まる」のこと。因習はその集落限定のものではなく、さまざまな形で拡散されていき・・・。

個人的には、P集落の設定が、「ああ、あの辺りだね」と具体的にわかってしまうのが怖かったです(苦笑) もちろん、架空の場所なんですが、地理的にあの辺りの土地になるよねえ、と。怖い怖い。

 

2025年10月17日 (金)

図書室のはこぶね

3662「図書室のはこぶね」 名取佐和子   実業之日本社   ★★★★

体育祭を目前にして、校内が盛り上がる県立野亜高校。脚のケガのため参加できない百瀬花音は、友人の代わりに図書委員の仕事を引き受けることに。図書室で出会ったのは、図書委員の俵朔太朗と司書の伊吹さん。そして、10年前に貸し出されたままだった「飛ぶ教室」の文庫本。この本を、今返却したのはいったい誰?

 

「アオハル」という言い方にはちょっと抵抗のあるオバチャンの私。でも、これを読んで思ったのは、「アオハルだねえ」ということ、でした。日常の謎系青春ミステリ。

体育祭のメインは土曜日に行われるダンス。通称「土ダン」。全校生徒参加の土ダンは、野亜高の伝統。けれど、10年ぶりに図書室に返却された「飛ぶ教室」には、『土ダンをぶっつぶせ!』というメモがはさまれていた。その意味するところは? 土ダン直前の今、百瀬たちはそれを書いた「誰か」の思いを追いかけることに。

朔太朗がずっと同じ女の子に告白し、フラれ続けているから「コクタロウ」と呼ばれている・・・というくだりで、ちょっとしんどいなあという気持ちになりましたが、最後まで読んでよかったです。

『みんなで楽しむためには、みんなが楽しめる環境を整える必要がある。』

この物語を貫く太い芯が、この言葉。すごく、すごく大事なことです。

そして、「飛ぶ教室」と同じように、この物語に登場する大人たちもまた、若者たちを見守り、導く、善き大人たちです。大人としてこうありたいものです。

 

 

2025年10月13日 (月)

朝からブルマンの男

3661「朝からブルマンの男」 水見はがね   東京創元社   ★★★★

バイト先の喫茶店に週三日現れる男は、いつも一杯二千円するコーヒーを注文しては飲み残していく。桜戸大学ミステリ研究会の冬木志亜は、その理由が気になって仕方ない。ミステリ研の会長・葉山緑里に相談した矢先、当の「ブルマンさん」が現れ・・・。

 

第1回創元ミステリ短編賞を受賞した「朝からブルマンの男」のほか、「学生寮の幽霊」「ウミガメのごはん」「受験の朝のドッペルゲンガー」「きみはリービッヒ」の5編。桜戸大学ミステリ研究会の会長・緑里と、後輩の志亜が活躍する日常の謎系ミステリ短編集。

選考委員の大倉崇裕、辻堂ゆめ、米澤穂信の3人が絶賛したという表題作がやはり秀逸。二千円もするコーヒーをしょっちゅう注文して、必ず飲み残す。いったい何のために? それだけならただの推理ゲームですが、本人が志亜たちの前に現れ、意外な展開に。

ほかの作品も意外な真相が明らかになる過程がおもしろく、楽しく読みました。最終話での志亜の緑里に対する気持ちはちょっと微妙な感じでしたが。

もう少し読んでみたい気もするので、シリーズ化してほしいものです。

 

2025年10月10日 (金)

漫画 君たちはどう生きるか

3660「漫画 君たちはどう生きるか」 原作・吉野源三郎 漫画・羽賀翔一   マガジンハウス   ★★★★★

「僕たち人間は、自分で自分を決定する力をもっているのだから」。中学生のコペル君とその叔父さんが考える、人としてあるべき姿。立派に生きるとはどういうことか。

 

一時、すごいブームになりましたが、原作は未読。漫画で読むのも妙なプライドが許さず・・・。でも、ちょっと気が向いて手に取ってみたら、大事な部分は原作の文章がそのまま。これならいいかも、と読み始め。

泣きました。

コペル君の純粋な気持ち。そんな彼を見守り、「人間として立派に」なってほしいと言葉を紡ぐ叔父さん。今、こんなに真っ当なことを言える大人がどれだけいるのでしょう。私も含めて。他人を嘲笑したり、見下したり、差別したり。とみに醜いものばかり見ているような気がする昨今、コペルくんと叔父さんの姿は、「こうありたい」と思えるものでした。感動したと同時に、今の世界のありさまが悔しくて泣きました。

真っ当なことを言うのはダサい、恥ずかしい。そういう風潮は、私がコペル君くらいの頃にはすでにありました。私も当然のごとく、流されてきたわけですが、やはり真っ当なことを真っ当に言えるのは大事なことだと再認識しました。

原作が世に出たのは1937年。もうじき90年になります。善きものは古びない。大切なものは簡単に変わらない。私たちは、私たちの中にいるコペル君に恥じない生き方をしているでしょうか。

2025年10月 8日 (水)

最悪の相棒

3659「最悪の相棒」 伏尾美紀   講談社   ★★★★

あるテストに合格したら、捜査一課に招聘される。広中承子に突然訪れたチャンス。そのテストの相棒は、「犯罪被害者家族心理分析官」とあだ名される潮崎格。彼は、広中にとっては一番会いたくない相手だった。それでも、どうにかテストをクリアして、捜査一課の一員になった・・・はずだったが、そこでも潮崎と組み、犯罪被害者家族に関わる捜査を命じられる。実は、潮崎自身が犯罪被害者家族であり、広中の亡父は潮崎たちに寄り添った警官だった。二人は相棒として、花園団地で起こった殺人事件を捜査するが・・・。

 

デビュー作「北緯43度のコールドケース」は、乱歩賞の選考委員たちに「文章が下手」とボロクソに言われていましたね。それを思うと、だいぶ「上手く」なってきたのではないでしょうか(プロの作家さんに失礼ですが)。特に、冒頭は物語にすんなり入れて、なかなかよかったです。

タイトルを見ればテーマはすぐわかりますが、描かれる事件はけっこう複雑です。団地を舞台に、殺人事件だけでなく、小さな謎も描かれていて、けっこう盛りだくさんでした。

因縁のある広中と潮崎、二人の上司である橘、花園団地交番の長田和馬など、人物が生き生きしていて、読み応えがありました。ご都合主義なところもないわけではないですが、「犯罪被害者の家族」という視点での警察小説としておもしろかったです。

 

2025年10月 6日 (月)

それいけ!平安部

3658「それいけ!平安部」 宮島未奈   小学館   ★★★

高校生になった牧原栞は、クラスメイトの平尾安以加に「平安部」なるものに誘われる。平安の心を学ぶ・・・というよくわからない部活を、これから作るのだという。どちらかというと理系の栞はとまどうが、安以加の勢いに押され、平安部の立ち上げに奔走する。部員5人もどうにか集まり、活動を開始した平安部。しかし、平安の心って・・・?

 

昨年の「光る君へ」の影響もあり、平安っていいよね~という気分が継続しています。が、「平安部」って何?とは思いますね。

栞たちは蹴鞠にハマってみたり、文化祭で平安パークを作ってみたり。行き当たりばったりながら、それなりに部活っぽくなっています。部員になった大日向大貴、明石すみれ、米吉幸太郎といった面々、顧問の藤原先生、ライバル(?)の原涼子など、適度にキャラの立った登場人物たちも活躍します。

おもしろいし、サクサク読んでしまったのですが・・・全てがうまく行きすぎて、かえって薄味になってしまった感。もうちょっと葛藤したり、挫折したりがあってもよかったような気がします。

«図書館の魔女 高い塔の童心

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